22.誘い、そして静かな剣幕
「‥‥‥フェリクス・マクシミリオン」
フェリクス・マクシミリオン。レヴァリオン王国の中でも四大貴族と同等レベルの富と権力を有するマクシミリオン家の長男にして魔導士士官学校の入学試験ではエレナに次ぐ第二位という好成績で入学を果たした間違いなくの天才。
魔導士としての優れた実力と眉目秀麗な容姿、さらに上級貴族に分類される家柄もあってか学内では特に女生徒からの人気は凄まじく、噂によれば既に何人もの相手と交際関係にあり、さらに体を重ね合わせている異性の数も十人以上に及ぶのだとか。しかしそれも貴族であれば一夫多妻が当たり前という風潮があるレヴァリオン王国では別段珍しいことではない。
これだけ聞くと非の打ちどころがない優良物件のようだが、レイコルトはどうしてもこの男から言いようのない気持ち悪さを拭い去ることができなかった。なぜなら入学式当日、今は亡きレクス・オルグレンとレイコルトの自主退学を賭けた決闘を裏から手引きしていたのは他でもないこの男なのだ。
これは後から師匠のセリーナ伝いに聞いた話なのだが、当時マクシミリオン家とオルグレン家は何らかの事情で非常に険悪な関係にあったらしく、それがレクスとレイコルトの決闘を手引きした理由ではないかとセリーナは言っていた。
レヴァリオン王国の貴族らしい魔法優位思想を持つフェリクスにとっては《忌み子》であるレイコルトなど目障りな存在でしかないだろうし、決闘でレクスが勝てばレイコルトは自主退学となり目の上のたんこぶを排除できる。反対にレイコルトが勝てばオルグレン家に泥を塗ることになる。どちらに転んでもフェリクスは直接手を汚さずに邪魔者を排除できると踏んでいたのだろう。
その狡猾さと人を意のままに操る思慮の深さが、兄弟子と重なってしまいどうしてもレイコルトの警戒を解くことができないのだ。
「ご機嫌麗しゅう、エレナ嬢。こうして顔を合わせるのは久方ぶりだな」
フェリクスはまるでレイコルトなど眼中にないとでも言わんばかりに二人の間に無理やり割って入ると、自然な動作でエレナの手を恭しく取り、その甲に軽く口づけをする。
そのあからさまな態度がエレナの逆鱗に触れたのか、すぐさま手を払いのけると普段の温厚な彼女からは考えられないほど冷たい視線をフェリクスに向けた。
「えぇ、貴方も来ていたのねフェリクス。てっきりこういう雰囲気のパーティーは貴方好みじゃ無いと思っていたのだけど?」
「ふっ、相変わらず手厳しいなエレナ嬢は。だが勘違いしないでくれたまえ。私とて別にこのような場は嫌いでもなければ特段好ましいとも思っていない。ただ今宵の主催者が我が父であるがゆえに足を運んだだけに過ぎんよ。しかし──」
フェリクスはそこで言葉を止めると、まるで品定めをするかのようにエレナの全身を上から下へと舐めまわすように見つめる。そして再びあの薄気味悪い笑みを浮かべると、
「此度のお前はいつにも増して美しいな。絹のように滑らかなその髪も、宝石のように煌めく瞳も、シミ一つないきめ細やかな柔肌も、そしてそれらを身に包む漆黒のドレスも全てが美しい。一つ苦言を呈するのであれば、その腰に差した野蛮な剣が唯一の粗ではあるが、それもまた些細な事よ。どうだ? 宴など放って私と二人、静かな場所で夜を越すというのは?」
「ッ!! ‥‥‥お褒めに預かり光栄ね。でも冗談なら止めて頂戴。貴方ならいくらでも相手なんているでしょう?」
「その強情さは相変わらずと言ったところか。──だが冗談ではないぞ? 私は本気でお前をモノにしたいと欲している。どうだ? その証拠として父上に頼んで二人だけの部屋を用意させようか? 邪魔者が入る心配もない。お前がどれだけ嬌声を上げようが誰にも知られることのない、二人だけの空間を‥‥‥」
フェリクスは一歩、また一歩とエレナとの間を詰めていく。その端正な顔は餌を目の前にした獣のように欲望に染まっており、その眼に見据えられるだけでエレナの全身は粟立ち、毒蛇に纏わりつかれるような嫌悪感が這いずり回る。
やがて鉄柵まで追い詰められたエレナにフェリクスはその細身を抱き寄せようと腕を伸ばした瞬間──
「──エレナに触れるな。フェリクス・マクシミリオン」
深く底冷えするような、一切の熱を感じさせない冷淡な声音と共にフェリクスの腕をレイコルトの左手が掴み上げた。決して強く腕を引いているわけでもなければ、爪痕が肌に食い込むほど握り締めているわけでもない。それにも関わらず微動だにしない自身の腕に眉を顰めたフェリクスは、ゆっくと顔をレイコルトの方へ向ける。
「この手を離せ欠陥品。貴様のような凡人にすら及ばぬ《忌み子》如きがこの私に気安く触れるなど身の程を弁えろ」
「‥‥‥‥‥‥」
「チッ!!!」
動揺の片鱗すら見せず、ただ静かに自身を見据えるレイコルトにフェリクスは業を煮やしたのか、その整った顔を不快そうに歪め、乱暴に腕を振り払うと、怒りに染まった双眼をレイコルトへと差し向ける。
対するレイコルトも普段の柔和な表情の一切を消し、見る者全ての背筋を震え上がらせるような剣の眼光をフェリクスへと向けていた。
あわや一触触発の空気。どちらが先に得物を抜いてもおかしくない殺伐とした空気。そんな二人の睨み合いは突如として幕を下ろすことになった。
「まったく──、見知った顔が見えたからこうして足を運んでみれば、何があったのかしら?」
「「会長!?」」
「ルーシア・フォン・アークストレア‥‥‥」
「久しぶり‥‥‥でもないか。半日ぶりねレイコルト君。それにエレナさんにマクシミリオン君も」
プラチナブロンドの長髪が良く映える翡翠色のドレスを身に纏ったルーシアは、どこか毒気の抜けるあどけない微笑を浮かべながら、硬直する三人の下へゆっくりと近づいて来る。
「会長もこのパーティに呼ばれてたんですね。てっきり警備隊の仕事でいっぱいなのかと思ってました」
「まぁ、これでも四大貴族の娘だから一応、ね。警備隊の仕事は他のみんなに頑張ってもらってるわ。──それで一体何があったのかしら? 」
レイコルトとエレナの傍までやって来たルーシアは、どこか困惑したような表情を浮かべてそう尋ねる。
「それが‥‥‥、」
「フンッ、興が削がれた。私はこれで失礼させてもらう」
レイコルトが事の顛末を説明しようと口を開いた瞬間、フェリクスは鼻を鳴らして遮ると、そのまま踵を返して鉄柵の奥へと姿を消してしまった。
「あっ! ちょっと──。も~、相変わらず自分勝手なんだから。ごめんなさいね二人とも、ちょっとだけお話を聞かせてもらってもいいかしら? ほら、周りの人への説明もあるし‥‥‥」
「「あ‥‥‥」」
気づけば、鉄柵の前で立ち尽くすレイコルトたちを遠巻きから好奇の視線を向ける人集りが出来ているのが見えた。どうやらフェリクスとのやり取りで大分注目を集めてしまったようだ。
レイコルトとエレナはお互い気まずそうに顔を見合わせると事のあらましを簡単に説明する。
おおよその概要を聞き終えたルーシアは、しばらく考えこむように顎に指を添えていたが、やがて納得がいったのか、大きく一つ頷くと優し気な微笑みと共に二人の顔を見上げる。
「うん! 大体の事情は分かったわ。そういった事情ならエレナさんは私と一緒にいましょうか。変に一人になるとまた厄介な人に絡まれるかもしれないでしょ?」
「え? でも、それだと会長のご迷惑になりませんか?」
「ふふっ、いいのよ別に。私としても一度エレナさんとじっくりお話しする機会が欲しかったもの。そ・れ・に~‥‥‥」
「──?」
ルーシアは、にやぁ~っ、と悪戯っぽい笑みをレイコルトに向けると、
「どこかのボディーガードさんも、その方が安心できるんじゃないかしら? さっきのレイコルト君の剣幕といったら本当にすごかったんだから。ねぇ?」
「うっ‥‥‥。いや、なんというか、あれはついカッとなってしまって‥‥‥。駄目ですね、僕もまだまだ未熟者です」
レイコルトは照れたように頬を掻きながら先ほどの一幕を思い返す。あの時、自分が何か間違ったことをしたとは思わない。ただもう少し穏便に済ませる方法はあったかもしれないし、事実ルーシアが間に入って来なければ街中で戦闘に発展していた可能性だって十二分にあった。感情的にならずに相手のペースに乗せられない思考の回転と対応力はもっと磨いておくべきだろう。
「‥‥‥別に、私はかっこよかったと思うけど‥‥‥」
「え? エレナ何か言った?」
「──ッ! えっ!? な、なんでもないの! 気にしないでっ!!」
「そ、そう? ならいいけど‥‥‥」
何故か慌てたように両手をブンブンと振って否定するエレナに疑問符を浮かべるレイコルトだったが、本人が何でもないというのなら何もないのだろう。
「ふふっ。それでエレンさんはどうかしら? 私としてはお誘いに乗ってもらえると嬉しいのだけど」
「そう‥‥‥ですね。じゃあお言葉に甘えさせてもらってもいいですか? 正直、あのやり取りは精神的に少し疲れてしまいましたし‥‥‥。レイにも心配は掛けたくありませんから」
「もっちろん! そうと決まれば早速行きましょうエレナさん! 二階でスイーツのビュッフェをやっているんだけど、まだ食べに行けていないのよ。目指すは全品制覇ね!」
「いやぁ~、流石に全品制覇はむりなんじゃ──ッて会長!? 引っ張らないでください! ちょっとぉ~!?」
「た、楽しんできてね~‥‥‥」
どうやらルーシアの中でエレナとスイーツ巡りをすることは決定事項のようであり、戸惑いの表情を浮かべるエレナの腕を掴むとそのまま全速力で館の入口へと駆け抜けていってしまった。
「えっと‥‥‥、とりあえずシラリアと合流しようかな?」
一人ポツンと取り残されたレイコルトは誰に聞かすわけでもなくそう独りごちると、合流場所である庶民街の中央広場へと足を向けるのだった。
ちなみに合流後、レイコルトの全身から漂う香水やムスクの残り香に気づいたシラリアからは絶対零度もかくやと言わんばかりの眼差しで詰問された結果、誤解を解くために数十分の時を費やすことになるのだが、それはまた別の話である。
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