18.不意打ち、そして魔法暴発《スペルブレイク》
「【アンブロ・アロー】ッ!!」
眼前に差し迫る漆黒の矢。数にしておよそ五つほど生成された【アンブロ・アロー】は、その全てが寸分違わずレイコルトの心臓部目掛けて直進してくる。が──
「はぁッ!」
腰に携えられた黒刀を鞘から引き抜くと同時に一閃。放たれた矢よりもさらに一段深い闇を宿した刃が宙に斬線を描いた瞬間、レイコルトの身体を貫くはずだった漆黒の矢は一つ残らずその姿を虚空へと消し去った。。
「なっ──!? こいつ魔法を斬りやがったッ!?」
【アンブロ・アロー】を打ち放った張本人であるスキンヘッドの男は、ほんのりと朱を帯びた強面を大きく見開くと、驚きと困惑の入り混じった声を上げる。呂律が若干怪しくなっているのは、おそらく酒に酔っているからだろう。
現在レイコルトがいるのは商業区画の中でも、特に人通りが多い場所の一つである中央広場。おそらく建国祭の雰囲気に当てられたことで調子に乗り、ここいら辺りで酒盛りをしていたのだろう。泥酔状態で行き交う人たちに片っ端から絡んでいる集団がいるとの連絡を受けたことで、近場に居たレイコルトとシラリアが駆けつけ、声を掛けたところ突如として乱戦が勃発。そして、今に至るというわけだ。
「このッ‥‥‥クソがぁ! おいお前ら、何ぼさっとしてやがる! さっさとあのガキを始末しちまいなぁ!!」
スキンヘッドの男が周囲の仲間に向かって声を荒げると周囲にいた男たちが一斉に魔法の生成を始める。
(あの数は‥‥‥マズイなぁ)
レイコルトは一瞬自身の背後をチラリと確認すると、そこにはおそらく興味本位で集まってきたのであろう人だかり。
レイコルトの身体能力をもってすれば放たれる魔法を回避すること自体は決して難しくないが、その場合間違いなく後ろの人々や屋台を巻き添えにしてしまう。かといって、点ではなく面で向かってくる魔法全てを黒刀一本で斬り伏せることが出来るかと問われれば、答えは否だ。となると──
「────ッ!!」
刹那、男たちの視界からレイコルトが姿を消した。
「なっ!?」
否、思わず消えたと錯覚してしまう程の速度をもって一気に男たちの懐に潜り込んだのだ。
《魔力強化》。体内の魔力を体の一部分に集中して流し込むことで身体能力を向上させる技術とレイコルトの超人的な身体能力が掛け合わされば、数メートルの距離を一瞬にして詰めることなど造作も無い。
「はッ!」
レイコルトは黒刀を横薙ぎに一閃。対象は男たち──ではなく生成途中の魔法。
斬るのではなく剣先で軽く撫でるような軌道で放たれた斬撃は、それだけで生成段階だった男たちの魔法に干渉すると小爆発を誘発させた。
ドォォォォンッッ!!
「「「「ぐあぁッ!?」」」」
爆発の威力自体は多少強めの風に仰がれた程度のもの。しかし、ほぼゼロ距離でその余波を喰らった男たちの体は弾かれたように吹き飛ぶとそのまま壁に衝突し気を失った。
魔導士の実力を測る一つの指標として魔法の生成速度の速さが挙げられる。
これは魔法を構成する魔力自体が非常に繊細かつ不安定なことに起因しており、先ほどのように魔法を発動してから生成するという工程の間に少しでも魔力に乱れが生じてしまうと魔法は不発、術者の魔力操作から離れた魔力は空中の魔素と反応して爆発を引き起こすのだ。これが通称《魔法暴発》と呼ばれる現象である。
そしてこの《魔法暴発》はレイコルトが行ったように生成途中の魔法に対して外部から衝撃を加えることでも容易に引き起こすことが可能だ。今回の場合は掠める程度の衝撃だったため、小規模の爆発に留まったが核部分を寸分違わず捉えていた場合、その衝撃は十数倍以上に膨れ上がる。そのため、この決定的隙の瞬間をどれだけ無くすことが出来るか、というのは魔導士にとっても非常に重要な要素の一つなのだ。
「ご主人様っ、そちらは大丈夫ですかっ?」
男たちが気を失っていることを確認したレイコルトに別の相手を無力化し終えたらしいシラリアが駆け寄ってくる。
「うん。こっちは大丈夫、そっちは?」
「わたしも全員無力化しました。少々痛い目には遭って頂きましたが、後遺症は残らぬ程度で済ませていますのでご安心を」
シラリアの肩越し、少し視線を伸ばした先ではシラリアが相手をしたであろう男衆が一人残らず地面に倒れ伏している。その全員がまるで雨に打たれたようにびしょ濡れになっているのはおそらく彼女の固有能力──《水の統御》によるものだろう。
「了解、なら身柄は全員王国騎士団に引き渡しちゃおうか」
「かしこまりました。‥‥‥それにしても、今年の建国祭は例年にも増して治安が悪いようですね。まだ半日しか経っていないというのに、これでもう八組目ですよ」
シラリアは呆れたようにため息を吐くと、男たちの身柄を拘束すべく固有能力で水の縄を作り出す。
「そうなの? てっきり毎年こんなものなんだと思ってたんだけど」
「確かに例年、国を挙げての行事の際は多少なりとも治安は悪くなるのですが、ここまで逮捕者が出るのはわたしも初めてです。何か嫌な予感がしますね‥‥‥」
「嫌な予感、か。‥‥‥ゼノンの件もあるし警戒のレベルは上げた方がいいかもね。となるともう少し巡回範囲を広げるべきか‥‥‥」
「えぇ。ですがご主人様、そろそろお時間ではありませんか?」
「えっ!?」
シラリアに指摘されてレイコルトは懐から取り出した懐中時計に視線を落とす。すると、その針はすでに午後三時半を回っており約束の時間まであと三十分を切っていた。
「しまった‥‥‥ごめんシラリア。ちょっと後のこと任せてもいいかな? 待ち合わせ場所が貴族街の方だから、少し急がないと‥‥‥」
「かしこまりました。わたしもこの方々を騎士団に引き渡し次第休憩に入るつもりですので、お気になさらず」
「うん、ありがとう。それじゃ行ってくる──って、あ!」
「?」
慌てて駆け出そうとしたレイコルトは突如ピタリと足を止めるともう一度シラリアの方へと体を向ける。
「シラリアも気を付けてね。建国祭で舞い上がってる人が多い分、変な輩もきっとたくさんいるから」
「ふふっ、心配には及びませんよ。これでも腕には多少の覚えがある身ですので大抵の相手は返り討ちに出来ます」
「あ~、そうじゃなくて‥‥‥、いや、まぁそういう意味でもあるんだけど。何て言うか、その……」
「?」
しばらく視線をキョロキョロと宙に走らせていたレイコルトは何度か言葉に詰まらせる様子を見せた後、意を決したように真っすぐシラリアに向き直ると、はっきりと告げる。
「ナンパ‥‥‥とかされるかもしれないでしょ? だから、そういう意味でも気を付けて、っていう‥‥‥。うん」
最後の方は気恥ずかしさからなのか、かなりしどろもどろになってしまったレイコルトの言葉に、シラリアは一瞬キョトンとした表情を浮かべると「くすっ」と小さな笑みを零す。
「‥‥‥はい、ご忠告ありがとうございますご主人様。それでは、また後ほど」
「う、うん。また後で!」
今度こそシラリアに背を向けてレイコルトは走り出す。やがてその背中が完全に雑踏の中に消え去ったことを確認したシラリアはというと──
「ッ~~~~~~ッ」
その場にしゃがみ込むと普段は薄氷のようにクールな表情を喜びに綻ばせ、仄かに熱を帯びた頰を両手で覆い隠す。どうやらしばらくこの緩んだ表情は元に戻りそうにない。
「‥‥‥‥‥‥不意打ちは、反則ですよ‥‥‥」
ただでさえ可憐な妖精のような顔立ちをしているシラリア。そんな彼女が魅せる熱と艶を帯びた表情は彼女がその場を立ち去るまで周囲の視線を釘付けにし続けるのだった。
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