80・その頃のジール
魔王から放たれた漆黒の球体は見る見るうちにリン達の方へと迫って行った
迫る死の予感、逃れようがない現実
受け入れられない、受け入れたくない
・・・まだ死にたくない
「やだよ・・・助けてよ・・・助けてよパパー!!」
ーーー
バッシャァン
「ゲホゲホッ!・・・ハァハァ・・・あれ?どうなったんだ?ここはどこだっけ・・・」
記憶が飛んでいる。確かセドリアーナに渦の中に放り込まれて・・・そうだ今までの、アレは過去の俺だ
先程までの事を思い出したジール。と慌てて自分の体の状態を確認する
「・・・身体、あるじゃねぇか。良かった・・・良く分からねぇけど助かったみたいだな」
自分の身体が溶けてしまったような気がした。それにあの渦の中からどうやって戻って来れたのかも分からない
気付いたら渦の中から吐き出されて・・・いや、自力で戻ったのか?良く分からない
そんな事を考えていると透き通った声が背後から聞こえてきた
「あら?思ったよりも早く出れたみたいね。ふふ、よく生きて出てこれたわ。そのまま死ねばよかったのに」
これはアレだ。この毒舌は間違いない、絶対、確実にセドリアーナだ
後ろを振り返らずとも分かる。この美しいソプラノボイスに全く合っていないその毒舌ボイス。長く生きてきたジールでも思い当たる人物が一人しかいない
「あ~まぁ何とかな。・・・それより俺はどのくらいあの中に居たんだ?思ったよりも早くって言ってたが・・・」
振り返らずとも分かるがその質問の答えが気になる為、一応声のした方へ振り替える。ほら、やっぱりセドリアーナだ。まぁそもそもここにはセドリアーナ以外はニンフ達か魚ぐらいしか居ないのだが・・・
それよりも渦の中の時間の感覚が全くなかった為、それが気になる。体感では数分とも数時間とも思えたが、実際の所はどうなのだろう
「時間?そうね、分からないわ。ふふ、あなた達人間の時間なんて気にしたことないわ。言ったでしょ、ここは時間の概念が無いの」
「・・・いやそれは分かるけどよ、神様なんだから何となくでいいから分かるんじゃないのか?」
「ふふ、いちいち煩いわね。相変わらず匂ってくるその臭い口を閉じなさい、そもそもアナタ原始の涙のことが気にならないの?変わった人間ね」
「・・・」
確かにそうだ。俺は原始の涙を採りに来るためにここに来たんだった
と言うか俺の口ってそこまで臭いもんなのか?口臭が無くなる魔法を考えておいた方がいいのか?
自分の手を口に当ててはぁ~と息を吐いて嗅いでみる・・・ちょっと臭いかもしれない。まぁその改善策はまた今度考えておこう
「分かった・・・とりあえず俺の口が臭いのはスマン。それよりアンタが言うように原始の涙はどうなったんだ?と言うかさっきまで俺が入っていた渦は何なんだ?」
「分かったのならいいわ。渦の何もアレが原始の涙そのものよ。身体が溶けちゃったんじゃないの?ふふ、今までの人生はどうだったかしら?」
ジールの質問に意地悪そうな笑みを浮かべそれに答えるセドリアーナ。その曖昧な答えにジールはイラっとして眉を顰める
「・・・分かってて放り込んだんだろ?まぁ無事に出れたんだから良しとするか・・・それで原始の涙の欠片だっけ?それはどこにあるんだ?と言うかもう一回入らないといけないのか?」
確かに、ジールの問いかけも最もで、出てこれたはいいがそんな物は少しも見なかった。むしろそんな存在があるのかも怪しい。毒舌セドリアーナの事だ、俺の反応を見て楽しむために弄んだのか・・・そんな考えが過る
だが、セドリアーナはジールの反応が思ったより鈍かったのか面白くなさそうに答えた
「はぁ・・・入る必要は無いわよ。それよりジール、アナタ普通の人間よりかなり特殊な生き方をしてきたのだから、出てこれたとしてもある程度精神が壊れて出てくると思ったんだけど・・・ふふ、中々タフなのね」
そう言いながらジールに近寄り頬をスゥっと撫でる。渦の中に入る前のデジャブか・・・
絶世の美女に再び悩殺されジールは鼻息がフガフガと荒くなるが、今回は何とか理性を保ちセドリアーナから距離を取る
「と、とりあえずもう一回あの中に入らなくていいのなら原始の涙の欠片はどこにあるのか教えてくれないか?」
顔を真っ赤にしながらも何とか体裁を保ったジール。だが片方の鼻から一筋、タラリと鼻血が垂れていた。だが責める事は出来ないだろう、だって男なんだもの




