7.既視感、そして生徒会長
更新が遅れて申し訳ないです‥‥‥。ストックが切れてるので十中八九このペースでの更新がデフォ化すると思います。
「まずいなぁ、ちょっと間に合いそうにないぞ‥‥‥」
アルカネル魔道士士官学校の校内。隅々まで丁寧に清掃が行き届いた白磁色の廊下をレイコルトは一人、足早に駆けていた。夏本番前のじわじわとした暑さは走るだけでも制服の内側をじっとりと濡らし、その鬱陶しさに思わず足を止めそうになるがそうはいかない。
なにせ次の授業は特に遅刻に対して厳格なリヴィアが担当する魔法座学なのだが、必要な教材を教室に置き忘れるという痛恨のミスをしてしまったレイコルトは、現在こうして教室まで急いで戻っている真っ最中なのである。
今現在レイコルトがいるのは特別講義棟の二階。ここから教室までは階段を使い一階まで駆け下りてから中庭横の通路を突っ走り、そこからさらに一番奥に位置している『1-1』の教室まで戻る必要がある。このペースでは間に合いそうにない。ならば──
「ちょっと無謀だけど、この高さなら‥‥‥」
直線に伸びる通路を猛然と駆けていたレイコルトは、急速に体の向きを九十度左に転換。そのまま開けっ放しになっていた窓枠に足をかけると、空中に身を投げ出した。
「くぅぅぅッ!!」
画期的なショートカットもとい、ただの危険行為。見つかれば当然反省文ものであるが、幸い授業前ということもあってかレイコルトの所業を咎める人物は誰もいない。着地と同時に足裏から突き抜ける衝撃に顔を顰めながらもレイコルトは中庭を抜け、教室棟への入り口に差し掛かったその時、レイコルトはふと人の気配を感じた。
直角に折れ曲がった通路の角から、顔が見えなくなる高さまで書類を抱えた一人の人物が姿を現した。
(まずい、僕が見えてないのかっ!?)
山ほど積み上げられた紙の束はこちらの姿を完全に覆い隠しているらしく、レイコルトに気づいた様子はない。
止まらないと!! 直感でそう判断したレイコルトは足裏に力を込め、急ブレーキをかけようとしたのだが──
「っ!?」
上手く力が入らず、足がもつれてしまう。どうやら二階から飛び降りた際の痺れが抜けきっていなかったらしく、レイコルトはそのまま止まることも出来ずに書類の山とその持ち主に激突した。
──ドンッ!!!
「う、うわわわッ!?」
「きゃぁッ!?」
教室棟の廊下に響き渡る鈍い音と二つの声。
書類の束が宙に舞い陽光を受けてキラキラと輝く中、レイコルトとその人物は弾かれたように尻もちをつく。幸い書類の山がクッションとしての役割を担ってくれたのか直接ぶつかり合うような事態は防げたみたいだが、それでも一瞬聞き取った声音から判断するに相手は女性だ。受け身をとったレイコルトはすぐに起き上がると、尻もちをついたまま片手で頭をおさえているその人へと駆け寄った。
「すいません! 大丈夫ですかっ!?」
「え、えぇ。私は全然‥‥‥。貴方は?」
腰まで伸びたプラチナブロンドの長髪を左右に揺らしながら、水色の瞳で心配げに見上げてくる一人の女生徒。スンッと透き通るような声音と、まるで精巧な人形のように整った相貌。長いまつ毛で縁取られた大きく柔らかな目には優しげな雰囲気が宿っており、レイコルトの第一印象は『面倒見の良いお姉さん』だった。しかし、
(この人、どこかで‥‥‥)
記憶の片隅によぎる既視感。制服の胸元にあしらわれたリボンは二年生を示す青色で彩られており、一年生であるレイコルトとの面識はないはずなのだが。
女性らしいしなやかさを持ちつつも力強さも感じさせる手を引いて立ち上がる補助をすると改めて謝罪の言葉を口にする。
「本当にごめんなさい。あの‥‥‥お怪我とかありませんか?」
「気にしないで、私も横着して一度にたくさんの書類を抱え過ぎたのが悪いんだもの」
「い、いや、でも‥‥‥」
「はい、お互いに自分の非を認め合ったんだからこのお話はこれでおしまい。ね?」
パチっと音がしそうなほど綺麗なウィンク。端麗な容姿と年上っぽい印象とは正反対の、可愛らしい仕草に不覚にもドキリとしてしまったレイコルトは誤魔化すように「書類を拾うの手伝いますね」と申し出た。
軽く百枚は超えてそうな書類の数々。床いっぱいに散乱したそれらを二人で手分けしてかき集める途中、何の気なしに一枚、チラリと書かれている内容に視線を向けたレイコルト。そこに記されていた内容は、
(これは‥‥‥決算書?)
そう言った方面に学がないため詳しい内容までは読み取れないが、どうやらそれは昨年の学校内で使われた備品や消耗品、さらには学校行事の費用までをも事細かに記した決算書のようなものらしい。
他の書類も全て一般の生徒が目を通すことのできないようなものばかりであり、レイコルトはそこで初めて目の前の先輩の正体に思い至った。
「あの、先輩ってもしかして生徒会の方だったりしますか?」
「えぇ、そうよ。というかもしかして今まで気づいてなかったの?」
「はい、その、全く」
申し訳なさそうにそう答えるレイコルトに、少女はクスリと笑みをこぼすと、
「あ~あ、そっかぁ。先輩傷ついちゃうなぁー。これでも生徒達の模範になるよう頑張ってるのになぁ」
「うっ‥‥‥、すいません」
わざとらしく拗ねてみせる先輩。レイコルトが素直に謝罪の言葉を口にすると、「よろしい」と言って再び笑みをこぼした。
「私はルーシア・フォン・アークストレア。一応、この学校の生徒会長を務めさせてもらってるの。よろしくね」
「生徒会長‥‥‥、あっ、そうか!」
再び記憶の片隅に閃く既視感。ルーシアの言葉でようやく合点がいったレイコルトは小さく声を上げた。確か入学式の際、在校生の代表として壇上に上がっていたのが彼女であり、その時の堂々たる振る舞いが意識せずとも記憶の片隅へと焼き付いており、それが先ほど再び掘り起こされたのだろう。
小さく思考の一部を占領していた既視感の正体もこれで解消され、書類を拾う作業もあらかた片付いたレイコルトは、ルーシアにとある提案を投げかけた。
「あの会長。良かったらこれらの書類、半分だけ僕が持ちましょうか? 一人だと大変でしょうし、さっきみたいにまた誰かとぶつかってしまうかもしれませんから」
「それはありがたいけど、いいの? あなたも急いでるんでしょう?」
「全然大丈夫ですよ。今から急いでも間に合いませんし、それなら会長のお手伝いをしていたっていう免罪符を頂けた方が僕としても助かりますから」
近くの教室からのぞく時計を見てみると時刻はすでに授業開始の時刻を回った直後であり、遅刻の確定を告げる鐘の音が無情にも鳴り響いていた。ならばこれ以上遅れたところで大差はないだろうと、レイコルトは肩を竦めて見せる。
「あら? かわいい顔して存外強かなのね」
「顔は関係なくないですかね!!??」
「ふふっ、冗談よ。それじゃあお言葉に甘えて、半分だけお願いしようかしら」
「あははは‥‥‥」
乾いた笑いを溢しながら、レイコルトは書類の半分を受け取るとそれを両手に抱える。どうやらこの生徒会長、いかにも『お姉さん』らしい外見や雰囲気とは裏腹に、意外と茶目っ気のある性格のようだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ねぇ、あなたレイコルト君でしょ?」
書類の束を半分こにし、二人で生徒会室へと向かう道すがら。隣を歩くルーシアが不意にそう問いかけてきた。
その口調はどこか確信めいたものを含んでおり、レイコルトが「どうして知ってるんですか?」と聞き返すと彼女はどこかしたり顔のようなモノを浮かべた。
「だって君、先生や上級生の間ではちょっとした噂になってるのよ。とんでもない新入生がいるぞぉー!って」
「そ、そうなんですね‥‥‥」
「えぇ、それに特徴だってピッタリ。黒目に黒髪、腰に黒い刀を差してる一年生の男の子。君で間違いないわ」
「ちなみにその噂っていうのは‥‥‥?」
十中八九良い噂でないことは確信を持って言えるが、それを知る恐怖心よりも好奇心の方が上回ったレイコルトは恐る恐る尋ねてみる。するとルーシアはどこか楽しげに瞳を輝かせると、弾んだ声音でこう告げた。
「例えば入学式早々に決闘を行って相手を病院送りにしたとか、何人もの女生徒を誑かしてハーレムを築いている女の敵だとか、あと実は性別を偽ってるんじゃないか、とかかしら?」
「噂に尾びれが付きすぎてる‥‥‥。っていうか最後のに関しては事実無根もいいとこですよねっ!?」
「あら? 私としては最後のが一番的を射ていると思うのだけど」
「勘弁願いたいなぁ‥‥‥」
噂は誇張されるのが相場とはよく聞くが、さすがに尾びれが付きすぎではないだろうか。確かにルーシアの指摘通りエレナやシラリア、リリアの三人とはよく一緒に行動している自覚はあるが、ハーレムを築いているなんて事実はないし、そもそもレイコルトにそんな甲斐性はない。
「それと──」
「ん?」
「──魔法と固有能力が使えない」
「──っ」
ポツリと呟かれたルーシアの一言。それを聞いたレイコルトは小さく息を呑んだ。
「それは‥‥‥」
おそらく、いや確実に彼女はそれが噂ではなく事実だと知っている。口調が、仕草が、揺れている瞳がそれを物語っている。《忌み子》という蔑称を口にしなかったのは、彼女のなりの優しさからくるものだろうか。
「あ、誤解しないでね。別に君がそうだからって差別したいわけじゃないの。ただ、レイコルト君がこの学校で嫌な思いをしてるんじゃないかなって少し心配してたの‥‥‥。不快に感じたならごめんなさい」
「‥‥‥いえ、大丈夫です。むしろ僕なんかにまで気を回させてしまってすみません」
「いいのよ私は先輩でこの学校の生徒会長なんだから、このくらい当然。でも、本当に無理はしないでね。何か困ったことがあったら遠慮なく相談してくれていいし、私じゃ力になれないことでも他の先生や先輩ならきっと力になれると思うから」
「はい、ありがとうございます」
そう言ってレイコルトが微笑むとルーシアもニコリと笑い返す。
それからしばらく他愛もない会話をしながら進み、二人はようやく目的地である生徒会室へと辿り着いた。生徒会室は特別講義棟の最上階である四階に位置しており、入り口の扉も他の教室とは違った重厚な木製造りになっている。
ルーシアはポケットから取り出した鍵で扉を解錠すると観音開き式の扉の片側を肩で押し開けながら、レイコルトを中に招き入れた。
真っ赤な絨毯が敷き詰められた部屋は外観と同じで白磁色の壁に、曇り一つない窓ガラス。部屋の中央には会議用の机が長方形の形で置かれており、その周りを囲むようにして六脚の椅子が設置されている。
入り口から見て右側には壁に沿うように設置された本棚には年季を感じさせる古書が所狭しと並べられており、その数ある背表紙の中には魔法に関する専門的な書物もいくつかあるようで反対の左側はおそらく休憩用の空間なのか、見るからに座り心地の良さそうなソファやテーブルが設置してあった。
「あっ、その書類はそこの机に置いておいてね」
レイコルトはルーシアの指示に従って書類の束を、部屋の中央に設置されていた会議用の机にそっと置く。
「ふぅー、ありがとうレイコルト君。おかげで助かったわ」
普段からトレーニングなどで鍛えているレイコルトはともかく、女性で、しかも華奢な体つきをしているルーシアはさすがにこの量の書類を抱えて運ぶのは大変だったのだろう。ジンワリと張り付く熱気を逃がすように、制服の襟ををパタパタと仰ぎ始めた。
「あ、あのそれじゃ僕はここで失礼しますね。授業に行かないとなので」
レイコルトをからかうためのわざとなのか、はたまたルーシアが無防備すぎるだけなのか。どっちにしても美少女である彼女のその行動はあまりに目に毒であるため、レイコルトは気恥ずかしさを誤魔化すように早口で退出の意を告げた。
「そう? ならまた今度、このお礼させてね」
「はい。それでは」
ぺこりと一礼して生徒会室を後にするレイコルト。本来の目的である教科書を取り忘れていることにレイコルトが気づいたのは、勢いよく講義室の扉を開け放った直後だった。
読んでいただきありがとうございます!
この小説を読んで
「面白い!」
「応援したい!」と少しでも思っていただけたら↓の★★★★★といいねを押していただけると嬉しいです。
ブックマークもお願いします。
読んでいただいている皆さんの反応が作者のモチベーションに繋がります!
どうかよろしくお願いします!




