10.過去、そして舞踏会
「ちょ、ちょっと待ってください師匠!! どうしてシラリアが‥‥‥!?」
予想の斜め上を行くセリーナの発言に、レイコルトは思わず座っていたソファから勢いよく腰を浮かすと、食い気味に上半身を乗り出した。
シラリアが当時警備隊長の任を任されていた? そんなことはありえない。レイコルトがこう言い切れる理由。それはシラリアの家柄が関係している。シラリアの家は代々従者の家系であると初対面の時に語っていたことをレイコルトは覚えているし、普段の彼女の立ち振る舞いからしてもそれは明らかだ。
そしてレヴァリオン王国のヒエラルキーに当てはめれば、従者の家系は下から数えた方が早いほど低いものだ。魔法至上主義を謳っているこの国においても身分の上下関係というものは非常に大きな意味と力を持ち合わせており、どれだけシラリアが当時の時点で優秀な力を有していたとしても王国騎士団を抑えて警備隊長という要職には就けないはずなのである。
このようにセリーナの言葉を否定しようと思えばいくらでも材料はある。しかし、レンズ越しに向けられる瞳が、纏う雰囲気が虚勢や作り話でないことを如実に物語っており、それがまたレイコルトの思考を困惑に陥らせていた。
「その様子だと、シラリアはまだ君には話していないみたいだね、自身の家のことを‥‥‥」
深いため息を吐き出しながらセリーナは一度天井を仰ぎ見ると、再び視線をレイコルトへと戻す。
「? どういうことですか?」
「そのまんまの意味だよ。シラリアの家、つまりセルネスト家はただの従者の家系なんかじゃない。この国にただ一つ、唯一王家に仕えることを代々義務付けられた、いわば王家専属の従者の家系なんだよ」
「なっ!?」
再び訪れる衝撃。告げられた情報の密度と内容に、思わず言葉を詰まらせたレイコルトは、必死に頭を働かせてセリーナの言葉を噛み砕いていく。
まさか、そんなことがあり得るのだろうか? しかし現にセリーナが嘘をついている様には見えないし、何よりセリーナは他人の過去を面白おかしく偽り、第三者に語る様な人物ではない。つまりは全て真実。
「シラリアが警備隊長に任ぜられたのは、セルネスト家として王家から一定の信頼を得られていたからと同時に、あの子が当時『氷姫』という二つ名を与えられるほど優れた固有能力の使い手として名を馳せていたからだよ」
「『氷姫』‥‥‥、それって確かエレナが言ってた‥‥‥」
ポツリと呟いたレイコルトの脳裏に、ふと直近の記憶が蘇る。ネウレアの樹海での一件の際、魔王教団が目的としていた人物の一人がそんな二つ名で呼ばれていたはずだ。結局その後は誰だか聞けずじまいだったが、まさかそれがシラリアのことだったとは。
「セルネスト家としての王家からの信頼、そしてシラリア自身の実力。この二つが揃っていたからこそ、シラリアは警備隊長として抜擢され、『王家の紋章』を警備する任を任された。中には反対する声もあったらしいけど、シラリアの両親が「我々の娘なら必ずやり遂げてくれる」と無理やり押し通したみたいだね」
「でも、『王家の紋章』は盗まれた」
レイコルトは視線を落とし、自身の手のひらを見つめる。
「うん、いくら事態が丸く収まったとはいえ一度盗まれたことに違いはない。建国祭が終わった後、すぐに責任の所在と追及の声が始まってね、そこで真っ先に槍玉に挙げられたのがセルネスト家だった。王家からの信頼の厚さがその時ばかりは仇になってね、シラリアと両親には多くの非難が浴びせられた。特にセルネスト家を快く思っていなかった貴族や他の従者の家々からのバッシングは相当なものだったらしい。幸い、それまでセルネスト家が築き上げてきた実績と王家からの恩赦のおかげで取り潰しこそ免れたものの、セルネスト家は専属従者としての役目を下ろされ、特に現場で警備にあたっていたシラリアは家からの追放を言い渡された」
「なっ!? そんなのって‥‥‥!!」
柄にもなく声を荒げたレイコルトは、思わずソファから腰を浮かすがセリーナはそれを片手で制す。
ハッ、と我に返ったレイコルトは浮かせた腰を再びソファに沈めると、行き場を失った感情の捌け口を探そうと視線をさ迷わせる。
「‥‥‥っ、すみません師匠。でも‥‥‥、そんなの理不尽じゃないですか。たった一度の失敗で家から追放なんて」
「それが貴族社会ってものなのさ。たった一度、されど一度。上流階級に位置する者はそんな小さなミスも決して見過ごさない。蹴落とし、糾弾し、そして少しでも自分たちの地位を優位に立たせようと躍起になる。むしろセルネスト家はよくその程度の被害で済んだほうだよ」
「‥‥‥でも、それはシラリアが追放されたからでしょう?」
言い表しようのない感情をぶつけるように、レイコルトはギュッと拳を強く握りしめる。
「あぁ、そうだ」
「間違ってます。だって、シラリアは何も悪くない。ただ自分の家の責務を全うしようとしただけじゃないですか」
「‥‥‥そうだね。確かにシラリアは何一つ悪いことはしていないよ。でも、それが現実だ。貴族社会に生きる人間にとって、そんな正論はなんの意味も持たない。むしろ邪魔な存在でしかないのさ」
「‥‥‥師匠は、それでいいと?」
「良いも悪いもない。それが貴族社会、そしてそれがこの国の在り方だ。今更私が口を挟んだところで何も変わりはしないよ。でも──」
そこで一度言葉を区切ったセリーナは、その瞳に剣呑な光を宿しながらレイコルトを真っ直ぐに見据える。
「私の立場も、権威も、全てを投げ打って一人の人間として言わせてもらうなら、シラリアが受けた仕打ちを肯定することは到底出来ない。だからこそ三年前、追放され、行く当てのなかったシラリアを私はメイドとして家に迎え入れた」
「そう、だったんですか‥‥‥」
ようやく点と点が線で結ばれたよう感覚。レイコルトはソファの背もたれに体を預けると、大きく息を吐き出した。
シラリアが失敗に対して過敏に反応していた理由。そして常に完璧であろうとする姿勢。今まではそういう気質なのだろう程度しか考えていなかったが、まさかそんな理由があったとは。
「どうにかしてあげられないんですか? その、例えば追放を取り消すとか……」
「それは難しいだろうね。一度追放した者を再び家に戻すなんて、それこそ王家のメンツに関わる。それにシラリア自身も家族に対して負い目を感じているようだし、今更家に戻るなんて考えは微塵もないだろうね」
「‥‥‥そう、ですよね」
レイコルトは力なく項垂れると、ソファの背もたれに体重を預ける。
そうだ、セリーナも言っていたではないか。貴族社会では正しさなど何の意味も持たないと。誰が庶民であるレイコルトの声に耳を貸すだろうか。ましてやレイコルトが今胸中に抱えているこの思いは、当のシラリアすら望んでいない単なるエゴだ。自己満足だ。そんな感情に任せただけの、何の根拠もない言葉に一体どれほどの価値があるというのだろう。
レイコルトは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
出来ることなど一つもない。そう自分の中で結論付けたレイコルトは、しこりのように残る感情を全て呑み込もうと、静かに瞼を下ろしたその時──
「でも、できないことがないわけじゃない」
「えっ!?」
思わぬセリーナの言葉に、レイコルトは思わず閉じていた瞼をパッと見開く。
「し、師匠? それってどういう‥‥‥」
「そのままの意味だよ。シラリアの傷を癒すなんて大層なことは出来ないけど、それでもシラリアが少しでも前を向けるように、あの子の傷を少しでも軽くしてあげることくらいはできる、かもしれない」
「ほ、本当ですか!?」
レイコルトはソファから腰を浮かし、セリーナに詰め寄る。そのあまりの勢いに思わず仰け反るセリーナだが、すぐに体勢を立て直し、コクリと一つ頷いた。
「で、ですが師匠! どうやって‥‥‥?」
「それは今から説明するよ。いいかいレイ?。建国祭では毎年、最終日のパレード直前に招待状を受けた人たちだけの舞踏会が開かれるんだ。そして当然そこには王家の人たちも参加するし、護衛の人たちもその場に姿を現す。ここまではいいかい?」
「は、はい」
「よし、なら次だ。今年の王家の護衛、その任務を与えられたのは他でもない、セルネスト家なんだ。つまり舞踏会の場にはシラリアの両親も姿を現わすことになる。そして──」
そう言ってセリーナは黒の戦闘衣から見るからに上質な紙で包まれた封筒を取り出すと、それをレイコルトへと差し出す。
「これは‥‥‥?」
「招待状だよ。もちろんさっき説明した舞踏会のね?」
「えっ!?」
レイコルトは手渡された封筒をひっくり返すと、そこに書かれた文章に目を通す。堅苦しい言葉遣いばかりで書かれているため、内容はいまいち理解できないが、それが間違いなくセリーナ宛てに届けられた舞踏会の招待状であることだけは読み取ることが出来た。その証拠に王家の印でかたどられた魔法印が封蝋として押されている。
「師匠も招待されていたんですね」
「まぁ、一応この学校の理事長だからね。毎年のように招待状は送られてくるよ」
「そ、そうだったんですね‥‥‥」
そうだ。普段の飄々とした態度のせいで忘れがちになってしまうが、セリーナはれっきとしたこの学校の理事長であり、レヴァリオン王国では『英雄』とまで称されるほどの大魔導士なのだ。そんな彼女に招待状が届くのはある種自然と言えるだろう。
レイコルトは改めてセリーナの偉大さを実感すると、受け取った封筒をセリーナへと返す。
「でも、これがどうかしたんですか?」
「うん、これを君に譲ろうと思ってね」
「えっ!?」
レイコルトの驚愕を露わにした声が、理事長室内に響き渡る。
「ど、どういうことですか? 急に何で!?」
「言っただろう? この舞踏会にはシラリアの両親も訪れるって。そしてその招待状があれば、舞踏会に参加することが出来る。つまり──」
「‥‥‥えっ!? まさか、冗談、ですよね師匠?」
セリーナの言わんとしてることをいち早く察したレイコルトの表情が、みるみるうちに青ざめていく。いや流石のセリーナもそんな無茶なことは言わないだろう。
しかし、そんなレイコルトの淡い希望を砕くかのようにセリーナはニコリと笑みを浮かべた。
「そのまさかだよ。君がシラリアとこの舞踏会に参加して、両親との会話の場を設けるんだ」
「ええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
読んでいただきありがとうございます!
この小説を読んで
「面白い!」
「応援したい!」と少しでも思っていただけたら↓の★★★★★といいねを押していただけると嬉しいです。
ブックマークもお願いします。
読んでいただいている皆さんの反応が作者のモチベーションに繋がります!
どうかよろしくお願いします!




