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23.二日目、そしてレモネード

「離せッ、この下民が!! 貴様のような野蛮な輩が、その薄汚い手でこの私に気安く触れていいと思っているのかッ!? 一体この私を誰だと心得て──」


「知らないですけど、街中での攻撃魔法の使用は自己防衛の際を除いて立派な犯罪なので弁解は王国騎士団にお願いしますね。今、もう一人が呼びに行ってるので」


「なっ!? ふざけるな! あの女が先に手をだしてきたのだぞ!! 私はただ身を守るために魔法を使っただけだ!! これは正当防衛だッ!!」


「手を出したって‥‥‥、単に肩と肩がぶつかっただけでしょう?」


「だまれぇ!!!」


 建国祭二日目。街中の、しかも最も人通りの激しい中央街道で堂々と魔法をぶっ放そうとしていた男性貴族を速やかに地面に組み伏せたレイコルトは、逃げられぬよう腕を捻り上げつつ小さくため息をこぼした。


(はぁ、今日はこれで五組目か‥‥‥)


 時計はまだ十一時を回ったばかり。二日目が始まってからまだ二時間程度しか経過していないにもかかわらずこの有様は、治安がどうのという域を超えてもはや異常だ。


 これは警備隊全体でも共通認識なようで、今朝のミーティングでは急遽巡回にあたる警備隊の増員が決定したり、各部隊同士の細かな情報の共有を行うように通達が出されたりと、どこか切迫した空気が流れていたことはレイコルトの記憶にも新しい。


「ご主人様、王国騎士団の方々をお呼び致しました。幸い近場を巡回中だったようですぐにこちらに来てくれるようです」


「そっか。ごめん、わざわざ人が多い中を走らせちゃって」


「いえ、メイドとしてご主人様の手を煩わせるわけにはいきませんので、お気になさらず」


 レイコルトの元に駆け寄ってきたシラリアは制服のスカートの両端をそっと摘まみ上げると完璧なカーテシーを披露する。


 感情の機微が伺いづらい薄氷の顔は夏本番となったこの暑さの中でも汗一つ浮かべることなく涼やかであり、その立ち振る舞いはまさしく一流メイドの鑑そのもの。


 レイコルトもそんなシラリアに軽く微笑み返すと、彼女の肩越しに白金の鎧を身に纏った王国騎士団の面々がこちらに近づいて来ているのが見えた。


 その後、数分間に渡り抵抗を続ける男性貴族をなんとか王国騎士団に引き渡したレイコルトはようやくといった様子で近くに備え付けられたベンチに腰を下ろすと肺に溜まっていた空気を大きく吐き出した。


「ふふっ、お疲れ様ですご主人様。よろしければこちらをどうぞ」


 そう言って上品な仕草でレイコルトの隣に腰掛けたシラリアが差し出してきたのは、透明感のある黄色の液体と添えられた水色のストローが夏らしい清涼感を感じさせる飲み物であった。


「これは?」


「レモネードと呼ばれている物だそうです。なんでもお砂糖と蜂蜜でレモンの酸味を抑えることでより飲みやすく仕上げた逸品だそうで。わたしも初めて頂いたのですが大変美味でした」


 淡々とした声音の中にもどこか嬉しさをにじませたシラリアの左手にはもう一つ、レイコルトに差し出したものと比べて少しだけ量が減ったレモネードが握られている。どうやらレイコルトが男性貴族と揉めている間に二人分買って来てくれていたらしい。


「ありがとねシラリア、いくらだった?」


「いえ、実は先ほど連行された貴族に絡まれた女性がどうやらこちらを販売しているお店の店員だったらしく、助けてお礼にと頂いたものですのでお代は結構ですよ」


「あっそうだったんだ。ならありがたくご馳走になろうかな」


 シラリアから受け取ったレモネードのグラスは水滴が浮かぶほどによく冷やされており、レイコルトも彼女に倣ってストローに口をつけてその中身を吸い上げる。瞬間、口の中に広がるレモンの酸味とほのかな蜂蜜の香りに思わず感嘆の声がこぼれた。


「ん‥‥‥おいしい!」

 

 冷たいレモネードが喉を伝う度に火照った体を冷ましてくれるような爽やかな感覚が何とも心地良く、しばらくレイコルトは無言でレモネードの味を堪能していた。


「お気に召していただいたようで何よりです。よろしければ今度、家でも作ってみましょうか?」


「えっ、いいの? ──っていうか出来るの?」


「えぇ、あらかた使われている材料は分かりましたので、完全再現とはいかないまでも限りなく近い味は出せるかと」


「なんていうか、流石です‥‥‥」


 サラリととんでもないことを言い切ったシラリアに対して思わず敬語になってしまったレイコルトは内心「お店の人が聞いたら泣いて逃げ出しそうだなぁ」と苦笑をこぼしつつ再びレモネードを口に含む。


「それにしても、今日は本当に人が多いね」

 

 レイコルトは中央広場の端から端までを埋め尽くしている人の波に目を向けながらそう呟く。二人が現在いる貴族街は庶民街と比べても普段から粛々とした、よく言えば品のある、悪く言えばいささか堅苦しい空気が漂っている場所であり、それは建国祭の間でも大きく変わることはないと思っていたのだが‥‥‥。


「そうですね。ですが大半の方々の目的はおそらくあちらかと」


「ん? ‥‥‥あぁ、なるほど」

 

 純白の手袋に包まれたシラリアの細い指が指し示す方向へと目線をスライドさせるレイコルト。その先で空中に浮かび上がる巨大な青白い光の窓枠は魔道具で投影された掲示板であり、そこにはでかでかとした文字で『王国魔導大会開幕!』と書かれていた。


「やっぱり建国祭一番の目玉行事ってこともあってかみんな気になってるんだね。確か今日が予選で明日が本戦だっけ?」


「はい、例年通りであればトーナメント形式で勝ち上がった上位四名が明日の本戦へと駒を進め、その中で最も強い魔導士を決めるという流れになっています。毎年観戦チケットは即日完売するほどの盛況ぶりで、中には裏市場に出回ったチケットを定価の数十倍の価格で入手される方々もいるのだとか」


「数十倍‥‥‥」


 放浪時代のレイコルトならそのチケット一枚で半年は余裕で暮らせたであろう価格に思わず頬を引き攣らせてしまう。


「それだけの価値がこの王国魔導大会にはあるということなのでしょうね。──ところでご主人様、リリア様とのご予定の時間はよろしいのですか?」


「あ、うん。リリアとはお昼ぐらいに庶民街で落ち合おうってことになってるからもう少しゆっくりでも大丈夫」


 懐中時計で時刻を確認すれば現在時刻は十一時を少し過ぎたあたりであり、集合時間までは一時間程の余裕がある。ここから庶民街までは二十分もあれば到着できる距離なのでまだ急ぐ必要も無いだろう。


「そうですか。ですが昨日のエレナ様に引き続き、本日はリリア様とデートですか。最近のご主人様は少々、女性関係にだらしがないのではありませんか?」


「デートって‥‥‥。別に二人ともそんなつもりはないと思うけど」


「‥‥‥‥‥‥」


 何だろう。シラリアから向けられる視線が痛い。


「えっと‥‥‥シラリア?  なんか怒ってる?」


「いえ、別に怒ってなどおりませんよ。えぇ別に、なにも」


「いやでも、なんかちょっと不機嫌そうというか……」


「いえ、別に怒ってなどおりませんよ」


 ──二回言ったよ‥‥‥。


 その後、見るからにご機嫌斜めなシラリアを何とか宥めたレイコルトは、最後に少しだけ屋台巡りを楽しんだ後、彼女と別れて庶民街へと向かうのだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 時刻は正午過ぎ。夏の日差しが容赦なく照りつける中、レイコルトは額に汗を滲ませながら目的の人物を待っていた。


「リリア、大丈夫かな?」


 胸ポケットから取り出した懐中時計に視線を落とすと時計の針は既に集合時刻から十五分が経過していることを示していた。


(まさか迷子とか‥‥‥? いや、リリアに限ってそれはないだろうけど)


 一見して自由奔放で軽薄そうに見える彼女だが、その実かなりしっかりとした考えと芯を持ち合わせている人物だというのが最近のリリアに対するレイコルトの印象だ。そのため彼女が迷子や遅刻をする姿というのはどうにも想像できない。


 建国祭の間ということもあって何らかのトラブルに巻き込まれていないとも限らないし、一度探しに行ったほうがいいだろうか?


 レイコルトがそんなことを考えていると──、


「ふぅ~♪」


「うわぁッ!?」


 妙に艶のある吐息が耳元を掠めた途端、全身に背徳的な痺れが駆け巡ったレイコルトは堪らずその場から飛び退くと、慌てて後ろを振り返る。


 こんな悪戯を仕掛けてきそうな人物はレイコルトの知る限り一人しかおらず、案の定視線の先に居たのは悪戯が成功して嬉しそうに微笑むリリアの姿だった。


「あははっ♪ レイさんってばそんなに驚かなくてもいいのに。もしかしてお耳が弱点なんですか♪?」


「いや、誰だって突然耳に息を吹きかけられたら驚くと思うけど……。っていうか普通に声を掛けてよ。心臓に悪いからさ」


「はーい♪次から気を付けますね♪」


 本当に分かってるのか不安になるような返答と共に可愛らしく敬礼をするリリア。


 ──しっかりしているという認識は修正した方がいいだろうか?


 内心そんなことを考えつつ「こほん」と咳払いを挟んだレイコルトは改めて目の前の少女に向き直る。


 夏らしい白のトップスは大胆にも二の腕まで大きく開かれたオフショルダー型であり、ただでさえ大きく主張している二つの双丘これでもかという程に際立っている。加えてほっそりとした肩や健康的な鎖骨のラインも晒されており、いやがおうにも視線が吸い寄せられてしまう。


 ボトムズはギリギリ膝を覆い隠す程度の黒のミニスカートに革サンダルという、これまた露出の多い組み合わせはリリアの女性としての魅力を前面に押し出しつつも決して下品に感じさせない着こなしは流石というべきだろうか。


 総じて”綺麗さ”よりも”可愛さ”を強調したであろうその装いは、彼女のパステルピンクの髪色にビックリするほど似合っており、レイコルトの心臓を高鳴らせるには充分すぎるものであった。


「どうですレイさん? 今日はかなり張り切ってみたんですけど、似合ってます?  可愛いですか?」


「うん、全体的に女の子らしくてリリアの明るい雰囲気にも合ってると思う。可愛いよ」


 内心の動揺を悟られぬよう、努めて平静を装いながらレイコルトは率直な感想を述べる。


「ホントですか!?  レイさんにそう言って貰えたなら一生懸命悩んだ甲斐がありましたね♪ それじゃレイさん、そろそろ行きましょっか♪」


「えっ? 行くってどこに──ってちょっと リリア!? そんなに腕に抱きつかれると歩きづらいっていうか、色々当たってるからぁ~!!」


 レイコルトに服装を褒められたことがよほどうれしかったのか。上機嫌になったリリアは、いきなりレイコルトの腕を自身の腕に強く絡めると、そのままグイグイと歩みを進めていくのであった。

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