弔いと旅立ち
ヘリオンの案内で、ダイクは彼女が暮らしていたという村を訪れた。村は山の中腹の辺りに位置し、昼間は日光を浴びて、広がる原っぱが蒼穹の輝きに満ちている。
だが、村の内部に生きた人の気配は全くなく、ダイクたちを出迎えたのは、不快感を催す異臭だった。ダイクは険しい顔つきで、臭いの出処を探る。
村に隣接する林に踏み入ったところで、無数のカラスが「ぎゃあぎゃあ」と騒ぎ出し、一斉に上空へ飛び立った。それまでカラスが群がっていたところには、村人のものであろう、屍が積み重なっていたのである。
ダイクが横目でヘリオンを見ると、彼女は沈痛な面持ちで黙祷している。屍には無数の蠅がたかっており、多くは肉が削がれて骨が露出していた。死んでからそう日が経っていないらしい。
その後、村の内部も散策したが、住居や食糧庫も荒らされ、そこにあった食料は根こそぎ奪い尽くされていた。
あるいは人の肉も喰らってあそこに捨てたのかもしれないな――ダイクはそう思った。
その後、ダイクは村の同胞たちを弔ってあげたいというヘリオンの頼みを聞き入れ、村はずれの墓所に住民たちの亡骸を集め、新しい墓を作ってやった。その中には、村の中まで運んできたリシエの遺体も含まれている。
ダイクは乗り気ではなかったが、ヘリオンがダイクに殺された軍人たちの墓も作ろうと言い出したので、ダイクはこれも手伝ってやった。ただ、村まで運び出す手間は省き、密林の中の獣道の外れに穴を掘り、そのまま埋めた。ヘリオンは仕方が無く、ダイクの行動に妥協した様子であった。
一連の作業を終えたダイク。リシエの墓の前で跪き、祈りを捧げるヘリオンの背中をぼんやりと眺めながら、彼は今後のことを考えていた。
今更戦地に戻ったところで、自分の居場所は無いだろう。隣国へ渡り、また傭兵として雇ってくれるところを探すのも考えたが、この場にいるヘリオンのことが気がかりであった。
思案するダイクは、ふと、ヘリオンがこちらを振り返り、何かを言いたそうにしているのに気がついた。ダイクが身振りで促すと、ヘリオンは束の間躊躇っていたが、意を決した様子で言った。
「お姉ちゃん……姉の、リシエが言っていました。あなたは一人では生きていけない、わたしに何かあったら、わたしの助けた騎士様に縋りなさい、と。だから、あの、わたし……」
それを聞いたダイクは、改めて、まだ幼さの残っている少女を見つめた。ヘリオンという少女は姉のリシエからとても大事にされて育ってきたのだろう。これくらいの歳で自立している女性は珍しくもないが、ヘリオンにそれを求めるのは酷な話なのかもしれなった。
(そう、ダイク。今のあなたのするべきことは……)
「みなまで言うな、わかっている」
ダイクは己の脳裡で響いた声の主に言ったのであるが、ヘリオンはそれが自分に向けられた言葉だと思ったのであろう。戸惑った様子で口を閉じた。
ダイクは小さくため息をついた。
「ヘリオン、と言ったな。おれはきみの姉のリシエに、命を救われた。こんな落ちぶれた身分であっても……失うには惜しいと思った、己の命だ。……だから、その恩を返さなければならない。これから一生をかけてでも、な」
ヘリオンは、目の前にいる、一見すると冷徹な爬虫類人が、自分をそこまで助けてくれるとは思っていなかったのだろう。彼女は驚きの色を隠せなかった。
「今後、きみを護り抜くことがリシエの望みであるなら、おれはそれに従おう」
「あ、あの……ありがとうございます」
ヘリオンは、深々と頭を垂れた。
ダイクには行く当てがあった。傭兵として生きる道を選んでからは避け続けてきた、故郷へ帰る。そこにいる友人を頼る――ダイクにはそれが、ヘリオンを護り通す為に必要なことであると自覚していた。
斯くして、ダイクとヘリオンは集落を後にし、新たな旅路に出発した。温かな空気を運ぶ春を告げる風が、二人の背中を後押しするかのように吹きすさんでいた。




