姉妹
外はすっかり闇夜となっていた。リシエが炊いた竈の火がゆらゆらと燃えており、それが洞窟の内部を照らしている。土鍋の中では粥がごぽごぽと煮だっている。
リシエは椀に粥を盛ると、その上に薬草を添え、ダイクの方へ差し出した。ダイクは軽く礼を言って受け取ると、渡された木製の匙で口へ運ぶ。
「うん、おいしいな」
ダイクからそう言われたリシエは、嬉しそうだった。
その後、ダイクはリシエの指示に素直に従い、横になって身体を休めた。リシエが何やらそわそわした様子で度々周囲を見回すのが気にかかったが、いつしかダイクは、心地好いリシエの若い女性の匂いと、薬草の香りを嗅いでいるうちに深い眠りに落ちていた。
そんなダイクの様子をリシエは暖かく見守っていたが、ダイクが熟睡していることを確認すると、そっと立ち上がった。
リシエは洞穴の隅に置いてある擂鉢を取り出すと、選別した薬草の幾つかを擂粉木で擂り潰し始めた。
ふと、外から声がしたのに気がつく。リシエがはっとなり、入口の方を見ると、そこには火の明りに照らされている一人の少女の姿があった。
「ヘリオン。まだこんなところにいたの」
リシエは驚いた顔で暗い面持ちの少女を見つめ、問い詰める様子で少女に近づいた。
ヘリオンと呼ばれた少女は、リシエとよく似た容姿をしており、特徴的な尖った耳を有している点も、リシエと共通していた。整った顔もリシエとよく似た面影をしていたが、リシエよりもずっと幼い印象がある。
リシエが薄い青色が溶け込んだような黒髪を首筋の辺りで短く切りそろえているのに対して、少女のそれは背中の中ほどまで伸ばされていた。それが洞穴の内部で焚かれている焚火の明りを受け、薄らと輝いている。
「わたしのことはいいから、早く逃げなさい。急がないと手遅れになる」
リシエは語調を少し強めて言った。しかし、ヘリオンは首を横に振る。
「……一緒に逃げよう、お姉ちゃん。まだあの人たちは来ていないよ。今ならまだ間に合う」
ヘリオンは懇願するように言ったが、リシエの表情は険しい。
「わたしはこの御方を助けるって約束したのよ。あなたには騎士様の剣の加護もついているでしょう。わたしがいなくても大丈夫」
「やだよ。やっぱり、一人で逃げるなんてできない」
「ヘリオン」
リシエが厳しい眼で妹を見たが、ヘリオンは泣きそうな顔のまま一歩も引こうとはしない。
ダイクの身体から何か冷たい霊気が立ち上り、その気配を感じとったリシエは思わず緊張する。霊気がリシエの体内に入り込むと、リシエの脳裡で声が響いた。
(危険よ、リシエ。すぐ側まで迫っているわ)
「そんな……まさかあの人たちが」
リシエは意を決すると、大人になり切れない幼さを残した妹の顔から眼を逸らさずに言った。
「逃げるのよ、ヘリオン。追手がすぐそこまで近づいている」
「でも……」
尻込みするヘリオンを叱咤しようとリシエが口を開くより前に、リシエの中に入り込んだ者の声が、リシエの脳裡で響いた。
(リシエ、あなたはヘリオンを連れて逃げなさい)
「え……そんな」
驚いたリシエは目を丸くする。姉の変化に違和感を覚えたヘリオンが不思議そうにしている。
(この人はあなたが思っているよりも回復しているわ……それに私が護っているから大丈夫。あなたに助けて頂いてとても感謝しているわ。もうこの人のことは良いから、妹と一緒に逃げなさい)
リシエは逡巡する。声の主の提案も願ってもないことであったが、このままあのダイクという名の爬虫類人を残していって本当に大丈夫なのだろうか? と、自問する。
(大丈夫よ、リシエ。ダイクはわたしが導いているから。……あなたが、彼を助けたのもその一環。あとは、あなたにとって一番大切な人を護りなさい)
「……ありがとうございます」
リシエが見えない相手に一礼する。その返事に満足したのか、声の主はリシエの身体から抜け出し、またダイクの身体の中へと戻っていった。
リシエはヘリオンと共に、洞穴をそっと抜け出た。ヘリオンは姉と一緒に逃げられると知り、嬉しさを抑えきれない様子で思わずはしゃいでいたが、眠っているダイクを起こさないようにとリシエに注意され、黙り込んだ。
それでも、少女の顔には、微かな笑みが浮かんでいたのだった。




