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20.新刀、そして名づけ

「やぁやぁ、お二人方。久しぶりだね、元気そうでなによりだよ」


 ラミアに連れてこられたアネットは二人の顔を見るなり、気さくな挨拶と共に軽く手を挙げる。


「お久しぶりです。アネットさんもお変わりなさそうで何よりです」


「うん、まぁね。‥‥‥ところでエレナちゃん?  そのドレス姿とても似合ってるけど、もしかして今日はレイコルト君とデートだったりするのかなぁ~?」


 アネットはどこか悪戯っぽい笑みを浮かべると、隣に佇むエレナの全身を上から下へじっくりと見定めるように視線を這わせていく。


「で、デート‥‥‥!? ち、違いますよ! アネットさんが刀が完成したからレイと受け取りに来て欲しいって‥‥‥」


 明らかに動揺した様子を見せるエレナ。その頰には微かに朱が差しており、初心らしい彼女の反応がアネットの悪戯心にさらなる拍車をかけたのか、嬉々としてその口元を意地悪く歪ませる。


「え~? でも手まで握る必要はなかったんじゃないかな?  ねぇ? レイコルト君?」


「エレナの靴が歩きづらそうだったから支えてただけですよ。別に他意はないです」


 アネットのようなタイプの人に対して過剰な反応を示すと余計に面白がってからかってくることは師匠のセリーナを通じて経験済みである。よってレイコルトは素知らぬ顔で淡々と答えると、パッとエレナから手を離した。


「あっ‥‥‥」


「ん?  どうかした?」


「う、ううん! 何でもない。‥‥‥うん、本当に‥‥‥」


 どこか名残惜しそうに自身の手をチラ見するエレナに疑問符を浮かべるレイコルト。アネットはそんな二人の様子をどこか微笑ましいものを見るような眼差しで見つめつつ満足げな表情を浮かべると「こほん」と小さく咳払いをして場の空気を仕切りなおす。


「さて、アイスブレイクはこれぐらいにして早速本題に入ろうか」


 アネットは肩に担いでいた木製の箱を慎重に地面に下ろすと固く結ばれていた臙脂(えんじ)色の紐を慣れた手付きでしゅるりと(ほど)いていく。


「以前までのこの子は刀の中でも特に幅広で重量級な豪刀に分類されるものでね、レイコルト君みたいな男の子が扱う分には問題ないんだけど、エレナちゃんみたいな華奢な女の子が扱うにはちょっと荷が重い代物だったんだ。そこで今回打ち直すにあたって幅を薄めに、刀身や重心の位置もよりエレナちゃんにフィットするように調整したから、以前よりも扱いやすくなっていると思うよ」


「でもそんなことして大丈夫なんですか? 使用感とか間合いとか全然違うものになっちゃいますけど‥‥‥」


 レイコルトやエレナのような剣士にとって武器とは己自身と同義だ。いくら扱いやすいように調整したといっても長年使い続けてくればその武器の癖、扱い方なんてものは自然に身に付いており、その感覚を矯正するというのは並大抵のことではない。一つのミスが生命線を分ける戦場においてそれはあまりにも致命的だ。


「確かに最初は違和感があるかもしれないけど、そこはほら‥‥‥わたしだから? 最大限エレナちゃんが違和感なく扱えるように仕上げてあるよ」

 

 アネットは「えへん!」と控えめな胸を張りつつドヤ顔で親指を立ててくる。あまりにも根拠としては弱すぎる理由だが、その琥珀色の瞳からは一切の嘘偽りが感じられず、とりあえずは彼女の言葉を信じる他なさそうだ。


「それにわたしにも職人としてのプライドってものがあるからね。戦場で命を預ける存在を手掛けている以上一切の妥協はしないよ──っと、話が逸れたね。これが、エレナちゃんの新しい刀だよ」


 紐が解かれ、露わとなった木箱の中身。いっぱいに詰められた黒布の中央に燦然と横たえられたそれを視界に収めた途端レイコルトはもちろんのこと、隣で期待に目を輝かせていたエレナすらも息を呑むことを忘れ、数秒の間その美しさに目を奪われていた。


 華美な装飾を一切取り除くことでより純粋なる煌めきを放つ(にび)色の鞘と同色の柄。多角形状に縁どられた白銀の鍔は機能性と審美性を共に追求した無駄のない形状であり、随所に差し込まれたコントラストの黒が刀全体の様相をより重厚に引き立てていた。


 黒布の上で鈍色の絶対的な存在感を放つその光沢はさながら”暗夜を照らす月光”であり見る者の心と瞳を奪い、離さない。もはや一つの芸術と呼んでも過言でもないその刀を前にエレナは一度、躊躇ったように伸ばした手を引き下げたが、やがて何かに突き動かされるように小さく深呼吸するとそっとその刀を摑み取り、鞘から静かに刀身を引き抜いた。


 シャランッ!


 と、静謐な空間に鳴り響く鈴のような音色。その微かな音の波紋ですら刀の美しさを際立たせる演出の一助となっているのだから驚きだ。


「綺麗‥‥‥」


 エレナは剣先を天に掲げ、思わずと言った様子でそう呟いた。


 一点の曇りもない鏡のように澄み渡った白金の刀身は鍔元から剣先にかけて流線形の波紋が幾重にも折り重なった複雑な形状を描き出しており、その繊細かつ洗練された造形美が見る者の心を奪い去る。


 アネットが前述していた通り、以前のものより身幅は薄く、尺寸も一回りほど短くなっているはずなのだが不思議と小柄になったという印象はなく、むしろエレナが扱う上でより理想的な形へと変化したことで()()()()()()()()、という感覚の方が強い。


「気に入ってくれたかな?」


「はい。すごく、こう‥‥‥手に馴染む感じがします」

 

 エレナは新たな刀の感触を確かめるように幾つかの型をなぞり描いていく。軽量化されたことによって筋肉の余分な力みが排除されたからなのか、その動作は以前よりも流麗に、鋭く、正確に白銀の軌跡を宙に刻み込んでいく。まるで感覚の差異など感じさせないその一連の動作にレイコルトはただただ感心する他ない。


「うん、それなら良かったよ。でも実はもう一つだけエレナちゃんに合わせて手を加えた部分があってね。ちょっと魔力を流し込んでみてくれないかな?」


「魔力を、ですか?」


 疑問符を浮かべながらもエレナは正眼に構え直すと柄を握る両手に軽く魔力を集中させる。瞬間、刀身は淡い蒼光を纏い、切先から鍔元までの直線上を光の筋が結び刀身を余すことなくその光で覆い尽くす。


「あれ? 前より魔力が多く‥‥‥、いえ、違うわね。魔力の通りが良くなってる?」


「ご名答っ! (もと)となった刀を鋼に戻した時にちょ~っとだけ魔鋼鉄を混ぜ合わせることで魔力との親和性を高め、刀全体の魔力伝導率を底上げしたんだ。これなら以前の半分以下の魔力で同等以上の効果を引き出せるはずだよ。それに──君の固有能力(スキル)を一段階引き上げることもできるはずだよ」


「──ッ!? どうしてそれを?」


 驚いた様子で目を見開くエレナに対してアネットは不敵な笑みを口元に浮かべると、その琥珀色の瞳でエレナの瞳を真っ直ぐ射抜くように見据える。


「‥‥‥そんなことより、どうかこの子に名前をつけてあげてくれないないかな?」


「えっ──な、名前、ですか?」


「うん。名前というのは魂を収める器だ。器なき流体がその場に留まることを知らないように、名前なきモノにもまた魂は留まることはできない。もしこれから君がこの子と共に何かを成し遂げたいのなら、何かを守りたいと願うのならば、どうかこの子に名前を与えてあげて欲しい」


「‥‥‥」

 

 アネットの、どこか切実な声音の懇願にエレナは考え込むように押し黙ると、静かに瞑目し顔を伏せる。そしてしばらくして再びその瞳を開き、アネットの瞳を真っ直ぐに見つめ返すと桜色の唇を震わせた。


「決めました。この子の名前は──」


◆  ◆  ◆ ◆  ◆


「おい、マスター。もう一杯くれや」


 アルカネルの繁華街。その外れにある小さな酒場のカウンターに腰掛けた一人の巨漢が空になった木製のジョッキを叩きつけるように置くと、カウンター越しに酒瓶の整理をしていたマスターをジロリと睨め付けた。


「おい兄ちゃん、これでもう何杯目だよ?  さすがにそろそろやめねぇと潰れちまうぞ」


 マスターはそう呟くと棚から酒瓶を数本取り出し、巨漢のジョッキになみなみと注いでいく。が、すぐにその瓶も空になってしまい、それを見たマスターは思わずため息を零した。


 客は巨漢の男ただ一人。普段からお世辞にも繁盛しているとは言い難いこの酒場に訪れた久しぶりの客に、最初こそマスターも張り切って酒の提供に励んでいたのだが、当の客がこの始末であるのだからため息の一つも零したくなるというものだ。


「うるせぇなぁ。こちとら数年ぶりの酒なんだ。ちったぁ大目に見てくれよ」


「数年ぶり‥‥‥? 兄ちゃん、一体今までどこにいたんだよ?」


「別にどこだっていいだろ。人間生きてりゃしばらく酒の一杯も飲めねぇ時があんだよ。そんなこともわからねぇのか?」


「あぁ、あぁそりゃ悪かったよ。ったく、今日は厄日かねぇ」

 

 マスターは皮肉交じりに吐き捨てると再び棚の整理へと戻る。我関せずといった様子のマスターに一瞥くれた巨漢の男はフンと鼻を鳴らすと、再びジョッキに並々と注がれた酒を呷り始める。


 しばらく酒場には酒を飲み下す喉音と酒瓶を整理する音だけが響き渡る。もうそろそろ店仕舞いにするかとマスターが考え始めた、その時再び巨漢の男が口を開いた。


「おいマスター、『王国の覇者』って知ってるか?」


「『王国の覇者』?  あぁ~知ってるよ。十年ぐらい前まではコロシアムでぶいぶい言わせてた魔導士の事だろ? まぁ今となっちゃ過去の遺物もいいところだがな。誰の話題にも上がらねぇしここ数年は姿も見てねぇからもう死んじまったんじゃねぇか?」


 マスターは作業の手を止めることなく視線も向けずにそう答える。


「しっかし、なんだって急にそんな奴のことなんか聞いてきたんだ? まさか兄ちゃん『王国の覇者』のファンか?」


「‥‥‥‥‥‥いや、少し気になっただけだ。おい、マスター勘定だ」


「はいよ、 ‥‥‥っておい兄ちゃんこれは多すぎ──」


「釣りはいらねぇ。じゃあな」

 

 巨漢の男はマスターが何か言いきる前にカウンターに金貨の入った麻袋をドンッ!と叩きつけると、そのまま入口へと向かい歩き出す。


 ビュンッ!!


 店の外に出た途端一陣の風が吹き荒れ、外套の下に隠されていた男の隻腕が露わとなる。巨漢の男──ゼノン・グリフィスはその腕を一瞥すると、顔に狂喜的な笑みを浮かべながらアルカネルの街へと歩き出していくのだった。

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