私の幼馴染は、ただの癒し系じゃ無かったようです。
最近、男子生徒達のあいだで、魔獣のピアスというものが流行っている。
魔獣の核から作られるピアスは、頼もしさの証。
材料となる核は、自ら北の森へ行き、魔獣を倒し、倒れた魔獣から持ち帰る。
魔獣の強さによって核の色も変わるため、核は強さを測るためにもぴったりのアイテムだそうだ。その核をピアスに加工するのが今のトレンドであるらしい。
魔獣のピアスをつけている生徒達の間では、意中の相手にその強さをアピールする狙いがあるようで。
つまり、魔獣のピアスをつけている男子生徒には、意中の相手がいるということになる。
今や、ピアスはそのような意味を持った目印なのだけれど――
「おはよう、エルマ」
「マルセロ、おはよ……う?」
休み明けに登校した朝、私は目を疑った。
マルセロの左耳で、黒のピアスが揺れていたからだ。
「どうしたの、マルセロもピアス付け始めたの?」
「ああ。僕も北の森に行ってきたんだ。似合うでしょ」
「う、うん、すごく似合ってる……」
しかもマルセロがつけているピアスは黒。
北の森では最上位クラスの魔物からしか取れない色だ。
マルセロの実力なら余裕で倒せるだろうけれど、それをわざわざ加工してピアスにしたということは……強さを見せつけたい相手がいるということなのだ。
「……黒なんてすごいわね。かっこいいわ」
「へへ、黒が一番おしゃれかなと思って」
「でもマルセロ、昔はおしゃれなんてぜんぜん興味なかったのに」
「急に興味が湧いたんだよ」
マルセロと私は幼馴染だ。幼い頃の彼は私よりも小さくて、少し弱虫で、いつも涙と鼻水を垂らしているような男の子だった。
それが年々と背を抜かされ、逞しくなり、いつの間にか剣も魔法も人一倍強くなった。もう私なんかでは足元にも及ばないくらいに。
それでも変わらずのんびりと者で、みんなに分け隔てなく優しいマルセロ。そんな彼の隣は、私にとって居心地の良い場所だった。なのに――
(ええ……? 本当に? マルセロがピアス……?)
昔は、転けただけで泣いていたマルセロが。
「エルマと一緒じゃないと、幼稚舎に行かない!」と駄々をこねていたマルセロが。
朝から晩まで私のあとをついてきた、小さく可愛いマルセロが――
まさか恋に目覚めるなんて。
「あ、あなた、意中のお相手ができたの?」
おそるおそる、マルセロに聞いてみる。
だって信じられない。こんなのほほんとした彼がそんな熱い想いを抱えているなんて、いつも一緒にいたのにまったく気付きもしなかったのだ。
「ええ……? エルマが、それを聞くの?」
「あ、ごめんね。言いたくないなら言わなくてもいいんだけど」
「言いたくないわけじゃないんだけどさあ……」
「いいのいいの。もう止めよう、この話は!」
マルセロに言葉を濁され、なんとなくそれ以上は踏み込めなくて、私は口を噤んでしまった。
幼馴染とはいえ、マルセロにはマルセロだけの世界があるだろうし、私に言えない秘め事だって当然あるだろう。
なんとなく寂しい気もするけれど、これもマルセロが成長したということなのかもしれない。
私は揺れるピアスを眺めつつ、話を終わりにしたのだった。
◇◇◇
マルセロのピアスは、その日のうちに学園中へ広まった。
しかし注目されたのは、マルセロの恋の行方などでは無い。そのピアスの色だった。
「お前、本当に一人で倒したの!?」
「弱そうに見えて強かったんだな、マルセロ」
「これなら王族の護衛にもなれるんじゃねえの」
北の森最強である黒のピアスを付けたマルセロは、一躍時の人となった。
教室の真ん中でクラスの皆に取り囲まれ、いつもと違う扱いに戸惑っている様子だ。
「護衛? なにそれ」
「王女様がこの学園に通っているだろう? 最近、その護衛を募集してるって噂だけど」
「僕は関係無いよ。護衛になんてならないから」
「欲が無いな。俺達だったら絶対、その強さを隠したりしないのに」
皆はずっと、マルセロの実力を知らなかった。
いつも一番を誰かに譲ってしまうマルセロ。誰かの補助ばかりしているマルセロ。ゆったりと野暮ったい見た目の下に隠された力を、これまでは決してひけらかしたりしなかった。
だから、その強さを知っているのは幼馴染である私だけだったのに。好きな子のために付けたピアスのせいで、こんなにも注目を浴びる羽目になってしまうなんて……
「僕は王女の護衛なんて興味無い。ちゃんと学園を卒業して、安定した職に就きたいんだ」
「でも護衛は安定なんてもんじゃない、王女に気に入られれば一生高給取りじゃないか」
「嫌なもんは嫌なの。王族なんて御免だよ」
欲のない彼は、そう言いながら普段と変わらず過ごしていたけれど――
マルセロの黒のピアスは、とうとう王女様にまで伝わった。そして目をつけられたマルセロは、あれよあれよという間に王女様の護衛係へ任命されてしまったのだった。
「ああ……やだなあ。面倒だなあ。調子に乗ってピアスなんか付けるんじゃなかったよ。僕、めちゃくちゃ後悔してる」
「でも凄いことだわ。王女様の護衛係なんて、誰にでもできることじゃないもの」
「エルマは寂しくないの? 王女様の護衛なんてしていたら、こうして一緒にいる時間も無くなってしまうんだよ?」
「寂しくないと言ったら嘘になるけど……マルセロの将来は安泰じゃない! 頑張ってね、応援しているから」
「まあ……エルマがそう言うならやるけどさ……」
渋々ではあるけれど、マルセロは王女様の護衛係として彼女のそばに付きっきりとなった。
その毎日に自由は無いらしく、教室へ戻ってくることもほとんど無い。たまにこちらへ顔を出せてもすぐ王女の元へ戻ってしまい、以前のようにゆっくり話せることはなくなった。
(あ、マルセロだわ)
たまに見かけるマルセロは、見違えるように垢抜けていった。
カッチリと上質な護衛服に身を包み、髪もきちんと整えられていて、その表情にも締まりがあって……どこからどう見ても、王女に選ばれし人だった。
王女様はとても甘え上手な人で、時々マルセロの腕にしがみつく。
無下にもできないマルセロは抱きつかれたままでいるけれど、その光景を見る私の心はもやもやと黒いものでいっぱいになった。
(マルセロ、王女様からずいぶん気にいられたのね。強いし、優しいし、かっこいいし、当然といえば当然なのだけど……)
ダボダボとした制服を着て、教室の隅でニコニコ笑っているマルセロはもういない。一人ぼっちになってしまった私は、そんな彼が懐かしくて仕方が無かった。
王女様の隣を歩くマルセロの耳元では、まだ黒のピアスが揺れている。
私とは違う世界の人間なのだと知らしめるように。
「マルセロ、凄いよね。ピアスのおかげで、あっという間に王女様のお気に入りになっちゃってさ」
マルセロを眺めていた私に話しかけてきたのは、同じクラスの男子生徒だ。彼も一緒に、遠くのマルセロに向かって目を細める。
「マルセロは……元々すごいのよ。あの黒いピアスも『黒が一番おしゃれだから』って、それだけの理由であっさり最上位クラスの魔獣を倒しちゃって」
「本当に、そんな理由だと思ってるんだ?」
「え?」
「ピアスの意味、エルマさんだって知ってるよね?」
「う、うん」
もちろん、私だってピアスの意味は知っている。
それは意中の相手がいる印。あんなのんびり者のマルセロにも、想う人がいるということだ。彼なりに悩んで、一番おしゃれだと思う黒を選んで、その人に見てもらいたかったのだろう。
しかしクラスメイトの彼は、なんだか意味深な視線を私に向けた。
「俺、エルマさんのことを好きなんだけどさ」
「えっ!? 私?」
突然想いを告げられ、私は予想外のことで目が点になる。そして照れくさそうに頭をかく彼の、揺れるピアスに気がついた。
よく見ると、これも魔獣のピアスだ。その色は赤――学生では倒すのが難しいと言われている魔獣の色だ。
ということは、彼も相当な強さをお持ちなのだろう。
「もしかして、そのピアスって……」
「そうだよ。エルマさんが好きで、見て貰えたらなと思って付け始めたんだ。これでも、なるべく強い核を手に入れるために頑張ったんだよ。マルセロに比べたら霞んじゃうけど」
「そうだったのね……ごめんなさい、私全然気付かなくて」
自分へ向けられていた好意に、全然気付いていなかった。思わず、彼に向かって頭を下げる。
「気付かなくても仕方がないよ。俺はエルマさんに話しかけることも出来なかったし……なのにエルマさんを好きなこと、マルセロにバレちゃってさ」
「マルセロに?」
「俺が赤いピアス付けた直後だったんだよね。彼が黒のピアスを見せつけてきたのは」
「え……」
あの平和主義者なマルセロが、黒の――最上位クラスのピアスを、クラスメイトに見せつけた。
それって、彼より優位に立ちたいから?
好きな人に見せるためでは無く?
その姿がまったく想像できなくて、私は言葉を無くしてしまった。
「あなたにピアスを見せつけたの? マルセロが? 一体何のために?」
「えっ、分からないの? 君って本当に――」
その時だった。
私達の話を遮るかのように、学園の北からものすごい轟音が鳴り響いた。
直後に瓦礫の崩れる音がして、あちこちから生徒達の悲鳴も聞こえてくる。
「な、何!?」
「北の森――今のは魔獣の咆哮だ……!」
「嘘!!」
学園の北には、魔獣の住む森が広がっている。
しかし普段は結界が張られていて、魔獣が出てくることなんて出来ないはずなのだ。なのにどうして?
咆哮は幾重にも重なって学園中に響いている。おそらく、北で暴れているのは一頭なんかじゃないのだろう。しかもこの鳴き声の大きさは、かなり大型の魔獣であるに違いない。
私は恐怖で足がすくんだ。でも――
「逃げよう、エルマさん! 魔獣はきっと北の森から来るはずだ。なら南へ――」
「逃げるなんて無理よ! だって……」
北にはきっと、マルセロがいる。
護衛として、学園にいる王女様を魔獣から守るために戦っている。
マルセロが危険な目に遭っているのに、自分だけ逃げるなんて私には出来ない。私は逃げようと言う彼に、ふるふると首を振った。
「あなただけ逃げて。私はいいから。北に行って状況が知りたいの」
「何言ってるんだ! 君が行って何ができる? 危険に晒されるだけだろう!」
彼の言うことはもっともだった。
赤いピアスを付けた彼でさえ逃げようと言うくらいなのに、私が北へ行ったとしても一体何になるというのだろう。
けれど私はただマルセロが心配だった。
たとえ今、彼が強くなっていたとしても、心配で心配でたまらない。マルセロはたった一人の幼馴染なのだ。私にとっては、かけがえのない存在なのだ。
もし、彼の身に何かあったらと思うと、いてもたってもいられないのだ。
「でも! 私、マルセロが心配なのよ」
「駄目だ、無理やりにでも連れていく」
マルセロを心配する私の姿を見てもなお、彼は私に逃げるよう言い聞かせる。
頑なに断り続けていた私の手は、強引に掴まれた。彼は力づくでも私を逃がすつもりだ。
力では敵わない。どうしたら――と、腕を引かれたその時。
「その手、エルマから離せよ」
腕を引かれる私の前に、黒の護衛服が広がった。
私と彼の間に、マルセロが立っている。繋がった手を断ち切るようにして。
「マルセロ……? どうしてここに?」
「エルマ、こいつと二人きりで何してたの?」
「マルセロこそ、王女様の護衛はどうしたの……」
「北に現れた魔獣は僕が倒したよ。ちゃんと護衛の仕事は終わってるから安心して」
(えっ、もう?)
倒したといっても、時間にしてわずか数分しか経っていないような気がする。魔獣の咆哮が聞こえたのはつい先程であったはずだ。
けれど「僕が倒した」と言うマルセロの護衛服には、確かに血しぶきの跡が残っていた。思わず目を覆いたくなる惨状だけれど、そのインパクトをかき消すくらいにマルセロの表情は穏やかだった。こんな時だと言うのに、あまりにも緊張感が無くて……なんだか気が抜けてしまう。
「……マルセロって、本当に強かったのね」
「魔獣が弱かったんだよ。ほら、エルマにもこの核をあげる。キレイでしょ」
そう言って、マルセロは私の手に核を乗せた。
コロコロと、いくつも転がる赤い核。それは宝石のように美しい。けれど――
「よ、弱かっただなんて、言っちゃだめ!」
「なんで?」
「どうしても!」
目の前に赤いピアスをした人がいるのに。
マルセロはこんなにも配慮に欠ける人だっただろうか? マルセロは赤いピアスの彼を冷たい目で一瞥したあと、再び私へと視線を戻した。
「ねえねえ、もう一度聞くけど。エルマはこいつと二人きりで何をしていたの?」
「え? 何も……」
「告白なんてされてないよね?」
「告白?」
あれは告白というのだろうか。いまいちピンとこなくて、私は赤いピアスの彼にチラリと助けを求めた。
しかし、彼は必死になって私へ目配せをしてくる。誤魔化してくれ、ということなのだろうか。面倒なことになりそうな気配はするから、彼の気持ちも分からなくは無い。
「こ、告白なんてされてないわ」
「嘘つき」
「えっ」
「僕の目を見ないなんて、エルマが嘘ついてる証拠だよ。二人で目配せして、変な空気出してさ。あ~、本当に王女の護衛なんて拒否すればよかった! そうしたらエルマの傍を離れなくて済んだのに! こいつの告白も聞かせなくて済んだのに!」
なんで嘘だと分かるんだろう。心底悔しそうにしているマルセロを呆然と見ていると、彼は突然、赤いピアスの彼に向き直った。
「よくもエルマに近付いたね。僕が牽制したの分からなかったの? 君がそこまで鈍いと思わなかったよ」
「なっ……鈍いだなんて、その言葉はエルマさんに言ってくれよ。彼女は相当難しいよ。言わなきゃ伝わらないじゃないか」
「エルマは鈍くていいんだよ。僕の隣で安心してくれてたらそれでいいの。でもお前はエルマの隣にいちゃだめ。他の男はだめなんだよ」
言い争う二人に割って入れず、私はひたすらマルセロの駄々を聞き続けた。
こんなにも子供っぽい彼は久しぶりだ。そういえば、昔はよくこういうわがままを言われていた。そのたびに私はちょっとだけ優越感に浸って、彼をなだめた。
こういう時はどうすればいいんだっけ。
「……マルセロ。もう大丈夫だから、こっちにおいで」
思わず子供の頃を思い出して、昔のように声をかけた。
懐かしい台詞に目を瞬かせたマルセロは、怒涛のように吐き散らしていた暴言をピタリと止める。
「私はどこにもいかないから。一緒にいようね、マルセロ」
「……うん。エルマ、大好き」
もう赤いピアスの彼などそこにいなかったかのように、マルセロは私の元へと戻ってくる。
可愛いマルセロ。優しいマルセロ。たった一人の幼馴染を、私はギュッと抱きしめた。
◇◇◇
北の森の結界は、反王政派の者によって故意に解かれていたらしい。
城での不穏な動きも相まって、学園でも王女の身を守るために護衛を募集していたとのことだった。
結界を解いた者は無事に捕獲され、魔獣から王女を守ったマルセロには褒賞が与えられた。
そして――
「はー、これでずっとエルマといられる」
マルセロは護衛の任から解放され、元通りの日々が戻ってきた。
王女様に気に入られたため「引き続き護衛を」と引き止められたようなのだけれど、マルセロが強く辞退したらしい。
「でも、あんなにいいお仕事……勿体なかったんじゃない? ずっと安定した職に就きたいって言っていたのに」
「いくら安定してても、エルマとの時間が無いんじゃ意味無いよね。僕は家庭も大切にしたいタイプだから」
「そうなんだ……?」
私は首を傾げた。
私との時間と、家庭を大切にすることになにか関係があるのだろうか?
「エルマが安心して暮らしていけるように、在学中から食いっぱぐれの無い仕事を探さなきゃね」
「うん……?」
「こんなに強くなったから、エルマのことは一生守っていけるよ。安心して」
「そ、そうだね、安心だね……?」
私の手を握ったまま離さないマルセロに、なんだか動悸が止まらない。元通りの毎日のようでいて、私達の日々は少しずつ形を変えようとしている。
目の前のマルセロは、王女様の護衛をしていた時のように垢抜けたままだ。その姿に私はなんだか慣れなくて、彼のことを直視出来ないでいた。
「あの、もうダボダボの服は止めたの?」
「うん。こっちの方が、エルマはドキドキするんでしょ?」
「えっ!?」
「安心させてるだけじゃ、一生気付いてもらえないかもしれないって気付いたから。覚悟しておいてね、僕のエルマ」
マルセロの言葉が全身を駆け巡って、なんだか普通じゃいられない。
これは幼馴染の友情なのか、はたまた未知の感情の芽生えなのか……
にこにこと笑うマルセロの耳では、今日も黒いピアスが輝いた。
読んで下さりありがとうございました!




