5.憂鬱、そして欠陥品
エレナの試験が終わると、彼女の試験を見るために集まっていた別グループの受験者も散り散りになり、試験は再開された。
注目株であったエレナの時とは打って変わり歓声などが上がることはなく、粛々と試験は進んでいくのだが、一つだけあきらかに変化したことがある。それが熱気だ。
先ほどのエレナの奮闘ぶりに感化されたのだろう。皆が皆、瞳には燃えるような闘志を宿しており、肌で感じられるほどの緊張感が訓練場内を満たしていた。
そんな、誰もがやる気に満ち溢れた空気感の中──
「次、レイコルト!!」
名前を呼ばれたレイコルトは、どことなく陰鬱な雰囲気を漂わせながら歩みを進めていた。
(はぁ‥‥‥、とうとう僕の番か‥‥‥)
内心で何度目かも分からない溜息をついたレイコルトの足取りは鉛を付けたかのように重く、その中性的な顔には薄く影が差している。
その様子はさながら、敗北が決まっている戦に無理やり駆り出された兵士のようであり、訓練場内の活気と熱意で包まれた空気とは真逆の様相を呈していた。
そんなレイコルトが進んだ先は試験を行う訓練場中央、──ではなく試験監督であるリヴィアの元であった。
一片の迷いを見せずに自分の元に歩いてくるレイコルトに対しリヴィアは、怪訝そうに眉を顰めながらも決して声音には出さずに疑問を投げかける。
「どうした? 浮かない顔をしているが、体調不良か?」
「いえ、そういうわけではないんですが‥‥‥」
レイコルトは言葉が詰まったように押し黙る。
それは、これからリヴィアに伝えることがレヴァリオン王国では異質であり、忌み嫌われるものだということを痛いほど自覚しているからこその躊躇いであった。
少なくとも、こんなにも多くの人がいる場所で公言するべきではないことはレイコルトも重々承知している。
それでも──
(それでも、僕は──)
レイコルトは、瞑目し深く息を吸うと、諦念にも似た覚悟を胸に秘めてリヴィアと目を合わせる。そして短くも濃密な沈黙を引き裂いた。
「僕は‥‥‥、僕は《忌み子》なんです」
「なっ!?」
レイコルトの放った一言にはさすがのリヴィアも予想外だったのだろう。先ほどまでの無表情は崩れ去り、驚きに目を見張っていた。
それはリヴィアだけではなく、先ほどまで喧騒に溢れていた同グループの受験生も皆、一様に息を呑み、動揺しているのが肌で感じられた。
「おい、あいつ今《忌み子》っていったか!?」
「なんで魔法が使えない人がここにいるのよ!?」
「マジかよ‥‥‥、ずっと《忌み子》と同じ空間にいたのかよ俺は‥‥‥?」
そして──
「リヴィア監督! そいつは今すぐ失格にするべきです!!」
「ふざけんな!! なんでお前みたいな奴が、推薦状を貰えてんだよ!!」
「そうだ!! 早く出ていけ!!」
レイコルトが忌み子だと明かした瞬間、受験生達は堰を切ったように罵声を浴びせ始め、その波は他のグループにも波及する。
(はぁ‥‥‥やっぱりこうなるよね‥‥‥)
試験を受けようと決断した時点で、なんとなくこうなることを予測していたレイコルトは諦観めいた気持ちに浸る。しかし、それも仕方がないことなのだろう。
レヴァリオン王国において魔法適性とは、神からの祝福だと信じられており、より多くの魔法適性を持って生まれるほど、神に愛され、寵愛を受けたということの証となり同時に名誉ともなる。
だが、極まれにレイコルトのように魔法適性を持たず生まれてくるものがいるのだ。彼ら彼女らは『神に見放された者』という侮蔑の意味を込め、《忌み子》と呼ばれており古くから差別の対象となっていた。
中には《忌み子》だと分かった時点で自分の子供を殺し、存在を抹消しようとする人もいるほど、この国においては忌み嫌われる存在なのだ。
こういった事情を知っているからこそ、レイコルトは今もなお心無い言葉をぶつけてくる彼らを批判しようとは思わない。
これが当たり前であり、自分に対する正しい反応だと理解しているからだ。
それよりも杞憂なのは試験の方だ。当然だが魔法を使えないレイコルトには魔法試験を受けることが出来ない。
仮に魔法と武術の両方の試験を受けられなければ、強制的に不合格など言われればたまったものではない。
自分にぶつけられる罵倒や侮蔑の言葉を、どこ吹く風といった様子で聞き流しながら、レイコルトはリヴィアの反応を伺っていると──
「静まれッ!!」
「「ッ!?」」
訓練場内全域にリヴィアの怒声が響き渡る。
「全員、それぞれのグループの元に戻れ。まだ試験が終わっていない者もいるだろう!!」
「「し、しかし!」」
「聞こえなかったのか? 全員戻れと言っている!!」
リヴィアの指示に異を唱える受験生達もいたが、更に語気を強めて叫ぶとその迫力に圧倒されたのか、しぶしぶといった様子で彼女の言葉に従っていた。
「それと、レイコルトといったな?」
「はっ、はい!」
急に話しかけられたレイコルトは、無意識のうちに背筋をぴんと伸ばす。
「君の事情はよく分かった。だが念のため君が受け取った推薦状を確認させてくれないか。万が一それが偽造された物の可能性も捨てきれないからな。君を疑うようで本当に申し訳ない‥‥‥‥‥‥」
リヴィアがレイコルトに向ける目は、嫌悪や侮蔑などといった濁った感情が一切入っていない、真剣そのものの眼差しであった。
「いいですよ。それぐらい当然だと思いますので」
「ありがとう、すまないな」
神妙な面持ちで謝罪を口にするリヴィアにレイコルトは大丈夫だと告げると、鞄から推薦状を取り出し、リヴィアへ手渡そうとすると──
「あぁ~、それなら確認する必要はないよ」
「「えっ?」」
突如として響き渡る軽薄な声に、レイコルトとリヴィアは揃って顔を向ける。訓練場の中央部分。そこにはいつのまにか一人の女性が立っていた。
腰に届くほど伸ばされた髪は燃え上がる炎を彷彿とさせるほど赤く、怜悧で端正な面立ちにかけられた黒縁の眼鏡が知的な印象を強調している。
だが、それ以上に印象的なのは彼女の服装であった。漆黒の戦闘衣に身を包み、胸元に着けられ、燦然と輝く徽章はその女性が特別な役職についていることを示していた。
何もない空間から突如として姿を露わにした彼女に皆が警戒の糸を張る中、リヴィアはどこか呆れたような口調で話しかける。
「あの、何度も言ってますが急に空間を飛び越えてくるのはやめてください理事長?」
「えぇ~、いいじゃん。これが私の《固有能力》なんだからさぁ」
理事長と呼ばれた赤髪の女性──セリーナ・フレイムハートのあっけらかんとした態度に、リヴィアは頭が痛いといわんばかりにこめかみをおさえる。
ちなみに今はリヴィアが口にした《固有能力》とは魔法とは別の特殊能力のようなものだ。誰一人として同じ能力を使える者は過去、未来を通して存在せず、その種類はこれまでの世界の人口数に等しいとまで言われている。
ちなみに当然というべきか《忌み子》であるレイコルトには《固有能力》が発現することはなかった。
普通の人であれば十歳前後でその身に授かる固有能力だがレイコルトの場合、いくら待っても、いくら修練を重ねても終ぞ発現することはなかった。
「はぁ‥‥‥もういいです。それより確認する必要がないとはどういうことですか? 彼が《忌み子》だからと差別する気はありませんが、偽造の疑いを晴らす意味でも行ったほうが良いと思いますが」
「ん? だって彼に推薦状を出したのは私だもん」
「‥‥‥はぁ!?」
さらりととんでもないことを告げられたリヴィアは、今までの彼女からは想像もできないような素っ頓狂な声が漏れた。
だが、無理はないだろう。学校の最高権力者かつ、七年前の魔物進行では壊滅寸前だった最前線をたった一人で立て直し、英雄とまで言われた最強の魔導士──セリーナが直々に推薦状を出したというのだ。
学校の制度上それ自体は可能ではあるが、セリーナが誰かに推薦状出したことは設立以来一度もなく、ましてや推薦した相手が《忌み子》とくれば、リヴィアが驚くのは至極当たり前といえる。
普段は滅多に表情を崩さないリヴィアの貴重な反応が見られて満足したのか、セリーナは口元にニコリと弧を浮かべると、視線をレイコルトの方へ向ける。
瞬間、先ほどまでの飄々とした態度が嘘のように変化し、どこか優しさのこもった声音で言葉を紡ぐ。
「久しぶりだね、レイ」
「えぇ、お久しぶりです。師匠」
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