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フウリの羽の導き  作者: 来星馬玲
第一章 堕ちた騎士

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殺しの道具

(ダイク、起きなさい)


 深い眠りを妨げられ、ダイクは目を覚ます。朦朧とした頭を振り、周囲を見渡した。


 洞穴の内部は外から差し入ってくる白色の陽光に照らされており、岩肌が光沢を放っていた。どうやら一晩中眠っていたらしい。


 意識がはっきりしてくると、リシエの姿が無いことに気がついた。


(ヘリオンが戻って来る……何かがあったのよ)


「ヘリオンだって? ……誰だ、それは」


 声はそれには答えず、ダイクに警戒するよう促す。


(ここは彼女たちの集落の隠れ家の一つだったのよ。でも、その集落は焼かれ、彼女たちを追う者は、間近に迫って来ていた)


「…………」


 ダイクは黙って耳を澄ました。確かに、洞穴の外から何者かが近づいてくる気配がする。


 ダイクは警戒しながら、ゆっくりと立ち上がる。まだ腹部に違和感を感じており、本調子とはいかないが、リシエの治療が効いており、痛みは大分和らいでいた。


 程なくして、一人の少女が洞穴の中へ駈け込んできた。少女の容姿はリシエとよく似ているが、背中の中ほどまで伸ばされた長髪と、幼い顔持ちが対照的でもあった。


 ダイクは、その少女が握りしめているものに目を留めた。それは、装飾を施された銀色の鞘に入っている剣だった。


「……おれの剣か」


 爬虫類人特有の冷たく鋭い声を聞いた少女は、怯えの色を露わにする。


「あの……ごめんなさい。これ、お姉ちゃんから持っているように言われて」


 少女の姉……一瞬だけ、ダイクは戸惑ったが、それがリシエのことを言っているのだろうと気づくのに、時間は要さなかった。


「……なら、持っていくがいい。おれには過ぎた代物だ」


 しかし、少女は手にしている剣をダイクに向かって差し出した。


「お姉ちゃんを……あの、姉を助けてください」


 少女の様子には切迫したものがある。ダイクは己の持ち物だった剣を取り戻すと、手の込んだ紋様を眺めながら呟いた。


「話を聞こう」


 怯えていた少女の表情に、僅かではあるが期待の色が浮かんだ。


「急いで、わたしと一緒に来てください。このままじゃ、お姉ちゃん、あいつらに殺される……」


 ダイクははっとなって、少女の顔をまじまじと見つめた。


 自分の命を救ってくれたリシエの命が危険にさらされている――ダイクは、自分の心の中に、久しく忘れていた感情が沸き上がってくるのを感じた。


「わかった。すぐに、案内してくれ」


 少女の顔が明るくなった。少女はついて来るように言うと、急いで洞穴の外へ抜け出した。ダイクもその後を追う。


 外は既に昼間となっていた。梢に遮られた明るい日差しが、樹木の生い茂る景色に色を与えている。遠くからは小鳥のさえずりも聞こえ、近隣が未だ戦時下であるとは思えないほど、のどかな空気であった。


 少女は振り返り、ダイクがすぐ後ろについて来ていることを確かめると、藪の中をかき分けながら駆けていく。ダイクの中では、少女を突き動かしているものに対する危機感が増していた。


 ふいに生臭いものがダイクの鼻孔をつく。その臭いが充満した戦場で生きてきたダイクは、すぐにある確信を得る。それは、真新しい血の臭いだ。


 ダイクが強靭な脚力を発揮し、疾走する。驚いた様子のヘリオンを追い抜き、己の嗅覚を頼りにして目的の場所へ急いだ。


 臭いの出処に近づくにつれ、ダイクの心中では憤りと困惑が入り混じった感情が渦巻いていった。この先で明らかになるであろう光景を、既に察していたからである。


「リシエ……」


 それを目にしたダイクの瞳孔が、大きく開かれた。想像していたとはいえ、実際に目の当たりにしたダイクの感情は、絶望の色に染まっていた。


 うつ伏せになっている、血まみれのリシエの姿。そして、彼女の周辺には薄汚れた鎧を身に着けた十人足らずの男たちがいる。大分落ちぶれてはいたが、その者たちはダイクが雇われていた正規軍の残党であった。男たちは、藪の中に隠れているダイクにはまだ気づいていない。


 リシエはおそらく絶命している。出血の量からして、念入りに止めを刺されたことは想像に難くない。刃物で背中から斬りつけられ、そのうえで心臓を突き刺したのだろう。


「クソ、余計な手間を取らせやがって」


 男の一人が悪態をつき、忌々し気に、死んだリシエの頭部を踏みつけた。ぐらりと曲げられた頭が、偶然ダイクの隠れている方を向く。ダイクの視力は、苦悶の表情に歪んでいるリシエの死に顔をはっきりと視認していた。


「先に逃げた奴は遠くには行っていないだろう。まだ子供だ、姉のことを気にして戻ってくるかもしれない。もう死んでいるとも知らずにな」


 年長の男が言った。その者の顔に微かな笑みが浮かんだのを、ダイクは見逃さなかった。


 徐々にではあるが、絶望に染まっていたダイクの心中に、激しい感情が沸き起こっていた。強烈な激怒と憎悪の念が猛り、ダイクの心を支配した。


 ダイクの表情は、鬼のような形相であった。己の剣の柄を握りしめると、一気に鞘から引き抜く。そのまま、一切の躊躇をすることなく、男たちの屯している獣道へと踏み入った。


 男たちが唐突に現れた闖入者である爬虫類人を目にして、口々に何事かを叫んだ。


 ダイクは男たちの言葉には耳を貸さず、怒り狂った感情に支配されているとは思えないほどの正確かつ俊敏な動きで、近くにいた男の一人に急接近すると、手にした剣でその首を刎ね飛ばした。


 男たちがどよめく。男たちは、全く意に関した様子もなく次の標的を定めるダイクを見て、それが戦場の最前線で最も恐れられている亜人類の姿であることを直感した。


 男たちは各々が手に剣をとり、ダイクに斬り掛かった。ダイクは持ち前の機敏な動きで迫る刃をかわし、また一人、敵対する男の胴を切り裂いた。男は激痛のあまり声を出すことも出来ずに、後ろへ倒れた。


 ダイクの実力に圧倒される男たちであったが、やはり訓練された正規軍であったのだろう。隊長格と思しき男が上げた怒声で他の者も我に返り、素早い動作でダイクを取り囲み始めた。


「敵は一人だ。殺れ、殺るんだ」


 多勢に無勢であった。だが、ダイクは怒りに突き動かされながらも本能で冷静に戦況を見据えると、次に取るべき行動へ移る。

 

 男たちの凶刃を避け、あるいは腕力で相手の腕を叩き折り、ダイクは隊長格の男の首級を狙って、一直線に駆けた。それを食い止めようと左右から二人の男が斬りかかってきたが、右から迫ってきた男の剣は瞬時にしゃがんでかわし、左の男の剣は固い鱗で覆われた腕で弾き飛ばした。


 自分を目掛けて迫ってくる冷徹な爬虫類人の眼光に釘付けになった隊長格の男は、己の恐怖心を振り払おうと怒鳴り散らしながら、真正面から相手を斬り倒そうと剣を振り上げた。しかし、刹那の差でダイクの方が早かった。


 閃く剣戟。男の両腕が切り離されれ、弧を描く。切断面からは血が噴き出し、正面にいる爬虫類人を真っ赤に染め上げた。ダイクは顔面に当たる血風を瞼で防ぎながら、激痛に狼狽えている相手の頭を、正面から断ち割った。


 どさり、と男は地に伏した。男の血と脳髄が地面を汚す。騒然となる周囲の者たち。男たちの眼に、次なる獲物を探す血に飢えた爬虫類人の姿が焼き付けられた。


 ひとたび戦闘が始まれば、ダイクは常に非情であった。半ば逃げ腰になっていた傍らの男を間髪入れずに斬って捨てると、断末魔を上げながら倒れる男には目もくれずに、応戦しようと剣を構えている別の男の首を一文字に刎ねた。


 地に倒れた男の数は五人。残る男は三人いたが、一瞬の間に仲間の半数以上が斬殺され、隊長すらも失った彼らに、もはや戦意などは残っていなかった。


 男たちは我先にと逃げ出した。ダイクは蛇の様な唸り声を発すると、逃げる敵を追い、一人の背中を斬り裂いた。


 背後で木霊した断末魔を聞き、男の一人が悲鳴を上げる。その者は追い迫ってきた爬虫類人の姿の方へ振り返ると、手にした剣をがむしゃらに振り回した。


 ダイクは強靭な腕力で以て剣を振るい、相手の剣をへし折り、左腕を突き出し、相手の喉元を鋭い爪で突き刺した。男は口から血反吐を吐き散らしながら倒れた。


 後に残った一人は剣を携えた姿勢のままびくびくと震えており、近づいてくるトカゲの亜人を前にして、最尻もちをついた。


 最後の獲物を前にして、おもむろに剣を振り上げるダイクに対して、その男は片手を前に突き出しながら、叫んだ。


「待て、待ってくれ」


 ダイクはこの男も即座に切り捨てようとしていたが、ふと思うところがあり、切っ先を男の喉元に突き付けたままの姿勢で静止した。相手は怯えながらも、僅かな希望を見出したかの如く、喋りだした。


「おれはあんたを知っている。見たことがあるんだ、あんた、おれたちに雇われた傭兵だろ」


 相手はこちらの素性を知っているらしい。ダイクは剣先を一寸もそらさずに、その者の話を耳を貸す。


「なあ、お前の斬った連中は敵国の兵士に殺られたって仲間にも伝えておく。それでいいだろ、な。だから、見逃してくれ……」


「何故、あの女を殺した」


 ダイクのドスのきいた声が響いた。相手の男は観念した様子で語りだした。


「おれたちは前の負け戦で撤退していた途中で孤立し、山中に逃げ込んだ。隠れながら友軍の到着を待つことにしたんだ」


 突然現れた殺戮者と意思疎通ができたからであろう。一抹の希望を得た男は饒舌になっている。


「だが、食料はやがて底を尽き、友軍の戦況も全く聞こえてこない、周辺の地域には敵兵が大勢屯しているだろうから、迂闊に引き上げることだって、ままならなかった。そんな中、あの村落を見つけたんだ。ここは未だ敵国の領土内だ……だから」


「略奪か」


「……そうだよ。あんただってわかるだろ、生き延びる為にそれが必要だってことが。軍の偉い奴らだって、多少の略奪は大目に見ている」


「そんなつまらない話より、おれはお前たちが女を殺した理由が知りたい」


 男はすぐには答えず、躊躇している。ダイクは男に冷めた眼差しを向け、剣先に僅かな力を加える。男の喉が傷つけられ、血が流れた。


 観念した男は、震える口で言葉を紡いだ。


「……村の連中は、どうせ皆殺しにする予定だった。敵国におれたちの存在を告げられでもしたら、全員の命が危ないからな。それに、もうあの女とは十分楽しんだあとで……」


 男が言い終わらないうちに、ダイクは男の喉元に剣を突き立てた。男は潰れたカエルの様な声を漏らし、絶望と怒りの入り混じった眼でダイクを凝視した。


 「十分楽しんだ」という男の言葉を聞いた時点で、リシエという女性が彼らからどういう扱いを受けていたのかが分かった。ダイクにとって、これ以上この男を生かしておく理由はない。


 背後から少女の慟哭が響く。ダイクが振り返り、そちらを見ると、姉の亡骸に縋りつき、打ちひしがれているヘリオンの姿があった。ダイクは血まみれの剣を携えたまま、泣き叫んでいるヘリオンの方へと近づいた。


 ヘリオンは返り血を浴びた爬虫類人を見上げると、思わずその泣き声を止めた。少女は目を見開き、ぶるぶると震えている。ダイクは黙したまま、その様子を眺めていた。


(あなたに怯えているのよ、ダイク)


 ダイクの脳裏で、あの声が響いた。ダイクは己の内に諦念に似た感情が宿るのを感じた。


 やがて、ダイクはため息を漏らすと、ヘリオンに向かって言った。


「見ての通りだ。おれもこいつらと同じ、下賤な人殺しを生業としている」


 ヘリオンは怯えの色を隠せなかった。それでも、ダイクに向かって、震える口で言葉を紡ぐ。


「で、でも……あなたは名のある高潔な騎士様だって、お姉ちゃんが」


「騎士、か」


 ダイクは己の手にした剣を見やる。煌びやかな龍の装飾が施されている銀色の剣。戦においては使い捨てのなまくらを行く先々で手にして振るってきたが、常に身に着けているこの剣で人を斬ることは無かった。


 しかし、今日この場で、一つの誓いが破られたのだ。


「……これは聖剣だ。だが、それも過去の話。今はただの人殺しの道具に過ぎない。騎士の地位を捨てたこのおれと同じで、な」


 そう言うダイクは、自分が騎士としての地位を失った日のことを思い出していた。

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