86・粋な徒労
寝転がっていた体をガバッと起こし辺りを疑うが視界の中にジール以外の人影は見えない
「何だってんだいきなり・・・どこかに聞けるような人が居ないか・・・お、アレは」
だがよくよく目を凝らしてみれば視界の端の遠くの方に暢気に釣りをしている老人が見えた。ジールはその老人の所まで小走りで近寄り話しかけた
「なぁ、今なんかでかい音が聞こえたんだが・・・あんた何か知ってるか?」
「・・・」
麦わら帽子を被り釣竿を片手にポケ~ッとタバコを吹かしている翁。ジールの声が聞こえていないのか、ジールが話しかけても視線を釣り竿の先に投げたままでジールの方を見向きもしない
そんな老人にイラっとするジールだが心落ち着かせ再度少し大きめの声で老人に話し掛ける
「あのっ!今なんかデッカイ音が聞こえたんだが!あんた何か知ってるか!?」
少し老人の耳に近寄り声を張り上げる。するとその老人はジールの声が聞こえたのかジールの方へゆっくりと向き直り口を開いた
「・・・はぁ?あんだってぇ?」
「・・・」
ダメだコリャ、ただ単に耳が聞こえづらかっただけみたいだ。だがこんな事で諦めるジールではない
再々度老人の耳にさらに近寄り今までより大きな声で話し掛けた
「だからぁ!今デッカイ音がきこえたんだがよぉ!」「やかましい!聞こえとるわ!」
「・・・」
聞こえてんのかい
そう心の中でツッコんだ、なら返事しろよ、と思う。コメカミにピクピクと青筋が浮かんでくるが老人相手にムキになる事もない。深呼吸をして自分を落ち着かせる
「・・・それでご老人、今日は何かあったのかい?」
「ふん、そんな事お前なんぞに言って儂に何か得でもあんのか?」
「っ~~~!?」
こんのクソジジイ!その釣り竿の糸でお前の息の根を止めてやろうか、などと思いつい釣り竿に手が伸びそうになるがここでこのジジイのペースに巻き込まれても何の得の無い
そう思い直したジールはコメカミに青筋を浮かべたまま貼り付けたような笑顔で笑みを作り、空間収納からゴソゴソと何やら取り出した
「まぁまぁご老人。ここに取り出したるは、かの銘が入った銘酒『腰砕け 天寿』。さぁこれを老賢者であるアナタに是非飲んで頂きい所存です」
「ほぅ・・・お主、若いのに中々分かっておるじゃないか」
ジールが取り出したのは要は酒、しかしただの酒ではない。それはフェンルリア山から麓に染み出た魔力の籠った名水を抽出して取り出した至極の逸品。年間に数本しか製造できず、王都の王族でさえ中々口に出来ないと言う
目の前の老人はその価値を知っているかのようにその銘が入った瓶を手に取りじっくりと吟味するように眺める
「ふむ・・・良かろう。これで手を打とうじゃないか。時にお主、名を何という?」
「ご老人、チンケな流れ者の俺に名乗る名は御座いませんが、お耳汚しでも宜しければ名乗らせて貰いましょう」
「構わん、名乗るがよい」
「へい、さすれば名乗らせて頂きやす。俺の名はジール、性はストライダル。生業をハンターで喰わせて頂いているジール・ストライダルでごぜぇます」
足を大きく開き腰を中腰に。片手を後ろに回し、もう片方の手を伸ばし腰よりやや下に、掌は空に向け目線を下げる。いつの時代もジジイにはこの作法が効く筈だ
「・・・そうか、ジールよ。お主の礼節確かに受け取った。然らば儂もそれに答えねばなるまいな。して、何が聞きたかったんじゃったかの?・・・おぉそうか、確か先程の大きな音について聞きたかったんじゃったかの?」
「へい、もし差し支えなければこの愚鈍の自分に御教授頂けたらと思います」
「ふむ、良かろう。・・・先程の音はこの町の祭りの始まりの音じゃ。耳に挟んでいるかもしれんが約一か月ほど前に勇者を名乗る一行が魔王率いる魔族を殲滅したと報告が上がっての、一度王都へ報告へ戻った後、その御一行の中にこの町出身の魔法使いがおったみたいで、今日はそヤツの凱旋パレードと言ったところか」
「・・・」
ピタリと、ジールの動きが止まる
「まぁすぐに帰って来れなかったのは大方、さぞかし持て囃された故、中々開放されんかったんじゃろう。どうせ王都の腐りきった皇族達が己らのアピールで忙しかったんじゃろうて、まぁ腐っても勇者御一行じゃからの。今後の為に縁を作っておきたかったんじゃろう」
「・・・」
「しかしお主も旅の途中なら一目見ていくがよいと思うぞ、見る事でご利益があるかもしれんからの。まぁ儂は全く興味がないがの・・・って、あれ?どこ行ったんじゃ?」




