78・スカビオサ
「ま、魔王・・・」
声のした方向を見上げれば多少傷つきながらも背中の羽を羽ばたき宙に浮いている魔王が居た
あれ程の戦闘をダノンと繰り広げながらも目立った傷は無く、殴られた事で体の至るところが腫れているぐらいか。人間の中でも異常種でありユニークホルダー、そのダノンと激しい殴り合いを繰り広げてもその程度。流石魔王、魔族を治める王なのは伊達ではないようだ
「楽しませて貰った礼だ。放って置いても息が尽きそうだが、我が自ら手を下してやろう」
魔王はそう言うとゆっくりと民家が崩れ落ち瓦礫の中に埋まっているであろうダノンの所へとゆっくりと降りて行った
そしてふわりと瓦礫の側へ降りたと思ったら手を横に薙ぎその風圧によって積み重なっていた瓦礫を吹き飛ばした
「殺すには惜しい実力者だが貴様も人間だ。我の復讐を遂行する為、息の根を止めてやろう」
瓦礫の中から現れたのはガルスの予想通りダノンであった。だが現れたその体はいつものように逞しく磨きがかれたそれでは無く、元々の色なのか本人の血で赤黒く染まっているのか分からなくなっており、何より普通の高齢の老人と同じぐらいに細く萎んでいた。いやむしろそれより遥かに、それがダノンだったのかどうか分からないぐらいであり、唯一判断出来るのがその下半身に装着されたままの真っ赤に染まったフンドシであった
そしてそれがやはりダノンなのだと分かる、分かってしまった
命を燃やし全て力に変えた代償
そしてダノンの切り札
ダノンはきっとこうなる事が分かっていたのだろう
命を賭して守ると決めたから、自分はこの村の護衛なのだから
だが敵わなかった、届かなかった。己の全てが目の前の男、魔王には通じなかった。無念だ、無念である。だが満足だ
ただ約束を守れなかった事が心残りだ。村を守れなかった。ガルスではとても敵わないだろう
ジールが居れば、あいつならこの目の前に悠然と立っている魔王でさえ相手にはならなかっただろう。ジールよ、済まない。約束を違えてしまう事になる
だが大丈夫だ。この村にはアイツがいるのだから・・・
そしてダノンはゆっくりと意識を手放していった
その最後は何故か穏やかな顔だった
異常種として生れ落ち人に恐れられ恐怖を刻み続けた男
そして村に愛され村を愛した男
スポン草を愛しスポン草に愛された男
ダノン・アールスハイド
ここに散る
「・・・逝ったか。我が止めを刺そうと思ったが、まぁいいだろう。・・・人間にしておくには惜しい男だったな。出会いが違えばか、フン、貴様の事は覚えておいてやろう」
止めを刺すために向けていた掌をスッと下す魔王。ダノンの実力を認めた故、惜しかった。こいつが人間でなければ、と。だが人間だ。それを覆す事は出来ない。そして人間であるが故に我の復讐なのだから
少しの間ダノンを見つめた後、残っている村人たちを殲滅しようと踵を返した
だがその時、思いもがけず飛来した物が頭部に当たった
「ヒック・・・ダ、ダノンさんに、な、何をしたの?あんなに逞しかった体が・・・ゆ、許さないんだから」
頭部に当たったモノを目で追えば、それはフライパンだった
そして声がした方に視線を送れば深紅の髪を腰まで伸ばした妙齢の人間の女だった
「れ、レイカーさん!何してるの!?危ないから逃げてよぉ!」
遠巻きに見ていた筈のレイカーがいつの間にかダノンの近くまで駆け寄りそして魔王に向かって手にしていたフライパンを投げていた
ダノンの惨状に意識を取られ呆然としていたリンもレイカーの姿を確認した途端、慌てて我に返り大きな声で叫んだ
「ダ、ダノンさんはあの人を失って、失意に沈んでいた私を、ずっと支えてくれていたの。お、大きくて、逞しい背中、あの人の様だったわ。そ、それを・・・ぜ、絶対に許さない」
いつもの凛として村の老若男女誰もが憧れる女性、レイカーだがその美しい顔は涙でぐしゃぐしゃになっており肩を震わせながら精一杯虚勢を張っていた
・・・だが、ダノンの様に力に優れている訳でもなくジールの様に魔法に秀でている訳でもない。ただ、料理が人一倍上手な淑女であった。それ故、魔王に対して怒りをぶつけるもそれに対抗する手段を持っていない。リンが焦ってレイカーを止めようとするのも当然であった




