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24.さようなら、そしてありがとう

「それなら、僕が君の助けになるよ」


 レイコルトは決然とした口調で、真っ直ぐな瞳を向け、どこまでも優しい声音でそう語りかける。


「……うそよ」


「嘘じゃない」


 レイコルトは即座に否定の言葉を否定する。


「ずっと見てた。『全属性持ち(ゼータ)』としての君だけじゃない。『普通の女の子』としての君も僕は見てきた。好きなお店、色、服、場所、これは全部エレナ自身が教えてくれたことだ」


「‥‥‥そんなの、ほんの一部でしかないじゃない」


「確かにね。でも、それも君だ。君の大切な欠片だ。それだけじゃない。魔法の適性だって君を構成する要素の一つじゃないか」


 全属性持ち(ゼータ)という類稀なる才能を授かったがゆえの苦悩。何をしても、何を成しても、そのフィルターが邪魔をして、本当の自分を見てもらえない。どれだけ努力をしようとも、結局は全属性持ち(ゼータ)としてしか見てもらうことができない。その辛さを完全に理解できるとはレイコルトは思わない。なにせ自分は魔法が使えないのだ。そんな自分が彼女の気持ちを理解したところで、それは所詮他人事でしかなく、慰めの言葉など薄っぺらなものでしかなかない。


 だがそんなレイコルトでも一つだけ、確信を持って言えることがある。それは、全属性持ち(ゼータ)というフィルターを通した彼女も間違いなくその一部でありエレナ自身であるということ。


「どっちもエレナなんだ。『全属性持ち(ゼータ)』としての君に投げられた称賛も、『ただのエレナ・ソングレイブ』に掛けられた言葉も、どちらも等しく本物だよ。そこに壁なんてものは存在しない。ただエレナは無意識の内にそれを区別してただけだ」


「────」


「もちろん、エレナが苦しんだ過去を、その抱えた傷を虚構だとは言わない。否定もしない。きっと、僕が思ってる何倍も何十倍も辛い思いをしただろうし、苦しい想いをしたはずだ。それを僕の言葉で塗り替える権利なんてない」


 たとえ原因がなんであろうと、エレナが感じた孤独は、悲しみは決して偽物などではない。それはまぎれもない本物だ。それを否定することは、エレナがこれまで歩んできた人生を、その全てを否定することになる。だが──


()()()()なら変えられる。君が独りだって言うのなら、僕が君の隣に立つよ。君が望むのなら、僕は何度でも君の名を呼ぶ。君が自分を許せないと言うのなら、許せるまで、僕がずっと傍にいるよ」


 辛いなら、苦しいなら助けを求めればいい。一人で立ち上がれないのなら、その手を引いてくれる誰かと一緒に歩けばいい。寄りかかって、支え合って、そうやって前に進んでいけばいい。


 数年前。アルカネルの路地裏で、レイコルトがセリーナから手を差し伸ばしてもらえた時と同じように。セリーナから貰った温もりを、今度はレイコルトが分け与える番なのだ。


「それに、エレナはさっき僕の手は他の大切な人たちのために取っておいてって言ったよね?」


「でもそれは──ッ」

 

 エレナはそこで初めて、弾かれたように顔を前に向ける。


 それは彼が──目の前にいる少年は優しいから。誰よりも孤独の辛さを知っている彼は困っている人や苦しんでいる人がいたら手を差し伸べずにはいられない人だから。きっと、際限なくその腕を伸ばしては、受け止めて抱えて、背負いこんでしまう。


 でもそれには限界はあって、いつかは抱えきれなくなる時が来る。だからこそ自分は彼の負担になっていはいけないからと、 あえて突き放すようなことを言ったのだ。


 彼の助けを真に必要としている人は、他にもたくさんいる。ならば自分のことなど気にせず、もっと多くの人の手助けをしてあげて欲しい。そう思っての言葉 だった。


 だが、レイコルトはエレナのそんな想いを知ってか知らずか、変わらず優しげな笑みを浮かべている。


「それなら大丈夫。もう僕にとってエレナは大切な存在だから。この手ならいくらでも貸せるし、いくらでも受け止められるよ」


「──っ!?」


「それに、エレナがずっと独りだなんてことは絶対にないんだ。少なくとも僕とシラ リア、それにリリアだっている。もっと皆 のことを頼ってもいいんじゃないかな?」


「レイ……っ!」


 その瞬間ポタリ、と。


 エレナの瞳から一筋の涙が流れ落ちる。


 それは今まで才能という鎖で雁字絡めになっていた少女が一番欲しかった言葉。 実の両親にすら本当の自分を見てもらえず、誰からも認められず、独りぼっちで生きていくしかないと思っていた孤独な自分にかけられた優しい魔法。


 しかし、それを拒むかのようにエレナの心に巣食った闇が再びじわじわと心を蝕み始める。


 ──『嘘だ』


 違う。彼は嘘をついていない。優しさに満ちた言葉をくれて、この身を必要だと言ってくれている。


 ──『そんなものは都合の良い幻だ』


 違う。今、瞳から流れ落ちているこの涙は本物だ。この熱さは、本物だ。


 ──『弱くなるぞ? 一度甘さを受け入れてしまえば、二度と前には戻れない』


『違う! あなたは過去の私だ!!』


 エレナは闇の中で、必死に声を上げる。それはかつての自分だ。才能という鎖に縛られていると思っていた頃の自分だ。


『ならどうする? 今のお前に何ができる?』


『できるよ。だって、レイが教えてくれたもの』

 

 エレナは闇を振り払うように、ゆっくりと瞼を上げる。その瞳に迷いはない。もう過去の自分ではないのだから。


『だからもう、あなたは必要ない。でも、ありがとう。これまでずっと私を守ってくれて』


『……』


『私はもう、大丈夫』


 闇が溶けていく。四肢を縛り付けていた鎖が音を立てて崩れていく。 最後に闇が微かに笑った気がした。



 ルビー色の瞳を開ける。少し視界が霞んで見えるのはきっと頬を濡らしている涙のせいだろう。


「私…は…弱い……から……きっと、寄りか かってしまうと……思う。それでも……いい、の?」

 

 エレナは嗚咽交じりの声で途切れ途切れにそう尋ねる。もはや溢れ出した感情を抑える術はなく、堰を切ったように次から次へと涙が溢れ出ていく。


「いいよ。むしろ遠慮なく寄りかかってきてくれていいからさ」


 笑いかけ、レイコルトはくしゃりとエレナの亜麻色髪を撫でる。自分のゴワゴワとした髪の毛とは違う、滑らかな絹糸のようなサラサラとした感触が手のひらから伝わってくる。


 くすぐったそうに潤んだ瞳を細める彼女にレイコルトは小さく息をこぼして、


「だから、今は思いっきり泣いていいんだ。もう、大丈夫だから」


 黒曜石のように輝く瞳を細めてみせるレイコルト。それに釣られたようにエレナも小さく微笑むと、 瞳の端からは再び止めどなく涙が溢れだす。止めようしても止められない。絶えず頬を伝う雫は、まるで彼女のこれまで抱えてきた孤独の氷を溶かすように。

 

 エレナはレイコルトの胸に顔を埋めて、 その小さな手で彼の服をぎゅっと握りしめる。


 レイコルトはずっと、そんなエレナの髪を優しくなで続ける。 


 いつまでも優しく、優しく撫で続けるのだった。


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