23.それでもなお少年は手を伸ばす
一度下書き用を間違ってアップしてしまったので、そちらを読まれた方は、記憶を消去してもう一度読み返して頂けると次話にも違和感なく読み進められると思います。
「ごめん、遅くなった」
「レ‥‥‥イ?」
レイコルトは灰色髪の男から守るようにエレナの前に立つと、隙のない構えで黒刀の刃を向ける。
「なん‥‥‥で、ここが‥‥‥?」
「まぁ、ちょっとね。それより──」
レイコルトは胸ポケットからピンク色の液体が入った小瓶を取り出すと、エレナの方へと体を向ける。そして傷口が開かないように優しくその体を抱きかかえると、小瓶に入った液体を丁寧にエレナの口の中に流し込んだ。
「んっ‥‥‥」
鼻をツンとつく薬品のような臭いと、僅かに苦みが含まれたその液体をエレナがコクンと喉を鳴らしながら飲み干した直後、全身が温かな光に包まれたかと思うと先ほどまで感じていた激痛が嘘のように消えていくではないか。やがて光が収まる頃には、エレナの腹部に刻まれていた刀痕は綺麗さっぱりなくなっており、そこには以前と何ら変わらない陶磁器のような白い肌があるだけだった。
エレナは恐る恐るといった様子で腹部に触れてみると、そこにはすべすべとした肌の感触があり、痛みもない。どうやら完全に塞がっているようだ。
「‥‥‥これって治癒ポーション? でもミレアス先生から配布された物よりずっと質がいいような‥‥‥」
「実は師匠お手製の特別なものでね。野外実習が始まる前に渡されてたんだ。万が一の時はこれを使えって」
レイコルトは苦笑いを浮かべながらそう答える。
「そんな貴重な物を‥‥‥それにレイだってその怪我‥‥‥」
よく見てみると、レイコルトの身体にも無数の裂傷の跡が見られ、そこからは今もなお血が滴り落ちている。特に右の脇腹に至っては何かに切りつけられたかのように大きく裂けており、とてもではないが無事とは言い難い状態だった。
「うーん、まぁ、僕も結構無茶はしちゃったけど、先生から貰ったポーションで応急処置はしてあるし、何とか間に合ってよかったよ。それに──」
途端、朗らかな表情から一転。レイコルトはそこで言葉を区切ると、後ろで悠然と佇む灰色髪の男へと向き直る。
「僕としても、そこの男とは少し話したいことがあってね。お前もそうだろう? ジーク」
普段のレイコルトからは想像もつかないほど荒々しい口調で言い放つと、みたび黒刀の刃を突き付ける。
対して灰色髪の男、もといジークと呼ばれたその男は口元に冷笑を張り付けると、感情を覗かせない不気味な瞳を向けながら口を開いた。
「久しいな、我が弟よ。もう俺を兄弟子とは呼んでくれないのか?」
「黙れ! 六年前のあの日から、お前のことを兄だと思ったことは一度もないッ!!」
「クククッ、そうかそうか。六年も月日が流れれば、お前のその甘菓子のような思考も多少はマシになると思っていたのだが。変わらんなぁ、お前は。愚かで、惨めで、そして──弱い」
ジークはまるで滑稽だと言わんばかりに肩を揺らすと、レイコルトを嘲笑する。
人の神経を逆なでするような言葉選びと振る舞いは相変わらずの様であり、レイコルトの表情は一層険しさを増していく。
「‥‥‥なぜこんなことをした? どうして《魔王教団》なんてものに身を置いている? お前の目的はなんだ? 答えろ、ジーク!」
「フッ、口数の多さは余裕がないことの表れだぞ、愚弟。なにやらよほど焦ってるようだが、どうかしたのか?」
「──っ!!」
レイコルトはその挑発には乗るまいと歯噛みしながら必死に耐え忍ぶ。
「ふん、まあいい。弟の我儘を聞いてやるのも兄の務めというものか。いいだろう、教えてやる。お前たち士官学校の生徒共を襲ったのは偏に組織の目的のため、何人か優秀な魔導士の肉体が必要なのさ。その候補として、そこの全属性持ちともう一人、《氷姫》という二つ名の女が挙がってな。その他にも何人か使えそうな奴を攫うつもりだったのだが、点でダメだな。どいつもこいつも使い物にもならん雑魚ばかりだ」
「‥‥‥昼間、魔物を無差別に殺していたのもそのためか?」
「あぁ、《魔王教団》には不要な学生どもをそこに捨てておくためにな。人の死体だけでは不自然だがそこに魔物の死骸も混ぜることで、あたかも魔物の群れに襲われるも勇猛果敢に戦い、そして力及ばず死んでいったように見えるだろう? 他にも似たような場所は既に用意してある。いくら士官学校の者共とはいえ大半は温室育ちの貴族ばかり。戦場での死などよくあることだ。何も珍しいことではない」
「‥‥‥っ」
命を命とも考えていないその物言いに思わずギリッと音がするほど強く握りしめられるレイコルトの手。その様子からは腹の底から込み上げてくる怒りを必死に抑えようとしていることが容易に見て取れた。
「まぁ計画は失敗に終わりそうだがな。お前たちの足止めぐらいには使えると思っていたのだがな。あのガキめその程度のこともできんとは‥‥‥」
ジークは心底呆れたようにため息をつくと、僅かに虚空を仰ぐ。おそらくジークの言う『あのガキ』とは、先ほどまでレイコルトと激戦を繰り広げていたレクス・オルグレンのことなのだろう。
「‥‥‥お前が言っていた《魔王教団》の目的は?」
「そこまで教えてやるほど俺は親切じゃないんでな。せいぜいセリーナにでも頼んでみろ」
「そうか」
レイコルト自身もジークが素直に答えるとは端から思っていなかったのであろう。特に落胆した様子もなく淡々とした返事を返す。
「なら次だ。何故おまえは《魔王教団》《ディルヴィア》に加担している? 大魔王ヴェルミスを信仰している組織なんてお前らしくもない」
「それこそ答えてやる義理などない。だが、敢えて一つだけ言っておくとするならば、この世界は間違っているからだ。故に俺は《魔王教団》に与する。俺にとってはそれ以上でも以下でもない」
「‥‥‥あくまで白を切るつもりか」
「いや──」
と以外にもジークは即座に否定する。
「俺の目的は何一つ変わっていない。これまでも、そしてこれからもな」
「‥‥‥‥‥‥」
「話は終わりだ。それより、俺達には他にやることがあるんじゃないか、レイコルト」
ジークはそう告げると、右手に持っていた剣を構える。
「‥‥‥あぁ、そうだね」
レイコルトもまたそれに呼応するように黒刀の柄を握ると、静かに構えをとった。
──瞬間、周囲一帯に緊張が駆け巡った。張り詰められた空気が糸のようにピンと張られ、両者の間には見えない火花が迸る。
呼吸、視線、筋肉の微細な動き、僅かな仕草や癖。それら全てを見逃すまいと互いに牽制し合い、相手の出方を伺う。
両者ともに一足で刃が届く間合い。やがて互いの緊張が極限にまで高まり、どちらか共に亜音の速度で輪郭が揺らいだその瞬間、
「ジーク様、ご報告があります」
一つの声音が両者の空間に割って入った。
「「!?」」
現れたのはおそらく女性。例に漏れず、全身を黒装束で覆ったその人物はレイコルトとジーク、二人の間に姿を見せると、 ジークに向かって恭しく頭を垂れる。突然の乱入者によって、緊迫していた場の空気は一瞬にして霧散し、代わりに動揺の波紋が広がっていく。
「‥‥‥なんだ、今はちょうどいいところだったのだぞ? 」
「申し訳ありません。ですが、早急にお伝えすべきかと‥‥‥」
「チッ、仕方ない。手短に話せ」
ジークは不機嫌そうに舌打ちすると、黒装束の人物へと向き直る。
「はい。つい先程、こちらに王国騎士団らしき集団が向かってきているとの情報が入りました。おそらく、ここに来るのも時間の問題かと」
「騒ぎを嗅ぎつけられたか‥‥‥。もしくは誰かが漏らしたか。どちらにせよ面倒なことになったな」
「どうされますか? 計画通り《氷姫》だけでも攫っていきましょうか」
「いや、その必要はない。どうやら今回の作戦は失敗のようだからな。これ以上長居する理由もあるまい。お前たちは撤収の準備をしていろ。すぐにここを離れる」
「承知いたしました」
ジークの指示を受け、黒装束の人物は音もなくその場から姿を消す。
「というわけだ、弟よ。残念ながらお前との決着はまたの機会になりそうだな」
「逃がすとでも思ってるのか?」
レイコルトは咄嵯に黒刀の切っ先を突きつけるも、ジークは鼻で笑い飛ばすと踵を返して歩き出す。
「ふん、この俺が気づいていないとでも思ったのか? 既にお前の魔力は枯渇寸前。虚勢を張るので精一杯なのだろう? ましてやあの程度のガキにその体たらくぶりだ。今のお前では、俺を倒すことはおろか、一太刀入れることすら叶わんさ」
「‥‥‥ッ!」
ジークの言う通り、レイコルトは先の戦闘で既に魔力を使い果たしており、魔力切れ寸前だ。加えてポーションによる応急処置しか施していない身体は既に限界を迎えようとしていた。
正直立っているのがやっとの状態であり、とてもではないがまともに戦えるような状態ではない。
それでも何とか意識を保てているのは偏に後ろで固唾を飲んで見守ってくれているエレナの存在があるからであろう。
「よく聞け愚弟。俺はな、意外にもお前のことは評価しているんだ。強さを求めるその姿勢、その執着心は見上げたものがある。故に引き際を見間違えるな。無謀に刃を突き付けることは、勇気にあらず蛮勇であると知れ」
「‥‥‥‥‥‥」
「それと、もう一つだけ忠告だ」
ジークはそこで一度言葉を切ると、その口元に薄ら寒い笑みを浮かべた。
「盲目に他者を信じる者は、いずれ身を滅ぼすことになるぞ? あの時のようにな」
「なに‥‥‥?」
レイコルトはその一言に思わず眉をひそめる。
「まぁ、せいぜい足掻いて見せろ。そして己の愚かさを悔いるがいい。お前の選んだ道の先にあるものは──破滅だけだ」
ジークはそれを最後に言い残すと、そのまま夜の闇に溶け込むように姿を消す。
そうして後に残されたレイコルトとエレナだったが、二人はしばらくの間ジークが消えた方向を眺めたまま、微動だにすることはなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「エレナ」
静けさを取り戻したネウレアの樹海。その中でレイコルトはゆっくりと振り返ると、背後で俯いていた少女の名前を呼ぶ。
「‥‥‥‥‥‥」
しかし、エレナからの返事はない。
「エレナ」
「‥‥‥なに?」
再びレイコルトが名前を呼んだところで、ようやくエレナは反応を示す。しかし、その声音はひどく弱弱しく今にも消え入りそうなほどか細いものだった。
「どうして、ジークからの攻撃を受けた後、直ぐに回復魔法を使わなかったの? もし、もしあと少しだけ僕が来るのが遅かったらエレナは──」
レイコルトはそこで言葉を詰まらせる。最悪の未来を想像してしまい、どうしても先に続く言葉を口にすることができなかったのだ。
「‥‥‥レイにも話したでしょ? 私は自分自身のためだけに魔法は使わないって。たとえそれで──」
「──それで己の身を滅ぼしても構わない?」
「‥‥‥えぇ」
レイコルトの言葉に、エレナは力なく首肯する。
「それにね、あいつにも言われたの。本当の意味で私を見てくれる人はいないって。どれだけ努力しても結局は無駄だって。これからも、私は独りだ、って」
「そんなこと──」
「いいえ」
レイコルトは咄嵯に否定しようとするが、それはエレナによって遮られる。
「私もね、心のどこかでは分かっていたのかもしれない。ただそれを認めたくなくて、目を背けたくて、気づかないようにしてたけど、いざ言葉にされるとやっぱり堪えるわね」
エレナは自嘲気味に力なく笑う。それは普段の明るく、活発な彼女からは想像もできないほどに弱々しく吹けば消えてしまいそうな危うさを孕んでいた。
「だからね。ここで終わってもいいかなって思ってしまったのよ。これ以上つらい現実を見続けるくらいなら、いっそここで誰にも知られずに消えてしまえばいいかなって」
「‥‥‥エレナ」
気づけばレイコルトは自然と彼女の名前を呟いていた。彼女の存在を確かめるように、あるいは彼女を繋ぎ止めるかのように、必死に。
気が付けば微かに光を差し出していた月は雲に隠れ、辺り一面を暗闇が支配していく。二人の間に流れる沈黙はどこまでも重く、暗く、冷たい。
風に揺れ、擦れ合うネウレアの樹のざわめきだけが、やけに大きく響き渡り二人の鼓膜を刺激する。それはまるで、レイコルトとエレナ。二人の間に生じ始めている見えない壁を必死に抑えようと、けたましく騒ぎ立てているようでもあった。
しかし諦観がそれを許さない。虚無が抵抗を許さない。悲哀が光を許さない。孤独が救いを許さない。絶望が──希望を許さない。
ありとあらゆる負の感情がエレナの四肢に絡みつき、徐々に心を蝕んでいく。
いづれ自分は壊れてしまう。エレナは本能的にそれを理解する。ゆえに今ここから消えてしまいたかった。そうすれば、もうこれ以上苦しむことも、傷つくこともないのだから。
そしてなにより、目の前の少年から姿を消すために。手を伸ばそうとしてくれた。何度も名前を呼んでくれた。それなのに、自分はその手を振り払ってしまっている。長年持て余した孤独という闇が己に深く根を張り、彼の優しさを遠ざけてしまった。そのことが、なによりエレナには耐えられなかった。
顔が上を向かない。いや、上げたくなかった。視線を上げてしまえば目の前には彼がいる。今、どんな顔をしているだろうか。呆れ? 憐み? 失望? エレナはそれを確かめるのが怖かった。
だが、これでよかったのかもしれない。どんなに彼が優しくても、こんな意固地で愚かでどうしようもない自分に、もはや手を差しだそうとはしないだろう。
(これでよかったんだ。これで、全部終わる。何もかも‥‥‥)
エレナは諦めるようにゆっくりと瞼を閉じる。全身を引きづりこむ闇に身を委ね、静かに沈んでいこうとした時──
「それなら、僕が君の助けになるよ」
──それでもなお、レイコルトは手を伸ばすのだった。
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