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17.少女、そして少年の過去

 レクスとの予想外の邂逅後、野営地に戻ったレイコルト達は慣れた手つきで野営の準備を整えると、夕食を食べ、少しでも多く睡眠時間が取れるようにと早めに仮眠をとることにした。


「ありがとう、二人とも。じゃあ三時間後に起こすから、ゆっくり休んで」


 三時間程仮眠を取ったレイコルトはテントから顔を出すと、見張りをしてくれていたシラリアとリリアにお礼を告げる。


「はーい! おやすみなさい、レイさん♪」


「申し訳ありませんがよろしくお願い致します、ご主人様」


 二人はレイコルトと入れ替わるようにテントに潜り込むと相当疲労がたまっていたのかすぐに二人分の可愛らしい寝息が聞こえてきた。


「‥‥‥‥‥‥」


 ちなみになぜこの二人が一緒に寝ることになったのかというと、今朝の添い寝事件?がきっかけでありリリアを一人にするわけにはいかないとシラリアが強く主張してきたためである。レイコルト自身は一度、別にそこまでしなくても、と伝えてみたのだが、「おや?ご主人様はリリア様との添い寝をご所望なのですか?」と目元にだけ影を差し、どこか威圧感のある笑顔を湛えたシラリアに言われてしまえば首を縦に振る以外の選択肢はなかった。


 自他ともに認める完璧メイドであるシラリアは、普段は主人であるレイコルトを立てるような言動や振る舞いから誤解されがちであるがその実、意外にもこういった強引な面があったりするのだ。


「んんっ~」


 一人になったレイコルトはテントの外に出ると、快適とは言い難い環境下での睡眠で収縮していた筋肉を引き延ばすように大きく伸びをする。

 

 空に浮かぶ月の位置から察するに時刻はまだ22時前後といったところだろうか。

 

 それからしばらくの間、夜風に当たりながら星々が煌めく天上を見上げていると、背後から『ヒュッ!』と鋭く空気を切り裂くような音が聞こえてきた。


「‥‥‥‥‥‥?」


 レイコルトは音の発生源へ顔を向けてみるとそこには、刀の柄を両手で握りしめながら素振りを行っているエレナの姿があった。


「エレナ?」


 月明かりの下、ポニーテールで結われた亜麻色の髪が素振りの反動で揺れ動く度に彼女の整った顔が見え隠れし、そこにはまるで一枚の絵画のような美しい光景が広がっていた。


 しばらくの間、レイコルトは食い入ったようにその光景に目を奪われていると──


「あら?レイじゃない。ごめんなさい、起こしちゃった?」


 不意にエレナは素振りを中断してこちらを振り返ると、そう尋ねてきた。


「ううん、ちょうど二人と交代の時間だったから。それより、エレナこそ休まなくていいの?」


「大丈夫よ。それにそこまで激しい運動をしているわけではないから」


 そう言って小さく微笑んだエレナは、刀を鞘に納めると近くに生えていた木の根元に腰を下ろす。さらに自分の隣をポンポンと叩くと、レイコルトを誘うようにヒョイヒョイと手招きして見せた。


 ──座れということだろうか?


 その仕草が妙に子供っぽく見えたレイコルトは口から小さく苦笑を漏らすと、おとなしく彼女に従うことにする。ちょうど人一人分ほどのスペースを開けて座りこんだレイコルトに対し、エレナは微妙に不服そうな表情を浮かべていた様に見えたが、きっとそれは気のせいなのだろう。


「‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥」


 それから二人は互いに何かを話すわけでもなければ視線を交わらせることもなく、ただただ静寂だけが存在していた。互いの呼吸、身じろぎした時の僅かな衣擦れ、時折吹く風に揺らされる草木の音色、そのどれもがレイコルトの鼓膜を優しく震わしていた。


 そんな穏やかな時間がどれくらい続いただろうか。エレナはまるで遠い昔の思い出を語る様な口調で語りかけてきた。


「こうしていると、あの時のことを思い出すわね」


「‥‥‥そうだね」


 ”あの時”とは具体的にいつのことなのか。エレナは明確には口にしなかったが、レイコルトはそれだけで十分に理解することができた。


 茜色に沈む時計塔でのひと時。それはレイコルトがエレナ・ソングレイブという人間の片鱗に触れた瞬間であり、同時に彼女の過去が垣間見えた瞬間でもあった。


「‥‥‥聞かないのね。私がどうして魔法が嫌いなのか」


「聞いてほしいの?」


「その質問は卑怯じゃないかしら?」


「ごめん。でもそれだけは僕から聞いちゃいけない気がしたんだ。だから、僕はエレナから話してくれるまで待つよ」


 人には誰しも聞かれたくない過去の一つや二つはあるものだろう。それは心の傷であったり、過ちであったりなど、形や大きさは様々であるが、少なくともレイコルトはエレナの過去に土足で踏み込んでいくような真似だけはしたくなかった。


 だからこそ、レイコルトはエレナが自分から話したいと思えるその時までずっと待ち続けるつもりだ。それが何日後か、何週間後か、何ヵ月先かは分からない。もしかしたらこのまま一生語ってくれることはないかもしれない。それでもレイコルトはエレナを意思を尊重し、待とうと心に決めていた。


 レイコルトはそのことを伝えると静かに空を見上げる。群青に染まる夜天は無数の星々を散りばめており、まるで宝石箱をひっくり返したかのような幻想的な風景を作り出している。

 

 エレナがどうして突然この話を切り出したのか。その理由は分からないが、おそらく彼女なりに何か思うことがあったのだろう。だからこそレイコルトは沈黙を守り、エレナが次に紡ぐ言葉に耳を傾ける。

 

「・・・ありがと」


 数秒の逡巡(しゅんじゅん)、やがてエレナは小さな声でポツリ、ポツリと語り始めた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「私の家はね、古くから王家に仕える魔導士の家系なの。先祖代々、国王陛下に忠誠を誓い、王国のための矛となり盾となることを宿命づけられた一族。それがソングレイブ家。歴代の当主様は皆、優秀な魔導士だったらしいわ。勤勉で、誠実で、正義感が強く、国のためなら自らが犠牲になることも厭わない。そんな誇り高い家系に生まれて私は本当に嬉しかった。全属性持ち(ゼータ)だと分かった時なんて泣いて喜んだものよ。だってこれで私もお父様やお母様のように立派な魔導士になれるって思ったから」

 

 エレナはそこで一旦言葉を区切ると、どこか自嘲気味に口を開く。


「けど、いつだったかしら?ふと気づいてしまったの。誰も、『エレナ・ソングレイブっていう人間を見ていない』ことに」


「‥‥‥‥‥‥」


「誰もが私のことを天才だと褒め称えたわ。あなたならいずれ偉大なる魔導士になれるって。みんなが私に期待して、希望を抱いてくれていた。でも、結局は違った。私に向けられた賞賛の声は全て『エレナ・ソングレイブ』っていう一人の人間に向けられたものではなく、『全属性持ち(ゼータ)の天才』に向けられたものだった。それがたまらなく悲しかった。いくら努力しても、どれだけ結果を残しても、誰も本当の私を見てくれない。お父様やお母さまでさえ、そのフィルターを外してはくれなかった。幼い頃の私にはそれがひどく苦しかったの」


 そう語るエレナの声音からは一切の色が消え失せており、その表情には感情というものが全くと言っていいほど存在していなかった。


「もちろん、お父様とお母さまからはたくさんの愛情を受けて育ってきたし、使用人たちからも慕われていたと思う。だけど、そのことに気づいてからはどうしても心の奥底にある孤独感が拭えなかった。誰とも心を通わせることができない。自分だけが世界から孤立しているような感覚。それがとても怖くて、悲しくて、辛かった」


 エレナはそこで小さく息を吐くと、静かに天上を仰ぐ。意志の強い朱い瞳は虚空を捉えるばかりであり、まるでそこに存在しない何かを見つめているようであった。


「それからは魔法から逃げるように色々なことに手を出したわ。学問に芸術に裁縫、料理やダンスに乗馬。とにかく魔法以外の何かが欲しくて、そのためだったらどんな努力だって惜しまなかった。痛くても、つらくても、決して弱音を吐かずにひたすら前を向いて走り続けた。そうすればいつかきっと、誰かが本当の私を見てくれると信じて。でも、駄目だった‥‥‥」


「エレナ‥‥‥」


「何を成したところでみんなが見るのはいつだって『全属性持ちのエレナ・ソングレイブ』という偶像であって、本当の私じゃない。そう気づいた時にはもう何もかもが遅すぎた。ううん、本当は気づいてた。ただ、目を逸らしていただけ。きっとそれを直視するのが怖かったんだと思う」

 

 そこまで語ったところでエレナは一度口を閉ざすと、大きく深呼吸をする。手のひらを虚空へとかざし、そこには無い何かを必死に掴むかのようにギュッと握り締めた。そして──

 

「私は魔法が嫌い、才能なんて大嫌い。だから決めたの、自分の為だけには絶対に魔法を使わないって。誰かを守るため、大切な人を守るためだけにこの力を使うって。たとえそれで身を滅ぼしたとしても、私は構わない!!」


 エレナは強い口調で言い放つと、目の前の少年を真っすぐ見据える。それはエレナが今まで誰にも話したことのない本心であり、彼女自身の覚悟でもあった。


 それが決して褒められたものでないことはエレナ自身が一番理解している。それでもなお彼女はその道を選んだのだ。


 それこそが才能という呪縛によって苦しめられてきた少女の選んだ答えであり、たった一つの抗う術だったから。


「これが私が魔法が嫌いな理由。レイはこんな私を軽蔑する?  それとも‥‥‥幻滅した?」


 エレナは少し不安そうな表情を浮かべると、レイコルトの顔色を窺ってくる。宝石のルビーを彷彿とさせる朱い瞳は微かに潤んでおり、その顔には隠しきれない怯えの色が見え隠れしていた。


 レイコルトはその問いかけに対して、ゆっくりと首を横に振ると空を満たしている星々を見上げながら口を開いた。


「ううん、なんとなくだけどエレナの気持ちが分かる気がするから‥‥‥」


「え?」


「僕も、忌み子(フォールン)として周囲から疎まれて生きてきたから。だから、完全に理解できるなんて無責任なことは言えないけど、エレナの苦しみはほんのちょっとだけ、分かってあげられる気がするんだ」


 親を知らず、誰からも見られず、認められず、子供ながらに一人で生きていくしかなかった。石を投げられても、罵声を浴びせられても、誰にも手を差し伸べてもらえず、独りで傷ついていくことしかできなかった。そんな過去の記憶。


「酷い話ね‥‥‥。レイは誰も恨まなかったの?」


「恨んだよ、もちろん」


 レイコルトはぎこちなく笑う。


「顔の知らない父さんも、母さんも、周囲の大人も、貴族も、王族も、みんなみんな恨んだ。たぶん、この世界すら呪ったと思う。でも、それ以上に自分に絶望してた。何のために生まれてきて、何のために生きてるのかも分からなくて、毎日泣いてた。──でも、」


「でも?」


「師匠が、助けてくれた。僕のことを見つけてくれて、本当の家族みたいに接してくれた。路地裏で一人ぼっちだった僕に手を伸ばしてくれた。あの日、僕は確かに救われたんだ」


 レイコルトには幼少期の記憶が全くと言っていいほど存在していなかった。まるで突如として世界から産み落とされたような、もしくはスイッチが切り替わったかのような不思議な感覚。気が付けば今も腰に携えている黒刀と一緒に、見知らぬ路地裏に立ち竦んでいた。


 言葉も喋れず、名前もなく、帰る場所もない。石を投げられ、罵られ、理不尽に殴られる理由も、後に自分が忌み子(フォールン)だからと教えてもらうまでは知りもしなかった。


 そんな絶望の淵にいたレイコルトにとってセリーナとの出会いはまさに奇跡のようなものだった。彼女の温かな手が差し出された時、生まれて初めて感じることができたのだ。人の優しさというものを。


 レイコルトいう名前も、教養も、剣技も、全ては彼女が与えてくれたもの。だからこそレイコルトは彼女に対して並々ならぬ恩義を感じているし、士官学校の入学試験を受けたのも、少しでもその恩を返すためだ。


「その時気づいたんだ。自分を見てくれる、自分を認めてくれる人の大切さを。だから、もしエレナが独りで苦しんでいるなら、僕は──」











「レイ」


 レイコルトが続く言葉を発しようとした途端、エレナは遮るように口を開いた。それはまるでレイコルトの口から紡がれるであろう続きの言葉を恐れているかのようであり、その顔に浮かぶ笑顔は何かを必死に押し殺そうと苦し気なものに見える。

 

 エレナはレイコルトの右手を優しく包み込むと、自らの胸元へと引き寄せる。そして、まるで懇願するように黒の瞳を覗き込むと、今にも消え入りそうな声で囁いた。


「ありがとう、私のことをそこまで想ってくれて。だけど、あなたのその手は、想いは、もっと違う誰かの為に差し出してあげて。私はもう‥‥‥大丈夫だから」


「‥‥‥っ! でも──」


「お願いレイ。あなたは私なんかよりもずっと強くて、優しくて、素敵な男の子よ。だからこの手はこれから出会う大切な人たちのために残しておいて。きっと、レイならできるから」


「エレナ‥‥‥、なら、どうして君は‥‥‥」


 なら、どうしてエレナは今にも泣きだしそうな顔をしているのだろうか。どうして震えるほどに強くレイコルトの手を握っているのだろうか。なぜ、そんなに辛そうに微笑むのだろうか。


 あの日、二人で初めて出かけた日。時計塔の上でエレナは自分のことを知ってほしいと言ったのだ。レイコルトにだけは知っておいてほしいと。


 彼女の本心を聞いた今なら分かる。あれはエレナなりの助けを求めるサインだったのだろう。だけど今、彼女はそれを口にしようとしない。


「‥‥‥ごめんなさい、レイ。でも私は──」


 








 ドォォォォォォォンッ!!


 突如として辺りに爆発音が響き渡った。ビリビリと空気を震わすほどの衝撃音に目を見開いたレイコルトは音の発生源らしき場所へと視線を向ける。するとそこからは、大きな黒煙らしきものがもうもうと立ち上っており、ネウレアの樹海を緊迫した空気で満たしていく。


「「!?」」


(何か嫌な予感がするっ)


 その瞬間、レイコルトの第六感とでも呼ぶべき感覚がすさまじい勢いで警鐘を鳴らしていた。


 一瞬顔を見合わせた二人はすぐさま立ち上がると、爆発音の聞こえた場所へと向かう。


「ご主人様、今の音は!?」


 おそらく今の爆発音で目が覚めたのだろう。テントから出てきたシラリアが焦燥に満ちた表情で声を掛けてきた。


「分からない、だけど嫌な予感がするんだ。シラリアはここで待ってて」


「ですが‥‥‥!!」


「水源が近くにある今、一番この場の安全を守れるのはシラリアだから!」


 シラリアの固有能力(スキル)──《水の統御(フェダルテ)》は周囲の水が多ければ多い程その力を増していく。この広大な湖はまさにうってつけの場所であり、最も地の利を活用できるのが彼女なのだ。


 そのことを理解したのか、シラリアは小さく息を吐くと、恭しく頭を下げてくる。


「分かりました、くれぐれもお気をつけて」


「うん、すぐに戻ってくるから」


 レイコルトはそれだけ告げると、爆発音の聞こえてきた場所へ向かって走り始めた。

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