27.輪郭、そしてエピローグ
今話で第二章が完結します!!
アルカネル魔道士士官学校の正門前。普段よりも少し、いやかなり気合の入った服に身を包んだレイコルトは、待ち人がやってくるのを今か今かと待ちわびていた。
一応自分から誘った手前、遅れるような真似はできないからとセリーナとの話し合いを早めに切り上げ、こうして待ち合わせ場所である正門前でずっと待っているのだが、妙にソワソワしてしている自分がいる。
「おーい! レイー!」
「ん?」
それから待つこと十数分。耳馴染みのある快活な声にレイコルトが振り返ると、そこにはこちらに向かって手を振りながら走ってくるエレナの姿があった。
「ごめんなさい。待たせちゃったかしら?」
「ううん、僕もついさっき来たところだから」
「本当? ならよかった」
そう言うと控えめにはにかんだ笑顔を見せるエレナ。そんな彼女の私服姿をみるのは今回で二度目なのだが、やはりというべきか今日の服装も超が三つは付きそうなほど似合っていた。
前回が白いブラウスとピンクのカーディガンにチェック柄のロングスカートというコーデだったのに対し、今回は淡い水色を基調としたオフショルダーのワンピースに、上品な革製のサンダルという如何にも良家の令嬢らしい清楚な雰囲気を前面に押し出したコーデとなっていた。
(まぁ、エレナは実際良家の娘なんだけどね‥‥‥)
そんな清楚さと大人っぽさに可愛らしさを併せ持ったような服装を前に、バクバクと高鳴っていく心臓をどうにか落ち着かせようと深呼吸をするレイコルト。
そんなレイコルトの気持ちを知ってか知らずか、エレナはいつものようにニッコリと微笑むと、
「ふ~ん? 今回はちゃんと刀は置いてきたのね」
「あはは、流石に前回エレナに怒られちゃったからね」
「よろしい」
エレナは満足げに腕を組むと、ふふんと胸を張ってみせる。その際、エレナの胸元が僅かに開けてしまい、肩口からパステルグリーンのストラップらしきものが姿を見せた気がするが、きっと目の錯覚だろう。そうに違いない。
「それで、今日の行き先は全部レイに任せていいのよね?」
「うん、前はエレナに任せっきりだったからね。今度は僕の番ってことで」
「それじゃあお言葉に甘えようかしら。エスコートはお願いね?」
「あはは‥‥‥、まぁ期待に応えられるように頑張るよ」
レイコルトは苦笑いを浮かべると、そのまま二人は肩を並べてアルカネルの街へと繰り出していくのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あっ、これ美味しいかも‥‥‥」
行き交う人々の雑踏が響き渡る街路。茜色に染まりつつある街の中、レイコルトとエレナは、庶民街の中央広場の縁石に隣り合わせで腰掛け、西の空に傾きつつある夕日を見つめていた。二人の手には最近、庶民街ではなにかと有名になってきている屋台のクレープが握られており、エレナは目を輝かせながらそれを口に運んでいた。
「そっか、それならよかったよ」
レイコルトもエレナに倣ってクレープを口の中に運んでみる。すると、口いっぱいに広がるクリームの甘味とフルーツの酸味が生み出す奇跡的なまでのバランス具合にに思わず頬が緩んでしまいそうであった。
なるほど確かにこれは人気が出るわけだ、と一人納得したレイコルトはゆっくりと視線を目の前の景色へと移していく。
あれからアルカネルの東側、つまり庶民街へと足を運んだ二人は、以前レイコルトがとある事情でシラリアと共にお世話になった酒場で小腹を満たした後、様々な商店が立ち並ぶ商業区画を見て回っていた。
とはいえ、エスコート役のレイコルト自身もアルカネルに来てからまだまだ日は浅く、案内ができる店など数える程しかない。そのため、レイコルトが普段から利用している雑貨屋や本屋などを中心に見て回っては時折目についた店に立ち寄ってみたりと、行き当たりばったりな時間を過ごしていた。
正直案内役としてはどうなんだと思わなくもないのだが、終始エレナは嬉しそうな笑顔を向けてくれていたため、なんだかんだこれで良かったのかもしれない。
「エレナは庶民街に来るのは初めてなんだっけ?」
「そうね。今まで機会がなかったっていうのもあるけど、何より家の方針でね。野外実習の時にも言ったと思うけど、ソングレイブ家は王家に仕える家系だから不用意に庶民街と貴族街を行き来したりはできないの」
「そういえばそんなことを言っていたね。あれ? じゃあもしかして今のこの状況って相当マズいんじゃ‥‥‥」
前回エレナに誘われた時と同じような感覚でいたレイコルトであったが、よくよく考えればエレナはアルカネルでも名の知れている名家の令嬢なのだ。そんな彼女が庶民街に来るというのは、彼女の立場的にどう考えてもあまりよろしくない状況ではないだろうか。
そう思った途端、滝のように冷や汗が背中を伝うレイコルトだったが、エレナはまるでそんな心の内を読んだかのようにクスクスと笑みをこぼすと、
「安心して。今日はちゃんとお父様に許可は取ってあるから。それに私としても一度こっち側に来てみたかったしね。レイが誘ってくれたおかげよ」
「そっか、それならよかったよ‥‥‥」
エレナの言葉にホッと胸を撫で下したレイコルトは、再び視線を前方へと向ける。そこには忙しなく道を歩く人や、立ち並ぶ露店の商人達、そしてそんな喧騒の中で笑顔を振りまく子供達の姿があった。
「ねぇ、レイはどうして今日私を誘ってくれたの?」
「ん? どうしたの突然?」
「なんとなくだけど聞いてみたくなったの。レイのことだもの。きっと何か理由があるはずだわ」
そう言って真っ直ぐにこちらを見つめてくるエレナの瞳は真剣そのもので、適当な言葉で誤魔化すことを許さないといった気迫があった。
意志の強さを示すかのような赤い瞳に射抜かれ、思わず息を呑むレイコルト。別に隠すような理由でもないのだが、面と向かって言うのはなんとなく憚られたレイコルトが少しだけ視線を外した先、エレナの後ろでひと際長い影を作り出している一つの建物が視界に飛び込んできた。
「ねぇ、エレナ。最後にもう一箇所だけ付き合ってもらってもいいかな?」
「え? う、うん。私は構わないけれど‥‥‥」
脈絡のない突然の提案に困惑しながらも首を縦に振るエレナ。レイコルトは「ありがとう」と一言告げると、エレナの手を取り目的の場所へと歩き出すのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
レイコルトに手を引かれて二人が向かった先。そこはアルカネルの街を一望できる時計台の最上階であった。前回エレナと出かけた際にも最後に訪れた場所であり、レイコルトにとってはエレナ・ソングレイブという一人の人間が叫び続けていた小さな声の欠片に初めて触れた場所でもある。
そんな二人にとっては特別な意味を持つこの場所へと足を運んだレイコルトとエレナは、茜色に染まり始めている街の景色を眺めながら肩を寄せ合っていた。
「やっぱりここからの景色ってすごく綺麗だよね」
「そうね‥‥‥。なんだか不思議な気分になる気がするわ」
そう言いながら街の景色に見惚れていたエレナはふっと表情を和らげると、レイコルトの方へと向き直る。
「ねぇ、さっきの話の続きなんだけど、どうして今日私を誘ってくれたの?」
橙色の円環がぼんやりと浮かび上がり、夜の帳に彩られ始めた街並みに、優しい風が吹き抜けていく。そんな穏やかな景色の中で紡がれたエレナの言葉は、不思議と耳に馴染んで聞こえてきた。
「そうだね‥‥‥理由は色々とあるんだ。例えば野外実習の時は本当にお世話になったからそのお礼とか、本来忌み嫌われる《忌み子》であるはずの僕をこうして受け入れてくれたこととか。でも一番の理由は多分これなのかな‥‥‥」
レイコルトは自分の中に思い描いた言葉を一つ一つ音として口にしていく。そうすれば自然とその想いはより鮮明なものとなり、形を成していくように感じられたから。やがて形を伴ったレイコルトの心象は、一つの答えへと帰結する。
「僕が普段見ている景色を、エレナにも見てほしくなったから‥‥‥」
それは奇しくも先日、エレナがレイコルトを貴族街に連れ出した時の理由と酷似していた。そして、レイコルトにそう思わせてくれたのは紛れもなく今、隣で息を呑んだまま瞳を揺らしている亜麻色髪の少女の存在だった。
入学試験の帰り、忌み子である自分を仲間だと言ってくれた少女。それまで孤独しか知らなかったレイコルトに初めてできたの友と呼べる存在。だからこそ、レイコルトはエレナに見てほしかったのだ。自分の見慣れた日常を、当たり前のように広がっているこの光景を知ってほしくなった。
「僕は今まで友達と呼べる人なんて一人もいなかったから、これが正しいのかは分からないんだけどね」
照れ臭そうに頬を掻きながらそう呟くレイコルト。そんな彼の姿に、エレナは思わずクスリと笑みをこぼすと、
「──そう、だったのね。あれがレイにとっての『日常』の風景‥‥‥」
「うん。本屋も雑貨屋も、エレナと一緒に行ったところは全部が僕にとって『普通』で、『日常』で、『大切』な場所。でも──」
レイコルトは時計塔から少しだけ身を乗り出すと、どこか遠くを懐かしむような視線で眼下に広がる街並みを見下ろす。なぜレイコルトがわざわざこの場にエレナを連れてきたのか、その理由がもう一つ。
「この時計塔から見えるアルカネルの景色。エレナが好きだって言ってたこの場所は僕にとっても特別で、大切な場所になったんだ。だから、最後にそれを伝えたかった」
「──っ!?///」
これはレイコルトの偽らざる気持ちであり、同時に目の前の少女への誓いでもある。
本当の君を見ていると伝えた。助けると手を伸ばした。ならばレイコルトがその約束を違えるわけにはいかない。言葉だけでは足りないかもしれない。レイコルト一人の支えなどたかが知れてるかもしれない。それでももう二度と失わないために、零れ落とさない為に、レイコルトは強く決意する。
「エレナ、今日は僕のわがままに付き合ってくれてありが──、エレナ、なんか顔が赤いけど大丈夫?」
「‥‥‥え!? あ、う、ううん。なんでもないわ! 全然、平気‥‥‥よ‥‥‥」
慌てて両手を振り回しながらそう答えるエレナ。しかし、その声音には明らかに動揺が混在しており、明らかに様子がおかしい。
頬は熟れたリンゴのように赤く染まっており、視線も心なしか定まってはいないように見える。長時間太陽の下にいたことで、熱にやられてしまったのだろうか? 心配になったレイコルトは、エレナの額に手を当てて熱を測ろうと手を伸ばそうとした瞬間、エレナはビクッと体を大きく震わせると、凄まじい勢いでレイコルトから距離を取った。
「エレナ、本当にどうしたの‥‥‥?」
「だ、だだだだだだ、大丈夫!! 本当になんともないし!? 体調も万全だし!? 問題なしよ!!」
「いや、明らかに大丈夫じゃなさそうだったけど!? 舌とか全然回ってなかったし!?」
「うぅ‥‥‥。そ、そんなことより、そろそろ帰りましょう? 日が暮れちゃうわ」
「う、うん。そうだね‥‥‥」
困惑気味に返事をするレイコルト。その先ではズンズンと足早に前を進んでいくエレナの姿があり、レイコルトはその背中を追いかけるようにして歩き始める。
気が付けば夕焼けに染められていた空はいつの間にか群青色へと移り変わっており、アルカネルの街を暖かく深い黒が包み込んでいく。無窮に広がる夜闇の中では、星々の輝きが徐々に存在感を増し始めており、まるでレイコルトとエレナのことを優しく見守ってくれているようであった。
「ねぇ、レイ」
前方を歩いていたエレナが突然、ピタリと足を止めると、振り返りながらそう呼びかけてくる。
「ん、どうかしたのエレナ?」
レイコルトが首を傾げながらそう尋ねると、エレナは一瞬だけ躊躇するような素振りを見せる。しかし、すぐに意をを決したかのように深く息を吸い込むと、
「私、わたしね‥‥‥あなたのことが──」
ゴォーン、ゴォーン 。
突如、静寂に包まれていたアルカネルの街に鐘音が響き渡る。それは夕刻を知らせる鐘の音であり、エレナの声は完全にかき消されてしまった。
「あっ、ごめんエレナ。もう一度言ってほしいんだけど‥‥‥」
「‥‥‥はぁ、何でもないわ。ほら、早く行きましょう」
そう言うと、エレナはレイコルトの手を取り、そのまま勢いよく時計塔の階段を駆け下りていく。
「ちょっ、エレナ!?そんなに急ぐと危ないって!!」
「大丈夫よ!! だって──ちゃんと見ててくれるんでしょ? 私のこと」
「へ?」
「ほら、置いてくわよー?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらレイコルトを先導するエレナ。そんな彼女の輪郭は、夜の帳が降りた時計塔でもはっきりと分かるほどに輝いていた。
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