9.王家の紋章、そして王国の覇者
「『王家の紋章』?、それがどうかしたのかい? 」
午後の授業を全て終えた放課後。普段であればエレナと共に訓練場で自主練習に勤しんでいるこの時間だが、彼女の刀は現在、修繕のために『ヘクセリア』へと預けられてしまっているため、戻ってくるまでの当面の間は中止ということになっている。
シラリア、リリア、ルークの三人も各々放課後の過ごし方が既に決まっていたらしく久しぶりに過ごす一人の放課後をどう埋めようか校内を散策していた矢先、自身の師匠であり、この学校の理事長でもあるセリーナに偶然にも出くわしたレイコルト。
学校の理事長であり国の英雄とまで称されているセリーナは、その多忙さゆえか校内で見かけることはおろか、レイコルトが居候させてもらっている家に帰ってくることも滅多に無く、こうして顔を合わせるのは実に三週間ぶりのことだった。
「はい、お昼の休憩時間にその話を聞いてから少し気になってて。師匠なら何か知ってるかなと思ったんですけど……」
理事長室に通され、セリーナが手ずから淹れてくれた紅茶を口へと運びながらレイコルトはそう答える。
(濃いなぁ‥‥‥)
口いっぱいに広がる芳醇な香りと強い渋み。前回だされた紅茶は風味が感じられないほどに薄味だったが、今回はその真逆。蒸らす時間を多くとりすぎたようで、紅茶本来の味や香りを味わうには少々苦すぎる味わいだ。
「ふむ、『王家の紋章』か。確かによく知っているし、なんなら実物も見たことがあるけれど……」
「けど‥‥‥?」
ローテーブルを挟みこむように設置されたソファの片側。革張りで座り心地の良い黒色のソファに深く腰掛け、レイコルトの対面に座りこんだセリーナは微妙な表情を浮かべながら紅茶を啜った。
「一つ確認してもいいかな? その話が出た時シラリアは居たかい?」
「えっ? シラリア、ですか?」
脈絡なく出てきた専属メイドの名前にレイコルトは首を傾げる。
「うん、白髪で可憐で妖精みたいで思わず抱きしめたくなって、あわよくば君とムフフな展開にでもならないかなと密かに私が期待しているシラリアだ」
「最後のは聞かなかったことにしますね」
曲がりなりにも教職者にあるまじき発言をしたセリーナにジト目を向けながら、レイコルトは記憶の糸を手繰り寄せる。
「居ましたよ。一緒にお昼を食べてましたから」
「‥‥‥なるほど。ちなみに彼女は何か言っていたかい?」
「いえ、特に何も。ただ少し様子がおかしかったような気もしますが‥‥‥」
「そうか‥‥‥、やはりまだ‥‥‥」
腰まで届く豪奢な赤髪をサラリと垂らしながら、セリーナは紅茶の水面に写る自分の顔を物憂げに見つめる。黒縁メガネの奥に見える真紅の瞳は心配とも不安とも取れる複雑な輝きを宿していた。
「それで師匠。シラリアがどうかしたんですか?」
「‥‥‥ふぅ、本当ならシラリア自身から話すのを待つべきなんだろうけど、まぁ君になら話しても問題ないだろう。シラリアも君のことは深く信頼しているみたいだしね」
しっかり数秒、長い熟考の末、セリーナはそう結論づけると紅茶を一気に煽ってローテーブルの上に置き、レイコルトに向き直った。
「まず『王家の紋章』についてだけど、これ自体は特段大したものでも無いんだ。初代国王から現国王までずっと受け継がれてきた王家の証であり、その権威の象徴でもある宝具。普段は城の地下深くにある宝物庫に安置されていて、毎年建国祭の期間だけ王国博物館に一般公開されていた。その程度の認識で構わないよ」
(されていた‥‥‥、か)
つまり、リリアが話していた三年ぶりに公開されるという発言と合わせて推測するに、この三年の間は公開できないような事情があったということか。
僅かに目尻を横に伸ばすレイコルト。その表情からレイコルトの考えを汲み取ったのか、セリーナはコクリと小さく首肯する。
そして一拍間を置くと、再び口を開いた。
「──盗まれたんだ。王国騎士団による厳重な警備をかいくぐって、『王家の紋章』が。それもたった一人の魔導士によってね」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「盗まれた、ですか? 」
レイコルトはセリーナの口から出た思いもよらぬ言葉に思わず自身の耳を疑う。アルカネルでも最強と謳われている王国騎士団の厳重な警備をかいくぐり、しかもそれがたったの一人によって成されたというのだから、その衝撃は計り知れない。
「うん。建国祭二日目の夜、当時警備にあたっていた騎士団と警備隊長をたった一人で壊滅させ、そのまま『王家の紋章』を盗み出し逃走。幸い犯人も『王家の紋章』も翌朝までには確保されたから一般の人たちに知れ渡ることなく事態は収束したけどね。当然三日目の公開は中止、次の年からも警備体制の見直しと人員の増員が終わるまでは一般公開が見送られることになり、それが今年なってようやく解除されたというわけさ」
ヒョイと肩を竦めてみせたセリーナは、一度に語りすぎたせいか乾いた唇を潤すように再び紅茶に口を付けた。
「そんなことが‥‥‥、それでその犯人はどうなったんですか?」
「今は王城の地下千メートル下に作られた特別監獄で厳重に拘束されているらしい。なにせ相手はあの『王国の覇者』とまで呼ばれた魔導士だからね。いくら万全に万全を期しても足りないよ」
『王国の覇者』、その二つ名ならレイコルトも国を放浪してた時に聞いたことがある。本名は『ゼノン・グリフィス』。極限まで鍛え上げらえた肉体と、強力無比な固有能力は何人たりとも寄せ付けることを許さず、かつては不定期に開催される魔導士同士のトーナメントにおいて無敗を誇っていたという生ける伝説。最近ではめっきりその名前は聞かなくなっていたのだが、まさかこんなところでその名前を聞くことになろうとは。
「さて、これで前振りの話題はお終い。ここからが本題、何故私がシラリアについて聞いたかだ。正直君もそっちの方が気になっていたんじゃないかな?」
ソファに座りなおしたセリーナは肘置きに両肘を乗せ、組みあわせた手の上に顎を乗せる。まるで審問官が被告人に判決を言い渡すかのようなその迫力に、レイコルトは思わず居住まいを正して傾聴の姿勢をとった。
「まず一つ、私は先ほどあえて一箇所だけ意図的に不自然な言い回しをしたんだけど、どこだか分かるかい?」
「‥‥‥いえ、まったく」
数秒の沈黙の後、首を横に振るレイコルト。そんなレイコルトに特に落胆した様子も見せずにセリーナは淡々と言葉を続ける。
「『王家の紋章』が盗まれたくだりの時、私はこう言ったはずだ。『当時警備にあたっていた騎士団と警備隊長をたった一人で壊滅させた』ってね。わざわざ騎士団と警備隊長を別ける必要なんてなかった、そうは思わないかい?」
「あっ‥‥‥、確かに」
セリーナのその一言でレイコルトもようやく彼女の言わんとすることに気づく。当時『王家の紋章』の警備に当てられていたのは王国騎士団ただ一つのみ。ならば当然、警備隊長も王国騎士団から選出されているはずであり、そこを分ける理由など本来は無いはずなのだ。しかし、セリーナはあえてそこの二つを分け、王国騎士団と警備隊長という言い回しに変えた。それが意図するところはつまり──
「警備隊長は王国騎士団所属の人ではなかった、そういうことですね」
「ご名答。流石私の弟子だね、察しが良くて助かるよ」
パチパチと控えめに手を叩いてみせるセリーナ。その反応にレイコルトは少しだけむず痒い感覚を覚えるが、すぐに平静を取り繕うと話の続きを促す。
「それは分かりましたけど、でもそれがシラリアとどう関係しているんですか? 」
「大ありだよ。なにせ当時その警備隊長の任を任されていた張本人こそシラリアだったんだから」
「‥‥‥えっ?」
淡々と語られたシラリアの過去。そのあまりの衝撃に黒曜石の瞳は動揺に揺れるのだった。
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