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1.運命の人との出会い

「ねえねえ、やっぱり結婚する運命の人と初めて会った時って、ビビビッて光って見えるの?」


これは、僕が大学を卒業した年、23歳となる今年中に結婚をする予定であると報告した時、特に女友達から決まって2番目に聞かれる質問だ。


ちなみに、最初に聞かれる質問のほとんどは「なんでそんな早くに決断したの?」である。

これに対する説明は多少面倒であり、僕もうまく説明しきれないため「運命の人だから」と答えることに決めているが、そうするとたいがいは冒頭の質問につながる。

今日開かれた大学のランニングサークルの友人との飲み会でも同じ展開になった。


「あ~、わかるかも!その人だけスポットライトが当たって見えるとかそんな感じあるよね。」

「え~!!早智子も運命の人に出会ってるの?うらやまし~!!」

「今の彼と会った時とかそんなのなかったよ~。じゃあ運命の人じゃないのか~!ショック~!!」


今日は勝手に女子の間で話が盛り上がり始めたので、僕がそれ以上答える必要はなくなった。ただ、もし僕が正直に自分の経験を答えるとすればこうだろう。


「最初から光って見えた。だけど最後までその意味に気づけなかった。」


★★


僕には子どもの頃から特技、というか特殊能力がある。僕の目には、周りにいる人のうち何かの物語の主役となる人物が光って見えるのだ。しかも便利なことに、その光の色でその人が主役となる物語がだいたい予想できる。


最初にその能力を確信したのは母の弟、僕にとって叔父にあたる人が大逆転物語の主役だと見抜いた時だ。叔父さんは、僕が小さいころは定職に就かず司法浪人を10年以上続けていて、親戚の間でも夢をあきらめきれない困った奴という扱いをされていた。しかし、僕は叔父が放つ黄金色の光が気になり、将来、きっと何かで周囲の評価を覆す物語の主役になると予感を持ち、母にすら敬遠されている叔父に近づいてよく懐いていた。

その後、叔父は司法試験をあきらめ、友人と商売を始めたのだが、あれよあれよとうまくいき、今では金銭的には大成功している。お金持ちになった叔父は、小さい頃から懐いていた僕を今でもかわいがってくれていて、毎年正月には多額のお年玉をくれる。


また、この能力は学校生活でも生かせた。教室での序列は固定化されていると思われがちだが、ある程度の期間で見ると意外と毀誉褒貶がある。去年まではクラスの中心人物だった子が闇堕ちすることもあるし、逆に目立たないモブみたいな子が急にクラスのヒーローに躍り出ることもある。闇堕ち物語のダークヒーローになるような黒い光が見えた時はどんな人気者でも距離を置くようにし、成長物語の主人公になる緑の光が見えた子とは積極的に仲良くした。

その結果、僕自身は毀誉褒貶とは無縁で、常に安全圏からクラスの人間ドラマを楽しむことができ、人間関係で悩むことはなかった。


そして今日は中学3年生の始業式、いままさに教室へ向かっているところだが、きっと新しいクラスでも僕に相応しい配役を得てうまくやれるはずだ。もっとも、今年に限っては主役を見つけるために僕の能力を使うまでもないのだが・・・。


扉を開き、教室を見回すと、多数の生徒の顔が目に入った。ざっと見たところ、3分の2は顔見知り以上、3分の1は初対面と言ってもいいくらいだろうか。

その顔見知りの中に、明らかに異質でひときわ強い赤い光を放つ女子がいた。


「あ!若林じゃん!!なにまた同じクラスなの?腐れ縁だよね~!!」

僕を見つけるなり、席を立って親し気に近づいて来た彼女の名前は山本メグである。


メグは父親が日本人、母親がカナダ人のハーフで、母親の血が濃いのか、ミルクのような白い肌と派手な顔立ち、それに手足が長いスレンダーな長身で、まるで外国人モデルのようだ。

しかも容色が優れて目を引くだけではなく、学校はおろか町全体規模でも、スーパースターと言っても過言ではない存在である。


もともと陸上長距離の全国トップレベルの選手で陸上雑誌などでも取り上げられていたメグが、世間の注目を集めたのは今年1月の都道府県対抗駅伝からだ。メグは中学生区間で県代表として7人抜きの快走を見せ、しかもその様子が全国にテレビ中継されたことにより、その実力と、何よりその日本人離れした美貌が陸上界の外からも注目され、一躍テレビや雑誌でも頻繁に取り上げられるようになった。競技会ともなると追っかけのファンすら現れるくらいだ。


ちなみに、僕はメグと同じ陸上部所属で、親友と言える関係にある。

中学1年生の頃、メグはまだ陸上選手として無名であったが、言動だけは一流選手並みに生意気かつ奔放で、先輩や同級生たちから疎まれ、距離を置かれていた。

そんな中、僕だけはメグが放っていた、まだ弱々しい赤い光が見えて、きっとサクセスストーリーの主人公になると予感したため、最初から積極的に距離を縮めようとした。


メグは、外国人のような外見のせいで小学生の時にいじめられた経験があったらしく、僕に対しても野良猫のような警戒心を持っていたが、構わずぐいぐいと絡みに行き、頻繁に話しかけたり、1人で自主練しているのを見て一緒に練習しようと誘ったり、陸上とは対照的に壊滅的だった学業成績を心配して勉強を教えたりしながら徐々に信頼を獲得し、今では異性ながらメグの親友という配役を得るに至った。


「腐れ縁って、それはこっちのセリフだって!さっき掲示見て、またか~っ思ったよ。ハハッ。」

「フフッ、まあ、そう言わないでよ。今年もよろしくね~!」

そう言ってメグは、僕にハイタッチして席に戻って行った。


余裕をもって周囲を観察していた僕は気づいていた。メグが立ち上がり、僕に近づき、親し気にやり取りをする一連の動きを、ほとんどの生徒、特に男子が目で追っていたことを。みんなの前でメグから僕にベタベタ絡んでいったことに驚きの表情を見せる者、羨望の色を浮かべる者、意識してないと思わせたいのかわざとらしく視線を外す者・・・。


なんというか、正直に言えば快感である。まるで僕までサクセスストーリーの主人公と同じ世界にいると思わせてくれる。陸上でもせいぜい県大会に進めるくらいの実力しかなく、他にも特に注目されるような取り柄もないこの僕が。

これこそが何にも替え難いメグの親友ポジションの恩恵である。


自己顕示欲?承認欲求?当時の僕はそんな難しい言葉は知らなかったが、メグと接する時に浴びる周囲の視線により、僕の中の何かの欲求が充たされていることは間違いなかった。


ちなみに、ここまで長々とメグのことを話してしまったが、念のため言っておくと僕の運命の人はメグではない。


さっきから、なぜかチラチラと目の端に入ってくる、窓際の一番後ろの席でこちらに一切関心を示さないまま、静かに文庫本を読みふけっているメガネでおかっぱ頭の地味な女子、小林すみれこそが後に結婚することとなる、僕の運命の人である。


ーー

中学3年生に進級してから半月あまり、僕がすみれと二人で話をする機会はまったくなかった。


意図的に避けていたわけではない。はっきり言ってクラスでの居住地域がまったく異なっていたからだ。

クラスの中心でもあるメグの親友ポジションにいる僕は、メグを取り巻く目立つグループの友達と仲良くすることが多かったし、すみれは物静かな女子のグループと仲良くしていた。


ただ、すみれが、主役になることを思わせる光を放っていることには気づいていた。ただ、これまでの主人公達とは違って光が鈍く、しかも無色だった。


これまでは、色から感じ取れるイメージがそのまま彼らの物語を表していた。お金持ちになった叔父は黄金色、闇堕ちした同級生は黒色、躍進したメグは情熱の赤。


無色とはいったいどんな物語を意味するのだろう?


しかも、すみれは地味で、僕の目から見ればクラスではせいぜい女子生徒A、下手したら役名もないモブというポジションだろう。

決して目立つ行動をするわけでもなく、休み時間に教室の片隅で読書にふけっている姿、友達の話を聞きながら穏やかにうなずいている姿、掃除の時に床の隅まで丁寧に掃いている姿くらいしか目に入ってこない。こんな地味な子が、いったい何の物語の主役なんだろう?ほのぼの系日常物語の主役かな?

頭の片隅ではそんなことを考えたこともあったが、実際のところ、すみれのことを意識したことはほとんどなかったに等しい。


しかし、僕は、ひょんなことからすみれと初めての接触をすることになる。



「狼王・・・ロボ・・・?」


この日、たまたま、席で読書をしているすみれの近くを通りかかった時、読んでいる本のタイトルが目を引き、思わず声を漏らしてしまった。この頃の僕は戦記物のライトノベルに傾倒しており、タイトルから僕が知らない同系統の作品だと誤解したのだ。


「えっ?」

それまでまったく交流がなかった僕に突然話しかけられ、事態をつかみきれず、呆然としたすみれの表情はよく覚えている。道端で銅像から突然話しかけられた人だったら、きっとこんな表情をするんだろうか。そんな人など見たことはないが・・・。


「あっ、ごめん。タイトル見てどんな話かなって思って。気にしないで・・・。」

僕が慌ててフォローして立ち去ろうとした刹那、すみれは猛然としゃべりだした。


「狼王ロボはね、シートン動物記シリーズのお話の一つで、アメリカのニューメキシコ州に実在した狼の話で、家畜を襲う狼を退治するよう依頼されたシートンや猟師が、知能の高い狼であるロボと知能戦を繰り広げるってお話でね・・・。」


どうやら僕が思っていたような戦記物ではなかったようだが、あらぬ方向を見ながら早口でまくしたてるすみれに圧倒されその場にとどまって拝聴した。


「あっ、ご、ごめん・・・。わたし話し過ぎちゃった・・・。」

我に返ったすみれが赤面して下を向いてしまった。


「よくわかったよ。へ~!おもしろそう!動物とか知能戦とかの話好きなんだよね。ぜひ読んでみたいな~!!」


僕は多少大げさかなと思いながらも、すみれの机に手をついて身を乗り出した。

本心からそう言ったわけではない。うっかり自分が好きな作品を一方的に語ってしまった後に、急に沸き上がる羞恥心は僕も理解できる。しかも、こちらの語りに相手がひいてしまうと羞恥心が倍増する。だから、なるべく羞恥心をやわらげるために気を遣って、関心があるような態度を見せてあげたのだ。


「じ、じゃあ・・・、この本あげる。読んで・・・。」

すみれは僕の本心に気づかず、僕の言葉を真に受けて狼王ロボの単行本を差し出してきた。


「えっ!悪いよ!大事な本なんでしょ?それに読みかけじゃない?」

「だ、大丈夫。読み返してただけ。返すのはいつでもいい・・・。」

そう言って、すみれはさらにぐいっと前にその本を突き出してきた。さすがにここで受け取らないと傷つけてしまうかも。


そう思い、僕はお礼を言って、本を受け取りカバンにしまおうとしたところ、僕のカバンの中にアルスラーン戦記の第1巻が入っていることに気づいた。


「あっ、そうだ。じゃあ、もしよければこの本読んでよ。一方的に借りるのも悪いし。」


「・・・・えっ?」

帰りのカバンを軽くしたかっただけで、特に深い意味のない僕の提案に対し、すみれはためらいを見せていたが、その時うしろからメグの声が聞こえた。


「お~い、わっかばやし~。部活行くよ~。」


「あっ、じゃあ行くね。返すのはいつでもいいから。」

そう言って僕は机に本を置いてすみれの元から離れた。


こういった成り行きで本の貸し借りをしたのだが、まさかここからすみれと親しくなるとは思いもしなかった。


数日後、朝練を終えた僕が教室を席に着くと、音もなくすみれが忍び寄ってきて、おずおずと僕が貸したアルスラーン戦記の1巻を差し出してきた。


「あ、ありがとう。すっ、すごく、おもしろかった・・・。」

「えっ?もう読んだの?ごめん、僕はまだ読み終わってないんだ。」

「あっ、うん、いっ、いつでもいいの・・・。」


なぜかすみれは立ち去らず、そのままぼんやりと立ち尽くしていたため、沈黙が気まずくならないよう、形ばかりの会話として感想を聞くと、すみれはあらぬ方向を見ながら、どのシーンが面白かったのか早口で語り始めた。


「あっ、ご、ごめん。また一人でしゃべっちゃった・・・。」

そう言ってすみれは下を向いて赤面した。


「興味を持ってくれてうれしいよ。じゃあ2巻も持ってくるからさ。ぜひ読んでよ。」

「えっ、ええ?」

「いや1巻だけだったら半端なところで終わるから続きが気になるでしょ。あっ、小林さんも、もし他にお薦めがあれば教えてよ。」


「うん・・・、ありがとう・・・。」

ちょうど先生が教室にやって来たので、すみれは軽く頭を下げて自分の席へ帰って行った。


次の日、すみれの席に行ってアルスラーン戦記の2巻を渡すと、すみれがカバンから文庫本を取り出しおずおずと僕に差し出してきた。


「これ読んで・・・。」

本のタイトルを見ると、こうあった。


『君の膵臓をたべたい』


ええっ?なにこれ?猟奇殺人の話?でもそれにしてはカバーがおしゃれすぎるぞ。どういうことだ?僕は好奇心を押さえきれず、その本を受け取った。


週末、すみれから借りた本をパラパラとめくりながら斜めに読むと一気に引き込まれた。予想に反して猟奇殺人の話ではなく恋愛小説だった。僕は数ページ読むたびに胸が締め付けられ、本を閉じ、でも続きが気になってまた読みはじめ、胸が締め付けられてまた本を閉じることを繰り返した。


これまで恋愛小説を一切読んだことがなく免疫がなかったからだろうか。僕は、胸を掻き毟ったり、悶絶したりしながら断続的に読み進んだにもかかわらず、一気に読み終えてしまった。


月曜日、僕がすみれに本を返し、ついでに素直な感想を伝えると、すみれがどんどん紅潮して、ついには下を向いてしまった。


「ごめん。今度は僕がしゃべりすぎちゃった?」

「そうじゃない・・・そんなに・・・喜んでもらえるなんて・・・なんか・・・恥ずかしくなって・・・。」

すみれは席に座ったまま、体を小さくして消え入りそうになっている。


「えっ?あっ、共感性羞恥?恥ずかしい感想言っちゃったかな・・・。ごめんね。」

「ちがう。こんな・・・わたしが恋愛小説が好き・・・なんて恥ずかしい。どうせ縁がない話なのに・・・。」

「そうかな?別におかしくないと思うけど・・・。もし同じような小説があったら貸してもらえるとうれしいな。」

今回は別にすみれに気を遣ってこう言ったわけじゃない。僕は、この一冊ですっかり恋愛小説という分野に魅了され、本当に読みたかったのだ。


「じゃ、じゃあ・・・今度・・お薦めの本、持ってくる。」

すみれは一瞬だけパッと笑顔になった。まぶしい光を見て目を細めるような、はにかむような控えめな笑顔には不思議な魅力があった。


こんなきっかけから中学3年生の1学期に、すみれとの本の貸し借りが始まった。

しばらくすると、なんとなく月曜日の放課後に本を交換し、お互いに1週間かけて読み、また翌週の月曜日に本の交換をするのが習慣になった。本を交換する際に、短く感想を伝え合うようにもなった。


僕が素直な感想を伝えると、すみれはいつも真っ赤になったり、悶絶したり、奇声をあげたり・・・なんかそういう新種の生物みたいだった。


日曜日の夜に、「明日はどんな本を貸してもらえるんだろう」「こんな感想を伝えたらどんな顔するかな」と考えていると、これまで憂鬱だった月曜日が少し楽しみになった。


もっとも当時の僕は、自意識の強い男子中学生である。しかもクラスの主人公の親友を自負していた。そんな僕が、地味でオタクっぽい話し方をするモブ役の女子と仲良くしている姿をクラスメートに見られるのは気恥ずかしかった。


そのため本の交換の時以外に、僕からすみれに話しかけることはなく、本を交換する際も、感想を含めて10分の休み時間に収まる範囲で会話を切り上げていた。


だから、当時のクラスメートも僕とすみれが特別親しいなんて思うことはなかったはずだ。

よほど注意深く観察していなければ・・・。


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