16.最終確認、そして開幕の鐘
「お見苦しい所をお見せてしまい申し訳ございませんでした‥‥‥」
「ううん、気にしないで。それよりもう大丈夫? 落ち着いた?」
「はい、おかげさまで何とか」
シラリアは先程とは打って変わって落ち着きを払った様子でそう受け応えると、レイコルトに小さく微笑みかける。
その目元にはいまだ激情の跡が赤く残ってはいるものの、それでもどこか憑き物が落ちたようなスッキリとした表情だ。
「そっか。それで、その、舞踏会についてなんだけど‥‥‥」
「はい、一度ご主人様のお誘いを断った身ではありますが、どうか私もご同行させていただけませんでしょうか?」
「う、うん! もちろん! 師匠にも僕から話しておくよ」
バイオレットの瞳には確かな強い意志と覚悟が宿っていることが見て取れる。どうやら心配は杞憂だったようで、レイコルトは内心で安堵に胸をなでおろす。
「あ、でもその前にもう一つ、シラリアにお願いがあるんだけど‥‥‥」
「──?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゴォンと重々しい鐘楼の音がアルカネルの街々を包み込む。厳粛さの中にもどこか熱を感じさせる音の出どころは、アルカネルの中では王城に次いで二番目の高さを誇る時計塔であり、これから始まる王国の一大行事──「王国建国祭」が生み出す熱気と喧騒の渦を予感させるには十分なものだった。
建国祭の開幕まであと一時間。城門を超えてすぐに脇に広がる屋外訓練場は普段、王国騎士団が研鑽に勤しんでいる場所であり、現在、そこには二つの部隊が一切の乱れなく整列していた。
一つは王国の紋章が刻まれた白金の鎧に身を包み、その誰もが歴戦の猛者であることを伺わせる精悍な顔立ちと立ち振る舞いが特徴的な王国騎士団。腰に差した剣はそのどれもが華美な装飾を施した一級品である一方で、とてもではないが実用的とは言い難く、儀礼用であることは一目瞭然であった。
そしてもう一つ、その王国騎士団のすぐ隣に整列するは黒を基調とし、肩には校章をあしらった制服を身にまとった集団。アルカネル魔道士士官学校の治安維持組織「シュヴァルツ」である。
白と黒、対照的な様相を呈する二つの部隊は今回、建国際の警備隊として治安維持と王都の警備を担うことになっており、今はそのための最終確認を行っているところであった。
「まずは王国騎士団、ならびにシュヴァルツ各位。此度は建国祭警備の任、誠にご苦労である。特にシュヴァルツの諸君は急な申し出だったにも関わらず快く引き受けてくれたことを心より感謝する。私が王国騎士団団長及び建国祭警備隊の総隊長を務めるクラウディオ・ベルンシュタインだ。以後よろしく頼む」
隊列の先頭に立ち、全員と向かい合うようにして自身をクラウディオと名乗ったその人物は、鐘楼の音にも負けないほどの声量と、その堂々たる立ち振る舞いに相応しい風格を携えた壮年の男だった。
白金の鎧をもってしても、その引き締まった肉体が覆い隠しきれないほどの筋骨隆々。白髪交じりの髪を短く切りそろえており、その精悍な顔付きはまさに歴戦の猛将と呼ぶに相応しいものだった。
というのも彼は七年前の魔物進行を潜り抜けた数少ない魔導士の一人であり、間違いなく王国最高戦力の一角と言える存在なのだ。
そしてもう一人。クラウディオの左隣、ちょうどシュヴァルツの面々と向き合うようにして立っていたルーシアは、クラウディオが名乗り終えるのを見届けると、四大貴族のご令嬢らしい優雅な所作で一歩前に進み出る。
「お初にお目にかかります、アルカネル魔道士士官学校生徒会長及びシュヴァルツ騎士団長を勤めております、ルーシア・フォン・アークストレアです。建国際の警備では主にシュヴァルツの総指揮を執らせていただくことになります。若輩者ではありますが、どうぞよろしくお願いします」
腰まで伸びるプラチナブロンドをたなびかせながら一礼するルーシア。クラウディオとはまた別の意味で洗練されたその所作はどこを切り取っても気品と美しさに満ち溢れており、彼女元来の美貌も相まってか各所から感嘆のため息が聞こえてくる。
「うむ、よろしく頼むアークストレア殿。では早速だが此度の建国際における警備について改めて確認を行う」
クラウディオは懐から一枚の羊皮紙を取出すとその中身に目を滑らせる。
「建国祭の警備は我々王国騎士団とシュヴァルツ、総勢三百名を数人の部隊に分割した上で各部隊に与えられた持ち場で警備を行ってもらう。王国騎士団が庶民街、シュヴァルツが貴族街を主に担当してもらうことになるが、随時状況の変化や新たな情報が入れば適宜連携を取ってもらうつもりだ。ここまでで何か質問のある者は?」
クラウディオはぐるりと周囲を見渡した後、「無いようだな」と呟く。
「では次に、建国際期間中における我々の主な行動指針についてだが……」
その後もクラウディオによる説明は恙なく進んでいき、全体での最終確認は十分程で話がまとまる。それから王国騎士団とシュヴァルツは各組織ごとに別れると、それぞれの最終確認へと移り変わっていた。
「──では、第四小隊は商業区画南部及び西部を、第五小隊も同じく商業区画を巡回しつつ、必要があれば第四小隊との合流及び状況の報告をお願いします。そして第六小隊は──」
団長であるルーシアはシュヴァルツの各部隊長と共に持ち場の確認と隊列の組み直しなど、建国祭警備に関する最終調整を着々とこなしていた。事前にある程度打ち合わせは行っていたのだが、それでも実際に現場に来てみないと分からないことは山ほどあり、特に警備の配置や巡回経路などについては、建国際という大きな行事を滞りなく行うために細心の注意を払わなければならない。
どの場所にどの部隊を配置すれば最も効率がいいか、その配置によって警備の質に差は出ないか、など。ルーシアは頭の中でそれらの問題点と改善案を思い浮かべつつ、各部隊への指示出しを行う。特に今回の建国祭は、直前に『王国の覇者』が地下牢獄から脱獄するなどという前代未聞のアクシデントも発生しているのだ。どれだけ警戒してもしすぎることはないだろう。
それからも王国騎士団の警備体制と照らし合わせながら、ルーシアはシュヴァルツの面々の配置を指示していく。やがて、自分でも納得のいく配置に落ち着いたところで、一人の後輩が声を掛けてきた。
「あの会長、僕は最初どこに向かえばいいですか?」
黒目に黒髪、そして腰に携えた黒い異国の剣が特徴的な後輩、レイコルトだ。童顔気味の顔つきと少しハスキーな声音も相まってか、一回りも二回りも年下に見えてしまう彼は最近、ルーシアが何かと目をかけている生徒だった。
知り合ってまだ月日の浅いレイコルトを何故自分がこうも気にかけているのか、ルーシア自身もハッキリとした理由は分かっていないのだが、それでも彼のことは何故か気になってしまうのだ。それは彼が偏に忌み子という士官学校では異質な存在ゆえなのか、はたまた別の理由か‥‥‥。
「ん~、レイコルト君たちは遊撃部隊だからここ! っていうような場所は無いのよね。でもそうね‥‥‥強いて言うなら、庶民街の商業区画に行ってもらおうかな? あそこは建国祭が始まったら一番人が集まる区画だし、何かとトラブルが起こりやすいはずだから」
「分かりました!! じゃあ早速向かいますね!」
「あ、それと──」
踵を返して駆け出そうとするレイコルトをルーシアは慌てて呼び止める。
「?」
「あまり気を張り詰め過ぎないようにね? せっかくのお祭りなんだからレイコルト君も楽しんで!」
「はい! ありがとうございます」
レイコルトは元気よく返事をすると、すぐさま持ち場へと駆けていく。そんな彼の背中をルーシアはどこか楽しそうに見つめる。
(もし、弟がいたらこんな感じだったのかしら?)
”弟”。存外自分の中でしっくり来たその言葉の響きに、ルーシアは誰にも悟られない程度に小さな微笑みを浮かべると再び自身の仕事へと戻っていくのだった。
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