第38話 私は望まなかった結末
別荘軟禁3日目の朝。
「本日のお昼前に、持ってきた中でもっとも正装に近い服装に着替えて下さいとの事ですわ。理由について、父の方から連絡が無いのですけれども」
「どういう事だろうね」
リュネットはそう軽く言うけれど、私としては非常に不安だ。
勿論貴族令嬢である以上、今回のような旅行の際であっても、数着は舞踏会や晩餐会でも恥ずかしくないような服や装備品は持ち込んでいる。
男爵令嬢のリュネットさえもだ。
だから装うのは可能だし簡単。
だが貴族の正装というのは戦闘服だ。
勿論実際のドンパチをする訳ではない。社交という名の華やかかつ陰湿凄惨な戦争用の戦闘服。
何故そんな服装が必要なのか。
それが必要となる可能性があり、予測可能な出来事はひとつ思い当たらないでも無い。
しかし縁起でも無いというか勘弁して欲しいというか、そにかくそういう理由で考えないようにしている。
「あと本日のお昼は、此処に家から料理人が来て作るそうです。ですから午前中は料理関係はしないで下さいとの事ですわ」
ああ、嫌な予感が更に強まる。もう間違いない。
「いらっしゃるのですね。予定を早めて」
誰とかどなたがとは、あえて言わない。
「おそらくそうですわ。予定ですと当家は8月中旬の予定でしたけれども」
今の私の言葉は、少なくともリリアには通じたようだ。
「アンは相当好かれているのだにゃ。きっとアンが心配で予定変更したのだと思うのにゃ」
ナージャまで通じたという事は、つまり全員が私やリリアが略した主語がわかったという事だろう。
「私とは限りませんわ。皆様も同じパーティでご一緒したことですし」
「アンが収穫祭の晩餐会でお呼ばれした話は、私でさえ耳にしています。それだからこそ今回の件は発生したのでしょう。まただからこそ、予定を変更していらっしゃるのでしょう」
ナタリアにまで言われてしまった。
そう、主語は陛下や殿下だ。私達が迷宮で危機一髪だったという事を耳に入れた上で、予定を変えてやってくるに違いない。
私達を消そうとした勢力は、王室にまで敵にするつもりは無いだろう。
だから陛下らの保護下に入ってしまえば、間違いなく私達の安全は保証される。
私個人としては、王室とこれ以上ご懇意になりたくない。
ぶっちゃけ自由が遠のくだけである。
私はさっさと逃げて自由になりたいのだ。その為に今の場所にいるだけなのだ。
ぶっちゃけエンリコ殿下なんかどうでもいい。男は興味の範囲外。
確かに殿下、最近微妙にいい男になりつつある。
同じパーティの戦力としても優秀だ。特に今の女子だけ編成は魔法攻撃力だけは無茶苦茶強力だけれど、耐久性は紙に等しい。
私の障壁魔法とリュネットのMP回復魔法というチートに頼っているだけだ。
だから殿下がいれば、確かに戦力としても安定する。するのだけれども……
いや違う。私が迷宮を攻略するのは、将来国を脱走した後、冒険者として独り立ちするための力を身につける為だ。
それだけなのだ。
皆でパーティ組んでやる迷宮攻略が楽しいからでは決してない。
ましてやリュネットの乏しい小遣いを稼ぐためとか、ナージャの気分転換とか、皆の魔法実技の能力を上げるためでは決してない。
あくまで私自身の為。自分に言い聞かせる。
しかし今は、目の前の事案に対処する事だ。
そして王室と懇意にはなりたくなくとも、この国にいる以上敵に回すわけにはいかない。
そうなると、私のとるべき選択肢はひとつ。
「それでしたら、お昼には万全の態勢でお出迎えしなければなりませんわね。それではお風呂にゆっくり入って、お肌と髪を整えましょう」
せめてお風呂で目の保養でもしないと気が滅入る。
そんな私の本音は勿論口にはしない。それが貴族令嬢のたしなみというものだ。
◇◇◇
マーレスタ伯爵家本家から出張してきたメイドさん達の助けも借り、私達は武装を整える。この場合の武装とは勿論、貴族的な礼装という事だ。
私はあえて少し控えめかつシンプルな薄い水色のドレスを選択。
ここの別荘にいる以上主役は本来リリアなのだ。そこを間違ってはいけない。
そのリリアはピンク色ベースに白のふりふりがついたドレス。
ぶっちゃけとっても可愛い。このまま部屋にお持ち帰りしたい処だけれど、勿論それは夜まで我慢。
そして他の皆様も、それぞれいい感じでメイクアップ完了。リビングでゲームをしながら到着を待つ。
なおマーレスタ伯本人も先程到着。私達に陛下一行がいらっしゃる事を正式に説明した後、今は別荘内各場所を見回って最終確認中だ。
「本日はこちらにお泊まりになって、明日、領地の巡幸と聞きました。急な予定変更でマーレスタ伯も大変でしょうね」
「巡幸での予定日変更はよくある事ですわ。ですから御心配はいりません。もともと正確な日程も寸前まで明かされませんから」
リリアの言う通りだ。
万が一の襲撃等を考慮し、陛下巡幸の詳細予定は3日前以降に知らされる。
それまで巡幸先の貴族家には『○○月の上旬(もしくは中旬、下旬)に行く』というような大まかな予定しか伝えられない。
うちの実家のような侯爵家でも同様だ。
「私達は陛下預かりで、オーツェルグへ帰還でしょうか」
「おそらくそうでしょうね」
陛下預かりなら、襲撃してくる敵もいないだろう。少なくとも国内では。
そういう意味では安全は間違いなく確保される。
それでも私としてはどうしても喜べない。というか無事に助かる中では最悪のエンドに近いくらいの状態だ。
普通の貴族令嬢なら、陛下と少しでもお近づきになれたと喜ぶところだろうけれど。
いざ帰るとなった際に備え、全員荷物はまとめてある。
もともと自在袋に収納しているので、わざわざまとめるという手間はないのだけれども。
その辺はさすがファンタジー系ゲーム世界というところだ。
私の魔法探知が、馬車2台を含む大人数の移動を捉えた。これが陛下一行だろう。
今回は仕方ない。私は覚悟を決める。




