72・悪因悪果
地の底から滲み出るような黒く濁った低い声
その声を聞くだけで生命が削り取られていくような感覚
そして・・・
「お前・・・魔族か」
明らかに人のソレでは無い男の風貌
額から伸びる一対の角、背中から生えている漆黒の四枚の羽、全てを射殺すような深紅の瞳
そして最も異質なのが男の纏っている澱んだ魔力の質。その男から滲み出ている黒く纏わりつく様な魔力のオーラ。いくら魔族とはいえ、こんなにも澱んだ魔力を身に纏うのは普通のソレでは無い
「ふん、良く分かったな。我は・・・我等は貴様等人間どもを根絶やしに来た魔族である。そしてその汚い口を閉じてとっととくたばれ」
男は自ら名乗りを告げるや否やガルスに掌を向け漆黒の魔力の塊を打ち出した
とっさの事で反応できなかったガルスは避ける暇もなく腹部に直撃をくらってしまう
「ぐわぁああ!!」
傍から見ると大した事なさそうな攻撃だったが込められている魔力量が尋常ではない。エリー達が打ち出してくるような氷塊などとは比べ物にならない
その場から遥か後方まで吹き飛ばされてしまったガルス。そしてその勢いのまま民家の壁に叩きつけられた。直撃を食らった腹部はかなり深く抉れておりパッと見ただけでもそれが重傷だという事が分かる
「「ガルスさん!!」」
吹き飛んだガルスを心配してエリーとリンの二人の声が重なる
エリーは直ぐに回復をしようとガルスの元に駆け寄ろうとしたが男の声がエリーを抑えつけた
「ほう、今のをくらって原形を留めているか。そこのジジイにしろ人間にしては中々やるではないか」
「あ・・・ぃや・・・」
動こうとしても動けない
澱んだ男の魔力と低く響いてくる声がエリーの体を縛り付ける
その禍々しい男の雰囲気がエリーの記憶の中の人物と重なり、エリーは過去の記憶がフラッシュバックしてきた
「いやっ!・・・やめて!こっちに来ないで」
頭を抱えその場に蹲ってしまうエリー
いくら男の黒く澱んだ魔力のオーラが禍々しいにしろエリーの反応は尋常ではない
「ママ・・・?」
様子のおかしいエリーを心配してリンが駆け寄ってくる
いつもはあれだけ凛として頼りになる自分の母、そんな母が震えて頭を抱え蹲っている
初めて見る大好きな自分の母のそんな状態を見てリンは狼狽え涙目になってしまった
「ママ!大丈夫ママ!?」
蹲ってしまっているエリーの肩を持ち覗き込むように様子を伺おうとするがエリーはそれに反応しない。ただ小さく嗚咽を漏らし震えていた
「お主・・・ただの魔族ではないの。よもや・・・魔王ではないかの?」
そこに全身傷だらけで倒れていたダノンが声を上げた
スポン草で漲っていたその逞しい体は見るも無残な程切り刻まれ、体を起こすのも難しい程。それを無理矢理動かしエリーとリンの前に立ちはだかった
「ほう、よく分かったな。如何にも、我は魔王だ・・・いや、魔王と呼ばれていた、か」
禍々しく全身を覆う魔力、尋常ではない魔力量、引き連れている数多の魔物達そしてそこから導き出されたダノンの推察
そしてそれは当たっていた
だがしかし、それならば、と疑問が残る
「やはりか・・・じゃが何故じゃ?お主は勇者によって討伐されたと聞いたが・・・」
そう、その筈だった。この辺境の村でさえ噂程度ではあるが、そう聞こえていた
ダノンは震える足を大地に踏みしめ魔王と呼んだ男との会話を続ける。正直、ダノンにとって目の前の男が魔王であろうがなかろうかどっちでもいい
ただ後ろに蹲っているエリーとその側にいるリンが逃げる時間を何とか稼げればそれでいい
「勇者・・・勇者か。その貴様等人間が讃えているその勇者が、自ら犯した罪の為に人間が皆殺しにされるのを見たらどう思うのか・・・これは復讐なのだ。貴様等を皆殺しにしたらその後は勇者を八つ裂きにしてくれよう!」
魔王はそう言い放つと纏っている澱んだ魔力を辺り一面に撒き散らした
魔王の体から広がっていくその黒いオーラに触れた草木は次々と枯れていき大地は腐っていく。遠巻きに様子を見ていた数人の村人たちはそれに触れた途端胸を押さえて苦しみだし泡を吹いて倒れて行った
「ぐっ!?何と言う負のオーラじゃ!リン!何とかエリーを連れて離れていてくれんか!?」
既にスポン草の効果が切れつつあるダノン。自慢の肉体でさえそのオーラに触れると少しずつ腐食していく様に爛れていく
歴戦の戦士のダノンでさえ魔王から生み出されたオーラに至近距離でくらってしまうのには傷を負い過ぎていた




