第1話 悪役令嬢転生
このお話は、以前書いた『悪役令嬢に転生したおっさんだけれど、やっぱり王子より女の子の方がいいよね』を、今の私風に書き直したものとなります。
見知らぬ天井。いや厳密には天井では無く布。でも寝ているのは明らかにベッドの上。
つまり天蓋付きベッドに寝ている様だ。寝心地はいいけれど何だろう、これは。
試しに寝たまま右手で脇腹を触れる。触覚はあった。つまり夢ではない。
しかし感触が何かおかしい。気のせいでは無いと思う。
俺はゆっくり起き上がって周囲を見回す。白い壁、高価そうな木製家具、高い天井の知らない部屋だ。
何がどうなっているのだろう。
そう思った時、俺とは違う記憶があるのに気づいた。俺では無い、私の記憶だ。
私の名前はアンブロシア。アンブロシア・レナルド・フレッチ。フレッチ侯爵家の次女。
俺は勿論、そんな長たらしい名前の女子ではない。俺の名前は田窪憲明。52歳独身だ。
48歳で20年ちょい勤めた市役所を退職。独身で金のかかる趣味もなかったので以降働かず、家でゲーム三昧の生活をしている。
父母は既に鬼籍、妹とも疎遠なので邪魔者はいない。
このまま働かず、貯金と年金でゲームと漫画とラノベとアニメまみれで暮らそう。
そういう堅実な生活設計を立てて生きていた筈だった。
俺は何故こんな事になってしまったのかを確認する為、俺の方の記憶を更に辿る。
確かに健康状態はあまり良くなかった。メタボにして高血圧。健康診断では必ず何カ所も数値がひっかかる。
仕事をやめてからは運動不足も顕著だ。いつ突然何かの病気で倒れても不思議じゃない。
最後の記憶はゲーム。いつものRPG系統VRMMOに飽きて、たまには違うゲームをしようと、乙女ゲーをプレイしていた記憶だ。
このゲームを選んだのは、人気がなくて格安になっていたから。
ダウンロードしてすぐにプレイを開始し、一回クリアした後、シナリオが気にくわなくて再度挑戦を開始した処で、記憶が途絶えている。
そうだ。あの乙女ゲー、あれで主人公の男爵家次女リュネットのライバルにしていじめっ子役の悪役令嬢、あれの名前がアンブロシアだった。
つまりこれが悪役令嬢転生という奴か。やっと俺は何となくではあるが事情を理解する。
まさか実際に体験するとは思わなかった。ラノベでは良くある話だけれども。
ところで転生ものなら普通、転生途中で神から何らかのレクチャーがあるだろう。いや悪役令嬢ものだと無いのが普通なのだろうか。
女性向けラノベはほとんど読んだことが無いから、よくわからない。
いずれにせよ、そうとわかればとりあえずお約束を試してみよう。
『EXIT』
変化は無い。コンソール画面からの復帰コマンドは使えないようだ。
それでは次の作戦。俺は前に右手を突き出して宣言する。
『コマンド画面!』
何も出てこない。なら次の作戦だ。
『ステータス・オープン!』
こちらは反応があった。まるで前にヘッドアップディスプレイがあるように様々な情報が表示される。
『アンブロシア レベル12 人間(女性) 15歳 HP:225 MP:130 STR:23 ATK:15 VIT:32 DEF:8……』
なかなか魔力が高い。ゲームでも主人公のリュネットと比べて、悪役令状アンブロシアの初期能力上。
しかし今はステータス確認ではない。コマンドの確認だ。画面を必死になって探しまくる。
無い! 無い! セーブもロードもゲーム終了も! 何度探してもそういったコマンドが一切無い。
現世というか21世紀日本に帰還出来ない。つまり本当に転生してしまった訳だ。
どうせならRPG系のゲーム、それもやり込んでレベルがほぼ最強になった奴で転生したかった。
それなら自由かつのんびり気ままに不自由なく暮らせただろうから。
そう思うのはこのゲームを一度クリアして結末を知っている俺だから。
確かに今はアンブロシア、不自由なく暮らせる。しかし3年後、つまり今の学校を卒業後、実家であるフレッチ侯爵家は陰謀がバレて処刑されるのだ。
一族郎党家人や召使いまでとまではいかない。でも祖父、父、母、兄、そして私は処刑される運命だ。
幸い今言った家族には、アンブロシア的には恨みこそあれど愛情は無い。
アンブロシアは妾の娘というか父が手をつけた女中の娘。
俺を産んだ後、母は毒殺された。以降、他の家族とは引き離された場所で、必要最小限のものだけを与えられてかつかつで生活していたのだ。
しかし俺に魔法の才能がある事が発覚。また見た目もそこそこ悪くない。ならば第二王子の相手に使えそうだという事で、そのままこの学校に放り込まれた。
以上、現在までの状況だ。
そんなどうしようもない家庭環境だったけれど、姉だけは親切にしてくれた。ただ彼女は既に他国の貴族家に嫁いでいる。だから実家の不祥事でも問題は無い。
という訳で、俺がすべき事はこの環境からの脱出だ。
勿論今のままでは生きていけない。しかし幸いにも魔法の才能はある。だから鍛えて外でも通用するようにした後、他国へと逃げるのが正解だ、きっと。
ゲームの攻略対象であるエンリコ第二王子をたらしこんで、という方法も無い訳ではない。しかし俺の意識は男だ、男とイチャイチャするなんて勘弁して欲しい。
それに俺の目から見たらエンリコ王子、魅力的じゃない。
確かに見た目は女子受けしそうな美少年だ。しかし性格は甘すぎて優柔不断、時にキモい。何より世間知らずのガキだ。
そもそも王家に嫁ぐなんて、第二王子であっても御免被りたい。自由がなくなることが確実だから。
俺は王家なんて地位よりも、自由気ままでありたい。
よし、作戦方針は決まった。それでは起きるとしよう。
俺は立ち上がって、そしてついでに姿見の前で自分の外見を確認する。
21世紀的には悪くない外見だろう。しかしこの世界で妃候補としてはいまいちだ。身長がやや高く、胸があまり無い、いわゆるモデル体型。見るにはいいが抱くには適さないタイプだ。
顔も整っていて美人系。しかし概して可愛い系の方が人々に好かれやすい。
そういう目で見ると、俺の顔は整いすぎていて、冷たい印象を与える。
うん、まさに悪役令嬢だな。納得したところで外から鐘の音が聞こえた。
5回。朝5の鐘で、日本で言うところの朝5時くらい。
日本では早朝でまだ寝ている時間。しかしこの世界の学生は起床の時間だ。




