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25.忘却、そして魔獣演戦祭

『グギャァァァァァゴッ!!』


『ガァルァアアアアアアアアッ!!』


「「「ウォォォォォォォォォォッ!!!!!!」」」


 アルカネル貴族街の遊興区画。その中でもひと際異彩な存在感を放つ円形闘技場──通称、コロシアムに二つの咆哮と、人々の狂乱が響き渡っていた。


 並みの魔法ではビクともしない特殊な岩石で覆われた円状の舞台で対峙し合うは二体の魔物。一方は体長二メートルほどの全身を濁った緑色の鱗で覆われた魔物──リザードマン。その特徴は異常に発達した後ろ脚による二足歩行の機動力と、襲いかかった人間の武器を自身の得物として扱う高い知性にある。


 もう一方は、がっしりとした筋肉質の肉体を黒土色の皮膚で覆い、口元には鋭利な歯をキラリと覗かせている魔物──オーク。その巨腕から繰り出される拳は岩をも砕くと言われており、生半可な攻撃ではその体軀に傷一つ付けることすら敵わない。


 そんな魔物二体による戦い、いや正真正銘の殺し合いを舞台の外周に逆円錐状に設けられた客席から見下ろしているギャラリー達の目は、誰もがギラギラとした濁光に染まりきっており、あちこちから罵詈雑言が飛び交うコロシアムは混沌が形を成したかのような有様であった。


 そんな狂喜乱舞の様相を呈する観覧席の中、周りの雰囲気にいまいち乗り切れていないのか、どこか冷めた瞳で眼下に広がる光景を眺めている二人の人物がいた。


「はぁ~、ローレスさん、人柄はすごくいいと思うんですけど、普通男女のデートにこんな場所オススメしますかねぇ? いまいちナンセンスだと思いませんかレイさん?」


「それはまぁ‥‥‥うん、全面的に同意するかも‥‥‥」


 いかにも退屈な様子で髪をクルクルと弄っているリリアに苦笑いを浮かべつつ、レイコルトは胸ポケットから一枚のチケットを取り出すと目の前の景色から少しでも意識を逸らすように広がっている文字列へと視線を走らせた。


 元々はローレスがポーラと一緒に行く予定だったらしいが、腰を痛め行けなくなってしまった彼女の代わりにと譲って貰ったそれは『魔獣演戦祭(メナジェリー)』の観覧チケット。今年の建国祭から新たに開かれたその催しの内容は見ての通り、ギルド協会が生け捕りにした魔物たちを衆人環視のもとで争わせ、最も強い魔物を決めるという実にシンプルなもの。


 今回レイコルトは参加していないがどうやらこの『魔獣演戦祭(メナジェリー)』は賭け事の対象にもなっているようで、先ほどから一戦が終わるごとに観覧席からは歓声や罵声が巻き上がっており、初の試みとしては大成功といって差し支えない盛り上がりをみせていた。


「‥‥‥ねぇ、リリアはこういうのってどう思う?」


「?  どう、というのはどういう意味ですか?」


 レイコルトの問いかけにキョトンと小首を傾げるリリア。


「いやさ、この盛り上がり自体は確かに凄いと思うよ?  でもこうやって魔物を見世物みたいにして競わせるっていうのはやっぱり抵抗があるというか‥‥‥正直あまり良い気分じゃないっていうか‥‥‥」


「あぁ~、なるほどです。──そうですね。昔からこの手の催しは貴族の娯楽の一つみたいな側面がありましたし、以前のアルカネルでも奴隷の人たちを殺し合わせて見世物にすることもあったみたいですから、そういう意味では人から魔物に変わっただけである種の伝統と言えなくもない、とは思いますよ。でも──」


 リリアは視線を再び舞台へと落とす。そこでは未だオークとリザードマンによる文字通り命を懸けた戦いが繰り広げられており、観客の興奮は最高潮に達している。


「私もレイさんと同じであまり好ましいとは思えませんね。こうして高見で命のやり取りを眺めるのも、魔物を道具のように扱い競わせるのも」


「‥‥‥そっか、リリアも同じ考えなんだね」


「はい♪ でもどうしたんですか、急に?」


「‥‥‥ちょっと、七年前の魔物進行(スタンピード)を思い出して、ね。たくさんの魔導士達が犠牲となって、たくさんの人たちの幸せが踏みにじられたあの災害は多くの人の記憶に刻まれていると思ってた。でも、実際はこうして魔物を娯楽の対象としか見ていない人たちが大勢いるわけで。だから何年も前の過去を引きずるのは良くないのかなって、ちょっと考えちゃって‥‥‥」


 レイコルトは自嘲気味な笑みを浮かべると、遠い過去へと思いを馳せるように目を細め、その瞳に哀愁の色を浮かべる。


 七年前の魔物進行(スタンピード)は間違いなくこの国に住む全ての人々に深い傷跡を残した。大切な人を、家族を、友人を失い、絶望に打ちひしがれた人々の慟哭(どうこく)は当時その場に居合わせなかったレイコルトですら想像に難くはない。


 しかし、そんな悲劇を引き起こした原因である魔物を、本来畏怖の対象であるはずの魔物を、こうして見世物として扱い、賭け事の対象にしている人々を見てレイコルトはふと思ってしまったのだ。


 ──もう皆、あの災害を忘れかけているのではないか、と。


 いや、もしかしたらその方が良いのかもしれない。薄暗い過去など忘れて、明るい未来だけを見続ける方が幸せなのかもしれない。


(僕も()()()の事なんて、忘れた方がいいんだろうか‥‥‥)


 みたび脳裏を過るのは直近の記憶。ネウレアの樹海で六年探し続けた因縁の相手、自身の()兄弟子であるジーク・アーカルドから向けられた言葉。


 ──『六年も月日が流れれば、お前のその甘菓子のような思考も多少はマシになると思っていたのだが。変わらんなぁ、お前は。愚かで、惨めで、そして弱い』


 いつまでも過去に縛られる自分に対しての呆れと失望。そんな感情を乗せた刃が時間を超えてレイコルトの心臓を鋭く抉ってくる。


 レイコルトは膝の上でギュッと拳を握りしめると、深く息を吸い込み気持ちを落ち着かせる。そしてゆっくりと息を吐き出すと、リリアの方へ顔を向けた。


「ごめん、急に変な言い出しちゃって。つまり何が言いたいかっていうと──」



「──多分、誰も忘れてないですよ」



「──え?」


 レイコルトの言葉を遮って放たれたリリアの一言。そんな彼女の顔にいつもの天真爛漫さはなく、その声音にいつもの明るさはない。ただ、どこか達観したような表情で舞台を見下ろすリリアにレイコルトは思わず息をのんだ。


「むしろ逆です。忘れたいけど、忘れられない。まるで呪いみたいにいつまでも心を蝕み続けて、ふとした拍子にその痛みを思い出させてくる。あの災害で失ったものはあまりにも大きすぎたから、そう簡単には忘れられるはずなんでないですよ。だからこそ、こうして娯楽として落とし込むことで、自分たちが支配する立場にあるんだと必死に目を逸らすことで、どうにか恐怖を紛らわそうとしている。多分、ここに集まってる人たちそんな人たちばかりなんだと思います」


「目を、逸らしている‥‥‥?」


「はい。ですからあまり気に病む必要はないと思いますよ。昔に何があったかは分かりませんが、レイさんが過去を忘れられないというのなら、それは囚われているのではなく、必死に向き合おうとしているからだと思います。だから無理して忘れる必要なんてありません。辛くても、苦しくても前を向こうとするレイさんの姿は私にはすごく眩しく見えますから」


 そう言ってリリアはニコリと笑みを浮かべると藍色の優しい瞳をレイコルトへと向けてくる。その屈託のない笑顔に、言葉に、胸の奥で燻っていた感情がゆっくりと溶解していくのを感じると、自然にレイコルトも頬を緩ませていた。


「‥‥‥ありがとう、なんだかリリアには悩みを聞いてもらってばかりな気がするね」


 初めて出会った時もそうだった。リリアに悩みを吐露して、そして彼女の言葉に背中を押された。


「ふふっ、レイさんは少し一人で抱え込みすぎなんですよ。私で良ければいつでも相談に乗りますから」


「うん、その時はお言葉に甘えさせて貰うよ」

 

 リリアの優しさが身に染みる。レイコルトは改めて彼女に感謝の念を抱いきつつ、その温かさを噛み締めるようにそっと瞳を閉じた。


『グギャァァゴォッ!!』


『ブガァアアッ!!』


「あ、決着がついたみたいですよ」


「みたいだね」


 そんな会話を交わす二人の前ではいつの間にか二頭の魔物による死闘が終了し、勝者となったオークの戦士が雄叫びを上げていた。そしてオークに賭けていたであろう観客たちは興奮冷めやらぬ様子で手持ちの券を掲げながら、口々に感想を言い合っている。


「僕たちもそろそろ出ようか。ローレスさんには申し訳ないけど、やっぱりちょっとここは肌に合わないっていうか‥‥‥」


「ですね。私もあんまり長居したい場所ではないですし」


 一戦が終わったことでどこかピリピリと張り詰めた空気で満たされていた観覧席にもしばしの弛緩(しかん)した空気が流れ、その隙に二人はコロシアムを後にする。


 石造りの長い通路は先ほどまでの熱狂がまるで嘘のように閑散としており、照明代わりの松明が等間隔に並んでいるだけの簡素な設計なのだが、今のレイコルトにはそのシンプルさが逆に、ようやく落ち着ける場所に帰ってきたような安心感を与えてくれていた。


 それから通路を抜け、螺旋階段で地上へと降り、出口に辿り着いてようやく一息つけると大きく息を吐きだそうとしたところでレイコルトの胸ポケットに小さくブブブッ、と振動が走った。


「──ん?」


 正体はミレアスから与えられた通信用魔道具が魔力波を受信したことによる振動であり、レイコルトはすぐさまポケットからそれを取り出すと、応答のための魔力を注ぎこんだ。


「はい、レイコルトです。何かありましたか?」


『あっ、レイコルト君? 私よ、ルーシア。ちょっと今大丈夫かしら?』


「えっ、会長? どうしてこの魔道具に? 」

 

 てっきりミレアスが連絡を寄越してきたと思っていたレイコルトは、予想だにしていなかった相手からの声に思わず目を瞬かせた。


『ミレアス先生から貸していただいたの。それでレイコルト君、緊急で申し訳ないのだけど急いで警備隊本部に戻ってきて貰えないかしら?』


 通信越しのルーシアの声は普段にも増して焦りの感情が色濃く滲み出ており、それだけで何か良くない事が起こっているのだとレイコルトは直感的に悟った。


「分かりました。すぐに向かいます」


『えぇ、お願い。詳しい話はまた本部で話すから』


 ブツッ、とそこで通信が途切れるとレイコルトは魔道具をポケットにしまい、リリアへと向き直った。


「ごめんリリア、そういう訳だから、その‥‥‥ちょっと行ってくるね」


「はぁ~い。本音を言えばレイさんともっと一緒に居たかったですけど、緊急事態みたいですし仕方ないです。お仕事頑張ってくださいね♪」


「うん、ありがとう!」


 リリアはレイコルトの事情を察し、特に追及することなく笑顔で手を振ってくれる。その心遣いに後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ感謝を伝えると、レイコルトは急ぎ警備隊本部へと足を向けるのだった。

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