26.目覚め、そして一旦の収束
ネウレアの樹海での一件後。レイコルトが意識を取り戻したのは、それから更に三日が経過した後のことだった。
目を覚ました瞬間、レイコルトの視界に飛び込んできたのは見慣れない白磁色の天井と窓から差し込む木漏れ日の光。そして心配そうにこちらを覗き込んでくるエレナ、シラリア、リリアの三人の姿であった。三人はレイコルトが目覚めたことを確認した途端、安堵の息を吐くと同時に目尻には薄っすらと涙を浮かべていた。
どうやらレイコルトが運び込まれたのはアルカネルにある治療院の一室らしく、自分はそこで何度も死線を彷徨っていたらしい。
後で聞いた話によると、ここに担ぎ込まれた時点で魔力切れによる昏睡状態と出血多量が原因での生命活動の低下が同時に起こっており、意識を手放した直後にエレナが回復魔法で応急処置を施さなければ、今頃レイコルトは確実に天に召されていたとのことだ。
ちなみに師匠であるセリーナもレイコルトの治療に参加していたらしく、こんなにも早く意識を取り戻せたのは彼女の尽力のおかげだという。
その後二日間は治療院のベッドの上で安静に過ごし、問題がないと判断されてからレイコルトは無事退院することになった。
まだ万全な体調とは言い難いが、日常生活を送るには支障がないだろうという診断が下されたのだ。
それから入院期間中にレイコルトはエレナ達から、あらかたの事の顛末を聞いており、野外実習は途中で中断されたこと、レクスの取り巻き達は無事発見されたことなどを知った。
またミレアス先生や他のクラスメイトなど、全員がケガの程度に個人差はあれど命に関わる様ような大怪我を負った者はおらず、既に全員退院して学校に戻っているらしい。しかしただ一人、力を求めるあまり怪物となり果ててしまったレクス・オルグレンを除いて──。
「ごめんねレイ。休日の午後、しかも退院明けの君にわざわざ来てもらうことになってしまって。ど~しても今日のこの時間しか都合がつかなくてさぁ」
「いえ、師匠が多忙なのは知ってますし、退院後のいいリハビリにもなりますから気にしないでください」
「そっか、そう言ってもらえると助かるけど本当に無理だけはしないでね」
アルカネル魔道士士官学校の理事長室。入学試験の日に一度だけ入ったことのある絢爛豪華なその部屋にて、革張りのソファに腰掛けたレイコルトは向かい側に座るセリーナの言葉に小さく首を縦に振ると、彼女が淹れてくれた紅茶に口をつける。
(薄い‥‥‥)
レイコルトはティーカップに注がれた琥珀色の液体をジッと見つめながら、心の内でボソリとそう呟く。紅茶の抽出は飽き性であるセリーナにしては珍しく長く続いている趣味らしいのだが、それがまた壊滅的に下手なのだ。味は日によってまちまちであり、どうやら今日は蒸らす時間を短くしすぎたようだ。
まあ、人に文句を言えるほどレイコルトも上手くはないので黙って飲むしかない。
「それで、今日僕を呼び出したのはどういう用件なんですか?」
「ん? ああ、実は今回の件についてレイからも話を聞きたくてね。君が気を失った後のことについては聞いたかな?」
「えぇ、一応断片的にはですけど‥‥‥」
「そうか‥‥‥、ちなみに今回の件に箝口令が布かれたことは?」
「いえ、それは初耳です」
初めて耳にする事実にレイコルトは驚いた表情を見せる。士官学校の生徒たちが襲われたなどという大事件だ。普通なら大々的に報じられてもおかしくない事態なのに、まさか学校側が情報統制を行っていたとは。
「私としても苦汁の決断ではあるんだけどね。今回は事が事なだけに、どうしても情報を秘匿せざるを得なかったんだよ。エレナ君からも話は聞いたけど《神秘の雫》なんて代物を世間に知られるわけにもいかないからね」
「なるほど‥‥‥」
魔法主義思想の色合いが強いアルカネルにおいて《神秘の雫》の存在はあまりにも危険すぎる。もし仮にこの情報が外に漏れれば、その力を我が物にしようと目論む輩が必ずと言っていい程現れるだろう。
最悪それは争いの火種にもなりかねない。
「だから申し訳ないんだけど、この件については他言無用に願いたい」
「わかりました」
レイコルトは神妙な面持ちで首肯する。
「ありがとう。それじゃあ早速本題に入ろうか。──ジークが姿を現したってのは本当かい?」
(──!? やっぱりその話か)
わざわざ人がいない休日の時間帯に呼び出すぐらいだ。薄々そんな予感はしていたものの、いざ言葉にされるとやはり気が重くなる。
ジーク──フルネームはジーク・アーカルド。かつてはレイコルトの兄弟子として共に修行に励んでいた男であり、レイコルトが知る限りでもその強さは異常と言えるほどのものであった。剣の腕前、戦闘の中での駆け引き、精神力。全てに置いてレイコルトの遥か上を行き、更に忌み子でもない為、普通に魔法や固有能力を使うこともできる。実力だけならばおそらく世界でも有数の魔導士といっても過言ではない。
二人で一緒に居たころは何度か手合わせしたこともあったが、結局レイコルトは一度も勝てたことがなかった。《神速強化》も当時、ジークから教えてもらった技術である。自分でいうのもなんだが、それほどまでにジークとは仲が良かったと思う。
そんな二人の間に亀裂が入ったのは六年前。とある事件を切っ掛けにジークはレイコルトの前から姿を消し、それ以来一度も顔を合わせたことはなかった。レイコルトが国中を放浪していたのも偏にもジークを捜すためだったのだが、まさかこんな形で再会を果たすことになるとは。
「えぇ、やはり師匠が言った通りあいつは今《魔王教団》に身を置いているようです。それも多分、幹部かそれに近しい地位にいるんじゃないかと」
「そうか‥‥‥、ジークは何か言っていたかい? 例えば《魔王教団》の目的とか」
「いえ、上手く煙に巻かれてしまって何も。ただ、本人は《魔王教団》全体の目的とは別で何か、個人的な目的があるように感じました」
「個人的な目的、か‥‥‥」
「師匠は何か心当たりでも?」
顎に手を当てて思案顔を浮かべるセリーナ。黒縁眼鏡のレンズ越しに見える切れ長の瞳は、どこか憂いを帯びているように見えた。
やがてセリーナは一度小さく息を吐くと、一言。
「‥‥‥英雄」
「えっ?」
「ジークは昔からよく口にしていたよ。将来は英雄になりたいとね」
セリーナの言葉に思わず薄く息を呑むレイコルト。『英雄』、それはまさしくレイコルトがジークと袂を別ったあの日。炎が立ち上る戦場と途切れそうになる意識の中、レイコルトが最後に聞いたジークの言葉。
──『お前に英雄になることなど出来はしないさ、レイ』
「‥‥‥ジークは言ってました。『俺の目的は何一つ変わっていない。これまでも、そしてこれからも』って。もし、師匠の言うとおりあいつがまだその夢を諦めていないのだとしたら‥‥‥」
「「‥‥‥‥‥‥」」
重い沈黙が部屋を満たす。セリーナは先ほどからずっと黙り込んだまま俯いており、どんな表情をしているのかレイコルトの位置からでは窺うことはできない。
やがてセリーナはゆっくりと顔を上げると、おもむろに口を開いた。
「どうやら私たちは、まだまだ知らないことが多すぎるようだね。《魔王教団》のことも、そしてジークのことも。私はこれからも色々と調べてみることにするけど、レイはどうする? 」
「‥‥‥正直まだ自分自身どうしたらいいのか、何をすべきなのか分かっていません。今回の件だって、たまたま運がよかっただけです。でも──」
レイコルトは右手を自分の左腰──普段なら黒刀が携えられているはずの場所に持っていくと、まるで見えない柄を握り締めるようにギュッと拳を固く握りしめた。
「僕は僕の大切な人たちのためにこの刃を振るいたい。そのためにできることをしようと思います」
たとえ相手が未知の組織だったとしても、たとえそれが英雄であったとしても、レイコルトの想いは昔から何一つ変わってはいない。
手の届く範囲の人たちを守り、手を差し伸べる。それがレイコルトという人間の魂に刻まれた一つの信念であった。
「そうか、うん。そうか‥‥‥。やっぱり変わらないね、レイは」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
「あぁ、もちろんそのつもりだよ。ところで、話は変わるんだけどさ。今日は随分と洒落た格好をしているじゃないか。どうしたの? もしやデートかい?」
途端、ニマニマと人の悪い笑みを浮かべながら揶揄してくるセリーナ。せっかく人が珍しく感心していたというのに、一瞬にして台無しである。
だがまぁ確かに、今日のレイコルトの服装は普段よりも少しだけ気合が入っているかもしれない。なにせこの後とある人物との待ち合わせが控えているのだ。
「‥‥‥一応そんなところです。師匠こそ休日なのに仕事ですか?」
「そぉ~なんだよぉ~、聞いてくれよレイ! リヴィアが仕事を押し付けてくるんだよぉ~。ちょーっとだけ仕事をさぼって遊んでだけなのにさぁ~。ひどいと思わない!?」
「自業自得じゃないですか」
「ぶぅ~」
わざとらしく唇を尖らせるセリーナ。元の顔が非常に整っているだけに、年不相応なその仕草も妙に似合ってしまうのが実に腹立たしい。
「それじゃそろそろ待ち合わせの時間なんで僕は行きますね」
「はーい、行ってらっしゃい。楽しんでくるんだよ!」
ヒラヒラと手を振り見送ってくれるセリーナに、レイコルトは軽く会釈すると、そのまま理事長室を後にする。
扉を閉める直前、最後に見たセリーナの横顔はどこか嬉しそうに微笑んでいるように見えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いやぁ~、レイにもとうとう青春ってものが訪れたのかな?。いいねぇ、実に素晴らしい」
一人になった部屋の中でセリーナはしみじみと呟くと、椅子から立ち上がり窓際へと向かう。セリーナは窓から見える景色を一望しながら、「ふぅ」と小さく息を吐くと、先ほどまでとは打って変わり、真剣そのものといった表情を浮かべた。
(今回は何とか最悪の事態は免れたが、どうにかして対抗策を見つけないと‥‥‥)
セリーナが今回の事件について、レイコルトにすら伝えていない不可解な点。それは──
(どうやって魔王教団は、野外実習が行われる場所を知ったのか‥‥‥)
毎年行われている野外実習ではあるが、その時期や場所は毎年秘密裏に決まり、学校関係者以外は秘匿されているのだ。もちろん生徒には伝えられるため、そこからご両親や友人に伝わってしまうことはあるかもしれないが、そこからさらに魔王教団に伝わる可能性は極めて低いとみている。
それにレイコルトが向かったネウレアの樹海でたまたま因縁の相手と出くわした? そんな偶然はあり得ない。明らかにジークが的にレイコルトに接触を図ったのだろう。つまりどこかで魔王教団に情報が流れてしまったのだ。
考えうる可能性は二つ。
まず一つ目は今回の事件で密かに魔王教団と繋がっていたレクスが情報を渡したということ。セリーナも初めてこの事件についての概要を聞いたときは真っ先にこの線を思いついたのだがすぐにそれは違うと切り捨てた。なぜならレクスが初めて魔王教団と接触したのはネウレアの樹海の中であったことは、エレナの発言から裏は取れており、それでは時系列が合わないからだ。
ならばもう一つの可能性──
「内通者、か」
おそらくその線が最も濃厚だろうとセリーナは考えている。しかし、そうなると次の問題が浮上する。一体誰なのか、という点だ。候補は生徒及び教師陣の全員。だが、それを特定しようにも手がかりが少なすぎる。
「現状打てる手はあまり多くはない。かといって、このまま何もせずに静観していてはまた同じことの繰り返しになるのは目に見えている。早急に何か策を講じなければ‥‥‥」
セリーナはそこで一度思考を止めると、窓の外に広がる午後の青空へと目を向ける。無駄にデザインの凝った取っ手付きのガラス窓を開けると心地よい風が頬を撫ぜ、木々の葉が優しく揺れる音が耳に届いてきた。
「ん~っ、まずは今日の仕事を終わらせようかな。なにせリヴィアは怒ったら怖いからねぇ」
誰に聞かれるわけでもなく虚空へとそう語りかけるセリーナ。そんな彼女の視線の先ではアルカネル魔道士士官学校の正門前にて黒髪の少年と亜麻色髪の少女が楽しげに談笑している姿が小さく映っていた。
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