17.心配、そして通信用魔道具
「はぁ、まったくご主人様には困ったものですね‥‥‥。まさか、またこうして建国祭の警備に就くことになるとは‥‥‥」
「あはは‥‥‥、いや、まぁ、本当にシラリアには今でも申し訳ないとは思ってるんだけどさ、ほら、他に適任な人がいなくて‥‥‥」
「それは、重々承知しておりますが‥‥‥」
はぁ、と再び大きなため息をつきながら、シラリアはどこか諦観の混じったジト目をこちらに向けてくる。
そう、シラリアには先日の一件に加えてもう一つある頼みごとをしていたのだが、それがルーシアからの依頼である『シュヴァルツ』の欠員を補って欲しいというもの。
結論から言うと、現在彼女の左腕に装着されたモノクロの腕章が示す通り、シラリアは諦め半分呆れ半分といった様子で引き受けてくれた。──ただし一つだけ条件付きで。
その条件というのがある特定の部隊に属するのではなく、レイコルトと同様遊撃部隊として助力させて欲しいというものであった。
当初、シラリアからこの提案を受けた時こそ「いや‥‥‥どうだろう?」と難色を示していたレイコルトだったが、実際ルーシアに伝えてみたところ想像の二倍は軽いノリで許可が下りたため、こうしてシラリアはレイコルトと共に庶民街の商業区画の巡回に勤しんでいるというわけだ。
「そ、それにしても凄い人の数だよね。普段でもそこそこ人通りの多い場所だけど、今はその比じゃないっていうか‥‥‥」
「そうですね、建国祭はアルカネルの外からも沢山の人が訪れますし、ここいら一帯は比較的お財布に優しいお店が多いですから人の往来が激しくなるのも無理はありません。加えて今日は建国祭初日ですからね、この盛り上がりも致し方ないかと」
「確かに‥‥‥。でもこれは僕たちの仕事も大変そうだね‥‥‥」
レイコルトは目の前に広がる光景に圧倒されながらも再び周囲に視線を配る。やはりと言うべきか、老若男女問わず様々な人々がひっきりなしに行き交っており、中には大荷物を抱えてせわしなく走り回る商人らしき人物の姿もあった。
他には道端で大道芸を披露している者や、路上にテーブルや椅子を並べて即席の露店を作っている者、果てはお昼からお酒を酌み交わし楽し気に談笑している一団の姿なども見られ、まさにお祭り騒ぎといった様相だ。
「えぇ、ですがその分警備隊も他区域に比べて多めに人員を割かれているようですから、そこまで心配なされる必要はないかと。それより──」
肩を並べて歩いていたシラリアが突然ピタリと足をとめると、体ごとレイコルトに向き直りバイオレット色の双眸でこちらを見据えてきた。
「本当なのですね。『王国の覇者』が地下牢獄から脱獄したというのは。しかも、その手引きをしたのが野外実習でご主人様とエレナ様が交戦した組織だということも」
「‥‥‥うん。少なくとも師匠はそう考えてるみたい。僕もまだ確信を持ってるわけではないんだけど少しでもその可能性の芽があるなら、備えておくに越したことはないからね」
「‥‥‥正直なことを申し上げますと、わたしは今でも反対なんです。いくらご主人様が確かな実力を持ち合わせているとはいえ、相手は『王国の覇者』と未知の組織。そんな危険な存在の行方を追って欲しいだなんてあまりにも危険すぎます」
シラリアは形のいい眉をキュッと寄せるとその端正な顔に不安の色を浮かばせる。彼女の言う通り、今回の建国祭におけるレイコルトの役割は大きく分けて二つ。
一つ目はシュヴァルツと同様に王国騎士団との合同警備で建国祭期間中の治安維持活動に勤しみつつ、王都内での騒動や事件が起こればそれに対処するというもの。
そして二つ目が先ほどシラリアが口にしたように、地下牢獄から脱獄した元『王国の覇者』ゼノン・グリフィス、そしてその手引きをしたであろう《魔王教団》の動向を探るというもの。
「でも、誰かがやらなきゃこの建国祭は滅茶苦茶にされちゃうかもしれない。ゼノンが脱獄したことは公にされていない以上『シュヴァルツ』に頼むわけにはいかないし、王国騎士団が大手を振って動けば必ず警戒される。その誰かが今回は偶々僕だったってだけの話だよ。それにシラリアもそれを理解ってたから、わざわざ遊撃部隊ならって条件で引き受けてくれたんでしょ?」
「それは、そうですが‥‥‥。いえ、いまさら私が何を言っても仕方がないですね。わたしも専属メイドとして微力ながらお力添えさせていただきます。それに、ご主人様がまた無茶をなさらぬよう、しっかりと見張っておかなければいけませんからね」
「それに関しては本当に面目ない‥‥‥」
レイコルトは申し訳なさそうに肩を落とす。
普段から専属メイドとしてレイコルトの身の回りのお世話をしているシラリアだが、先日の野外実習での一件以降、更なる心労を掛けてしまっていることはレイコルトも重々自覚している。それでもこうしてレイコルトの身を第一に考えてくれているのだから、そろそろ地面に頭でも擦りつけた方が良いだろうかと真剣に考えてしまう自分がいる。ただ、そんなことをすれば間違いなくドン引きされるため、実行には移さないが。‥‥‥‥‥‥とりあえず内心では頭でも埋めておくべきだろうか?
「そもそもご主人様は自分以外の方に優しすぎるのでは? もう少し断るということをして覚えた方が──」
???「ふふっ、相変わらず二人は仲が良いですね」
「「?」」
ふいに背後から投げかけられた聞き覚えのある声にレイコルトとシラリアは揃って振り返る。
完璧なシンクロを見せた二人の視線の先にいたのは淡黄色の髪を腰まで伸ばした一人の女性。毛先にかけてウェーブがかった髪型と、緩くカーブを描いた垂れ目がほんわかとした印象を与えるその人物は──
「警備お疲れ様。レイコルト君、それにシラリアさんも」
「「ミレアス先生!?」」
ミレアス・ヴィクトリア。魔導士士官学校ではレイコルトとシラリアのクラスの担任であり、教師としては今年赴任してきたばかりというまだまだの新参。とはいえ新人ながらクラスの担任を任されていることからも分かる通り、教師としても魔導士としてもかなり優秀な人物であることは疑いようがなく、年の近さも相まってか、多くの生徒から信頼と親しみを持たれている優しい先生だ。
実際《忌み子》であるレイコルトに対しても差別的な態度を一切見せないどころか、何かと気にかけてくれており本当に彼女が担任で良かったとレイコルトも心の底から思っている。
「ご無沙汰しておりますミレアス先生。本日は‥‥‥お仕事でしょうか?」
シラリアはミレアスに軽く会釈をしつつ、その視線を彼女の二の腕へと移動させる。そこにはレイコルトやシラリアの腕に装着されているものと同様、建国祭の警備隊であることを示すモノクロの腕章が巻かれていた。
「えぇ、二人が警備隊に参加するって話を聞いてから理事長に無理を言って参加させて貰ったの。野外実習では私のせいで皆を危険な目に遭わせちゃったでしょ? 特にレイコルト君なんかしばらく入院する羽目になっちゃったし‥‥‥。だからせめて建国祭の間は力になりたいなって思って」
「そんな! ミレアス先生に落ち度なんてないですよ! むしろあの時、先生が王国騎士団に救援を頼んでくれたからこそこうして無事でいられたんです」
「わたしも全くの同意見です。先生は称賛されることこそあれど、決してご自身を卑下される必要はありません」
「‥‥‥うん。ありがとう二人とも。でもこれは私が自分で決めてやったことなの。だからレイコルト君もシラリアさんもそんな申し訳なさそうな顔をしないで? ‥‥‥ね?」
ミレアスは少し腰をかがめて二人の顔を覗き込むと、優しく諭すようにそう告げる。その声音には有無を言わせない確かな説得力があり、二人は思わず押し黙ってしまう。
「あ‥‥‥ごめんなさい、先生をやってると普段からつい諭すような口調になっちゃうの。でも二人の力になりたいっていうのは本当よ。だから──これ」
ミレアスは鞄から何やら取り出すと二人に向かって手渡してくる。何やら見覚えのあるそれは、一見してただの小さな水晶玉のようにしか見えないが、その実、魔力を込めることで遠く離れた場所に位置する人物同士の通話を可能にする通信用魔道具であり、野外実習でも緊急連絡用として大いに役立った代物である。
「何か困ったことがあったり、私に力になれそうなことがあったら遠慮なく連絡して頂戴。‥‥‥と言っても建国祭の最中はどこも人手不足だから、あまり力にはなれないかもしれないけど」
「そんな! 本当にありがとうございますミレアス先生。助かります!」
「気にしないで。むしろ私の方が二人にはお礼を言わなくちゃいけないもの」
ミレアスは苦笑しつつ小さく首を振ると「それじゃあ私はそろそろ行くわね」と軽く手を振ってからレイコルト達に背を向けて歩き出す。その背中を見つめながらレイコルトとシラリアもまた、自分たちの仕事に戻ってくのだった。
読んでいただきありがとうございます!
この小説を読んで
「面白い!」
「応援したい!」と少しでも思っていただけたら↓の★★★★★といいねを押していただけると嬉しいです。
ブックマークもお願いします。
読んでいただいている皆さんの反応が作者のモチベーションに繋がります!
どうかよろしくお願いします!




