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9.ある日、そして魔王教団

 一瞬の浮遊感。


 ほんの数秒意識が遠のき、気づいたときには、先ほどいた訓練場とは全く別の場所にレイコルトは立っていた。


 床全面を覆う赤い絨毯(じゅうたん)に随所に散りばめられた絵画や陶芸品。部屋を彩る家具や調度品は、一目で高級品だということが分かる。


「ここは‥‥‥?」


「私の理事長室だよ。滅多に人は出入りしないから、二人で話し合うにはもってこいの場所だと思ってね」


 そう言うとセリーナは、ローテーブルを挟むようにして置かれた一人用ソファの片側に腰を掛ける。


「立ちっぱなしっていうのもなんだからね。君も座るといいよ」


 一応の礼儀として軽く会釈すると、レイコルトは向かうい合う形で対面のソファに座る。


(うわっ! すごっ!?)


 革張りのソファは柔らかすぎず硬過ぎない絶妙な座り心地で体を包み込み、レイコルトは思わず感動してしまう。


「まずは、試験お疲れ様と言っておこうかな。どうだった? 私の作った《魔物幻影(ミラージュ)》は?」


「あれ、師匠が作った魔道具だったんですね‥‥‥」


 道理で、絶妙に意地の悪い設計なわけだ。

 

「そりゃそうさ。でないと、わざわざ条件をキツくするわけないでしょ?」


 ケラケラといたずらを成功させた子供のように笑うセリーナ。


 つまり、魔物幻影(ミラージュ)の制作者であり熟知しているセリーナは、今のレイコルトでもギリギリ倒せるであろう数を条件に提示したということか。


「はぁ、今回は偶々(たまたま)上手くいきましたけど、もしクリアできなかったらどうするつもりだったんですか?」

 

 大きなため息をついたレイコルトは呆れ気味に問いかける。


「その時は、宣言通りこの座を降りる決まってるじゃないか。こう見えて私は約束を絶対に守る主義なんでね」


 セリーナがふふっと自慢げに両腕を組んだ際に、黒の戦闘衣(バトルクロス)を下から押し上げる豊かな双丘が僅かに揺れ、レイコルトは思わず目を逸らしてしまう。

 

「ん?」


 その様子に気づいたのか、ニマニマと口元に笑みを浮かべながら、さらにわざとらしく胸を強調して見せるとレイコルトは顔を真っ赤に染めながら慌てて顔を背け、話題を逸らすように口を開いた。


「そ、それで話って何ですか‥‥‥?」


「うん?  あぁ、そうだね。時間も少ないしちゃっちゃと本題に入るとしよう」


 セリーナはコホン、とわざとらしく咳ばらいをすると、真剣な眼差しをレイコルトに向ける。


「レイは『魔王教団(ディルヴィア)』という名前の組織は知ってる?」


魔王教団(ディルヴィア)ですか‥‥‥、いえ初めて聞きました、何ですかそれ?」


 レイコルトは首をかしげる。


「やっぱり知らないか‥‥‥。いや、それ自体は何の問題もないんだ。なにせ私自身、そいつらの存在を知ったのはここ数年だからね。簡単に言うと、『大魔王ヴェルミス』を信仰の対象としている狂人集団って感じかな。最近、アルカネル周辺の小さな村や集落が立て続けに魔王教団(ディルヴィア)によって襲撃されていてね、レイが何か知ってればと思ったんだけど」


 

 大魔王ヴェルミス───それは千年前に実在していた最悪にして災厄の魔導士のことだ。その圧倒的なまでの魔力量と、通常の武器では傷一つ付けることが出来ない生物を傀儡とする軍隊、そしてなにより現在でも禁忌とされている『黒魔法』を生み出し千年前の世界をたった一人で混沌の渦に叩き込んだとされる人物である。


 魔法の基礎を築いた大賢者を千年前の光と例えるならば、ヴェルミスは闇とでもいうべきか。故に『大魔王』。後にも先にもこの二つ名を付けられた存在はただ一人である。


「あれ、でも確かヴェルミスは───」


「そう、千年前の『英雄アルス』と大賢者によって既に討伐されてる。レステル大陸で知らない人はいないほど有名な英雄譚だね」


 一時は世界の半分以上を手中に収めていたとされるヴェルミスだったが、とある二人の人物──大賢者と、英雄アルスの手によって既に消滅させられているのだ。


「まぁ、大魔王ヴェルミスを崇拝している人や集団は、昔から一定数いたからね。そういった存在がいること自体は不思議でもないんだけど、この魔王教団(ディルヴィア)だけは少し異質なんだ」


「異質?」


 レイコルトはセリーナの言葉に疑問を投げかける。


「うん、何もかもが不明なんだ。教義、目的、構成員、活動拠点など、私も存在を認識してからは自分なりに調査は進めてるんだけど、点で駄目だ」


「師匠の情報網を使ってもダメってことは、相当自分たちの存在を隠したいんですかね?」


 どういう仕組みかは知らないが、セリーナは全世界に情報網を張っているらしく、その気になれば世界中から情報をかき集めることも可能なはずだ。そんな彼女ですらほとんど実態を掴めないとなると、もはや魔王教団(ディルヴィア)という存在自体が怪しくなってくるが。


「うーん、実はそうでもなくて、あいつら、襲った村や集落には必ず教団のシンボルを残していくんだよ。まるで自分たちの存在を知らしめるように。まぁ、それでも尻尾を掴ませないから余計に質が悪いんだけどね」


 セリーナはやれやれと肩を竦める。


「それにしても、師匠がそこまで執着するなんて珍しいですね。普段なら王国騎士団なり、ギルドに任せそうなものですが‥‥‥」


 セリーナの性格は良くも悪くも非常にドライだ。自分の興味のあることや、気になったことには常人ならざる行動力と執念を見せるが、逆に興味のないことやどうでもいいことに関しては傍観者に徹することが多い。

 

 魔王教団(ディルヴィア)についてもそうだ。確かに大魔王ヴェルミスを崇拝しており、実態が見えないというのは非常に不気味ではあるが、とてもセリーナが自主的に調べようとする程とは思えない。


 彼女にしては珍しく強い関心を抱いているように見えての疑問だったのだが──


「‥‥‥‥‥‥」


 途端、セリーナは僅かに目元に影を落とすと、黙り込んでしまった。


 普段の飄々とした態度からは想像できない、どこか憂いを帯びた表情にレイコルトも何かを察する。


「‥‥‥‥‥‥何かあったんですね。師匠が自ら動かなければならない事情が」


 そしておそらく、それこそがセリーナがわざわざレイコルトと二人で話す時間を作った理由なのだろう。


 ほんの数秒、二人の間に沈黙が流れる。やがてセリーナはゆっくりとその口を開いた。


「私も魔王教団(ディルヴィア)の存在を知らされた当初はほとんど関心を示してなかったよ。せいぜいそんな教団がいるんだな、程度にしか思っていなかったんだけどね、一つの報告書が私をここまで駆り立てた」


「報告書?」


「うん、内容は王国騎士団のとある小隊が魔王教団(ディルヴィア)の信者らしき集団を発見したというものだった。その報告書には現場での状況や、その場にいた教団員の人数などが記載されていたんだけど、その教団員の中でもひと際異彩を放つ人物がいたらしい」


 セリーナはそこで言葉を区切ると、ひどく真剣な面持ちで告げる。


「その者の特徴としてこう記載されていた───『灰のようにくすんだ色の髪に同色の瞳。何より目を引くのは、腰に携え、白銀の鞘に納められた異国の(つるぎ)』、とね」


「なッ!?」

 

 それを聞いた瞬間、レイコルトの心臓がドクンッ!と大きく跳ね上がると、血液が逆流するような錯覚を起こした。

 

 まるで自分の心臓を直接鷲摑みにされているかのような感覚。

 

 次第に鼓動は速くなり、思わず瞼を伏せると脳裏には、()()()の光景が鮮明に浮かび上がる。


 ──あたり一面を覆いつくす炎と、人の焼ける臭い。

 

 ──地面に横たわった、無数の亡骸。


 ──そして、返り血をあびたことで全身を真っ赤に染め上げた一人の少年の姿。


 あの日の光景を思い出す度、レイコルトの胸は締め付けられるような痛みを覚える。


 数秒後、再び瞼を上げるとそこには先ほどと変わらない景色が広がっていた。それでもまだ動悸が治まらないことに多少の困惑を覚えるがどうにか心を落ち着かせると真っすぐに向き直る。


「‥‥‥大丈夫かい、レイ?」


「えぇ、なんとか‥‥‥。それよりも本当なんですか? 本当に()()()が──」


「うん、おそらくレイの考えてる人物で間違いないと思うよ」


「そう、ですか‥‥‥」


 レイコルトは俯きながら、拳を強く握りしめる。


「今日、ここで君と話し合いの場を設けたのも、これを伝えるためだったんだ。辛いことを思い出させてしまったね」


 セリーナは申し訳なさそうに謝罪するが、レイコルトは小さく首を横に振ると、ゆっくり顔を上げた。

 

「いえ、大丈夫です。いつか向き合わないといけないことは分かっていたので。師匠もそれを分かってて、僕に話してくれたんですよね」


 セリーナがこのタイミングでこの話を切り出した理由。それはレイコルトを気遣ってのことだというのは、レイコルト自身がよく分かっていた。


「ふふっ、君が思っている以上に私は君のことを大事に思っているんだよ?」

 

 セリーナは小さく微笑を浮かべる。それは普段の彼女を知っている者からすれば想像もできないほど慈愛に満ちた笑みだった。


「私はこれからも魔王教団(ディルヴィア)について調査は進めるつもりだから、それで何かわかったら、レイに伝えるよ。それから、これ」


 セリーナはスッ、と一枚の紙をレイコルトに手渡す。


「なんですか、これ?」

 

 そこには手書きで書かれた地図らしきものと共に、とある場所が赤い線で囲われていた。


「私の家の場所が書かれた地図。どうせ今日の宿だって取ってないんでしょ? それにここ(士官学校)に通うことになったら家は必要になるし、普段は滅多に帰らないからそこ使っていいよ」


「え? いや、でも‥‥‥」


「いいのいいの。どうせ部屋余ってたし。それにレイが旅に出る前までは一緒に住んでたでしょ。それと変わらないよ」


「うーん‥‥‥」


 正直、そこまでお世話になるのは少し気が引けるのだが、せっかくの厚意を無下にするわけにもいかないのでありがたく受け取ることにする。


「それじゃお言葉に甘えさせていただきますね。ありがとうございます」


 レイコルトはお礼を述べると丁寧に折りたたんだ地図をポケットに仕舞い込んだ。 


「さて、私からの話は以上かな。だいぶ時間も掛かっちゃったし、そろそろ訓練場に戻ろうか。遅れるとリヴィアにこっぴどく怒られるからね」


 掛け時計を見てみると理事長室に来てからもうすでに一時間近くが経過しており、確かにこれ以上遅れると、リヴィアの雷が落ちることは避けられなさそうだ。


「よしっ、行こうか! 『座標移動(コーディネック)』!!」


 来た時同様に、セリーナが力ある言葉を唱えると、二人は再び白い光に包まれるのだった。

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