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21.覚醒、そして変わらないもの

 土人形(パペット)たちの攻撃が到達する直前、レイコルトの意識は己の体内を脈々とめぐる魔力へと集中していた。


 まるで全身が水中に沈んでいるかのような感覚。


 外界からの音も、臭いも、光すらも消え失せ、ただひたすらに自分という存在だけが浮き彫りになっていくと共にレイコルトは体内を巡る魔力の流れを知覚する。やがて、その魔力は完全にレイコルトの制御下に置かれる。


 ──魔力操作。


 それは魔法を扱う者であれば誰もが無意識に習得している技術であり本来は魔力の無駄な消費を抑えたり、魔法の威力を調整するために行なわれるものだ。


 しかし、レイコルトは本来であれば無意識下で行われているはずの魔力操作を半ば強引に意識レベルにまで引き上げ、一つの技として昇華させたもの。それが神速強化(マナオーバー)


 普段は血液のように体内を循環している魔力を、動作の要となる部位で塞き止めるようなイメージ。魔力強化(マナブースト)とは全く真逆のアプローチによって一点に留まった魔力が圧縮され、数秒の間、《魔力強化(マナブースト)》の十数倍の超加速を実現させる。


 魔力操作の奥義とも呼べるその神速の斬撃をもってレイコルトは襲い来る全ての土人形(パペット)を迎撃し、粉砕したのだ。


 そして現在──


「くそがァァァァァァァッ!!!!」


 ネウレアの樹海に絶叫と怒号が木霊する。


 レクスは目の前で起こった事象が受け入れられず次々と土人形(パペット)を差し向けるが結果は変わらない。


 レイコルトの振るう黒刀がその全てを破壊し、ただの土塊へと還していく。


 黒装束たちも必死に魔法で応戦しようとしているようだが、レイコルトの勢いは止めるには遠く及ばない。


 三十体‥‥‥、四十体‥‥。


 襲い掛かった瞬間、その全てが一瞬にして粉砕されていく。


 レクスの傀儡として生み出された土人形(パペット)たちは、あっという間に半分以下にまでその数を減らしており、レクスの顔には焦りの色が浮かんでいた。


「ふざけるな! こんなことがあってたまるか! 私はあの方から神秘の雫(シード)を授かり、最強の力を得たのだぞ!? それなのに何故ッ!!」


「その力を受け止めるための器が未成熟だった。ただそれだけですよ」


 レイコルトは冷たく、突き放すように言い放つとその黒い瞳をレクスに向ける。


 確かに神秘の雫(シード)は、服用するだけで魔力を増幅させ、固有能力(スキル)を爆発的に強化することが出来るとんでもない代物だ。だが、その飛躍した力を使用者が十全に使いこなせるかはまた別の問題である。


 どれだけ強力な武器であっても、扱う者が未熟であれば意味がない。

 

 レクスの場合、神秘の雫(シード)によって増幅した魔力も、強化された固有能力も、それを完全に使いこなすだけの技量が圧倒的にが足りていなかった。


 詰まるところ一週間前の決闘時からレクスは何も変わっていないのだ。ただただ自らの能力に溺れ、過信し、増長していただけに過ぎない。


「だまれェッ!! 忌み子(フォールン)がァ、欠陥品如きが私に指図をするなぁっ!! 貴様など所詮は出来損ないの落ちこぼれではないか!! 私の足元にも及ばん!! その程度の人間が、この私に偉そうな口を利くなァァッ!!!」

 

「‥‥‥確かに僕はあなたの言う通り欠陥品なのかもしれません。魔法も使えず、固有能力(スキル)もありません。でも‥‥‥!!」


 レイコルトは静かに呟くと、その瞳により一層強い()()を宿らせる。


「僕は僕の大切な人たちのために、この刃を振るう。()()()から、その想いは何一つ変わっていない。だからこそ、あなたを倒す!!」


戯言(ざれごと)をォォォォォォォッ!!!」

 

 レイコルトの言葉に激高したレクスは、一斉に残っている土人形(パペット)で総攻撃を仕掛けさせる。


「《神速強化(マナオーバー)》ッ!!」


 対峙するレイコルトも、神速の剣技を以って迎え撃つ。


 黒状の剣閃が夜の樹海に煌めく度に土人形(パペット)たちは次々に砕け散っていく。


「ハァァァァッ!!」


「死ねぇぇえ!!」

 

 土人形たちが破壊される音と、二人の叫び声が交錯する中、遂に最後の一体がレイコルトの黒刀によって両断された、その瞬間──


「【アース・ロック】ッ!!」

 

 レクスの詠唱が響くと同時に、地面から無数の土で形成された鋭利な槍が出現し、レイコルトへと迫る。


「ッ──!?」


「クハハッ!! 終わりだァァァァッ!!!!」

 

 驚愕に目を見開くレイコルトを尻目に、レクスは勝利を確信した笑みを浮かべた。


 レクスのけしかけた土人形たちはいわば囮。


 真の狙いは、《神速強化(マナオーバー)》が切れた直後の僅かな隙を縫って確実にレイコルトを仕留めることにあった。


 レイコルトの使う《神速強化(マナオーバー)》は一度に使う魔力の消費が多い分、体への負担がとんでもなく大きい。ゆえに連続での使用は出来ずに発動後、ほんの数秒ではあるが無防備を晒すことになる。


 そのことを見切ったレクスは《神速強化(マナオーバー)》が切れるタイミングで予め用意をしておいた【アース・ロック】を発動させたのだ。


 レクスの見立てでは、《神速強化(マナオーバー)》の効果時間はちょうど二秒。その後は反動によって数秒間、レイコルトの動きは完全に停止する。


「あの世で私に歯向かったことを後悔しろ!! 欠陥品の落ちこぼれがァァッ!!」


 レクスの放った【アースロック】。


 巨大な槍を彷彿とさせる不可避の岩石が、レイコルトの体を貫こうとしたその時──レクスは見た。


 自らが発動した魔法に一条のひびが走り、その亀裂が徐々に広がっていく様を。そして──


「な──!?」


 ピシィィ!!


「な、なんだとぉッ!?」

 

 ズガンッと重々しい音を響かせて、【アース・ロック】が粉々に粉砕された。


「言ったはずです。あなたを倒すと」


 そう啖呵を切ったレイコルトの瞳は、先ほどよりもさらに力強い輝きを放っており、その様子はまるで漆黒の流星のように美しかった。


「馬鹿な!? 何故動ける!? 貴様の力は二秒しか持続しないはずでは──」


「──()()。それが本当の効果時間ですよ」


「三秒、だと‥‥‥!?」

 

 淡々と答えるレイコルトを前に、レクスは唖然とする。


 レクスが見切ったと勘違いしていた《神速強化(マナオーバー)》。その本当の効果時間は、二秒ではなく三秒。


 レイコルトはここまで、あえて一秒だけ短い時間で《神速強化(マナオーバー)》を使い続けることでレクスに効果時間を誤認させていたのだ。


 全ては《神速強化(マナオーバー)》が切れた直後の硬直を突くという()()()()()()()()()()()()レイコルトの布石(シナリオ)


「これで、終わりです」


 レイコルトは黒刀を正眼に構え直すと、その身に再び超加速の魔力を纏う。


 刹那──極限まで圧縮された魔力がレイコルトの体を神速の領域にまで昇華させ、同時に凄まじい轟音が鳴り響いた。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁああッ!!」


 一瞬にして周囲にいた黒装束たちを斬り伏せると、レイコルトはレクスの懐に入り込み、その体に強烈な一閃を叩き込む。

 

 視認すらも許さない速度で繰り出された斬撃をまともに喰らったレクスは衝撃によって遥か後方に吹き飛ばされた。


「ば‥‥‥か、な。この私が、二度も‥‥‥忌み子に‥‥‥負ける‥‥‥な‥‥‥ど‥‥‥」


 やがて木々に衝突しながら地面に落下したレクスは、その言葉を最後に意識を失い倒れ伏すのだった。


 レクスが気絶したことを確認すると、レイコルトは小さく息を吐く。


 こうして、レクスとレイコルトの戦いは決着を迎えたのだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ハァ‥‥‥、ハァ‥‥‥、くっ‥‥‥!」


 レクスとの戦闘を終えたレイコルトは、全身を激しく襲う疲労感に膝をつく。


 一度に大量の魔力を消費するため、ここぞという場面でしか使わないようしている《神速強化(マナオーバー)》。普通の人よりも遥かに多くの魔力保有量を誇るレイコルトであっても、その負荷は尋常ではなかった。


「まだだ、まだ‥‥‥倒れるわけには‥‥‥」


 呼吸を乱し、顔には玉のような汗を浮かべるレイコルトは自身の弱音を振り払うように(かぶり)を振るうと、よろめきながらも立ち上がる。


「早くみんなの所に向かわないと‥‥‥」


 レクスとの戦闘前にレイコルトが辿り着いた一つの仮説。もし仮にその考えが正しいとするならば──


(おそらく、()()()がここに)


 脳裏に浮かんだのは、獰猛な銀狼を彷彿とさせる一人の男。かつて、自分と同じくセリーナの弟子として一緒に研鑽を積んだ兄弟子にして、レイコルトにとっては因縁の相手。


 レイコルトは鉛のように重くなった足を意志の力だけで動かすと、未だ鳴りやまない戦闘音だけを頼りに走り出すのだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 レイコルトとレクス戦いに決着がつくほんの少し前。


 魔王教団(ディルヴィア)に襲撃されているクラスメイトを助けるべく、エレナはネウレアの樹海を一人駆け回っていた。


「ヤァッ!!」


「ぐぁッ!?」


 裂帛の気合と共に放たれた斬撃は、襲いかかってきた黒装束の男を袈裟懸けに切りつけると、その男は苦悶の声を上げながら崩れ落ちた。


「ふぅ、これで最後かしらね」


 エレナは小さく息を吐き出すと、額に浮かんだ大粒の汗を拭う。


 周囲にいる黒装束たちは既に全員が地に伏しており、立っている者は誰一人いない。


「あの、ソングレイブ様! 大丈夫ですか?」


「えぇ、平気よ。それより、貴方たちこそ怪我はない?」


「はい、私たちの方は全員無事です」


「そう、それならよかったわ」

 

 心配そうに声をかけてきたクラスメイトの女生徒に、エレナは優しく微笑むと、再び樹海の奥へと視線を向ける。


「それじゃあ、貴方たちはすぐに樹海の入り口に向かって。多分、もうすぐ王国騎士団の人たちが救援に来ると思うから」


「ソングレイブ様はどうなさるんですか?」


「私は他に襲われてるみんなを助けに行くわ。だから、気にせずに行ってちょうだい」


「で、でも一人でなんて危険すぎます!! せめて私だけでもお供させて下さい!!」


 必死の形相で訴えかけてくる女生徒に、エレナは静かに首を横に振る。


「ダメよ、あなたはこのグループのリーダーなんだから。ちゃんと皆を無事に帰してあげないと。それに、あなただってボロボロじゃない。そんな状態で無理したら命に関わるわ」


「‥‥‥‥‥‥わかりました。どうかご無事で」


「えぇ、ありがとう。貴方たちも気を付けて」


「はい」


 名残惜しそうな様子を見せながらも、女子生徒たちはエレナの言葉に従うと、樹海の入り口を目指すべく踵を返していく。

 

 そんな彼女たちの背中が見えなくなるまで見送ったエレナは再び唇をきゅっと結び、樹海の奥を見据える。


「さてと、私もそろそろ行かないと」


 そう呟くと同時にエレナは脚に力を込めて地面を蹴ると、一気にトップスピードに乗る。

 

 凄まじい勢いで樹海の中を疾走すること数分。エレナの瞳は見覚えのある姿を捉えていた。


「‥‥‥!? あれは、王国騎士団の兵士!?」


 王国騎士団。それは、王家直属の魔導士部隊にして厳しい試験を乗り越え、選ばれた者だけが入隊することを許されるレヴァリオン王国最強の兵団のことだ。


 しかし現在、そんな最強を誇る王国騎士団の兵士たちが全身から血を流しながらネウレアの大地に倒れ伏していた。


 王家の紋章が刻まれた白銀の鎧は跡型もなく砕け散っており、周囲には激しく争った形跡が見受けられる。


 破壊された鎧の隙間からは思わず目を覆ってしまいたくなるほどに痛々しい傷口が覗いており、中には既に事切れた兵士の姿もあった。


「一体、何があったっていうの……?」


 王国最強と名高い騎士団兵たち、しかもその小隊がこうまで凄惨な状況に追い込まれていることに、エレナの胸中には言いようのない不安が込み上げてくる。

 

「とにかく、まずは手当てしないと!」


 エレナは急いで兵士たちの元へ駆け寄ると、すぐさま回復魔法を発動させようとした瞬間──


「‥‥‥げ‥‥‥さい」

 

「──?」

 

 まだギリギリで意識を繋ぎとめていたのか、若い兵士が苦し気に声を絞り出す。


「逃げ‥‥‥て‥‥‥くだ‥‥‥さい‥‥‥ッ!」


「──!?」


 兵士の口から発せられた言葉の意味を理解した瞬間、エレナは半ば反射的にその場を飛び退くと腰に差していた愛刀を引き抜き、上空のとある一点を油断なく見据える。


「──っ!? 誰ッ!?」


 まるで心臓を直接鷲掴みにされたかのような強烈なプレッシャー。これまで一度も感じたことが無いような濃密な死の気配に、エレナの全身は小刻みに震えだし、その手に握られた刀の切っ先はカタカタと音を鳴らしていた。


「‥‥‥いい反応だ。俺の気配を察知した瞬間、即座にその場を離れ臨戦態勢に入るとは。常人であれば状況を理解しようと無駄な時間を浪費するものだが、貴様は違うようだな」

 

 視線の先から聞こえてきたのは低く、落ち着きを払った男の声。しかし、その優しい声音とは裏腹にどこか底冷えするような冷徹さも込められており、エレナの背筋には得体のしれない悪寒が走り抜けていく。


 やがて、闇夜に煌々と浮かぶ満月を背景に一人の男がエレナの前に姿を現すのだった。

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