1 ●郎インスパイア系 in 異世界
今回のおまけはしょうもないというか、どうしようもない内容のお話です。
最終話には逸般人(一般人ではない)にしかわからない用語がこれでもかと出てきます。あとお下品かもしれません。多分用語だけなので、BANはしないと思いますけれど。
あと用語そのものも古いです。これは中のおっさんがその頃亡くなったということでご了承ください。
冬の昼下がり。ブクラ国トヨシマの街、日照市場大通り。
気温は低い。私もマリも魔法で暖気を纏える。
それでも少し強い風が吹くと、纏った暖気も逃げてしまう。
しかし今の商売は寒い方が人が寄ってくる。
チャララーラーラ、チャラララララー。
私が吹いたソルナーの音が辺りに響く。
ソルナーとはチャルメラそっくりの小さな楽器。
何度か練習した結果、それっぽい音で吹き鳴らせるようにはなった。
今、私はマリと2人で屋台をやっている。
屋台を止めてチャルメラで客寄せしているのだ。
売っているのは何処ぞのインスパイア系中華そば、ニンニク入れますかという奴である。
社訓もどきもテーブルに貼っておいた。
うろ覚えなのでどこまで正しいかはわからないけれど。
一番が『清く正しく美しく』で、最後の六番が『ニンニク入れますか?』なのはあっていると思う。
今となってはそれ以上確かめる術はない。
更に屋台の上には『ラーヌン』と大書した看板も出している。
小さい文字まで厳密に読むと『イワルミア王国ミタニ直伝、次男インスパイア系ラーヌン』だ。
念の為言っておくが●郎ではなく次男、ラーメンではなくラーヌン。
そこを間違えないように。
実は私達、調査任務中である。
依頼者は私にとって恩師であり鬼門でもあるサクラエ教官。
「実はこんなモノが一部で出回っているらしいのだ』
例によっていきなり私達が泊った部屋にやって来たサクラエ教官が提示したのは薄い本だ。
厚さが薄いという意味だけではない。
日本の特殊な用法における意味での薄い本だ。
「中を確認していいでしょうか」
「ああ」
開いて数ページめくってあああと思う。
間違いなくこれは薄い本だ。
それも古くは801との隠語で呼ばれ、私が俺だった頃はBLとも呼ばれた分野の本である。
私は中身がおっさんだから興味は無い。
だが情操上マリには見せたくない代物だ。
残念ながら気付くのが遅かった為、しっかり見られてしまったけれども。
「これは間違いなく他の世界の知識で描かれたものだろう。アンブロシア君はどう判断するかね」
「間違いありません」
間違いない。
これは20世紀末から21世紀初頭頃にかけての薄い本、それも腐りし者が描いたものだ。
絵柄から21世紀に入って10年以上後、2010年代以降だと思われる。
「やはりそう判断したか。実はこの本、ブクラ国トヨシマ近辺から密かに広まっているらしいのだ。この本のおかげで妻が逃げたとか、娘がおかしくなったとの話もある。
しかしこれを作った者も配布した者も判明していない。手掛かりも他に何もない状態だ。そこで他の世界の知識があるアンフィ―サ君に調査を頼みたい。謝礼は支払う」
なるほど、確かに私は適任だろう。
なら条件をここで詰めておこう。
「それで他の世界からの知識を持っている者を見つけたら、どうすればいいのでしょうか」
「私に連絡して欲しい。有用な知識が得られるか話してみたい」
「わかりました。それで謝礼は」
「かかった実費プラス大金貨1枚でどうだろう。対象が複数いた場合は1人につき大金貨1枚追加で」
「わかりました」
正直私も興味があった。
だからそんな感じで引き受けた訳だ。
腐女や貴腐人等のうち、選ばれし者は同類を見抜くことが出来ると言われている。
しかし私の中身はおっさん、腐った世界に興味はない。
だから私が見て見分けがつく筈はない。
そこで私が考えたのがこの屋台作戦である。
チャルメラのメロディーと少し間違った屋台を見れば、日本の記憶を持つ対象者は興味を持って近づいてくるのではないか。
そう考えた訳だ。
「調査はともかく、商売としては順調ですわね」
マリの言う通りだ。
屋台を出してまだ3日目だけれども、昼時には列が出来るくらい客が来た。
周辺の他の屋台と比べても、客数は負けていない。
「味にはそれなりに自信がありますわ」
このラーヌン、開発にはプロが関わっている。
リリアの家、つまりマノハラ家の首席料理人エゴーマ氏に協力を仰いだのだ。
私がうろ覚えの家二郎レシピをもとにして。
リリアの家にお世話になったのは、公私ともにきちんとした理由がある。
公の理由は、マノハラ伯爵の職掌に、現在の私とマリに関する一切が含まれているから。
マノハラ伯爵は現在、イワルミアの宰相代理を務めている。
なお宰相はいない。つまり国王陛下を除くと実質トップ。
こうなったのはもちろん、この前の騒ぎで偉くて駄目な貴族が根こそぎ掃除されてしまったからだ。
結果、行政担当のお偉い職がほぼ空席となった。
そこで各領地の経営具合を調査した結果、最も行政能力がありそうだと判断された、中堅貴族マノハラ伯が抜擢されたのである。
なお私の家もマリの家も、一代貴族の男爵家まで降爵されてしまった。
当然私もマリも、帰る訳にはいかないし帰ると面倒だ。
そして寮の部屋も、留学中ということで取り上げられてしまった。
だから週に1回イワルミアに帰る際は、マノハラ家にお世話になっている。
一応は顔も知っているし、リリアの家だから、他にお世話になるよりはずっとまし。
なのでついでということでラーヌンも、製作協力を願った訳だ。
さてこのラーヌン、出汁は豚の大腿骨と背骨を熱湯で洗ったもの、豚肩肉を縛ったもの、ニンニクと香味野菜からとった本格派。
麺はマノハラ領産の小麦粉とタークボ男爵領特産の塩、海藻灰を使って打った加水率少な目の極太麺。
タレは魚醤、香草、魚干物、豚肉、酒、水飴を煮詰めて作った特製だ。
更にこれに、炒め野菜煮豚ニンニクニラの凶悪なトッピングがつく。
寒い日でもこれ1杯食べればすぐ体内から温まる代物だ。
実は個人的にはもう少し尖がった味にしたかった。
しかしこの国には味●素は勿論、グルエースなんて化学調味料は存在しない。
その分かなり優しい味になってしまったのが、残念と言えば残念。
それでも毎日食べたら塩分と脂取り過ぎで、正直ヤヴァイとは思うけれど。
昼にも来た30代なりかけくらいの男性がやってきた。
「おねーちゃんまた1杯たのむわ。ヤサイブタマシマシカラメアブラニンニクで」
「わかりました」
早くも病みつきになる客が出ている。
調査が完了したらどうしようか。
無視して此処から消えるのも悪いような……
そんな気になってしまうくらいだ。
それにしても客、10代後半~30代くらいの男性客ばかりである。
ターゲットは女性なのだけれど、何故こうなったのだろう。
私とマリという綺麗どころ2人でやっているからだろうか。
それとも元にしたレシピの選択を間違えたのだろうか。
しかし私は日本ではおっさん、女性受けするレシピなんて覚えていないのだ。
なんて考えていると客がだんだん増えて来た。
いかん、商売に専念せねば。
どっちが本当の商売か疑問に思いつつも、私は屋台営業に集中する。




