4.武器屋、そして裏路地
「ごめんねレイ、わざわざこんなところまで付き合わせちゃって」
「それは気にしないでいいんだけど、本当に僕で良かったの? 正直あんまり力になれる気がしないんだけど‥‥‥」
「いいのいいの。レイなら絶対大丈夫だって」
「うーん、まぁそこまで言うなら‥‥‥」
丁寧に舗装された石畳みの街路。レンガ造りの建物が左右に立ち並ぶ大通りを、レイコルトとエレナは肩をならべて歩を進めていた。
あれから時は流れて放課後。レイコルトはエレナに誘われるがまま向かったのは貴族街のとある一画であった。アルカネルの西側に位置する貴族街はその名の通り富裕層向けの住宅や商店が立ち並ぶ区画のことであり、そこはさらに細かく四つの区域に分けられている。これは偏に生活の利便性を考慮した結果であり、レイコルトとエレナが向かったのはそのうちの一つの商業区画であった。
アルカネルの東側、つまり庶民街に居を構えるレイコルトにとってはあまり馴染みのない貴族街だが、そんなレイコルトを誘ってまでエレナがここに赴いたのにはもちろん訳がある。それは──
「早く、この子の意思を継いでくれる武器を探さなきゃ」
憂いとも決意とも取れる表情を浮かべながらエレナは、左腰に携えられた刀の柄にしなやかな指を這わせる。パッと見た限りでは何の異常もない普通の刀。しかし実際は鞘に納められた刀身部分が中間あたりからぽっきりと折れてしまっており、とてもではないが武器として使い物になる状態ではなかった。
「修繕は無理だって言われたんだよね?」
「えぇ、なんでもこの刀かなり昔に製造された物らしくて、今ではもう素材となる鉱石もほとんど市場には流通していないらしいの。だから修理するよりも新しく買い直した方が早いし、それにお金もかからないって」
「そっか‥‥‥」
レイコルトやエレナのような戦士にとって武器とは半身そのものだ。戦場で命を預ける相棒でありこれまで共に死線を潜り抜けてきた戦友でもある。使い込んだ年月が長ければ長いほど思い入れも深くなるし、いづれ来る別れも辛くなる。エレナがあの刀と一体どれだけの月日を共にしてきたのか、レイコルトには分からないが、それでも同じ剣士として武器を見つめる彼女の瞳にはどこか悲哀にも似た色が滲んでいることだけは見て取れた。
「それなら、エレナの想いを受け継げるような武器を見つけないとね」
レイコルトはせめてもと、エレナを元気付けるようにいつもより数段明るい口調を意識して言葉を紡ぐ。
そんなレイコルトの心遣いが伝わったのだろう。少しうつむき加減だったエレナは顔が上がるとそのまま傍らの少年を見上げ、
「ありがと」
嬉しそうにお礼を告げたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「これなんかはどうだい? 嬢ちゃんの体格にも合ってると思うんだが」
無精ひげを蓄え、どこか荒くれ者めいた印象を周囲に漂わせる男店主が示したのは一振りのロングソードであった。二人が今いるのは貴族街の一画に軒を構える武器屋の店内。魔法優位思考が根強いアルカネルにおいて武器と言えば、魔法の発動を安定させ威力も底上げする杖であり、剣や槍などの金属武器といったものを扱う店は極々少数であった。
そしてここはそんな数少ない店の一つ。武器屋ということもあってかオシャレな装飾やキラキラとした、いかにもな店とは程遠い無骨な外観と内装。壁には商品と思わしき槍や斧、また珍しいものでいえば大鎌などが所狭しと掛けられており、そのどれもが一目見ただけで業物だとわかるほど見事な造りをしていた。
「う~ん、なにか違うのよね。重心、かしら?」
数回、軽く渡されたロングソードをブンッ!、ブンッ!と振ってみるもいまいちしっくりと来ないのか、エレナは首を傾げる。
「ならこれはどうだい? そいつより長さは短いが、その分軽くて重心も手元に来るように作られてる」
そう言って次に店主が渡してきたのは、エレナが手にしている物より幾回りか刀身の短い両刃の直剣。いわゆるショートソードと呼ばれる片手剣であった。
「ちょっと試し斬りしてみてもいいですか?」
「あぁ、もちろん。そこに藁人形があるだろう。そいつで試してみな」
店主が指し示した先には確かに、成人男性程の高さの藁束が壁にかけられてあった。エレナは「ありがとうございます」とお礼を言って藁人形を店の中央に移動すると、周囲に人がいないことを確認してそのショートソードを腰だめに構える。そして一拍、スッと肺を酸素で満たすと、
「ハッ!!」
鋭い踏み込みと共に一閃。気迫は十分、剣速も申し分なく、レイコルトの眼から見ても見事の一言に尽きる一撃だったが、
「あら?」
エレナの放った一閃は藁人形を斬り裂くに至らず、胴体のちょうど真ん中あたりでガッチリと受け止められていた。ショートソードの刀身部分に刃こぼれなどの異常は見られず切れ味は問題ない。使用者がエレナだということも加味すると単純な力量不足とも考えづらい。となると理由は一つ──
「使用感の違い、か‥‥‥」
武器にはそれぞれ最も適した使い方というものがある。例えば今、エレナが手にしているショートソードやロングソードのような両刃剣は”叩き斬る”ような使い方を得意としてる。一方、レイコルトやエレナが使っている刀はどちらかというとノコギリのような”引き斬る”ような使い方を得意としており、その使用感は同じ刀剣類であったとしても大きく異なってくる。
今までずっと刀を愛用してきたエレナの体には、おそらく無意識下のうちにその使い方が染みついているのだろう。だからこそ、他の武器を使うと僅かな違和感が生じてしまい、その違和感が剣筋を鈍らせたのだろう。
「う~ん、やっぱり嬢ちゃんには刀が一番あってるのかねぇ?」
「そう、みたいですね。ここには置いてないんですか?」
「なにせ異国の武器ってこともあってか、中々入手しづらくてね、在庫はゼロだ。むしろ何でお前さん方二人がそんな珍しいもんを持ってるのか聞きたいくらいだよ」
「あはは、まぁちょっと色々ありまして‥‥‥」
じぃーっと訝しむような視線を向けてくる店主に、レイコルトは苦笑いで受け流す。
「まぁいいさ。で、どうする? その剣じゃ駄目なら他の武器を試してみるかい?」
「いえ、大丈夫です。色々と教えてくださってありがとうございました」
ペコリと頭を下げ、レイコルトとエレナはその店を後にする。その後も色々な武器屋を見て回ってみたのだが、やはりエレナのお眼鏡にかなう武器は見つからなかった。いくつかの店では刀を置いてある店もあったのだが、どれも微妙にエレナの理想とは違うようで結局エレナが首を縦に振ることはなかった。
しかし、収穫がゼロだったのかというとそうでもなく、とある武器屋の店主から気になる情報を入手することができた。それが、『ヘクセリア』と呼ばれている鉱石細工の店を訪れてみてはどうかというものだった。なんでもそこでは鉄やダイヤモンドなどの通常の鉱石から、魔鉱石と呼ばれている特殊な鉱石まで幅広く取り扱っているらしく、その中にはエレナの刀の原材料である鉄鉱石も扱っているのではないか?とのことだった。
そこでなら新しい刀を買うことなく修繕してもらえるのではないかと考えた二人は、早速その店の場所を聞き、その店へと足を運ぶことにした。のだが──
「ねぇレイ、本当にここを通らないと行けないの?」
「う、うん。店主さんから聞いた場所に行くには、ここを通らないと行けないみたい‥‥‥」
心なしか声と表情が引きつっているように見える二人。それもそのはず、二人の目の前には見るからに怪しい雰囲気を醸し出している路地裏への入口が、ぽっかりと口を大きく開けて待っていた。
薄暗く、街灯一つ灯っていないその空間からは時折、ヒューッと冷たい風が吹き抜けていき、レイコルトの肌をゾワリと粟立たせる。晩春を間近に控えたこの季節には到底似つかわしくない冷気と、路地裏から漂ってくる得も言われぬ異臭がレイコルトの警戒心をこれでもかと刺激した。
「だ、大丈夫エレナ? 引き返すなら今のうちだよ?」
「‥‥‥ううん、平気よ。行きましょう」
顔を見合わせ、コクリと頷き合う二人は、意を決してその路地裏へと一歩足を踏み入れる。西に傾きつつある陽光が作り出した陰陽の境界線。その境界線を踏み越えた瞬間、一段と温度が下がったような錯覚に陥り、レイコルトはみたびぶるりと体を震わせた。
路地裏の幅は狭く、横並びで歩みを進める二人は必然と肩を近づける形となる。そのため横から漂ってくる清涼感のある匂いと、腕に伝わってくる柔らかい感触でレイコルトの心臓は先ほどからバクバクと早鐘を打ちっぱなしなのだが、当のエレナがそれに気づいている様子は微塵もない。
しばらくその状態のまま歩みを進める二人。すると、突然微かな違和感がレイコルトの背中を走り抜けた。
「‥‥‥気づいた? エレナ」
「えぇ。多分、何らかの領域に足を踏み入れたんだと思う。おそらく結界系の固有能力ね」
レイコルトの問いかけに対し、エレナは警戒を滲ませた声で答える。その声色から察するにどうやら彼女もレイコルトが感じたこの違和感を知覚したようだ。まるで薄い膜を一枚通り抜けたかのような、ともすれば気のせいで片づけられてしまいそうなほど些細な空気の変化。二人がその変化を認識した数秒後──
「──ッ、あぶない!!!」
横にいたエレナを咄嗟に突き飛ばしたレイコルトは、そのまま腰に携えた刀を抜き放つと同時に一閃。
ギィィンッ!!
眼前で迸る閃光と火花。突如として貴族街の裏路地に甲高い金属音と剣戟が鳴り響くのだった。




