19.ドレス、そしてエスコート
「あっ、こっちよレイ!!」
待ち合わせ場所である貴族街中央広場へと向かったレイコルト。そこには既に待ち合わせの相手であるエレナが噴水の淵に腰を掛けて佇んでおり、レイコルトの姿を確認するや否や大きく手を振りながら活発な声を広場に響かせる。
レイコルトはエレナの下へ小走りで駆け寄ると軽く息を整えつつ、改めて目の前の少女に視線を向ける。
綺麗だ。
普段、黒色のリボンでポニーテールに纏め上げられている亜麻色の髪はハーフアップに編み込まれ、薄っすらと施された化粧が元々浮世のように綺麗な彼女の顔立ちにさらに磨きをかけている。
背中を大胆に開いたシックな黒のドレスは彼女のスレンダーな痩躯の曲線をより一層美しく魅せており、その胸元を控えめに飾るネックレスの宝石は、彼女の鮮やかな亜麻色の輝きによく映えている。
普段から近くで見慣れているせいで感覚がマヒしていたが、周囲の人々の視線を一身に集めている彼女がアルカネルの中でも別次元の美少女であることを再認識したレイコルトはこの場に士官学校の制服で訪れたことを早々に後悔した。
「警備お疲れ様。ごめんねレイだって忙しいのにこうやって時間を割いてもらうようなことになっちゃって」
「それを言うならエレナこそ色んな挨拶回りで忙しかったんでしょ? 大丈夫? 疲れてたりしない?」
貴族の身分である彼女は建国祭の間、王家を始めとして様々な貴族への挨拶回りや社交パーティーへの参加などレイコルトとは比較にならないレベルのハードスケジュールが組まれている。おそらく今、この時間もエレナが相当無理をして捻出した貴重な一瞬なのだろう。ドレスを身に纏っているのは着替える時間すらまともに無かったからなのかもしれない。
「大丈夫よ、多忙とは言ってもちょくちょく休憩も挟んでるし。それより、さ‥‥‥」
「?」
「‥‥‥レイはその‥‥‥どう思う? このドレス、似合ってる‥‥‥?」
エレナは僅かに視線を伏せつつ、レースのあしらわれたスカートの両端をちょこんと摘まんでみせる。どこか気恥ずかしそうに頬を赤らめながらこちらをチラチラと窺ってくるその仕草が普段の活発なエレナからは考えられない程にいじらしくレイコルトは思わず見惚れてしまいそうになるが、すぐに我を取り戻すとなるべく平静を装いながら答える。
「うん、凄く似合ってるよ。いつもの活発な姿もいいけど今の大人っぽい感じのエレナも新鮮ですごく綺麗だと思う」
「そ、そう? レイがそう言ってくれるならこのドレスを選んでよかったわ‥‥‥」
忌憚のない率直なレイコルトの感想にエレナは嬉しそうに微笑むと、少し照れた様子で髪を耳に掛けながら小さく呟く。
エレナがドレスを着たままこの場に訪れたのは、レイコルトに着飾った自分を見て欲しかったから。彼女の言葉に思わずそんなありえない妄想とも願望とも呼べる考えが脳裏を過ったレイコルトは、慌ててその邪念を振り払う。
「そ、それじゃそろそろ行こうか。お互いあんまり時間もないみたいだし」
内心を悟られないよう強引に話題を切り替えたレイコルトはスッ、と左手を差し出す。
「? 迷子の心配なんてしなくても大丈夫よ? 私、もう子供じゃないんだから」
「違うよ、その靴じゃ歩きづらいでしょ? それに人もたくさんいるし。だから、さ」
「あっ‥‥‥」
そこでようやくレイコルトの言葉の意味を理解したのか、一度大きく目を見開いたエレナは差し出された手に自身の右手をそっと乗せると控えめに握り返してくる。そう、今のエレナはドレス姿。となると当然履いている靴も服装に合わせた踵の高いヒールを履いており、これから人通りの多い場所を歩きまわるには少々不向きな代物である。
「ふふっ、ありがと。それじゃお言葉に甘えてエスコートはお願いしちゃおうかな?」
「了解」
レイコルトの気遣いにエレナは嬉しそうに微笑むとほんの少しだけ、隣で支えてくれている彼に、この高鳴る心臓の脈幅よりも小さくほんの僅かにだけ、身体を寄せるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
西日が鋭く射し込む街角。夏本番となったこの時期では日が落ちかけた現在でもまだまだその暑さは健在であり、ただ歩きまわるだけでもじっとりと汗が滲み出てくる。しかし、この茹だるような暑さを優に上回る熱気と歓声は未だ鳴り止まず、むしろ時間が経つにつれてその勢いを増しているようにさえ感じられた。
街のどこを見渡しても、視界に映るのは極彩色の飾りに彩られた煌びやかな露店の数々。それらを取り仕切る商人たちの威勢の良い掛け声が四方八方から飛び交っており、道行く人々を次々に魅了し目と耳から客を呼び寄せる。
そんな、どこもかしこもお祭りムードのアルカネルの中、おそらく唯一と言っても過言ではない程静まり返った路地裏への入り口に、レイコルトとエレナは佇んでいた。
「やっぱり、何度来ても慣れないよね、ここ」
「そうね、ほんといつ来ても暗いし狭いしジメジメしてるし。いくら人通りの少ないところとはいえ、何でこんなとこにお店を構えようなんて思ったのかしら‥‥‥」
レイコルトとエレナは互いに顔を見合わせると、はぁ、とため息を溢す。
なぜ二人がこんな閑散とした路地裏にいるのか。その理由は至極単純であり数日前、エレナの元に一通の手紙が届いたのだ。差出人の名は”アネット・アルスメスト”。ネウレアの樹海の一件で破損してしまったエレナの刀の修繕を依頼していた『ヘクセリア』の店主であり、ようやく完成したので受け取りに来て欲しいという旨の手紙だった。
ついでに何故かレイコルトの同伴も求められていたため、こうして二人で時間を合わせて足を運んだわけなのだが──
「じゃあ、行くよ」
「えぇ‥‥‥」
意を決したように二人は路地裏に足を踏み入れるとそこからは人の気配も道幅もない、本当に人が通っていい道なのかと思わず疑ってしまいそうな通路を進んでいく。この道を通るのは今回で二回目だが、相変わらずの狭さと暗さで歩くだけでも一苦労だ。レイコルトですらこの有様なのだから、ヒールで足元のおぼつかないエレナはもっと大変だろう。
エレナが魔法で生み出した光源で視界を確保し、レイコルトが先導することで彼女が転ばぬよう支えながら徐々にその歩みを進めていくこと数分。二人は同時に領域に足を踏み入れたことを知覚した。
まるで薄い膜を通り抜けたような些細な違和感。前回訪れた際も感じたこの感覚の原因はおそらく固有能力によって生み出された一つの結界のようなものであり、こうして領域に入ったということは無事目的地まで辿り着けたことの証拠だ。おそらくこの結界を生み出した人物もレイコルト達が入ってきたことは知覚しているはずであり、あとはこの場で待機していれば向こうからやってくるはずだが‥‥‥。
「侵入者め!! 覚悟でありますーーーーーーーーッ!!!!」
レイコルトの予想通りすぐにその人物は現れた。‥‥‥‥‥‥ギラリと光るガントレットを振りかざしながら。
(‥‥‥あぁ~、うん。まぁなんとなくこうなる気はしてたけどさ)
突如、暗闇から飛び出してくる人影。その姿を確認した瞬間、レイコルトは内心「やっぱりか」と天を仰ぎつつ、とりあえずは目前まで迫ってきた人物の対処へと意識を集中させる。
「食らえでありますッ!! 《豪け──」
「うん、とりあえず落ち着こうか」
練り上げた魔力をガントレットへと纏わせ、必殺の一撃へと昇華させた拳撃。当たれば即死級の威力を誇るであろうその一撃だが、その攻撃は前回訪れた際に身をもって体験済みのレイコルトにはもう通用しない。それにあらかじめ来るとさえ分かっていれば対処はそう難しいことでもない。
レイコルトは繰り出された拳を余裕をもって半身で躱すと、相手の勢いを逆手に取る形で腕を掴み取りそのまま壁面へと受け流した。
「うぎゃ~~~~~っ!?」
なんとも情けない悲鳴を上げながら、ガントレットの少女は受け身を取ることもままならず、壁に激突し、ズルズルと崩れ落ちる。一応怪我だけはしないよう細心の注意は払ったため、体に異常はないだろうが‥‥‥、
「あいたたた‥‥‥。もーひどいであります!! 急に何するでありますか!? 」
「それはこっちの台詞だよ」
「へ?」
地面に大の字で寝転がったままジタバタと暴れて抗議してくる少女──ラミア・アザレスを見下ろしながらレイコルトは小さくため息をついた。
「およ? よく見ればいつぞやのお姉さんとハレンチロリコンすけこまし最低野郎ではありませんか! 久しぶりでありますな! 今日は一体どうしたんでありますか? 」
「ちょっと待って、前回も言ったと思うけどその呼び名は止めて欲しいかな? 別に僕はロリコンじゃないし、すけこましでもないからさ‥‥‥」
「すけこましの部分は合ってるんじゃないかしら?」
「エレナっ!?」
思わぬところから飛んできた追撃にレイコルトは思わず頬を引きつらせる。どうやらこの件に関しては助け舟を出してくれるつもりはないらしい。
「久しぶりねラミアちゃん。刀が完成したっていう手紙を貰って来たのだけど、アネットさんはいるかしら?」
「なるほどそういことでありましたかっ!! ちょっと待つでありますよ。今呼んでくるでありますから!」
そう言うやいなやラミアはすくっと立ち上がると一目散に闇の中へと駆けだしていく。両手に装着された無骨なガントレットとは裏腹に、トテトテと擬音でも聞こえてきそうな小動物的動き。そのギャップに思わず頬を緩ませるレイコルトであったが──
「じぃーーー‥‥‥」
「な、なに?」
横合いから向けられる意味深な視線。目元に微かな影を落とし、ジト目でこちらを睨んでくるエレナはぽつりと一言。
「‥‥‥ロリコン」
「違うからねっ!!??」
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