第10話 予定より早い接触
「アンさん達、迷宮の階層ボスを倒したんですって」
「怖かったですわ。でもリュネットとナージャがいてくれましたし、1頭はナージャがあっさり倒してくれましたから」
そんな話を授業前、教室でしていたところ、近くにいた男子に絡まれた。
「クザルゲ迷宮なら第10階層のボスくらいは楽勝だろ。俺も10歳の頃には倒したぜ」
「ブロンデルはどうせ護衛に倒して貰ったんでしょ。アンさんはリュネット、ナージャの3人だけで護衛無しで倒したんだから」
「そんな必要はあるのかよ。護衛が倒してもどうせ同じじゃん」
この国の貴族の視点ではそうなのだろう。経験値そのものはパーティ内で平等に配布されるようだから。
しかし実際は、レベルアップした際の成長具合が全く違うのだ。
自分で苦労した分と楽した分とで。
その結果、この国にはレベルは高いけれど実力は低い貴族が多い。
私もレベル12まではそうして上げて貰ったから、大きい事は言えないのだけれど。
「その辺、どうも同じとは言えないらしい。むしろ同行討伐でレベルを上げ過ぎるとかえって後ほど実力を上げにくくなるそうだ。そんな研究結果が数年前から出てきている。だから僕もレベル10で同行討伐はやめさせられた」
大物が出てきてしまった。この方と仲良く話すのはまだ先の予定だったのだ。
それでも来てしまったからには、拒むわけにはいかない。
「それで護衛同行なしの討伐に挑んだ結果はどうだった。その辺実際にやってみた感想を是非聞きたい」
私達3人の中でなら、対応するべきなのは私だろう。
仕方ないので、私はエンリコ第二王子殿下の質問に答える。
「確かにレベルアップ時の能力の上昇の感覚が、今までとは違いました。私も、リュネットも、ナージャもですわ。能力の方は具体的には表現しにくいですが、私の場合は特に魔力総量が上昇したように感じています」
転生者はともかく、普通の人にはステータス表示なんてものは存在しない。
特殊な魔法でステータス表示に近いものがあるらしいが、私は知らないし使えない。
「ナージャは特に体力が上がったような気がするにゃ」
「私は魔力、体力ともに上昇したように感じます」
私は2人のステータスが見えるので、その通りだという事を知っている。
「確かに魔法の授業で見た限り、アンブロシアの攻撃魔法の安定度と精度は図抜けている。リュネットの回復魔法もナージャの剣術もだ。それもこの1月で更に力をつけたように感じる。僕もそうやって自分達の力で迷宮を攻略すれば、更なる実力がつくだろうか」
難しい質問が来た。
しかし返答するべきなのは、立場的に私だろう。
「あくまで推測と実感ですが、護衛同行の場合と比べると同じレベルでも実力の伸びはより大きくなるようです。ただ殿下は、私達と立場が違いますわ。ご自分で迷宮に行かれるのは、立場上難しいのではないでしょうか」
「侯爵家のアンブロシアが自分で行っているのもどうかと思うがな。それに私には兄上がいるし弟もいる。アンブロシアも仲間と3人で行ったと聞けば、父も兄もそれほど問題とは思わないだろう」
実際に自分がやっているだけに、文句は言いにくい。
それに殿下、どうやらかなり迷宮に興味がある模様だ。
自分が過保護だという自覚もあるのだろう。男の子らしい冒険心もあるのかもしれない。
でも大丈夫とは立場上絶対に言えない。だから私も困っている。
「今までの話を聞くと、護衛のようなレベルが自分よりかなり高い者と行った場合、効果が落ちるようだ。逆に同じくらいのレベルの者と行けば、直接の貢献は出来なくともそれなりに実力は上がる。違うだろうか」
おそらくはその通りだ。だからと言ってそのまま頷く訳にもいかない。
下手な返事をすると、殿下が危険に晒される事になる。その責任を取らされる可能性すら否定できない。
それでも、どうもいい回答が思い浮かばなかった。仕方ない。
「その通りです。ですが適当なレベルで迷宮に慣れた者、そして殿下と同行するにふさわしい者となると、そう多くは無いでしょう」
かなり苦しい回答をさせて貰う。
お付き2人に睨まれたけれど、勘弁して欲しい。
まあお付きの親は2人とも伯爵。侯爵家令嬢の私としては、別に怖くはないけれど。
「何なら私達と行くかにゃ」
おい待てナージャ! そう思ってももう遅い。
「実はそれをお願いしたいんだ。つまりパーティに加えて欲しい。勿論父上や御目付役のハドソン卿の許可は取る。それならどうだろう。駄目だろうか」
まずい、どうも殿下、本気のようだ。
背後でお付きの2名が止めてくれと言う顔をしている。一方でリュネットは入れてあげたいという表情だ。
仕方ない。私も覚悟を決めよう。
もちろん全責任を私がかぶる、なんてのは避けるけれど。
「殿下が陛下及びハドソン卿の許可を取られ、冒険者ギルドの登録証を入手できた場合と限らせていただきます。ですがもしその場合は、私をはじめリュネット、ナージャの3名で同行させて頂きましょう。ただしその場合はクザルゲ迷宮の第1階層からはじめさせていただきます。それで宜しいでしょうか」
それが私の身を守る上での、最低条件だ。
「父とハドソン卿の許可を取る。自分の冒険者証を手に入れる。それが出来れば同行して貰えると言うことでいいだろうか」
「ええ。その場合は第1階層からご一緒させていただきましょう」
だからお付きのマーティンとミロン、私を睨まないでほしい。これでも私は頑張ったのだ。
それでも嘘は言えないし、殿下に異を唱えるのも難しい。侯爵令嬢と第二王子殿下ではやはり第二王子殿下の方が強いのだ。
それをわかっていて、それでも文句をいえないからこそ、私の方を睨むというのもわかるけれど。
父はこの事を聞いたら喜ぶだろう。そう思うと大変に複雑な気分だ。
でもこうなったら仕方ない、頭を切り替えよう。
殿下と親密になる機会が早くも訪れた。そう前向きに考えるまでだ。
「それで今は3人でどのように戦っている? 戦法を知りたい」
「相手が弱い場合は、私の魔法かナージャの剣で、相手がアンデッドの場合は、リュネットの聖属性魔法で、手強い場合は3人で役目分担をして戦っています」
「役目分担か。それはどのように行うのだろう。授業では冒険者の戦法を聞いた事がないのでわからない」
冒険者の戦法なんて、貴族中心の学校で習う事ではない。知らないのも当然だ。
「3つの役目とは攻撃役、盾役、回復役です。今は攻撃役がナージャ、盾役が私、回復役がリュネットでやっております。攻撃役は文字通り敵を攻撃する役目。盾役は敵を引きつけ攻撃役が攻撃しやすいようにする役目。回復役はそのまま回復の役目です」
「他はわかるが盾役というのはどういう事をするのだろう。今の説明を聞く限りでは、かなり危険な役にも感じるのだが」
「昨日のアークゴブリン戦を例にすると、まず盾役の私が……」
殿下相手に、長い説明がはじまる。




