第20話 ユーダニの別荘
リリアとナタリアが、それぞれレベルを2つ上げたところで夏休みとなった。
夏休み初日、早朝から馬車に乗ってリリアの父、マーレスタ伯爵の領地であるミタニの山奥、ユーダニの別荘へ。
「エンリコ殿下が何か言いたげでしたね」
「あれ、絶対一緒に来たがっていたのにゃ」
ナタリアとナージャがそんな事を言っているけれど、殿下にはお仕事がある。
「夏休み期間、王室は全国各地を巡幸されるのが恒例です。ですのでこちらにいらっしゃるのはどちらにしろ無理ですわ」
皇太子殿下だけは、万が一の事もあるので王都オーツェルグに居残りである。
旅行中に陛下と継承権第一位がともに事故にあうという、万が一の事態を防ぐためだ。
だから第二王子であるエンリコは、その分働く必要がある。
国王陛下や皇太子殿下の名代として、回るべき場所も多い筈だ。
大変だろうが頑張ってくれ。
私の知った事では無いけれど。
「ところで別荘のあるユーダニとはどのような処でしょうか。地理の教科書にも詳細が載っていませんでした。迷宮があるとは伺いましたけれど」
私にとっては、殿下よりそっちの方が重要度が高い事項だ。
「ミタニでは唯一温泉が出るので、保養地として開けた場所ですわ。開けたと言ってもユーノツのように有名な温泉地とは違って素朴な場所ですけれど。あと温泉のおかげかユーダニにあるミセン迷宮にはこの辺には珍しい火属性の魔物も出るそうです。かなり奥の方へ行かないと出会わないそうですけれど」
今、重要な事を聞いた気がする。
勿論確かめさせて貰う。
「温泉が出ると聞きましたけれど、別荘にも引いてあるのでしょうか」
「勿論ですわ。それがあの別荘の一番の特徴ですから」
「大きいお風呂があって気持ちいいです。屋外のお風呂もあるんですよ」
ナタリアも知っているようだ。
「ナタリアは前に行かれた事があるのでしょうか?」
「ええ。領地が近いですし初等部からリリアと一緒ですから」
なるほど。友人兼御付き位の関係なのだろうか。
そういう関係は珍しくない。
それにしてもいい事を聞いた。
ちゃんと大きい風呂があって、しかも露天風呂があると。
これでまたムフフが楽しめる。
一方でナージャは、別の事が気になるようだ。
「そのミセン迷宮の地図や攻略の情報はあるのかにゃ」
「ええ。父に頼んで冒険者ギルドから取り寄せました。本形式のものですけれど、別荘の方に届いている筈ですわ」
「ふふふふふ、腕がなるにゃ」
流石獣人、戦闘民族。重要なのは迷宮の模様だ。
馬車は山間の道を結構飛ばしていく。
この国の馬車は日本に存在した自動車程ではないにしろ、かなり速い。
馬は魔法をかけて育てて半ば魔獣化した、魔馬とでも呼ぶべき代物。
それが身体強化魔法や回復魔法を自ら起動しつつ走るのだ。
だから2頭立て程度の馬車でも、時速30離程度は出す。
直線距離だと30離、道なりだと50離ある道のりを2時間足らずで走破。
「もうすぐ別荘ですわ」
「なかなかいい感じの場所なのにゃ」
山間の見るからに綺麗な川を中心とした、そこそこ広い谷間。
建物も結構あるけれど密集しておらず、林と言うには少し開けているかなという感じの木々の間に点在している。
確かになかなかいい感じだ。
「温泉特有の匂いは、ほとんどしませんわね」
「ここの温泉はあまり匂わないタイプなのですわ」
なるほど。
そして馬車は、かなり大きいログハウス風建物の前で停車した。
中から出迎えの使用人が3人程出てくる。
中年の男性と同じくらいの女性、あと私達より少し若い位の女の子。家族住み込みで働いているのだろうか。
「ようこそいらっしゃいました」
「この夏も世話になりますわ」
そんな感じで中へ。
「御食事の用意が出来ております」
「お願いしますわ」
自在袋のおかげで荷物というほどの荷物はない。
だからそのまま食堂と思われる部屋へ。
テーブルに着くと同時に、先ほどいた使用人のうち女性2人が料理を運んでくる。
「今日の昼食は蕎麦粉入りのガレット、中身はこの辺特産の野菜とローストオークが入っています。あとは芋と卵のサラダ、鶏と野菜のスープになります」
なかなか美味しそうだ。
貴族と言っても常にコース料理を食べる訳ではない。アレは特別な時専用だ。
普段は夜でもだいたい主食+肉+スープ+サラダという感じ。朝と昼はもっと軽い。
だからこの昼食は悪くない。
むしろ豪華で中身含めてなかなか美味しそうだ。
なお更についでに言うと、食べるのに使う食器はスプーンと箸、ナイフだったりする。
なぜフォークではなく箸なのか。この辺はゲームのあとがきでちまちま理由を説明してあったが正直違和感ありまくりだ。
ただ元日本人である中のおっさんとしては、食べやすくてよろしい。
「それではいただきましょうか」
ホストのリリアの言葉で、私はまずガレットから口に運ぶ。
ここのガレットは、やや固めに焼いた蕎麦粉入りクレープにぎっちりと具材を載せ、半分に折りたたんだような感じだ。
形は半月状。そして味は……うん、これは。
「本当に美味しいです。蕎麦のガレットはオーツェルグには無いですし。あとこのお肉、普通のオーク肉より美味しい気がしますわ」
そう、とっても美味しい。
「本当に美味しいです。外側はカリッとしているけれど中はもちもちで」
「中のお肉がジューシーで美味しいのにゃ。肉の旨味も濃くていいのにゃ」
リュネットとナージャも美味しそうに食べている。
「私もこの蕎麦粉入りのガレットが好きなのです。ですが量が作れなくて領地外へはあまり出せないのです。このオーク肉も特産品ですわ。禁猟区や禁猟期間を定めて、生体数や環境を管理しています。獲るのも必ず、領内で指定された討伐者が指定された方法で行います。その後指定の作業所で処理をした後に一定の熟成期間をおいて、品質検査の後に出荷されるようになっています」
日本でいう処の銘柄豚みたいなものだろうか。
この国でも牛や豚はそういったものを聞いた事があるけれど、魔獣肉のブランドというのははじめて聞いた。
冒険者となって国を出た後、あちこち旅してこういった逸品を食べ歩くのも楽しそうだ。
しかしオークはかなり強力な魔物。
剣で倒すなら1頭あたりC級以上の冒険者が3人は必要と、冒険者用テキストに記載されていた。
しかも2~3頭で行動している事が多いから、C級パーティなら2組以上が実際は必要だ。
気になったので聞いてみる。
「オーク相手ですと危険ではないでしょうか?」
「ええ。生体数が適正値を少しでも超えると、増えたオークが山から出てきて人里を襲ったりするそうです。かと言って減らし過ぎると、後の生産数が減ってしまう。ですので専門の代官を置いて、その下で管理するようになっていますわ」
特産品の管理も大変なんだな。そう思いながら昼食を味わう。
なおナージャは肉入りガレットのお代わりをお願いして作ってもらっていた。
1個でも満腹になるサイズなのに、これはかなり食べ過ぎではないだろうか。
確かに美味しいのだけれども




