28.奇襲、そして邂逅
『なっ!? 奴め、正面から突っ込んできただと!? 至急、全団員は一階に下りて応戦しろ! 絶対に奴を三階に向かわせるなっ!!」
『陣形を組めッ!! 対象はたかが一人だ、囲い込んで数で押し切ればどうとでもなる!! 残った者は一般人の避難を急げ!!』
『おい、おい!! どうなってんだよ!? あんな化け物が相手なんて聞いてねぇぞ!!』
『狼狽えるなッ!! とにかく撃てッ、撃てぇぇぇッッ!!!』
休憩室の扉越しに聞こえてくるけたましい怒号と悲鳴。さらに魔法を打ち放つ轟音と絶叫が混ざり合い、目覚めたばかりのレイコルトに事態の深刻さを理解させた。
「────」
ひじ掛けに立て掛けていた黒刀を素早く手に取ると胸ポケットから懐中時計を取り出し、時刻を確認する。どうやらレイコルトが仮眠を取ってから三時間ほど経過していたようだ。
足先に力を込めて長椅子から立ち上がると、一つ深呼吸。
何が起きているのか分からない以上慎重に行動するべきだ。
そうして自分を律したレイコルトは極力足音を立てないよう身を寄せるようにドアノブに手を掛けた瞬間──
ズガァァァアアァァァァァァァァァァッッッッ!!!!
「くっ──!?」
扉越しに身を貫く衝撃と轟音。鈍器で骨を叩きつけられたようなとてつもない痺れがレイコルトの全身を駆け巡り、思わず呻き声が漏れ出る
原因は分からないが美術館全体を激しく振動させるほどの何かが起きたことだけは間違いないようで、天井からはパラパラと破片とホコリが降り注ぎ、休憩室の扉はミシミシと軋んだ音を上げていた。
「一体何が‥‥‥っ!?」
痺れが完全に抜けきったことを確認したレイコルトは、扉に背を預けながら強い警戒と共にゆっくりと押し開ける。現在レイコルトがいる休憩室から正面入り口までは僅かばかり距離があり、その間は一本の通路で結ばれている。
《魔力強化》を施した脚力で一気に通路を駆け抜け、エントランスに飛び出したレイコルトは、そこで目にした光景に思わず言葉を失った。
「な、なんだ‥‥‥これ‥‥‥」
嵐でも過ぎ去ったかのように荒れ果てたエントランスホール。床には対魔法用に加工された強化硝子が木っ端みじんに散乱しており、壁や柱は魔法の余波を受けたのか所々が破損している。当然、展示されていた絵画や彫刻、調度品などもその全てが破壊されており、美術館の煌びやかな雰囲気は見る影もなくなっていた。
そして何より、倒れ伏す王国騎士団の団員達。目算でも数十人ほど確認できる彼らの内、誰一人として地に足を付いている者はおらず、そのほとんどが呻き声を上げながら床に伏していた。よくよく見てみれば彼らの全身はボロボロで、中には骨が折れているのか不自然な方向へ腕が曲がっている者もいる。
「しっかりしてください! 何があったんですか!?」
慌てて近くにいた若い団員の元にレイコルトが駆け寄ると、彼は苦悶の表情を浮かべながらも擦れ声をあげた。
「うっ‥‥‥、き、君は‥‥‥? いや、それより早く特別展示室へ‥‥‥。団長と『王家の紋章』が危ない‥‥‥。敵は‥‥‥組織なんかじゃなかった。あれは‥‥‥それ以上の化け物だ‥‥‥っ」
「化け物? それってどういう‥‥‥」
「────」
レイコルトが言葉の真意を問いただそうとしたところで、若い団員は意識を手放した。
(気絶、か‥‥‥)
首筋に手を翳し、脈を確認する。多少の乱れは見られるが、命に別状はなさそうだ。レイコルトは団員の体をゆっくりと床に寝かせると、背後に広がる惨状を改めて見渡す。
(組織じゃなかった‥‥‥か。つまり《魔王教団》じゃない他の勢力の襲撃。しかもあれだけの数の騎士団を相手に、ものの数分で鎮圧できるほどの実力者‥‥‥。警戒して進むべきなんだろうけど、今は少しでも時間が惜しいな)
負傷した騎士団の面々を放置しておくのは気が引けるが、回復魔法はおろか普通の魔法すら使えないレイコルトがいても邪魔にしかならないだろう。
レイコルトは後ろ髪を引かれる思いでその場を後にすると、再び《魔力強化》を脚部に施し、特別展示室がある三階へと飛ぶように駆け上がっていく。
本来は最短経路を進みたいところだが、先ほどの衝撃で崩落した天井が行く手を阻み、仕方なく迂回路を進むレイコルト。その脳裏には一人だけ、この惨状を生み出す目的と単独で実行が可能な人物の名が浮かんでおり、そのことが余計に焦燥感を駆り立てていた。
そうしてようやく辿り着いた三階の特別展示室前。ここまで来るのに要した時間は実に五分弱といったところだが、体感ではそれ以上の時間が過ぎ去ったように感じられる。
扉の奥からは既に誰かが交戦しているような爆発音が響き渡っており、レイコルトは黒刀の柄を強く握り締めると勢いよく扉を押し開けた。
──瞬間、レイコルトの僅か数ミリ左を白金に光る何かが物凄い勢いで横切っていった。
「っ!?」
咄嗟に反対方向へ転がり込んだレイコルト。次いで巨大な質量を有する物体が壁に激突した衝撃と轟音が室内に木霊し、粉々に砕け散った大理石の煙幕が視界を覆いつくす。
「な、何が‥‥‥」
「────」
やがて煙が晴れていき、徐々に人影らしきものが鮮明に浮かび上がってくる。そしてついにその人物の顔が露わとなったところで、レイコルトは驚愕に目を見開いた。
「──!? クラウディオ総司令官!?」
王国騎士団最強の男が壁にめり込むような形となって苦悶に顔を陰らせていたのだ。象徴とも呼べる白金の鎧は握りつぶされた羊皮紙のようにグシャりと歪んでおり、至る所に裂傷や打撲痕が見られる。とても無事とは言い難い状況だ。
レイコルトはすぐさまクラウディオのもとに駆け寄ると、その身をゆっくりと床に横たえる。
「‥‥‥その声は、レイコルト、か。ぐっ‥‥‥、すまぬ。奴のことを、甘く見過ぎていたようだ。まさか‥‥‥ここまでとは‥‥‥」
「くはっ、全くだぜこの老いぼれジジィがよぉ。ちょっと本気を出しただけでこのザマとは、最強の王国騎士団の名が泣くぜ?」
「────」
荒々しい口調と言葉遣いに似つかわしいドスの効いた男の声が展示室の奥から聞こえてきた。
聞き覚えはない。それでもレイコルトには男の正体に確信があった。
男が一つ歩みを進めるたびに空気の密度がズンッと重くなり、否が応でも背中には緊張の汗が伝っていく。
それでもレイコルトはクラウディオを庇うように前に出ると、黒刀の鍔に親指を添え、絞り出すような声音でその名を呟くのだった。
「‥‥‥あなたが、ゼノン・グリフィス、ですか?」
「あん? なんだガキ、テメェ俺の事を知ってんのかよ」
かつては最強の名をほしいままにしていた魔導士──『王国の覇者』ことゼノン・グリフィスは口端に滴る血を親指で拭うと不敵な笑みを浮かべて見せるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
艶を失ったボサボサの金髪。乱雑に伸びた無精髭。肩に掛けられたズタボロの外套。レイコルトの目の前にいる男は、かつての最強としての栄光を微塵も感じさせない風貌をしていた。
だがそれでも、ゼノン・グリフィスという男が放つ威圧感は本物だ。
猛禽類のように研ぎ澄まされた眼光と、三年もの間収容されていたとは到底信じがたい鍛え上げらえた肉体。そして何より、片腕を失ってなお全身から放たれる殺気と魔力の密度には『王国の覇者』という二つ名に一切の曇りを寄せ付けないほどの説得力があった。
「おい、なんでガキが転がり込んでんだよ。ここは遊び場じゃねぇ。そこの老いぼれみたく死にたくなきゃさっさと失せろ」
「‥‥‥ぐっ、そうだ、レイコルト。ここは私に任せて本部に、応援、の要請を‥‥‥。この、男は危険だ‥‥‥」
クラウディオはレイコルトのズボンの裾を弱弱しく握りしめると、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。だが──
「できません。今、総司令官が倒されてしまえば騎士団の統率は一気に瓦解します。逆を言えばあなたさえ生きていれば、まだ立て直せる。だからここは僕が引き受けます」
レイコルトは二人の忠告を一蹴した。
トップを失った組織の脆さはセリーナから何度も聞かされていた。さながら腐食した鉄がボロボロと崩れていくように、外部から手を加えるまでもなく、内側から勝手に崩壊していくと。
だからこそ今、この場でクラウディオという柱を失うわけにはいかない。レイコルトは内ポケットから携帯していた治癒ポーションを取り出すとクラウディオの手に握らせる。
「応急処置用なので効果は薄いですが、走れるぐらいには痛みを和らげてくれるはずです」
「ま、待て! お前はどうするつもりだ!?」
「時間を稼ぎます。その間にクラウディオ総司令官は応援を呼んでください」
「待て! レイコルト!!」
クラウディオの制止の声を振り切り、レイコルトは黒刀を引き抜くとゼノンに向き直る。
「‥‥‥ハァ、忠告はした。尻尾を巻いて逃げる隙も与えた。それでもなお、俺の前に立ち塞がるっつうなら、──死ね。【アンブロ・アロー】」
「──ッ!!」
瞬間、天井を覆いつくすほどに展開される漆黒の矢。数にしておおよそ五十ほどの魔法を即座に生成してみせたゼノンは、それらをレイコルトに向かって容赦なく撃ち放った。
正面、左右、頭上、後方。さながら鳥かごのように曲線を描きながら肉薄する黒き乱雨に逃げ場はない。普通であれば防壁の魔法を張り巡らせる局面だが、《忌み子》であるレイコルトにその手段は取れない。ならばどうするか?
──全てを断つ。
黒刀を構えてレイコルトは大理石の床を駆けた。
「ハァアァァッ!!」
正面から迫りくる矢を横薙ぎに一閃。即座に体を独楽のように回転させると左右後方の矢を返す刃で切り伏せ、さらに頭上の矢を紙一重の差で叩き落とす。次いで真後ろから飛来した矢を気配だけで撃墜すると、レイコルトはさらに前進する。
「くはっ! おもしれぇ、おもしれぇなぁ、おい!! だったらこれならどうだよッ!!」
流石のゼノンも自身の放った魔法が切断されるとは思ってもいなかったのだろう。驚愕と同時に喜悦の色を浮かべるとさらに魔法の数を増やしてレイコルトに襲い掛かる。
それでも──レイコルトの心は一ミリたちとも揺らがない。
冷静にその様子を視界の端に捉えながら全てを捌き、切り伏せていく。
そもそもどれだけ数を増やそうが高速で移動するレイコルトにその全てが当たるはずがないのだ。故に生み出された魔法の位置と角度から軌道と着弾点を予測し、自身に直撃するものだけを選別して対処していけばいい。
それがレイコルトにはできる。
《魔撃剣伐》──《忌み子》であるレイコルトが魔導士達に抗うために編み出したオリジナルの剣技は、魔法の核を正確に破壊するための洞察力が必須となる。そこで培われた経験に基づく予測が、五十以上の魔法を切り伏せるという神業を可能にしているのだ。
左右から挟み込むように飛来した矢は身を屈めることで対消滅させ、正面から飛んできた矢を弾くような軌道で刃を振るうことで上空の魔法を打ち落とす杭として用いる。
当たらない魔法は即座に思考から切り捨て、次の攻撃に意識を集中させる。
そうして遂に最後の矢を切り落としたところで、レイコルトはゼノンの眼前へと肉薄した。
(捉えたッ!!)
射程圏内。たとえゼノンが防壁の魔法を展開しようが、レイコルトの持つ黒刀の前では意味をなさない。
狙うは人体急所の首筋。《魔力強化》を施した腕力であれば人を断つことが出来ない刃でも気絶させる程度の威力は見込めるだろう。
レイコルトは一層強く黒刀の柄を握り締めると、ゼノンの首筋目掛けて刃を振り抜いた。
「いい太刀筋だ。‥‥‥だがな、甘ぇんだよぉッ!!」
不敵に口角を吊り上げながら左手を刀の軌道上に突き出すゼノン。
まさか──!?
レイコルトの脳裏に驚愕の予感が過りながらも、もはや振り切った刃を止められるはずもなく、黒刀の刃はゼノンの掌に吸い込まれるように突き進む。
そして──
──ガシッという鈍い音がレイコルトの鼓膜を叩いた。
「なッ──!?」
受け止められた。回避でも、防御でもなく、刃を素手で掴み取ったのだ。
しかもゼノンの手の平には血の一滴はおろか、切り傷一つすら見当たらない。いくら人を断つことができないとはいえ、強靭な金属の刃を素手で掴み取れば衝撃で皮膚が裂け、血が滲むはず。
だがゼノンは完全に無傷で受け止めてみせたのだ。
そんなありえない現状にレイコルトは驚愕に目を見開きつつも、すぐさまゼノンから距離を置こうと黒刀を握る手に力を込めるが──動かない。どれだけ腕に力を込めてもピクリとも動かず、まるで万力で固定されているかのようだ。
そして次の瞬間には腹部に強い衝撃を感じ、視界が大きくブレた。
「ガハッ!?」
腹部に突き刺さったゼノンの脚。蹴られたのだと気づいたときには既に遅く、風に煽られた木の葉のように体が後方へと吹き飛ばされる。
ドゴォンッ!という重々しい音が鳴り響き、特別展示室の壁を大きく凹ませたところでレイコルトの体はようやく床へと崩れ落ちた。
「ぐっ、ごほっ‥‥‥」
腹部を庇いつつ上体を起こしたレイコルトは困惑に眉を顰める。
インパクトの直前、腹部に魔力を集中させて防御を底上げしていなければ今の一撃で意識は刈り取られていただろう。
「おいおい、この俺に真っ向から挑んでんだ。まだくたばんじゃねぇぞ? 」
「────ッ!」
『王国の覇者』。その二つ名を体現したかのような圧倒的なまでの力に、レイコルトは思わず息を吞む。
時間を稼ぐとは誓ったが、これは‥‥‥想像以上に厳しいかもしれない。
内心、思わずそんな弱音が漏れ出すレイコルトの視線の先では変わらずゼノンが余裕の笑みを浮かべながら佇んでいるのだった。
読んでいただきありがとうございます!
この小説を読んで
「面白い!」
「応援したい!」と少しでも思っていただけたら↓の★★★★★といいねを押していただけると嬉しいです。
ブックマークもお願いします。
読んでいただいている皆さんの反応が作者のモチベーションに繋がります!
どうかよろしくお願いします!




