第25話 ユーダニの町
お弁当を作って貰って、いよいよミセン迷宮挑戦だ。
別荘からミセン迷宮までは歩いて6半時間程度。
馬車を出すという話が出たけれど、私達はあえて歩いて行くことにした。
「馬車を出すほどの距離でもないにゃ」
「そうだよね。それにこの町ははじめてだから歩いて見てみたいし」
「そうですわ。折角ですからゆっくり歩いて見てみましょう」
ゲームにはこの町は登場しなかった。だから私もメタな知識は無い。
そしてこの町はオーツェルグ等とかなり異なった造りと雰囲気だ。
オーツェルグ等は平地に建物が密集して立っているが、ここはやたら緑が多い。
林よりは木々の密度が少ないかなくらいに木が生えていて、その間に建物も道路もあるという感じだ。
日本で言えば、巨大な都市公園の所々に家がある状態を想像してみて欲しい。
ただ家の数は決して少なくはない。私の魔力探知でも人をそこそこ感じる。
村落というより遙かに人は多い。町といってもいい規模はあるだろう。
「気持ちいい町だにゃ。故郷を思い出すにゃ」
「ナージャの故郷も、こんな感じで木が多いのでしょうか?」
「獣人の町はだいたい何処もこんな感じで、木の間に家があるのにゃ」
「そう言えば、実家に出入りのある熊獣人の方も言っていましたわ。ユーダニの町は獣人の町に似ていて落ち着くと。実際獣人の方が、この町に多く住んでおりますし」
「気持ちが落ち着くにゃ」
なるほど、それは私は知らなかった。
こういったゲームプレイではわからない事も、実は設定の段階では描かれているのだろうか。
それとも設定とは関係なく、独立した世界として成り立っているのだろうか。
心持ち建物の密度が高いかな、そんな場所へ入った。
勿論木々の間に建物があるのは同じだ。
「この辺がユーダニの町の中心ですわ。領都のミマタまで1時間程度ですので、それほど大きな店はありませんけれど」
それでもそこそこ人通りはある。よく見ると獣人も確かに多い。3割くらいは獣人だ。
特徴として見えるのは耳と尻尾だけ。
だから何の獣人か、すぐに見分けるのは困難だけれども。
商店も大きくはないが、そこそこ多い。
ちょっと独特な香ばしい香りもする。パンと似ているが少し違うような。
何の匂いだろう。わからないので聞いてみる。
「この香ばしい香りは何でしょうか。私の知らない香りですわ」
「これはドングリ粉を混ぜたパンの香りです。山間部で麦が育ちにくい地形でも、ドングリなら安定した収量を得られますから」
ナタリアが教えてくれた。
なるほど、ドングリ粉のパンか。
日本で自作趣味のWebページを読みまくっていたころ、聞いたような気もする。
「どんな味なのでしょうか」
「普通のパンよりもちょっと固くて、ぼそぼそした感じです。ですので普通の人は小麦のパンの方を好むかと。ただ固くて詰まっているので腹持ちはいいです。携行食等には向いています」
「ドングリは粉より、実のまま熱を通して食べる方が好きだにゃ」
ナージャも知っているようだ。
「獣人の国でも食べるのでしょうか」
「熊獣人あたりは好んで食べるにゃ。その場合は粉にしないで、熱を通して皮を取った状態で、あるいはその上に蜂蜜をかけて食べるにゃ。そしてこの辺の木も多分全部食べられるドングリの木だにゃ」
見てみると日本の椎の木に似た感じの木だ。
なるほど。これは町であると同時に畑でもある訳か。面白い発想だ、これは。
それともこの辺では、これが自然というか当たり前なのだろうか。
「ちょっと試しに食べてみたいですわ」
「私はあまり好きではないのですけれどね。どうにもぼそぼそした印象が強くて。でも一般的な食べ物ですし、その辺でも売っていると思いますわ」
「買ってくるにゃ」
ささっとナージャがその辺の店に入っていく。
獣人が多いからか、気軽に動けるらしい。
少し待つとトコトコと店から出てきた。
「ちょうど熊獣人御用達のお店だったにゃ。だからパンも塩ナッツもスイートナッツもミックスもあったにゃ。お勧めをひととおり買ってきたにゃ」
ナージャは自在袋入りのナップザックを背負いなおしながら言う。
「スイートナッツという名前は、私も初耳ですわ」
リリアも領地の事なのに知らなかったようだ。
「ドングリの実を加工した、熊獣人のおやつにゃ。あとで迷宮で一休みの際に食べるにゃ」
心なしか、いや間違いなくナージャがご機嫌状態だ。耳と尻尾の動きでわかる。
なおリュネットもそのことに気づいている模様。私と目が合って、みてうんうんとうなずき合う。
オーツェルグから馬車で半日もしない距離なのに、随分と色々違う事があるものだ。
私はオーツェルグを離れたのははじめて。だからもう見る事全てが楽しい。
「ここへ来て良かったですわ。何か色々楽しい事に気づいた気がします」
「まだ来て初めての朝だよね。まあ気分はわかるけれど」
「そう思っていただけると私としても嬉しいですわ」
うんうん、皆が嬉しければそれでいい。
建物がそこそこ多い場所を歩くと、大きなT字路に出た。
直進方向は同じような感じで、木と建物が点在している。
一方で右側の道の50腕程度先には、大きな建物が見えた。
「あそこが迷宮や共同浴場がある場所ですわ」
「今日の目的地なのにゃ」




