27.差し入れ、そして最終日
レイコルトが警備隊本部を訪れるほんの少し前。アルカネルの中心に聳え立つ王城の議事室にはひどく逼迫した空気が漂っていた。一面が赤色の絨毯で敷き詰められた絢爛豪華な部屋の中央には巨大な円卓がドンッ! と一つ鎮座しており、それを囲むようにして数名の男が腰を下ろしている。彼らは全員が国の政に深く関わる重鎮たちであり、この議事室はいわば国の中枢ともいえる重要な場所であった。
だが現在、彼らの表情は一様に険しく、その原因は先ほど王国騎士団から上がってきた緊急の伝達書にあった。
「《魔王教団》か。以前、フレイムハートからの報告書でその存在と危険性は確認していたが、まさかこれほどまでとは‥‥‥」
円卓の上座に腰を下ろす老齢の男が、手元に置かれた報告書に目を這わせながら苦々しく呟く。その声からは隠しきれない疲労感が滲み出ており、彼の心労の大きさを物語っていた。
「えぇ‥‥‥。しかも奴らの狙いが『王家の紋章』との事。もしこれが事実なら非常に由々しき事態ですぞ」
「ですな。加えて脱獄したゼノン・グリフィスも未だ行方が知れずときている。奴が建国祭直前に牢を破ったのは、《魔王教団》と協力して『王家の紋章』を盗み出すためと考えれば納得がいくが。どちらにせよ早急に警備隊の人員を増やし、体制をより盤石なものにせねば‥‥‥」
「馬鹿をいうな。明日は陛下が国民の前にそのお姿をお見せになる最終日だぞ。警備隊の人員はそちらに割くべきだ。ただでさえ人手が足りず、士官学生レベルが警備に当たっている現状で、これ以上貴重な人材を割くことなど出来ん」
「ではみすみすと奴らに『王家の紋章』を譲り渡すつもりか?」
「そうはいっておらんだろう! 今すぐに展示を中止して地下宝物庫に保管すれば良いだけの話だ!」
「それではリジスト王国に示しがつかんではないか!──それとも何だ? よく訳の分からん連中に恐れをなして祭の目玉を隠しました、とでも大使殿に説明するつもりか。そのような情けない話、陛下の威信に傷がつくとは思わんのか?」
「陛下や大使殿に万が一のことがあっては外交問題に発展するぞ! それこそ陛下の威信を揺るがしかねない失態だ。そのような愚行、誰が犯すものか!」
議事室内に飛び交う怒号に、円卓を囲む重鎮たちはさらに苛烈な舌戦を繰り広げる。国王と大使の安全か、はたまた国のプライドか。どちらかを取ればどちらかが疎かになる二者択一の状況に、彼らは苦々しい面持ちで頭を抱える。
だが、そんな彼らの議論に一石を投じた人物がいた。
「意見、よろしいですかな?」
「ラルフ・ティファート卿‥‥‥」
議事室内の視線が一か所に集まる。
ぷっくりと肥えた腹部に、たるんだ顎。じんわりと張り付く脂汗でテカテカと光る顔に貼り付けたような薄気味悪い笑みが特徴的な小太りの男。ラルフ・ティファートはその場に立ち上がると、ピンと人差し指を立て、毅然とした口調で口を開いた。
「皆さん、一度頭を冷やしましょう。確かにリジスト王国との友好条約締結は我が国にとって非常に重要な案件です。ですがそれは我らが陛下の命あってこそ成り立つもの。今ここで我々がいがみ合っていては、それこそ奴らの思うつぼです。ここは陛下の安全と『王家の紋章』、両方を確実に守る策を考えましょう」
「だが、どうするというのだ?」
待ってましたと言わんがかりにラルフの口角がニタリと釣り上がる。
「まず、『王家の紋章』が《魔王教団》やゼノンに狙われている事、これは疑いようのない真実です。──であるならば無駄に人員を増やすのではなく、あらかじめ対策を考えておき、選りすぐりの精鋭を警備に当てるべきです。そもそも美術館の規模から鑑みるに何十、何百もの人員を配置したところでまともに統制など取れるはずがありません。であるならば量ではなく質を重視すべきです」
「なるほど、確かに一理あるな」
ラルフの隣に座っていた中年の男が同意するように頷く。
「でしょう? その浮いた人員を全て陛下の警備に回すのです。こちらは何が起きるか不明確な分、より幅広く対応できるようにするべきです。アルカネルは広い。より多くの監視の目があれば、それだけ奴らの行動を制限できると思うのですが、皆さんいかがでしょうか?」
ここまでほとんど息継ぎなしで弁舌を振るったラルフの額はまるで滝のように汗が流れているものの、疲労の色は見えず、むしろどこか生き生きとした様子で議事室内を見渡している。
その勢いに押されたのか、それとも他に良い案が浮かばなかったのか、重鎮たちは互いに顔を窺い合いながらも、やがてラルフの案に同調するように静かに頷いた。
「ふむ、誰も異論はないようですな。ではティファート卿の案に賛成の者は挙手を」
上座に腰掛けていた老齢の呼びかけに円卓を囲む全員が一斉に手を挙げる。
「では三分の二以上の賛同が得られたということで、ティファート卿の案を執政院全体の決定として採択する。早急に国王陛下及び王国騎士団への通達を」
「ありがとうございます。では国王陛下への通達は私ににお任せを」
ラルフは恭しく頭を下げると、議事室の出口へと向かう。その足取りは心なしか普段よりも軽やかであり、まるでこれから起きる出来事が楽しみで仕方ないと言った様子だ。しかしそんな上機嫌のラルフの視界に癇に障る白髪の男が映り込んだ。その男は円卓の末席に腰を据えながら最後の最後まで一言も発さずに会議の行方を見守っていた人物である。
いや、正確に言うのであればその男はこの場において、一言すら発することを許されてはいない人物なのだ。形式上その場にいるだけの装飾であり、意見を言うことも反論を呈することもできない。
そんな男のもとにわざとらしく足音を立てながら近づいたラルフは、わざとらしく笑みを浮かべると誰にも聞こえない声量でそっと囁くのだった。
「陛下の護衛、くれぐれも三年前のような失態だけは犯さぬよう頼みましたよ、──セルネスト卿」
「────」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
建国祭三日目。アルカネルの空は建国祭最終日に相応しい快晴に恵まれ、雲一つない澄んだ青がどこまでも広がっていた。
街に住む人々も祭を最後まで楽しもうと朝早くから大通りに繰り出し、今か今かと開幕の鐘を心待ちにしているようだ。
建国祭最終日のメインイベントは、午後から行われる王族のパレードである。
煌びやかな装飾が施された馬車に乗り、王城から大通りをぐるりと一周する形で街の様子を見て回るこの催しは、普段王城で暮らしている王族を国民がその目に映すことが出来る数少ない機会として、建国祭の最終日では毎年多くの国民が押し寄せるらしい。
そしてパレードが終わればとうとう建国祭も終演の刻を迎える。特別な三日間を惜しむように屋台や露店は閉まり、大通りに集まっていた人々も一人また一人と帰路に就く。そうして建国祭の幕が閉じる頃には日も落ち始め、街には夜の帳が下りるだろう。
だがレイコルトにはやらなければいけないことがある。そう、パレードを終えた後、王族や貴族など限られた人たちだけが集う舞踏会にシラリアと共に出席し、彼女と彼女の両親を引き合わせ、話し合いの場を設けるという重要なミッションが。
正直、三日目となった今でもどうすれば上手くいく場を作れるかは皆目見当もついていないのだが、それでもやるしかない。そのためにも──
(今は、この建国祭を無事に終わらせることだけを考えよう)
レイコルトは雑念を振り払うように頭を振ると、白磁色の壁に掛けられたアンティークな時計に視線を移す。時刻は午前七時を軽く回ったところであり、建国祭最終日の開幕まであと二時間ほどだ。
大理石のフロアタイルに座り込み、壁に体重を預けていたレイコルトは、ゆっくりと立ち上がると全身の凝りをほぐすように大きく伸びをする。すると背後の扉が静かに開き、そこから現れた人物にレイコルトは即座にピンッと背筋を伸ばした。
「おはようございます、クラウディオ総司令官。まだ交代の時間には早いと思うのですが‥‥‥?」
「あぁ、おはようレイコルト。なに、一睡もせずにこの特別展示室で警護に当たっていては君の体力がもたんと思ってな。少し早いが交代だ。少しでも体を休めておけ」
「ですが‥‥‥」
「これは総司令官としての命令だ。いくら執政院からの要請で一晩中『王家の紋章』の監視にあたる必要があるとはいえ、君はまだまだ子供の身。無理をする必要はない。それに他の夜間警備にあたってくれていた団員達にも同様の措置を取っている。だから君は気にせず体を休めてくれ」
そう、現在レイコルトがいるのは開館前の『王立魔導美術館』三階、『王家の紋章』が展示されている特別展示室である。理由は先ほどクラウディオが告げた通り、執政院からの要請で一晩中『王家の紋章』の警備にあたる必要があったからだ。
昨日、警備隊本部での一連のやりとりの後、執政院から王国騎士団に通達された内容はルーシアが予想していた通り『王家の紋章』の展示の継続ともう一つ、三日目の警備隊の配置の再編成を要求するものだった。
細かな振り分けについては総司令官のクラウディオに一任する旨が記されており、この要望に応える形でクラウディオは自身を含む数名の団員を美術館に残し、館内の巡回を命じていた。当初、学生であるレイコルトはその警備には組み込まれていなかったのだが、どうしても胸に残る違和感を拭いきれず、半ば強引に頼み込む形で警備の参加に願い出たのだ。
「分かりました、ではお言葉に甘えさせて頂きますね」
レイコルトはクラウディオの申し出に小さく頭を下げると、踵を返して特別展示室を後にする。それから美術館の職員用に用意されている休憩室へと入ると、そこには既に何人かの王国騎士団団員が思い思いに身体を休めており彼らと軽く挨拶を交わし、レイコルトは休憩室の隅に置かれた長椅子に腰を落ち着けた。
瞬間、今まで張り詰めていた緊張の糸が一気に緩んだのか、思い出したようにレイコルトの腹がキュルキュルと可愛らしく空腹を訴えてきた。
「そういえば、昨日の昼から何も食べてなかったっけ‥‥‥」
どうしたものか。当然、美術館の休憩室に食べられそうなものなど置いてあるはずもなし。かといって今から外まで買いに行くような気力も今のレイコルトには残っていない。
(まぁ、しょうがないか。寝れば腹の虫も収まるだろうし‥‥‥)
レイコルトはため息をつくと、早々に空腹を満たすことを諦め、少しでも体力回復に務めようと目を瞑ろうとした、まさにその時、
「おい、レイコルトって奴、いるか?」
「あ、はい。レイコルトは僕ですけど‥‥‥」
ガチャリと休憩室の扉が開き、そこから顔を覗かせた一人の団員はレイコルトの姿を見つけると、ちょいちょいと手招きをしてきた。
「ほれ、お前宛てに差し入れだ。ありがたく受け取れよ~?」
「え、僕にですか?」
そういって渡されたのは料理などを詰めるためのバスケット。中身を確認してみると見ているだけで喉をごくりと鳴らしてしまいそうほどの美味しそうなサンドイッチや果物が所狭しと敷き詰められているではないか。しかし一体だれが?
「あ、あの。これ、一体誰が?」
「さぁな。ただ俺がここに入ろうとした時にそのバスケットを持った娘に声を掛けられてな。これをお前に渡してくれってさ。くぅ~羨まし限りだぜ、あんな白髪で可愛い子からの差し入れなんてよ。名前ぐらい聞いておきゃよかったぜ」
「白髪‥‥‥?」
その言葉にレイコルトの脳裏に一人の少女が浮かび上がる。──間違いない、シラリアだ。
「あ、あの。その人ってまだ外に居ますかね?」
「いや分かんねぇけど、もうどっか行っちまったんじゃねぇか? 随分と急いでる感じだったしな。なんだ? お前の彼女か?」
「いえ、ただの友達ですよ。でも、そっか‥‥‥」
悪戯っぽい笑みで茶化してくる団員に、レイコルトは苦笑交じりでひらりと躱すと、バスケットを長椅子の端に置いて再び腰を落ち着ける。そして早速とばかりにサンドイッチを一つ手に取ると、大きく口を開けてかぶりついた。
瞬間、シャキシャキとしたレタスの食感とみずみずしいトマトの酸味が口いっぱいに広がり、その時点でレイコルトはこれを作ってくれたのは間違いなくシラリアであると確信を持てた。
おそらく彼女は一晩中警備にあたっていたレイコルトが何も食べる物がないことをあらかじめ予見しており、こうしてわざわざ差し入れを作ってくれたのだろう。
レイコルトはサンドイッチに込められたシラリアの優しさと献身を噛みしめながら、その一つ一つを丁寧に平らげていく。そうして数分も経たずにぎっしりと詰まっていたサンドイッチを完食したレイコルトは幸福感に包まれながら体を横に倒すと意識を暗闇の中へと落としていくのだった。
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