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29.計略、そして衝滅の魔手

「はぁ‥‥‥っ、はぁ‥‥‥っ」


 腹部に走る鈍い痛み。それを堪えながらレイコルトは黒刀を杖代わりにして立ち上がる。


「くはっ! ガキにしてはなかなか根性あるじゃねぇか。いいねぇ、そうこなくっちゃ面白くねぇ。──が、初見っつう、千載一遇の好機を逃したお前の刃はもう俺には届かねぇぞ」


「‥‥‥‥‥‥同感です」


 ゼノンの指摘通り、当初のレイコルトの目論見は完膚なきまでに砕かれてしまった。


 《魔撃剣伐(スペルアーツ)》の異質性を生かした先手必勝の一撃。

 

 格上のゼノンに対して最も勝算の高いと踏んでいたその一手を潰された以上、そう易々とレイコルトに有利な局面は訪れないだろう。


「だったらどうする? このまま泣き寝入りして負けを認めるか? それとも、まだ俺を楽しませてくれるのか?」


「どちらでもないっ!!」


 黒刀を逆手に持ち替える。


 大理石の粉塵を巻き上げ、みたびレイコルトは地を蹴った。


 今度は正面からではなく、ゼノンを中点として円を描くように回り込む形であり、《魔力強化(マナブースト)》を施した脚力は先ほどの数倍の速度で駆け抜ける。


「はぁ‥‥‥、何をしてくるのかと思えばちょこまかちょこまかと走り回るだけか。同じ手は食わねぇんだよ、能無しの獣がッ!! 【ファイア・ウォール】ッ!」


 ゼノンが吠えた直後、レイコルトの眼前に灼熱の防壁が行く手を阻むように展開。


 あまりの大きさに一瞬足を止めたレイコルトに対して、同様の炎壁が左右後方からも押しつぶすように差し迫ってきた。


「包囲か‥‥‥」


 その巨大さゆえに魔法の核を切り裂くのは不可能。


 即座にそう判断したレイコルトは、進行方向をクルリと切り替えると、後方から襲いかかる灼熱の壁へと一足で肉薄した。


 決して自棄になったわけではない。


 四方から迫りくる炎壁同士の間に残った僅かなスキマ。


 炎壁の四隅が完全に閉じきる前に唯一の脱出口へと体を滑り込ませ、囲みを突破する。


 その際、熱が僅かに制服と皮膚を灼くが神経が痛みを認識することはなかった。


 なぜか?


 それ以上の脅威がレイコルトの眼前に迫っていたからだ。


「だろうなッ! テメェなら絶対にそうくると思ってたぜ。【風神の鉄槌(ガルド・パヴァーナ)】ッ!!」


 視界の端で『王国の覇者』が不敵な笑みを浮かべる。


 わざと炎壁同士に空隙(くうげき)を作り、逃げ場を限定させることで目的のポイントへと誘導させられた?


 レイコルトがそう気づいたときには既に眼前の魔法は発動の予兆を見せていた。


 風属性の上級魔法である【風神の鉄槌(ガルド・パヴァーナ)】。


 術者の任意の場所に周囲の大気を数倍に圧縮した巨大な半透明の球体を顕現させ、一気に解放する数少ない設置型の広範囲殲滅魔法。


 音速を超えて解き放たれる大気が周囲に暴風と熱をまき散らし、対象範囲内のあらゆるものを粉砕する恐るべき魔法が今、レイコルトの眼と鼻の先に顕現していたのだ。


「くっ!?」


「弾け飛べッ!!!」


 ゼノンの咆哮にも似た命令。同時に、周囲の大気を圧縮した球体が無情にも解き放たれ、世界は不可視の暴力によって蹂躙された。


「────────!!!」


 声すら搔き消され、レイコルトの身体は暴風と灼熱の渦へと吞み込まれてしまう。


 次いで訪れる大気が爆ぜた轟音と衝撃。床を砕き、天井を貫き、壁が崩落する。


 そんな破壊の中心地には一切の傷を負うことなく佇むゼノンと『王家の紋章』の姿だけが残されていた。そこに黒髪の少年の形は──ない。


「くはっ! くははははははっ!!  まんまと嵌りやがって、詰めが甘ぇんだよ。さっさと逃げときゃ、ちったぁ長生きできただろうによぉ」


 高らかに哄笑するゼノンの声と一切の視界を覆う黒煙だけが特別展示室内を満たしている。


「さぁてと、多少手間取っちまったが目的のものを頂くとしますかねぇ。──ったく、面倒事を押し付けやがって。あいつらの方は上手くやってんだろうな」


 こことは別の場所で計画を遂行しているであろう憎たらしい黒ローブに思いつく限りの罵詈雑言を並べたてながら、ゼノンが『王家の紋章』に手を伸ばした、次の瞬間だった。


「──詰めが甘いのはあなたの方だッ!!」


 室内を満たす黒煙。


 その一端が弾け、鋭い声とともに一人の少年が姿を現した。だがその声の発生源は──


「上だとッ!?」


 ゼノンが咄嗟に視線を上に向ければ、そこには天井の瓦礫にしがみつき、逆さ吊りになっている黒髪の少年の姿があった。制服には所々焦げ痕が見られるものの目立った外傷はなく、その双眸は強い意志を宿して爛々と輝いている。


「馬鹿が! なんで生きてんだよ!?  いや、んなこたぁどうでもいい。どうやってあの暴風と熱の渦を生き延びた!?」


 ここにきてようやく『王国の覇者』が声をひきつらせる。


 必殺の魔法は確実に決まった。タイミング的にはあの黒刀で切断することは不可能だ。それは揺るぎない事実であり、ゼノンがこの目で見て判断したことだ。


 だが現実としてレイコルトはこうして生きている。


 あの暴風と熱をほぼ無傷で乗り切り、あまつさえ奇襲をかけんと頭上を取ってきたのだ。


「その魔法は風爆を引き起こす直前に一瞬だけ小さく収縮する。大気の取り込みが中断されるその瞬間を使えば、魔法の有効範囲外へと飛びだすことは十分に可能だ」


 あとは衝撃の威力を最大限抑えるために魔力を背中側に集中させつつ、爆風の揚力(ようりょく)を利用して天井へ。


 それがレイコルトがあの刹那の時間で導き出した答えだった。


「────」

 

 絶句。今、レイコルトが平然と言いのけたことは全て、コンマ一秒でも遅れていれば確実に命を落とすような綱渡りの連続ばかりだ。


 だが目の前の剣士はそれをやってのけた。何の躊躇いもなく、一切の恐れを抱くこともなく。


 全てを理解したゼノンの口元に獰猛な笑みが浮かぶ。それは強者と戦える喜びか、あるいは同類の気配を感じ取ったが故の歓喜か。


「くはっ!  やっぱ面白れぇな、お前ッ!! おい、もっと俺を楽しませろ。もっと俺を熱くさせろッ!! 」


「言ったはずです。楽しませるつもりは──ないッ!!」


 膝をばねのようにぐぐぐっと縮め、天井を蹴る。


 重力に従い、黒煙の帳を加速度的に切り開いていくレイコルトは瞬く間にゼノンの懐へと飛び込むと、逆手に握った黒刀を垂直に切り下ろした。


 自身の全体重に重力加速を上乗せした一撃は、先ほどとは比べ物にならないほどの速度と威力を持ってゼノンへと襲い掛かる。──はずだった。


「俺も言ったはずだぜ? テメェの刃はもう届かねぇってなぁッ!!」


 またしてもゼノンは頭上から振り下ろされたレイコルトの刃を難なく掴み取り、不敵に嗤ってみせる。


「────」


 対するレイコルトは二度に渡り攻撃を防がれたというのに、その相貌に一切の焦燥は見られない。


 それどころか何か確信を得たかのように、静か口角を吊り上げた次の瞬間、腰に差した鞘を左手で素早く引き抜くと、逆手持ちのままゼノンの顔面を薙ぎ払った。


「チッ、──遅ぇんだよッ!!」

 

 だがそれもゼノンは首を軽く傾けるだけで躱すと、掴んだ黒刀ごとレイコルトを後方へと放り投げた。


「──ッ」

 

 体勢を崩しながらも空中で猫のように体を捻り、数メートルの距離を開けて着地する。


「やはり、そういうことですか」


「あ? 何のことだ? 負け惜しみでも言う気になったか?」


「僕が感じた違和感。あなたの固有能力(スキル)は、物体に生じた衝撃──つまりは作用力をゼロにすることだったんですね」


「────」


 ゼノンの表情が険相に包まれる。


「思えば最初の攻撃も、今の攻撃も一つだけ妙な感覚があったんです。確かに僕の刃とあなたの手の平はぶつかったはずなのに、一切の反動が返ってこなかった。本来物体同士が接触し合えば、押し合う力と同等の逆向きの力が働くはずなのに、だ」


 刃で鉄柱を斬りつければ腕全体に痺れが走るように、壁にボールを投げつければぶつかった反動で跳ね返ってくるように、物体には受けた力と同じだけの力で押し返す力が働く。


 それがこの世界の物理法則だ。


 だがゼノンが操る固有能力(スキル)はそれを否定する。


 レイコルトの刃とゼノンと衝突した瞬間、まるで静謐な水面に刀身を突き刺したかのような、一切の反動を伴わない不思議な感覚が伝わってきたのだ。それ即ち、ゼノンの固有能力(スキル)が物体に生じた衝撃そのものをゼロにする力であることに他ならない。


「最初は肉体の強度を上げる能力かとも思いましたが、それだと衝撃が返ってこないことへの説明がつかない。だから、あなたの固有能力スキルは作用力をゼロにするものだと推測したんです。違いますか?」


「‥‥‥‥‥‥」


 レイコルトの予測を否定せず、それでもゼノンは余裕の態度を崩さない。


「なるほど、なかなかの慧眼じゃねぇか。お前、名前は?」


「‥‥‥レイコルト。姓はない」


「レイコルト、か。‥‥‥いいぜ認めてやるよ。お前は確かに強ぇ。ここまで血が沸き立つような奴は十年前にもそうは居なかった。だが残念だったな。お前の推測は半分当たりで半分ハズレだ。俺の【衝滅の魔手(アンペルシオン)】はそんなチャチなもんじゃねぇ」


 言うや否やゼノンはひとりでに拳を強く握りしめると、弓を引き絞るように腰だめに構える。まるで正拳突きでも放つかのような体勢だ。


「──? それは、どういう──」


 レイコルトが疑問を口にしようとした瞬間。

 

 ゼノンは拳を前へと突き出し、虚空を殴りつけた。


 ただそれだけ。まるで意味のない行為のはずなのにレイコルトの第六感とも呼ぶべき何かが激しく警鐘を鳴らした。


「────ッ!!」


 思考速度を遥かに超越した速さでレイコルトの体が右側へと飛び退く。その数瞬後、大気を叩き割る音が耳朶を打った。


 見ればぜノンの延長線上、つまり先ほどまでレイコルトが佇んでいた場所の前後には、まるで()()が通り過ぎたかのように一直線に大地が抉れていた。


「いい反応じゃねぇか。初見でこの攻撃を避けたのはテメェが初めてだが、流石に勘ってわけでもねぇんだろ?」


「‥‥‥周囲の煙が急に消し飛んだ。それはつまり何かがそこを通り過ぎたということだ」


 あたかも予見していたかのように語っているが、ゼノンの一撃を回避できたのはひとえにレイコルトの中の何かが反応したからだ。しかも、反応した理由すらもこうして口にすることでようやく気付けたレベルであり、総じて運が良かったというべきだろう。


「お前、そんなところまで神経張り巡らせてんのか。マジでイカれてやがるぜ」


「褒め言葉として受け取っておきますよ。それより、今の攻撃は一体?」

 

 レイコルトがそう問うと、ゼノンは待ってましたと言わんばかりにニヤリと口角を吊り上げた。


「俺の【衝滅の魔手(アンペルシオン)】は衝撃をゼロにする能力じゃねぇ。正確に言うと物体に生じる衝撃の強弱を思うままに操れる能力なんだよ」


「衝撃を、操る‥‥‥?」


「そうさ。つまり、どんな強力な攻撃だろうが俺の固有能力の前では無意味と化す。反対に俺はこうして拳を突き出すだけでその衝撃を何百倍にも増幅して、ぶっ殺せるってわけだ」


「────」


 そういうことか。


 先ほどのゼノンの攻撃。拳を突き出した際に生じる極々わずかな衝撃。本来であれば虫ですら殺せないはずのそれを己の固有能力によって大理石をも砕くほどの衝撃波へと昇華させたというわけだ。


「 さぁて、俺の種明かしはここまでだ。次は俺がお前に質問する番だぜ?  レイコルト、テメェ何で一度も魔法はおろか固有能力すら使わねぇ? 舐めてんのか?」


「違いますよ。ただ僕が《忌み子(フォールン)》なだけです」


「────あん?」


 たっぷり数秒、間を溜めた末にゼノンの口から漏れ出たのは呆気にとられたような声だった。


 まるで信じられないとでも言いたげな表情。しかし、目の前にいる生意気な少年が嘘や冗談を言っているようなそぶりは一切なく、その双眸は真っ直ぐゼノンを見据えていた。ゆえに──


「くくく‥‥‥、くははははッ!! ────ははははははッッッ!!」


 ゼノンは堰を切ったように嘲笑の声を上げた。額に手を置きながら背を弓なりに反らせ、腹を抱えながら心底愉快そうに。


「あ~腹いてぇー。《忌み子(フォールン)》とは、これまた懐かしい響きだなぁおい。まさかこの国に()()()に憐れで可哀そうな奴がいたとはッ!! くくく‥‥‥っ 」


「────」


 レイコルトは無言。ただゼノンの哄笑を黙って聞き続けるのみだ。


 そんな少年の反応に気を良くしたのか、ゼノンは一通り笑い終えると再び口を開いた。


「はぁ~、笑った、笑った。いやぁ~いいもん聞かせてもらったぜ レイコルト。テメェは俺が今まで出会った奴の中でぶっちぎりで最高にイカれてやがる。だがわりいな。もう十分()()()()()()んだ。そろそろジジィが呼んできた警備隊の奴も駆けつけてくるだろうから、ここらで終わりにさせてもらうぜ」


 ──時間稼ぎ?


 ゼノンがふと漏らした言葉に、一瞬思考が持っていかれたその刹那。


 レイコルトの視界からゼノンの姿が忽然と消えた。


「────ッ!?」


 衝撃の強弱を操る。つまり、地面を蹴りつける威力さえも意のままに操れるということだ。


 黒煙で不自由な視界の中、レイコルトは張り巡らせた神経とわずかな気配だけを頼りに、ゼノンの位置を探る。


(──右斜め後ろ、いや、左!!)


 視界に納めるよりも速く、直感に従って黒刀を振りぬく。


 だが虚しくもその一閃は空を斬った。


「 いい勘してるじゃねぇか。だが、それもここまでだ」


 一瞬の隙をついてゼノンの掌がレイコルトの腹部に添えられる。殴打ではなく、これは──掌底だ。


「楽しませてくれた礼だ。苦しまずに逝けよ」


 ドンッッッ!!!!!


「がはっ──!?」


 大気が爆ぜる。


 内臓が押しつぶされ、骨が軋むが音が嫌に鮮明に聞こえた。

 

 【衝滅の魔手(アンペルシオン)】によるゼノンの掌底はレイコルトに一切の抵抗を許さず、後方へと吹き飛ばす。


 くの字に折れ曲がったレイコルトの体は数メートルを軽く飛び、壁に激突し、ようやくその勢いを止めた。


「あ‥‥‥、く、ぁ‥‥‥」


 焦点が定まらない。内臓をやられたのか、喉奥から血がこみ上げてくる。


 意識も朦朧としているせいか、手足に力が入らない。まるで自分の体ではないみたいだ。辛うじて黒刀だけは手放さずに済んだものの、こんな状態では満足に振るうこともできないだろう。


「くはっ!  まさかまだ生きてるとは、お前もつくづく運がねぇな。まぁいい、これで俺を邪魔する奴はいなくなった。あとはこいつを頂くだけだ」


 ゼノンは頑丈なショーケースをいとも容易く素手で叩き割ると、『王家の紋章』を手に取り、自身の懐に収めた。


「ま‥‥‥て‥‥‥」


「あぁ?  死にかけのテメェはもう黙って見てろや。どうせもうすぐ警備隊も駆けつけてくるだろうし俺はもう行くぜ」

 

 レイコルトの制止の声に耳など傾けるはずもなく、背を向けて悠々と歩き出すゼノン。


 ──『さてと、国奪りの始まりだ』


 その言葉を最後にレイコルトの意識は深い闇へと落ちていくのだった。

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