16.異変、そして謎の紙
レイコルトとリリアの添い寝事件? から数時間後。
昨日に引き続きネウレアの樹海の探索中。レイコルト達は異様な光景を前に声を失っていた。
「‥‥‥何よ‥‥‥これ?」
エレナは声を震わせながら呆然と呟く。
人一人がようやく通れるほどの細道を抜けた先の拓けた空間。そこにはおびただしい数の魔物の死骸が無造作に横たわっていた。
「‥‥‥これは、どういうことでしょうか?」
「魔物同士が縄張り争いでもしたんですかね?」
リリアも珍しくしかめっ面を浮かべると、パステルピンクの髪をサラリと揺らしながら不思議そうに首を傾げる。
「いや、多分違うと思う。魔物達が争い合ったにしては、あまりにも周囲への被害が少なすぎる」
レイコルトはリリアの見解を否定すると、周囲の木々を指差してそう呟く。そこには争った形跡はおろか、爪痕の一つすら残されてはいなかった。
死屍累々と横たわる魔物たちはゴブリンや、コボルトなど多種多様であり、これだけ多くの魔物たちが入り乱れて争い合ったにしては、それは些か不自然が過ぎる。
「それにほら、このゴブリンたちの傷口を見てみて」
「傷口?‥‥‥あっ、どれも鋭利な刃物で斬られたような跡ばかりね」
エレナがじーっと目を凝らすと、確かにその切断面はいっそ惚れぼれするほど綺麗に切り裂かれており、一目で人工物の武器によるものだと分かる。
「となると、やっぱり人の仕業ってことですよね」
「‥‥‥そうだね。でも、いったい誰がこんなことを」
リリアの問いかけに、レイコルトは顎に手を当てると思案顔を浮かべる。
「‥‥‥少なくとも私たち以外のグループってことはないでしょうね。私とレイ以外に刀剣を使う生徒なんていないもの」
「えぇ、おそらくエレナ様の言うことで間違いないかと。それに採集対象となる部位も残されていますからね」
エレナは腕を組みながらそう断言するとシラリアもまた神妙な面持ちで同意する。
「じゃあ、じゃあ。ギルドからのクエストでこの樹海に来た冒険者っていう線はどうですか?」
リリアが思いついたように元気よく手を挙げると、レイコルトは「う~ん」と考え込む。
「可能性としては否定できないけど、それだとしたら後始末が雑過ぎないかな?」
「はい、ご主人様のおっしゃる通りギルドからの依頼を通して訪れた冒険者であるならもう少し丁寧な仕事をするはずです。確か、ギルド条項の中には現場の後始末に関する項目もありましたから」
「ということは‥‥‥まさか、盗賊の類かしら?」
エレナがポツリと呟く。
「‥‥‥うん、それも考えられるかも」
「でも、どうしてわざわざこんな場所を? ここって樹海の中でもかなり奥の方ですよね?」
「そこまでは分からないけど、『1-1』クラス以外の第三者がいる可能性は十分にあるんじゃないかな」
レイコルトの言葉に三人は緊張の色を滲ませる。
「どうする、レイ? ミレアス先生にこの事は伝えた方がいいかしら?」
エレナは支給された通信用魔道具を取り出すと、粛然とした表情でレイコルトに尋ねる。
「そうだね、状況証拠しかないとはいえ万が一に備えて伝えておいた方が良いかもしれない」
「分かったわ。じゃあ、早速連絡を取ってみる」
エレナはそう言うと、通信用魔道具を起動するために魔力を込め始めた。
(ただの盗賊だったらいいんだけど‥‥‥)
レイコルトはその様子を見つめながら内心そう呟くと、胸中に渦巻く得体のしれない不安感に駆られるのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『──分かりました。念のため在中して頂いている王国騎士団の方を警護に向かわせますので、くれぐれも気をつけて実習を続けてください』
「はい、ありがとうございます」
エレナが通信用魔道具を切ると、シラリア達は同時に安堵の息を吐く。
「‥‥‥とりあえずこれで大丈夫そうですね」
「‥‥‥だといいんだけど」
しかしただ一人。レイコルトだけはシラリアの言葉に浮かない表情で応じると、眼前に広がる惨状に目を向ける。
そこには変わらず魔物の死体が無数に転がっており、ただでさえネウレアの樹に囲まれて鬱蒼とした空間がさらに不気味な雰囲気を醸し出している。
唯一幸いなのが、魔物は普通の生物と違って血液が存在せず血生臭い匂いなどがしないことだろうか。だが、それでも死の気配が色濃く漂っていることに違いはなくあまり長居したい場所でもなかった。
未だ胸中に渦巻く不安の正体が何なのかは分からないものの、急いでこの場を離れようと体を振り向けた瞬間、
──カサッ。
「‥‥‥ん?」
ふいに、レイコルトの耳が地面とは明らかに違う何かを踏んだ音を聞き取った。
反射的に音の出所へと視線を向けると、そこにはなにやら一枚の紙が落ちていた。ちょうど魔物の死体の陰に隠れるように落ちていたため、今まで気付かなかったようだ。
「どうかしましたか、レイさん?」
「いや、ここに紙が落ちてたみたいで‥‥‥」
不思議そうな顔で近づいてきたリリアにレイコルトは答えると、その紙を手に取ってみる。
「これは‥‥‥何かのシンボル?」
レイコルトは手に取ったそれをじっくり観察してみる。
紙自体は何ら変哲のない普通の羊皮紙のようなのだが、そこにはまるで血で書いたかのような赤黒い色で八芒星が描かれており、中心には何やら記号のような文字が記されていた。
「うーん、なんでしょうかね、これ?」
リリアは首を傾げると、まじまじとレイコルトの手の中の紙を見つめる。
「なにかの紋章にも見えなくもないけど、それにしては気味の悪すぎるデザインだし」
こうしてじーっと見ているだけでもレイコルトは背筋がゾクッとするような形容しがたい感覚に襲われる。
まるで全身の細胞一つ一つが拒絶反応を起こしているような不快感。おそらくこれは本能的な嫌悪感からくるものだろう。
「その紙どうしましょうか? ここに置いていっちゃいます?」
「いや、一応持って帰ることにするよ。もしかしたらなにかの手がかりになるかもしれないし‥‥‥」
レイコルトは不気味なその紙を丁寧に折り畳むと、制服の内ポケットにしまい込み、この場を後にするのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後も樹海の探索を行う道中で何度か魔物と交戦したのだが──
「「「‥‥‥‥‥‥」」」
三人とも先ほど見た悲惨な光景が想像以上にメンタルにきているのか、戦闘中もどこか精彩を欠いた動きをしており、魔物に苦戦するということはなかったものの終始重苦しい空気が流れていた。
加えて自分たち以外の誰かがこの樹海に潜んでいるかもしれないという懸念がより一層レイコルト達に精神的負担を強いていた。
──もしかしたらその何者かが自分達を狙っているのではないか?
──不意打ちや戦闘中に襲われたらどうしよう?
そんな見えない敵への恐怖が霧のように付き纏い、レイコルト達の疲労は加速度的に蓄積されていた。
一応、前日までは荷物持ちとしてあまり戦闘に参加しなかったレイコルトも、積極的に前に出ることで、三人の負担を軽減しようと努めたが、それでもやはり限界がある。まだ、誰かが大きな怪我を負ったりといった事態には陥っていないが、このままではいずれ致命的なミスを犯しかねない。これ以上の探索は危険だ。そう思ったレイコルトはエレナに視線を投げかける。
「‥‥‥エレナ」
「──えぇ、そうね」
それだけでレイコルトの言いたいことを理解したのか、エレナは額にジンワリと浮かんだ汗をハンカチで拭うと、残りの二人にも声をかける。
「今日はもうここまでにしましょう。これ以上無理に探索を続けても効率が悪いだけだし、なにより皆がケガを負いかねないわ」
「でも課題の採集物はまだ残っていますよ?」
リリアは困ったように眉根を下げると、レイコルトが背負っているマジックバックに目を向ける。
「別にクリアできなくてもペナルティーがあるわけじゃないし、最悪諦めるしかないわね。レイ、今ってどれくらいの素材が集まってたっけ?」
「あっ、えっと、確か‥‥‥」
レイコルトは集めた素材と数を記した紙を懐から取り出すと、それを見ながら確認する。
「今の戦闘で回収した分も含めると、ダイアウルフのかぎ爪が16、ゴブリンの耳25、コボルトの歯が7だね」
「明日が最終日。確か15時には樹海の入り口に集まっていないといけないから、運しだいではギリギリ間に合うかどうか、ってラインね」
エレナは口元に手をやりながら思案顔を浮かべると、何かを決断したように口を開く。
「うん。それならやっぱり今日の探索はここで終わりにしましょ。その代わり、明日の朝早くにもう一度探索を行うことにする。それでどうかしら?」
「‥‥‥僕は賛成かな。正直、これ以上は肉体以上に精神が持たないと思う」
レイコルトはそう言うと、肩をすくめてみせる。
「私もエレナさんの指示に従いますよ♪」
「はい、わたしも特に異論はございません」
レイコルトに続きリリアとシラリアもエレナの意見に同意を示す。
「ありがとう。それなら10分ぐらい休憩したらすぐに──」
「おやおや、そこにいるのは誰かと思えばエレナ嬢と愉快な仲間たちじゃないか?」
野営地に帰りましょう、とエレナが言いかけた途端、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「「「‥‥‥‥‥‥」」」
妙に聞き覚えのある声にエレナとシラリア、ついでにレイコルトの三人は顔に浮かぶ嫌悪感を隠そうともせず、ゆっくりと声の主の方を振り返る。
そこには、いつもの取り巻き二人に加えて、おそらくグループの数合わせのためだけに連れられているであろう男子生徒を背後に引き連れたレクス・オルグレンの姿があった。
その端正な顔には、人を小馬鹿にしたような笑みが小さく張り付けられている。
「こんなところで何をしているのかしら? レクス・オルグレン」
エレナは内心の不快感を押し殺しながら尋ねると、レクスはわざとらしくため息を吐いて見せる。
「くっくっくっ、そんなに警戒しなくてもいいだろう? 今は野外実習の真っ最中だ 。別に異なるグループが偶々同じ場所で鉢合わせたとしても不思議ではないはずだ」
レクスがそう答えると、後ろにいた取り巻き二人が小さく下卑た笑みを浮かべる。
『誰ですか? このいかにも性格がねじ曲がってそうな性悪男は?』
『こちらの方はレクス・オルグレン様と言いまして、入学式早々にご主人様に決闘を挑まれたものの見事に敗北した方ですよ』
後ろにいたリリアとシラリアが小声でそんな会話をしているのが聞こえてくる。
そう、レクスは一周間ほど前の入学式でレイコルトに決闘を挑み、大敗を喫した同じクラスの生徒である。
あれ以降は特にレイコルトに絡むこともなければ、クラス内で目立った行動もなく静かに過ごしていたため、てっきりもう関わることは無いと思っていたのだが──
「ふむ、どうやらエレナ嬢のお仲間たちは皆疲労困憊の様だな。どうだ? 貴殿らの野営地まで私たちが護衛でもしてやろうか?」
レクスはエレナ、シラリア、リリアの三人を舐めまわすように見つめるとそう提案してくる。
そのあまりにも露骨な視線に、三人とも顔をしかめると自身の体を守るように腕を胸の前でクロスさせる。
「いえ、結構よ。あなたたちに守ってもらわなくとも自分たちでなんとかできるわ。
「くくっ、そうか、それは残念だ。だが気が変わったらいつでも言ってくれ。私は君たちと仲良くしたいと思っているのだからな。いくぞ」
レクスは意外にもあっさり引き下がると、レイコルト達が歩いてきた方向に向けて歩みを進める・
「そっちに向かうなら気を付けた方がいいですよ。大量の魔物の死骸が転がっていましたし、僕たち以外の誰かがいるかもしれませんから」
レイコルトが遠ざかっていく背中に声をかけると、レクスはピタリと足を止める。
「魔物の死骸だと? ‥‥‥ふん、くだらん。そんなもの所詮は低級の雑魚共だろうが。あまり私を愚弄するなよ、忌み子が!」
「‥‥‥‥‥‥」
レクスはレイコルトを忌々しく睨みつけると、今度こそ樹海の奥に消えていった。
「な~んか嫌な感じですね。あの人」
「はい、正直かなり苦手なタイプです」
「まぁ、確かにあまり関わりたくないわよね」
「あはは‥‥‥」
リリア、シラリア、エレナの三人は口々にレクスへの悪態を漏らすと、レイコルトは乾いた笑みを浮かべる。
「さて、と。じゃあ今度こそ野営地に戻りましょうか」
エレナは空気を変えるようにパンッと手を叩くと、そう切り出す。
「そうですね」
「賛成でーす!」
「了解」
エレナの言葉を皮切りに、レイコルト達はその場を後にすると野営地に向かって再び歩みを進めるのであった。




