３ 苦渋の選択
逸般人用語？ が多くなって申し訳ありません。
ですが次話（このおまけの最終話）はもっと酷いです。
マリと２人で、ラーヌンの材料一式を屋台に積み込む。
昨晩は材料切れで終わってしまったので、麺もスープもタレも昨日の１割増しだ。
この厨房では、私達以外用にもこれらを作っている。
自在袋に入れて運び、名物としてユダニの温泉施設の食堂や、オーツェルグにあるマノハラ領ミタニのアンテナショップで出しはじめたそうだ。
まだ出し始めたばかりなので、この先どうなるかはわからない。
順調なら人を育てて、専用の厨房施設を造ろうという話もあるそうだ。
なおこれらの店では、ラーヌンではなくラーメンとして出している。
この屋台でラーヌンとあるのは、違和感で目を引くためだ。
「ありがとうございました。それでは行ってまいります」
エゴーマ氏をはじめとする厨房の皆さんに頭を下げてから、移動魔法を起動。
あっという間にトヨシマの、暗いガレージ的スペースへと到着だ。
外を確認した後、両開きの扉を大きく開ける。
マリが魔法を起動してゴーレムを出す。
外に出て扉を閉め、店を出す場所まで行って、屋台を止めて輪留めを噛ませてと。
それでは本日も元気にお仕事をするとしよう。
折りたたんだ屋台を展開し、丼、タレの容器、スープの寸胴、麺を湯がく寸胴等を並べる。
なお麺やトッピング類は、出す直前まで自在袋の中だ。
今は寒いけれど、それでも材料が傷むとまずいから念のため。
暖簾を下げのぼり旗を立てたところで、早速お客様がやって来た。
「いらっしゃいませ」
おっと珍しい。最初から女性のお客様だ。
なお昨日の夜に訪れた若い女性ではない。
もう少し年上、30代半ば位の人だ。
「ご注文はどうなさいますか」
「大ブタでお願いしますわ」
おっと、いきなりヘビーな注文。
悪くない。思わず私、にやりとしてしまう。
「ニンニク入れますか？」
この言葉は、ニンニク以外のトッピングもどうするも同時に聞いている。
この辺の注文方法については、各テーブルにもメニューと一緒に書いておいた。
読めばわかる筈だし、何なら『普通で』でもいい。
「ヤサイニンニクアブラで」
おっと、わかっている注文だ。
本家ではこれが一番美味しい。
少なくとも私はそう思っている。
ん、でも待てよ。この女性初見だよな。
それにしては妙に慣れている気が……まさか。
これは注意する必要がありそうだ。
そう思いながら、注文通りの丼を作って出す。
「お待たせ致しました」
この辺は本家？ と違って丁寧に。
女性は当たり前のように食べ始めた。
しかしそれを見た私は戦慄する。
女性は山盛りの野菜の下から麺を引っ張りだして、野菜の上にのせている。
これは天地返し。
二郎を食べ慣れし者に引き継がれる、加水率が少なく汁を吸いこみやすい太麺を最後まで適度な水分＆塩分量で食べる為の技だ。
間違いない。
こいつは玄人、いや異世界日本の記憶を持っている。
ならば聞いてみよう。本当に元日本人であるかを。
「お客様、当店の看板、気になりませんでした？」
「そう言えばラーヌンになっていたわね。あれ、わざと？ それとも誰かからそう聞いたのかしら？」
第一チェックポイント通過だ。
「やはり日本の記憶を、お持ちのようですね」
この言葉は、日本語で言わせて貰う。
「あらお姉さん、転生者？ それも日本からの」
通じた。
間違いない、これが目標だ。
「ええ。同じような人がいないかなと思って、こういう屋台をやってみました」
「ひょっとして、向こうのお姉さんも同類でしょうか？」
「いえ、転生者は私だけです」
この辺は全て、日本語で話している。
マリには悪いけれど、後で説明するということで。
「あと●郎系ならこのスープ、優しすぎではないのかしら？ もっとガツンとくるべきでしょう」
それは私としても残念な点だ。
「化学調味料がこの世界には無いものですから。他はそれらしく似せたのですけれど」
「確かに化調はこの世界には無いでしょうね。そう考えれば悪くは無い線を行っていますわ。これ野猿●郎インスパイア？ 野菜の量は普通ですけれど」
間違いなく日本出身者だな、これは。
それもかなりの二郎を食べ慣れし者か、もしくは多摩の住民か。
なら更に踏み込んでみよう。
「ええ、あの乳化した白いスープとしっかりしたアブラが好きなので。ところでこの辺で貴腐人向けの薄い本が流通しているとお聞きしたのですが、ご存知ないでしょうか」
「ひょっとして同志？」
のってきた。
間違いない。目標補足だ。
「興味がある程度です」
「なら呪術キャラでは虎伏派？ 五伏？ まさか五悠じゃないですよね」
女性が領域展開したというか、ヤバ目のオーラが放たれた。
ここで回答を間違えたら殺される。そんな恐怖が私に襲いかかってくる。
勿論私も、その漫画は知っている。
しかし元々はおっさんなので、そういう目でキャラクターを見た事がない。
まずい。どう答えればいいのだ。
なまじそれっぽい事を言ってしまうと、かえってヤバい事態になる可能性が高い。
こういうのは、意見が近いが違うというのが一番危険なのだ。
〇×●派の最も憎むべき敵は●×〇であるように。
かと言って異性同士派というのも、反感を買う可能性が高い。
男女の組み合わせこそが正常という偏見、に散々傷つけられている可能性もあるから。
絶対逆カプにもならず、反感を買わない方法は……
若者ではなくおっさんキャラで行くべきだろうか？
いや、これもきっと危険だ。
特に貴腐人にはおっさん派が結構いると聞いている。
ここで外したら、核爆発級の惨事となりかねない。
超高速で思考して、ひとつだけ回避策を思いついた。
これならおそらく、彼女の爆発は避けられる。
そのかわり私の精神的には、大変に危険だ。
それでもしかたない。他に方法が思いつかない。
「笑わない。そう約束してくれますか」
まずは訳アリっぽく、前振りをさせて貰う。
「大丈夫。笑わないと約束する」
「本当ですね」
そこまで引っ張ってから小声で、勿論マリに理解出来ないように日本語で、小さく恥じ入るように言わせて貰う。
「パンダ総受けです」
「うっ！」
女性はとっさに口を押えた。
しまった失敗か。そう一瞬思ったがどうやら違う。
必死に笑いをこらえている感じだ。
私はタオルを差し出す。
彼女は受け取ったタオルを口にあて、そして思い切り吹き出した。
どうやら誤魔化しは成功したらしい。
そのかわり私はこれで、獣姦スキーになってしまった。
これではまるでゴールデンカ●イの姉●支遁ではないか。
パンダもクマの一種だし。
いや本当は違うのだ。
私は姉畑予備軍じゃないんだ。
地雷を踏まないように必死に考えた結果なんだ。
他に客が居なくて良かった。
日本語は通じないとわかっていても、聞かれたくなかったから。
ただ恥ずかしくて、顔を上げることが出来ない。
女性は１分くらいの間、タオルを口に当てたままヒクヒクし続けた後、私の方を見る。
「ごめんなさい。まさかそっちの人だとは思わなかったわ」
ああ恥ずかしい……
作戦はうまく行った。
しかし私は屈辱感と喪失感でいっぱいだ。
※ パンダ
そういうあだ名の人間ではなく、少なくとも外見は完全にジャイアントパンダです。詳細は『パンダ（呪術回戦）』で検索していただければ。
※ ゴールデンカ●イの姉●支遁
わからない人は『姉畑支遁 ヒグマ』で画像検索を……しない方がきっと健全です、はい。
