26.違和感、そして魔法紙
「──!? レイコルト君!!」
警備隊本部の建物前で忙しなくキョロキョロと辺りを見回していたルーシアは、レイコルトの姿を見つけるや否や、ほっと安堵の色を浮かべると小走りに駆け寄ってきた。
「お疲れ様です会長。‥‥‥それで、一体何があったんですか? 」
「それなんだけどね、とりあえず本部の中に入りましょう。詳しい話はそこで聞けるはずだから」
「分かりました」
レイコルトはルーシアの背中を追って本部の中へと足を踏み入れる。そしてそのまま二階のとある一室へと通されると、そこには予想通りミレアス・ヴィクトリアが緊張の面持ちで椅子に腰を据えていたのだが、他にも白金の鎧に身を包む王国騎士団団長クラウディオ・ベルンシュタインと幹部陣営と思しき面々が数名、顔を揃えてレイコルトを出迎えていた。
「ベルンシュタイン総司令官、彼をお連れしました」
「わざわざ案内を任せてすまなかったなアークストレア殿。そして、貴殿がレイコルトか。こうして直接顔を合わせるのは初めてだな」
「──ッ、はい。お初にお目にかかります、ベルンシュタイン総司令官」
クラウディオの鋭い眼光がレイコルトを射抜いた。老齢ながらその身に纏う迫力は王国騎士団団長という肩書に一切の曇りを見せることがないほどに凄まじく、こうして対面するだけでレイコルトの背中には冷たい汗が滴り落ちている。
発せられる言葉の一つ一つが鋼のように重く鋭い。まるで喉元に剣の切っ先を突き付けられているかのような錯覚すら覚えるレイコルトは思わずごくりと大きく喉を鳴らした。
「‥‥‥なるほど、その齢にしてその胆力、大したものだな。無駄なく鍛え上げられた肉体もさることながら、その瞳、良い眼をしている。流石はフレイムハート殿の愛弟子なだけはあるな」
「えっ? どうしてそれを?」
「なに、フレイムハート殿とは魔物進行の頃からの戦友でな。会うたび会うたびあの英雄から『自慢の弟子』だと聞かされていたもので、どれほどの実力者かと興味があったのだが‥‥‥。これは確かに、逸材だな」
「あ、あはは‥‥‥恐縮です」
突き刺すような鋭い眼光がふっと和らぎ、口元には小さな笑みを浮かべるクラウディオ。心なしか室内全体を覆っていた緊張感も幾分か緩和されたようで、レイコルト含む他全員がほっと胸を撫で下ろした。
よくよく見てみれば、ミレアスやルーシアだけでなく王国騎士団の幹部陣営ですらも額には大粒の汗が玉のように浮き上がっており、それだけでクラウディオが放つプレッシャーがいかほどのものだったかを表すには十分だろう。
「さて、と戯れはここまでにして。レイコルト、君も適当に席に掛けてくれ。少々厄介なことになりそうだからな」
コクリと頷き、レイコルトは空いていたルーシアの隣に腰を下ろす。ちょうどクラウディオを中心に、王国騎士団組と魔導士士官学校組が向かい合う形となる。
「ではまず、こうして集まってもらった理由だが‥‥‥。そうだな、ここは実際に現場にいたミレアス殿から説明して貰おう。頼めるか?」
「はい」
クラウディオに促され、その場にゆっくりと立ちあがったミレアスは浅くお辞儀をすると事の経緯を説明し始めた。
「では僭越ながら私からご説明させていただきます。事の発端は今から二時間ほど前、アルカネル貴族街商業区画に建てられた『王立魔導美術館』にて私が一人の男性を取り押さえたことでした。その男性は美術館の三階に展示されている『王家の紋章』付近を何度も行き来を繰り返してはしきりに警備員に何かを窺っていたらしく、不審に感じた警備員から私へ報告が挙がり声を掛けたところ、慌てて逃げ出そうとしたため取り押さえたというのが一連の流れになります。ここまでで何か質問はございますか?」
「その男の名前と年齢、その他分かっていることは?」
レイコルトの対面に座っていた幹部陣営の一人が質問を投げかける。
「名前はウェルズ・リザース。年齢は三十四歳、職業は商人だそうです。過去に犯罪歴もなく、取り調べでも特に怪しげな点は見受けられなかった為、厳重注意で釈放しようとしたのですが、彼の持ち物から複数の不審物が散見されました。それがこちらになります。《格納庫》」
ミレアスは自身の固有能力──《格納庫》から取り出した押収品を次々と机の上に並べていく。一見して何の変哲もない代物ばかり。だが、その内の一つ、麻袋から取り出された数粒の球体を目にした瞬間、レイコルトの心臓はドクンと大きく跳ねた。
血のようなワインレッドの光沢を帯びた小指の爪ほどの小さな粒。見ているだけでどこか不安を搔き立てられるような禍々しい色味と、差し込む光を反射して妖しく輝くそれは──
「──ッ!! 神秘の雫!?」
ガタッ、と思わず椅子から立ち上がり、驚愕の表情を浮かべるレイコルト。
「知っているのか、レイコルト?」
「は、はい。以前に‥‥‥一度だけですが‥‥‥」
神秘の雫──それは服用するだけで使用者の体内の魔力を爆発的に増幅させ、保有魔力量の上限すらも容易に引き上げてしまうという代物。地道な努力と時間を重ねることでしか成長することのできない魔導士にとってこの神秘の雫は、喉から手が出るほど欲しい物に思えるが、実際は服用してしまえば最後、理性なき獣と化す危険な魔道具である。
「こちらの神秘の雫ですが一か月ほど前から学校側で調査が行われており、まず一般の市場に流通するような物ではないことが分かりました。また我々が把握している範囲の闇市場でもそれらしい物が取引された形跡は存在せず、おそらくではありますが国が認知していない非公認機関が秘密裏に製造し、その中だけでやり取りがされているのではないかと推測されます。そしてその機関こそが──」
「──《魔王教団》、か」
「はい」
クラウディオの呟きにミレアスは神妙な面持ちで頷く。
「実際、先月行われたネウレアの樹海での野外実習にて《魔王教団》及び、神秘の雫を服用した生徒とレイコルト君が直接交戦しています。ですよね、レイコルト君?」
「‥‥‥はい。でも《魔王教団》でしか出回らない神秘の雫を持っていたってことは、その男性は組織の構成員、あるいは密接に関わりのある人物、ということでしょうか? だから僕もこの場に呼ばれた、と」
元々レイコルトが建国祭の警備隊として参加した理由は、地下監獄から脱獄したゼノン・グリフィス、そしてその手助けをしたであろう《魔王教団》の行方を密かに追うためであり、この二日間痕跡の一つも見つからない現状に内心焦りを覚えていたのだが……。
「そうね。半分は正解、もう半分は不十分ってところかしら」
隣で話を聞いていたルーシアが優し気に微笑みながら、レイコルトの推測をやんわりと否定する。
「半分、ですか? それは一体どういう‥‥‥」
「ここからが本題ということだ。レイコルト、君はこの紙が何か分かるか?」
クラウディオは卓上に並べられた押収品の中から一枚の紙を持ち上げると、ぴらぴらとはためかせてレイコルトに提示する。特段何の特徴もない羊皮紙。何か文字列が書き連ねられているわけでもない、まっさらな白紙だ。
「‥‥‥いえ、分かりません」
「無理もない。これは《魔法紙》といってな、よく貴族や王族が機密文書のやり取りをする時に用いる魔道具の一つだ。特殊なインクで書き記された文面は、ある一定の手順で魔力を込めることで紙面上に浮かび上がる仕組みになっている。つまりその手順を知る者にしか読むことのできない暗号文書というわけだ」
「なるほど‥‥‥」
確かに、言われて初めて気づくレベルの微弱な魔力の残滓が紙面からは感じ取れた。
「解読の手順は簡単なものなら数秒、難解なものだと一日単位の時間がかかるのだが、今回男が所持していたものは比較的簡易な暗号方式だったようでな、解読に時間はかからなかった。このように、な」
クラウディオは《魔法紙》を机の上に広げると、魔力が込められた指先で紙面をなぞり始める。縦に横にと、まるで何か複雑な文様を刻むように動かし続けると、やがて紙面が淡い水色の光を帯び始めた。
次の瞬間、紙面に浮かび上がった魔法陣はまるで紙に溶け込むようにして消えていくと同時に隠されていた文面が露わになった。
「これは──ッ!?」
手渡された紙面に目を走らせたレイコルトは驚愕に小さく身を震わせた。浮かび上がったのは、先ほど話題にも挙がった王立魔導美術館の館内を俯瞰的に表した見取り図。三階にわたる各フロアの配置と構図が書き記されており、三階の中央展示室にはバツ印が刻まれている。おそらくそこに『王家の紋章』が展観されているのだろう。
だが問題はそこではなかった。ありあらゆる空白箇所に書き込まれた警備隊の配置と巡回ルート。警備の質が甘くなる時間帯に加えて明らかに外部の人物では知り得ようのない内部事情まで。外部に漏れ出てしまえば騎士団の警備体制がいとも容易く形骸化してしまうほどの機密情報がびっしりと紙面上に書き記されていたのだ。
「──一体どうして‥‥‥。いやそれより、これは本当なんですか? この情報が正しいとするなら、もう‥‥‥」
「情けない話だが全て事実だ。我々の情報は全て奴らに筒抜けになっていると考えていい。急ぎ執政院に取り合って、今後の警備体制の総入れ替えを検討中だが、正直どこまで対応できるか‥‥‥」
クラウディオは眉間に深い皺を刻み、重々しくため息をもらす。
「唯一の幸いは彼らの狙いがまず間違いなく『王家の紋章』だと判明していることですね。こう言ってはなんですが、それさえ死守できれば最悪のシナリオだけは回避することが出来ます」
「確かに‥‥‥。でもそれなら執政院も『王家の紋章』の展示を中止するんじゃないですか?」
ミレアスの言葉を後押しするようにレイコルトも口を開く。
普段『王家の紋章』は王城の地下宝物庫に厳重に保管されていると聞く。流石の《魔王教団》も王城の地下までは侵入できないだろうし、そもそも宝物庫の警備は王城の衛兵よりも遥かに厳重だ。今からでも展示を中止すれば、少なくとも《魔王教団》の狙いを果たすことだけは防ぐことができるはず。
しかし、そんなレイコルトの考えを真っ向から否定するようにルーシアは首を振った。
「いえ、おそらく執政院が展示の中止に踏み切ることはないわ」
「そんな──どうしてですか!?」
「父から聞いた話なのだけど、近々レヴァリオン王国は隣国のリジスト王国との間に友好条約を締結する予定らしいの。そして明日の三日目、その第一歩としてリジスト王国の大使が実際に建国祭に訪れることが決まっている。当然『王家の紋章』もご鑑賞なされるだろうから、まず中止にさせるような真似を執政院がするはずがないわ」
「‥‥‥っ」
ルーシアの告げた言葉にレイコルトは苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。確かにその状況ならば、たとえ《魔王教団》の狙いが王家の紋章だと分かっていても展示を中止にすることはできないだろう。王国と友好を結ぶための大切な一歩で失態を犯すような真似は出来ないし、なにより弱みにつけこまれるような事を執政院は何よりも忌避しているはずだ。
(上流階級に位置する者ほど小さなミスも見逃さない、か‥‥‥)
以前セリーナが言っていたセリフが今になって形を持ち、レイコルトの脳裏を駆け巡った。
「だが、こうしていつまでも手をこまねいているわけにもいかん。執政院の判断がある程度予想できるなら、こちらも予め手を打つことができる。そこでだレイコルト、君には明日『王家の紋章』の警備に加わってもらいたいと思っている」
「僕が、ですか‥‥‥?」
「あぁ、あれだけ警備隊の情報が知られているということは、あの《魔法紙》には書き記されていない警備隊たちの動向や配置も既に把握されている前提で指揮を組み立てるべきだ。その点、君は期間中一定の持ち場を持たず東奔西走していた為、奴らに情報が洩れている可能性は限りなく低いと見ていい。つまり君は奴らにとって異分子な存在というわけだ」
「‥‥‥なるほど」
クラウディオの言わんとしていることを察し、レイコルトは神妙な面持ちで頷いた。詰まるところレイコルトが求められていること自体は大きく変化しておらず、《魔法教団》と直接交戦した数少ない人物として何か奴らの手がかりを掴めれば上々、と言ったところだろう。
(──ん?)
──何かが、引っかかる。
脳裏にパチッ、と静電気が走るような感覚を覚えたレイコルトは思考の海に身を委ね、情報を整理していく。
《魔王教団》が『王家の紋章』を狙っていることは間違いない。押収した《魔法紙》がそれを物語っているし、そこに異を挟む余地はない。ならこの違和感は一体‥‥‥、
「レイコルト君、大丈夫?」
「え? あっ、はい。大丈夫ですよ」
思考の渦に飲み込まれていたレイコルトはルーシアの声にハッと我に返る。隣を向けば、心配そうにこちらを窺うルーシアと視線が交錯する。
「ならいいのだけれど‥‥‥」
「心配させてしまってすみません会長。それとクラウディオ総司令官、正直どこまで自分が力になれるかは分かりませんが、微力ながら全力を尽くさせて頂きたいと思います」
「そうか、ではよろしく頼む。それでは後の細かい段取りについてだが──」
その後、レイコルトはクラウディオから《魔法紙》に記されていた情報をもとに警備体制の見直し案や、明日の持ち場についての打ち合わせなどを受け、ルーシアと共に警備隊本部を後にした。
だがその間もずっとレイコルトの脳裏には言語化しようのない違和感だけがしこりとなって残り続けるのだった。
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