第３話 もふもふ要員の確保
廊下を闊歩し、教室へ。
本日が最初の授業で１時間目はホームルーム。そして座席はまだ決まっていない。
それでもエンリコ王子殿下が座る席は中央の真ん中と、不文律的に決まっている。
授業が見やすくわかりやすい上、万が一の事があってもどの方向からでも他の生徒を壁にする事が出来るから。
更に殿下の両隣にはお付きの男子生徒が必ずつく。
悪役令嬢たるアンブロシア様が座るべき席は、殿下の前、もしくは前の左右だ。そうすれば自然と殿下の目線に触れる事が出来る。自然、関係も深めやすい。
だからこそ私はその場所を外す。座るべき場所のあても既にある。厳密には席というより隣に座りたい相手だけれど。
教室の中を見渡すと……
いたいた、目的の人物が。勿論女子だ。私の中のおっさんとしては男子より女子と仲良くしたいから。
その娘は教室の一番後ろの窓側の席にいた。周りはぐるっと空いている。勿論その理由を、ゲームをプレイした私は知っている。
しかし私にとってこの状況は、むしろ幸い。教室内でも挨拶を交わしながら迷うこと無くその席を目指し、そして座る。
「おはようございます。はじめまして、ナージャさん。アンブロシアと申します。これから宜しくお願いしますね」
彼女の灰色毛皮に包まれた三角耳がぴくぴくっと動く。
そう、彼女は獣人、猫の獣人だ。隣の獣人の国イルフェック連邦から留学生として来ている。
しかしここイワルミアは普人、いわゆる普通の人間の国だ。
聖神教会の一部の連中の教えもあって、獣人をはじめとした亜人を敬遠する傾向が強い。だからナージャの周りにも誰も座っていなかった。
ゲームでは、
① アンブロシアに足を踏まれたリュネットが、痛む足を引きずりながら教室に入る
② 他の場所が空いていなくて仕方なくナージャの横に座る
③ 結果ナージャと仲良くなり様々な獣人特有の魔法等も教えて貰う
という流れになっている。
しかし今のここはゲームではない。私の生き残りをかけた現実。使えそうな設定は、私ことアンブロシアができる限り回収する。
という事で、此処ではナージャを攻略だ。
「何故私の名前を知っているにょにゃ」
しまった。ゲームで知っていたから、つい名前を呼んでしまった。
ただし私には、こういう時使える便利な立場がある。
「お父様が此処の学園の理事をしている関係で、イルフェックから留学生が来ることを伺っていましたの。今年は１年生は１人だけの予定だった筈ですから、それで知っているのですわ」
父が理事であるのは本当だ。でもここ数年、会話したおぼえはない。
しかしその辺の事情を言う必要は無いだろう。
「アンブロシアは獣人が苦手でにゃいのか？」
いきなり直球の質問が来た。
しかしこれ、実はゲームの中でリュネットが聞かれた質問だ。
だから私は、模範解答を知っている。
「あれは聖神教会の一部の分派が流した、根も葉も無い噂レベルの説法のせいですわ。獣人は普人より遙かに体力が勝っています。戦闘能力もかなり上です。その事で港湾労働者や兵士等に獣人が多くなります。普人が主な信者の聖神教会としては当然面白くないわけです。結果聖神教会の一派が、獣人の地位を貶めるような間違った教えを広めたというのが歴史的事実ですわ」
「でも獣人が普人の数倍の体力と戦闘力を持っているのは事実だにゃ。アンブロシアは私が怖くないのきゃ？」
「確かに普人より獣人が遙かに強いですわ。特に遭遇戦において猫の獣人は最強レベルと聞いています。でも別の立場になってみれば逆も同じですわ。魔法を使える普人は遠距離では獣人にとって脅威です。それにナージャは私の敵という訳ではないでしょう。でしたら怖いもなにもありませんわ」
ついでだから、更にチートな知識を使わせて貰おう。
「何でしたら右手を貸して下さいな」
ナージャが出した右手を左手で取って、私の後頭部の一部をトントンと軽く触れさせる。
更に今度は左手で握り直して、私の服の隙間から手を入れてお尻のちょい上辺りを手で触れさせる。
「私は普人ですから耳も尻尾もありません。ですが獣人は親しい人には耳の後ろと尻尾を触らせると聞いています。これでどうでしょうか」
「お返しだにゃ」
ナージャがこっちに頭と尻尾を近づけてくれる。
実はこれ、攻略という意味以外でも触れたかったのだ。もっと言わせて貰えばモフりたかったのだ。
だから遠慮無くモフらせていただく。うんうん、フカフカでモフモフ、最高だ。
「ナージャの毛並み、凄く触れ心地がいいですわ。ずっとこうやって撫でていたくなるくらいです」
「そう言ってくれると嬉しいだにゃ。正直ここへ来てからずっとひとりで不安だったのにゃ」
うーむ、ゲームの設定とはいえ何と可哀想な事を！
ナージャはこの年齢の女の子としては小柄。しかし出るところは私以上に出ているし、顔だって可愛い系。
いわゆるロリ巨乳系ケモという奴だ。そういう趣味が本来ない筈の俺ですら、もう抱きしめて可愛がりたいくらいに可愛い。
しかしナージャ、心配いらない。
ユーリアは中央近くのあわよくば王子様狙いという席へ行ってしまったけれど、ナージャの友達になれそうな奴は、間違いなくあと１人いる。
教室内はエンリコ王子指定席付近を中心に埋まりつつある。やはり王子と仲良くしておくとこの先……なんて考えの奴が多いから仕方ない。
そして親の地位が高いほど、中心近くへいる。ここまであれこれ見え見えだと、いっそ潔い。
先程俺はユーリア達相手にきれい事を言わせて貰った。
しかし実際は学校内でも親の地位で扱いが大きく変わるのだ。地位が下の貴族は上位の貴族に逆らえない。
そんな訳で貴族では一番下、男爵家の彼女は中央では無く、空いている端に来る筈だ。具体的には避けられている獣人のそば、前の席へと。
そして予想通り、リュネットがやって来た。これで最初の授業の前における攻略は完了だ。
