第87話 学校はお休みだけれども
これ以上ないという程に疲れていた。
長時間戦い続けたのだから当然だろうけれど。
幸い遠隔移動魔法で、王立オーツェルグ学園内へと予定通り移動できた。
「何にゃのにゃ! 今にょは!」
滅多に慌てないナージャの驚く声。
「私のとっておき、その2ですわ。詳細は後ほどという事で」
そうごまかして、更に続ける。
「今の魔法で私も魔力が空ですし、体力も限界です。以後の報告は殿下にお任せいたします。本日はこれで休ませていただきますわ」
問答無用で寮の自室へと脱出だ。
いつもなら皆でお風呂と言いたいけれど、もうそんな気力は残っていないから。
何とか部屋に到着。
オルネットに、
「今日は少し忙しくて疲れましたわ。このまま寝ますのでよろしくお願い」
と告げて、返答がくる前に寝室に入り、扉を魔法施錠してベッドに倒れ込む。
いつも思うのだけれど、このベッドのマットは大変品質がいい。
これぞ人類の英知……
寝ぼけながら思いつつ、私の意識が途絶えた。
◇◇◇
『御嬢様、御嬢様……』
なんだろう。うるさい。
さっき寝たばかりだ。起こすんじゃない。
『御嬢様、御嬢様!』
何だろう。そう思って気付いた。
これはオルネットの伝達魔法だ。
そう言えば昨晩は文句を言われず熟睡する為、寝室の扉を強力に魔法施錠したのだった。
目を開ける。外はもう明るい。
起きようとして、全身が痛むことに気づいた。
身体強化魔法の使い過ぎによる筋肉痛だ。
服は帰ってきた時のままだし髪も乱れている。
お肌の調子もきっと良くないだろう。
『オルネット。本日は少し体調が優れないので、学校の授業を休ませていただきますわ。食事は後で起きた時に食べます』
本日1日くらい休んでもいいだろう。
皆勤賞を狙う気はさらさら無い。
どうせこの国はいずれ出て行くのだ。
それに講習は本日休みとカナルハス教官に告げた筈。
だから問題ない。そう思ったのだけれども。
「本日は学校の授業はお休みだそうです。ですがエンリコ第二皇子殿下からお呼びがかかっております。朝食を兼ねて説明したいので、支度が出来次第食堂の別室に来るようにとの事です」
うわあ。殿下、王家権限を使うのかよ。
昨日の今日くらい休ませて欲しい。せっかく学校も休みになったのだし。
そう思うのだけれど、権力には逆らえない。
幸いなことに筋肉痛はそれほどでもないようだ。
これはきっと魔性を倒してレベルアップしたおかげだろう。
それでも全身が怠いのは仕方ない。
回復魔法を2回と身体強化魔法を1回起動して、それから起きる。
清拭魔法で取り敢えず身体の汚れを取ってと。
「わかりました。支度を致しますわ」
仕方ないので魔法で寝室の鍵を開ける。
「まあ、なんて姿で……」
オルネットの小言を聞きながら、身支度開始だ。
半時間後、何とか見れる程度に支度を整えて食堂へ。
不覚、ナージャより遅かったようだ。
殿下はもとよりリリア、ナタリア、リュネット、それにマリアンネ様とアニー様まで、昨日の面子が揃っている。
「おはようございます。遅くなって申し訳ありません」
挨拶をして案内された席につく。
私が着席すると、室内にいた2人の護衛が一礼して部屋の外に出て行った。
また秘密の話か。重秘匿魔法の気配も感じる。
いったい何を話す気だろう。
「さて、今日は話をしながらゆっくり朝食にしよう。本日は幸い授業は休みだ」
ますます怪しい。何事だ。
「まずは昨日の魔性討伐の件だ。この件については昨日、戻ってすぐに国王陛下に報告した」
相変わらずくそ真面目な奴だなあと私は思う。
あの無茶苦茶疲れる戦いの後でそんな事をするなんて。
私だったら何より寝る事を優先する。実際優先したのだけれども。
そして気づいた。
殿下をバリバリの戦場へ連れて行ってしまった事が陛下にバレてしまったと。
これはまずいかもしれない。
連れて行ったのが私ではないとは言えどもだ。
「この件について国王陛下から、自ら立ち向かい国の危機を救ってくれた皆に対し、多大なる感謝の言葉があった。週明けには正式な叙勲及び叙爵をはじめとした論功行賞を行う予定だ」
おとがめはなしか。私はほっと一息つく。
でもきっと話はこれだけではない。
ここまでなら、わざわざこの部屋内部をここまで秘密保持する必要はないから。
つまり殿下の話はまだ続きがある。
秘密にしなければならないような話が。
「さて、今回はここにいる皆のおかげで無事危機は乗り越えた。だが一方でこの危機に際し、立ち向かうべき義務をもっていた筈なのにそれを放り出したばかりか、守るべき者を残したまま我先にと逃げ出した者がいる。その話はもう耳に入っているだろうか」
耳に入ってはいない。でも想像はつく。
「少し具体的に言おう。今回の件に対し真っ先に動くべきであった近衛騎士団と第一騎士団は動かなかった。いや、動けなかった。上級中級の指揮官である貴族及び貴族出身者がことごとく逃走あるいは日和見を決め込んでいたからだ。
武官だけでなく文官も同様。高級官僚の地位をほぼ世襲で占めている高級貴族のほとんどが非常事態に際し我先とばかり逃走してしまった。やるべき事を全て放り出してだ。結果的に今回組織として動けたのは衛士隊と民間のギルドだけだった」
殿下は怒りを隠せない様子だ。
しかし私にとっては意外な事態ではない。
むしろ予想通りの事態だ。少なくとも平民には。
しかし国王家ともなると、そういう声が入りにくいのだろう。
「流石の国王陛下もこの事態を重く見たようだ。近々、誓いの水晶玉を使った厳正な聴取が騎士団及び官僚で高位にいる者を中心に行われる。
貴族としての地位に関係なく、今回の件で任務を放棄した者はその地位を去って貰う事となった。また貴族としての力を悪用した者に対しては領地を減封したり、場合によっては降爵する事も考えている。
また今後はそういった官位や官職についても伝統や慣習にとらわれず、能力主義で登用する方針だ」
その能力主義というのが難しいのだ。
前世日本での経験を思い出しながら、中のおっさんは思う。
それでもこの国としてみれば健全化の第一歩だ。
その姿勢をまずは応援したい。
「そういう意味で今後3月の間に我が国の貴族もかなりの異動があると思う。そこで特にマリアンネとアンにここで聞いておきたいのだ。
2人とも今回の件では最大の功労者の1人だ。だが同時に実家である侯爵家の何人かの官位官職が剥奪される可能性が高い。
そこでもし望むなら、2人の功績に免じて両侯爵家は今回の措置の対象外とすることとしたいのだが、2人の意見はどうだろうか」
なるほど、この話の為に重秘匿魔法なんてかかっている訳か。
私の意見としては勿論『ばっさりやっちゃってください』だ。
だがマリアンネ様がどうかはわからない。
そして私の家とマリアンネ様の家は同格、そしてマリアンネ様の方が年長だ。
だからまずはマリアンネ様に返事をしていただこうと思う。
「考慮して頂く必要はありませんわ」
マリアンネ様はあっさりとそう言い放つ。
ちょっと私は驚いた。殿下も同様だ。
「武門たる家が今回のような有様では存続する価値すらありません。そんな家は取り潰していただいて結構です」
場にあわせてそういう事を言っているとは思えない。本音のようだ。
苛烈だな、そう思ったところでマリアンネ様は小さく付け加える。
「ですがもし我儘を聞いて頂けるのならば。分家であるオーナン家だけはご猶予いただければと存じます。オーナン家は分家故、本家の意向に逆らえませんので」
ふと思う。そう言えばマリアンネの次兄がオーナン家に養子として行ったなと。
ひょっとしたらマリアンネ様も私と同じような境遇だったのだろうか。
その辺は貴族の闇というやつで、今後も明らかにはならないだろうけれど。
「私も同じですわ。本家のほうはどう処分していただいても結構です。強いて言えばスオーのサエガ侯爵家に嫁いだ長姉のアルテだけは類が及ばないようにしていただければ」
私のバリバリ本音だ。
あんな家、潰れてしまった方がいい。
「本当にそれでいいのか。無論2人の今後については今回の功労者でもあるし、実家がどうなっても王家で保証する。それでも実家が代々権限を握っていた業務や官位官職を失う事になるのだが」
私やマリアンネ様より殿下の方が少し慌てている。
いや、私達以外のほとんどがそれでいいのかと思っている感じだ。
ナージャだけは我関せずという雰囲気だけれども。




