第57話 本戦に向けて
予選終了後。
第2演習場でリリアに鉄壁、ナタリアに福音を教え、起動できるようになった事を確認した後。
私は研究室へ向かう。
サクラエ教官は予選の後、自分の研究室へ戻ったと聞いたから。
研究室で、サクラエ教官に尋ねたところ……
「ああ、マリアンネ君か。確かにこの研究室に来たからあの論文を渡したし、アンフィ―サ君が開発した魔法についても話した。彼女はなかなか向上心があっていい」
教官は、わるびれずに全てを認めた。
「それで今日はどんな用件だ。まさか今の質問が本題だったという事は無いだろう」
全くもって嫌な奴だ。こっちの行動を読んでいやがる。
おそらくこれから私がする質問兼お願いも、奴は予想済みに違いあるまい。
それでも口に出さなければ確認できない。だから私は質問する。
「明日の御前試合の事です。本日の予選と同じ方法では、出場する生徒に万が一の事態が起こる可能性を否定できません。その辺何か対策のようなものはなさっているのでしょうか」
「超級魔法の撃ちあいになったら威力を弱めた方が負ける。かといって最高威力では教官でも対応できない虞がある。その懸念か。勿論対策は考えている。ただ今はその手の内を明かすわけにはいかない。他のパーティにも教えていない事だから、公平さを鑑みると。
それでも安心はして貰ってもいい。ここで約束しよう。永久極寒風雪波や五番目の月でも何とか出来る自信はあると」
相当な自信があるようだ。
そしてサクラエ教官は、クザルゲ迷宮の第50階層付近まで単独で行ける実力者。
だから信用していいだろう。
「わかりました。どうもありがとうございました」
立ち去ろうとした時だった。
「まあ僕が全部万全の調子で審判を出来るなら、下手な細工はしなくても問題ないのだけれど。超級魔法と言えど、発動させた魔力を遥かに越える純粋魔力で消してしまえばそれまでだ。マリアンネ君もリリア君も歳にしてはかなり大きな魔力を持っているけれど、まだまだだから」
おい待てサクラエ教官。
何だその魔力任せの、とんでもない方法は。
「そんなヤバい、いやとんでもない方法があるのですか」
「魔力任せの原始的な方法だが、意外と使える。特に相手がどんな魔法耐性を持っていてどんな魔法を仕掛けてくるかわからない時は。僕がこの学園で唯一怖いのはこの前アンフィ―サ君が第2訓練場で試したあの魔法くらいだ。あれは道具を使うようだから、魔力だけで消すことが出来ない。それにアンフィ―サ君の魔力そのものは、現時点でもかなり高い。卒業するころには僕でも対処できなくなる可能性がある」
うう……本当にこの教官、洒落にならない。
私は現在レベル28で最大MPが1002。これだって既に並の魔導士や教官方よりは高い。
しかしちらっと見えたサクラエ教官のレベルは64、最大MPが1986もある。
こいつ本当に何者なんだ。現役のA級冒険者並だ、まったく。
私はただ一礼して、研究室を後にする。
さて、それではリュネット達と合流しよう。怖いおっさんの事は忘れて。
リリアやナージャやリュネット、ナタリアがいる場所は魔力探知でわかる。4人一緒だ。
しかし余分な奴が一緒なのもわかった。余分な奴はいらない。
どうしようか一瞬悩む。でも無視する訳にもいくまい。
そんな訳で仕方なく5人のいる方へ。
この方向と距離なら、第2魔法演習場だろう。
嫌な予感がする。そうでなくともあそこは鬼門だ。
それでも行かないと、余計に気になる。
行ってみるとリリアとナタリアを中心に、魔法の訓練をしているところだった。
「おっと、アンが来たにゃ」
魔法訓練では暇なナージャが、真っ先に私を見つける。
「明日に備えての魔法訓練でしょうか?」
リリアが頷いた。
「ええ。超級魔法を相手にする事になりますから念には念を入れて。エンリコ殿下にも協力していただきました」
「新しく憶えた鉄壁の効果を試させて貰った。僕の真・神雷球破も雷神の裁きも防げるようだ。しかも六聖獣絶対防護魔法より、更に起動が早く魔力の消費も少ない。これがリリアとアンしか使えないというのが少々悔しいかな。僕も呪文を読んでみたが発動出来なかった」
それは仕方ない。
「鉄壁も六聖獣絶対防護魔法も、攻撃魔法の魔力で相手の魔法を無力化する魔法です。ですから攻撃魔法のほぼ全属性に適性がある、リリアと私くらいしか使えないのですわ」
エンリコ殿下は攻撃魔法は得意だし最大MPも高い。
しかし攻撃魔法で使える属性が雷属性と寒冷属性に偏っている。
雷属性は本来は火属性と風属性の融合・進化属性、寒冷属性は水属性の進化属性。
だから普通は、雷属性を使えるなら火属性や風属性にも適性がある筈だ。
しかし殿下の場合は何故か、雷属性と寒冷属性だけに適性があるのに、水、火、風属性はの適性はいまひとつ。
その辺ちょっと気にはなる。
しかし私は深く考えてもわからない事は考えない主義だ。
それに雷属性と寒冷属性だけで殿下は充分強力。
だいたい殿下はあくまでこのパーティのお邪魔虫。気にする必要性はあまりない。
「今、サクラエ教官に、明日の御前試合について少し尋ねて参りました。明日は超級魔法を本気で使っても出場者に被害が及ばない方法を考えてあるそうですわ。どんな方法かは教えて頂けませんでしたけれども」
「なら安心だね」
リュネットがそう言って頷く。
「それでしたら、いざという場合は永久極寒風雪波を本気で使っても大丈夫という事ですわね」
おい待ってくれリリア。それはまずい。
「それをやるのは好ましくないですわ。五番目の月を無力化出来るのは、リリアの障壁だけです。魔法を打ち消すには同等の魔力が必要になりますから。
私が見る限り、マリアンネ様の魔力とリリアの魔力はほぼ同等です。ですから攻撃はあくまでナタリアに任せた方がいいですわ。これは二人一組のチーム戦なのですから」
それだけではリリアが納得出来ないかもしれない。
そう思ったので私は少し考えて、付け足しを口にする。
「マリアンネ様にも気づいて欲しいのですよ。アニー様が側にいるということを」
これでリリアならわかってくれる、いや曲解してくれるだろう。
私自身はあくまで可愛いリリアの勝利しか考えていない。
それでもリリアなら、マリアンネの為にもアニーがいる事についてわからせてやらなければならない、そう思ってくれる筈だ。
「それにしてもアンの考えた魔法は面白いのにゃ。特にこの大量召喚呪文、私でも使えて楽しいのにゃ」
見るとナージャが一人で勝手ににゃんこ大戦争、101匹わんわん大行進、ぷよぷよ魔法を起動させて遊んでいる。
ナージャ、せっかくのいい雰囲気を壊さないでくれ。
確かに獣人は使える魔法が少ないし、有用な魔法が増えて嬉しいのもわかるけれど。




