第9話 はじめての階層ボス
同じクラスの半数以上の生徒は掌握させてもらった。
私の態度が変わった事により、男子受けがよくなっただけではない。
現在では女子もほぼ全員、味方につけている。
女子を味方に付けた秘密は、私特製のリンスだ。
具体的には、
① 大風呂へ毎日入る
② 髪に使っているリンスが気になる
③ そういえば3人とも髪がつやつやだ
④ 出来ればそれ分けて欲しいな。
という流れで、クラス外の女子からも申し出があった。
そんな訳で材料を購入し魔法で大量生産。適当な瓶や壺に入れて配りまくったのだ。
無論無料。侯爵令嬢たる者ここでケチってはいけない。
結果、かなり皆さん私に対して好意的になってくれた。
計画にはなかったのだけれど、結果オーライという奴である。
なおこのリンス、原材料さえ知っていればこの国でも安価に手に入るもので作れる。
強いて言えば蜂蜜がちょい高価かな程度。使用量は少ないから問題無いけれど。
こういった知識は、おっさん時代に何でも手作りする趣味を持っていたおかげである。
何事もやっておくものだ。まさか異世界で役に立つとは思わなかったが。
放課後の迷宮訓練も極めて順調。
まだはじめて10日だけれど、以前よりかなり強くなることが出来た。
特に魔力が以前の倍以上に伸びた。この辺は私独自の特訓の成果だ。
寮の私の部屋には風呂がある。高級貴族用の部屋の特権だ。
バスタブだけで、普通に身体を洗う際は、専属メイドのオルネットが魔法でお湯を出しながら洗ってくれる。
このバスタブを使って、私は魔法を特訓したのだ。
方法は、
① 空のバスタブに水を9分目まで入れる。
② 水を沸騰させ、全て蒸発させる。
③ 蒸し暑くなる場合は窓を開け風魔法で換気しつつ、熱魔法で部屋を冷やしつつ行う。
④ 水が全て無くなったら①からやり直し。
この繰り返しで寝る前に魔力を使い切る事が重要だ。
これを繰り返せば次にレベルアップした際、総魔力量ことMPがぐーんと成長する。
なおバスタブは軽銀と呼ばれる金属で出来ている。日本で言うアルミニウムだ。
なぜ科学技術的には中世か近代初期程度のイワルミア国でそんな軽金属が使用されているか。
それはひとえに魔法のおかげ。
錬金術と呼ばれる種類の魔法を使用すれば、化合物や混合物からその成分を単体の形で取り出す事が出来る。
そしてアルミニウムは、実は地殻中には結構大量に含まれている金属。
だからこの世界では、アルミニウムこと軽銀が多用されていたりする。鍋釜といったものから鎧まで。
アルミはまあ置いておいて。
努力を続けた結果、私はレベルが2つ上がって現在14。魔力量ことMPは現在350で4月当初の2倍以上に増えている。
勿論リュネットとナージャもそれぞれレベルが上がった。
リュネットは流石主人公だけあってレベルアップが早く能力上昇も全般的にいい感じ。現在レベル12でHPも魔力も順調にあがっている。
ナージャは現在やはりレベル12。MPはあまり上昇していないがHPとSTR、ATK、AGIがその分豪快にあがった。
その結果、クザルゲ迷宮では、第5階層のボス部屋の前まで余裕でクリア出来るようになった。
ボス部屋とは通称で、本来は迷宮階層主の部屋という。
この部屋は通常5階層ごとに存在し、次の階層への通路手前に存在している。
この部屋を通らなくても次の階層へ行くことは可能だ。
しかし階層主の部屋は出てくる魔物が固定なので、冒険者の力の判断にはちょうどいい。
そして休養日である今日はいよいよ最初の迷宮階層主の部屋に挑戦。
第1階層から最短経路でボス部屋の前へ。これ以上行くとボス部屋の扉が開くという場所で一旦停止。
「準備は問題無いよね」
「大丈夫な筈ですわ」
今回はMPポーションを10個購入、私が3個、リュネットが7個持っている。
鎧は3人とも学校でも使っている革鎧。私とリュネットの武器の魔法杖もやはり学校で使っているもの。
しかしナージャの片手剣だけ違う。ナージャが実家から持ってきた代物でATKとAGIがそれぞれ5割上昇というチートな逸品だ。
「私は早く行きたいにゃ」
「作戦は皆さん大丈夫ですよね」
2人とも頷く。
作戦は非常によくある攻撃役、盾役、回復役の3人役割分担タイプ。
全員女子なので、物理的に盾役をやるのはかなり厳しい。
そこで今は私が防護障壁魔法を使用して盾役をやるという作戦になっている。
なお攻撃役は勿論ナージャで、回復役はリュネットだ。
ここ第5階層のボスは、情報案内本によればアークゴブリン3頭。
アークゴブリンは人間より腕力があってかなり頑丈。だから初心者パーティでATKが50以下の場合は攻撃魔法主体で戦うようにと記載されている。
しかし攻撃役のナージャは、基本のATKが98、更に今回は特別な剣装備でATKが5割増しの147。
更に盾役とは言え私も攻撃魔法をいくつか使える。だからセオリー通り戦えば全く問題無い。
そうはわかっていてもドキドキはする。何せ初めてのボス戦だし。
一歩進むと自動で岩に偽装された扉が横に開く。
私、ナージャ、そしてリュネットと中へと入って、最後尾のリュネットが入り終わったところで扉が自動的に閉まった。
これでボス戦をクリアする以外に脱出方法は無い。
前方に魔力反応を3つほど感じる。ここのボスのアークゴブリンだろう。
それでは作戦開始だ。
「行きますわ。火砕弾!」
3頭の中心を狙って、派手な攻撃魔法を放つ。
3頭のうち1匹に直撃、他の2頭もある程度被害はある模様。
これで敵の目標は私に向いた筈だ。
無詠唱で防護障壁魔法を起動し、怖いけれども敵に左側からゆっくり目に接近する。
私めがけて敵2頭が迫ってくる。
防護障壁魔法があるから大丈夫だと思ってもやはり怖い。足が震えるが逃げる訳にはいかない。
このパーティでは私が一番レベルが高いのだ。
それに将来の為にはこの程度の敵、1人で余裕で倒せる程度でなければならない。
おまけに今は私以外にも2人いる。だから……
無詠唱で熱線魔法、1頭の足に命中。
もう1頭が私めがけて走りながら剣を振り上げる。攻撃は間に合わない。大丈夫と思っても思わず目を瞑ってしまう。
衝撃はこない。目を開ける。防護障壁魔法で攻撃を弾かれ戸惑った敵に、ナージャが背後から襲いかかった。
なら私はもう1頭を。熱線魔法を再度起動。倒れた1頭の胸を貫通。
ナージャが私の目前の敵をあっさり袈裟懸けに斬り倒す。
もう1頭、最初の魔法が直撃した奴は、動かないけれどまだ魔力反応がある。熱線魔法でやはり攻撃して始末。
敵3頭の魔力反応が完全に死んだものへと変わった。私はほっと息をつく。
「終わったね」
「たわいないにゃ」
2人とも私より余裕がある感じだ。ちょっと情けない。でも正直に言っておこう。
「私は結構怖かったですわ。膝が震えましたし」
「でも結局、アンが一番多く敵を倒したにゃ」
「そうだよ。それに敵の前に立って引きつける役だもの。怖くても仕方ないよ」
2人がそう言ってくれるのが、ちょっと嬉しい。
「これで夏休みは、もっと大きな迷宮にも行けるにゃ」
クザルゲ迷宮は、初心者パーティの実力診断にも使われている。
ここの第5階層ボス、つまり今の敵を倒せれば他の大規模迷宮に入る資格を得ることが出来るのだ。
「とりあえず討伐証明に魔石を採取しましょう。私がやるのが一番楽ですね」
アークゴブリンはゴブリン同様素材にならない。
だから魔石を取るには焼き払うのが一番手っ取り早くて楽。
この3人でそういった攻撃魔法を得意とするのは私だ。
膝の震えはおさまっていた。
まずはすぐ目の前、ナージャに斬られた1頭から焼き払う。
「炎!」
炎が消えた後、濃い藍色の魔石だけが残った。
触れる程度まで魔法で温度を下げ、私は魔石を回収する。




