79・絶体絶命
「ふん、知った事か」
フライパンを投げた後、どこで補充してきたのか両手で包丁を握り締めて震えているレイカーを一蹴し、瓦礫を薙いだ時と同じように手を横に振り突風を起こしレイカーを吹き飛ばす魔王
「キャアッ!」
戦いに対して全く免疫が無いレイカーはそれに逆らう事も出来ず髪を振り乱してその場に倒れてしまった。元々生地の薄い服を着ていたレイカー、倒れてしまった事でたわわに実った二房のメロンが零れ落ちそうになってしまう。幸いなのはそれに反応する人間がこの場に居ない事か、それを目にしていた唯一の人間の男であるガルスは全くの許容範囲外
「元々、貴様等人間が始めた事であろう。そんなにその男が大事なら纏めて葬ってくれる」
勿論、魔族である魔王がそれに反応することも無く、倒れているレイカーに向けて掌を向けて漆黒の魔力を溜めだした。その魔力量を感じればダノンを含めその場一帯を更地にする程、魔王が言うようにその近くにいるレイカーも無事では済まないだろう
当然の事ながらそれに対抗する術が無いレイカーは悔しそうに下唇を噛み締め涙を流していた。自分のダノンさんの二の舞なのか、少しも何もできないのか、と
だが傷つけられたレイカーを見て一番憤りを感じていた人間が居た
「レイカーさんに何するの!これでもくらえ!!」
それは恐怖より憧れの女性を傷つけられた事への怒りが上回ったリン。エリーの背中をずっと支え、その場から動かなかったリンだが、レイカーの姿を見て思わず魔王への怒りがこみ上げた
エリー直伝の得意の氷魔法を駆使して大きな氷柱を作り出し魔王に向けて放った。いつもの特訓で自分の父に向けるような魔法より遥かに憎しみを込めて、それに比例するような大きな殺傷力を持ったそれは魔王に逼迫し襲い掛かった
「何!?くっ!」
突然氷柱が襲い掛かってきたことにより、それに対応するため魔王が溜めていた漆黒の魔力はレイカーの方では無くリンが放った氷柱に向けて放たれた
ドゴォオオン
自らに氷柱が突き刺さる前に何とかそれを撃ち落とした魔王。ダノンの攻撃にも耐える魔王の身体だが、思わずリンが放った魔法に反応してしまった。年端もいかない少女の魔法に、だ
「・・・この村はおかしな人間どもの集まりなのか?」
自分に向けられた魔法は規模こそ中級程度であったが、その質が少女程度が使う魔法のそれではない。人の常識で考えれば魔族領へ乗り込んで来た勇者御一考の魔法使い、と言われても可笑しくないはずだ
魔王は自分でも意図せずに背中に冷たい汗が流れていくのを感じた
「何れにせよ、だ。今のうちに殺しておくべきだ」
魔王がその結論に達してしまうのも当然の事と言える
ただの殴り合いで自らと互角に殴り合った老人、それに一撃で吹き飛ばし瀕死の重傷を負わせたはずの人間が何事も無かったように立ち上がっていた・・・さらにはこの少女。この村は異常だ
これ以上不測の事態が起こる前にこの村の人間は殲滅してしまうべきだ
そう結論付けるとともに魔王は自らの魔力を最大限まで練り始めた。もう手加減は無しだ、全力をもってこの村の人間を殲滅してくれる。そう思った魔王、全力を込めたその殺気はダノンと戦闘を繰り広げていた時の比では無い
あれ程激しかったダノンとの戦いにおいても手を抜いていた魔王。その魔王が全力で魔力を全身に纏う
魔王の身体がゆっくりと宙に浮かんでいきその周りを漆黒の魔力が覆い始める。そのあまりの魔力量に大気は震え大地が揺れていた
「あ・・・いや・・・」
魔法を打つ為、魔王に近づいていたリンはその殺気に当てられペタンとその場で尻餅をついてしまった。動けるはずがない、あの勇者とも渡り合える魔王の全力の殺気なのだ。現実での戦いの経験が全く無い少女が耐えられるはずがない
「リン!くそっ!動け!動けよ足がぁ!!」
動けなくなってしまったリンを見て地面に這いつくばったままのガルスは腕だけで這いずって何とかリンの元へと行こうとする。だが魔王の膨大な魔力によって震えている大地の上では上手く進む事が出来ない
「やだよ・・・ママ・・・助けてよパパぁ」
震える声で呟くのは大好きな両親の名前
「こんな時に何やってんだよジール・・・お前の!お前の大切な!・・・くっそたれぇえ!!」
どうしようもない苛立ち、どうしようもない無力感
「あぁ・・・もうダメだわ・・・これで貴方の元へ行くのね・・・」
いつもの日常、ついさっきまで平和な日常だった
それがこんなにアッサリと壊れてしまう。愛した人を失ったあの日の様に
・・・
「ふん、こんなものでいいだろう。さぁ、辞世の句は済んだか。苦しまず一息に葬ってくれよう」
膨大な魔力を極限まで圧縮し練り込んだ漆黒の球体。あまりの魔力量にその球体の周りは空間が歪み黒く放電している
そして魔王はそれを両手で包みリン達が居る地面に向け、それを放った
「食らうがいい!人間として生を受けた事を悔いて滅びるのだ!」




