15.二日目、そして修羅場
「‥‥‥ん‥‥‥んぅ‥‥‥」
翌朝レイコルトは気怠げに目を覚ますと、むくりと上半身を起こした。
一瞬見慣れない光景に疑問を覚えるレイコルトだったが、すぐに今が野外実習の真っ最中であることを思い出す。
(そっか、昨日はテントで寝たんだった‥‥‥)
結局あの後エレナの案が採用された結果、一人がテントの中で二時間程度仮眠を取り、残った三人で見張りをするというローテーションを組むことになったのだ。
順番としては戦闘などで疲れているであろう女性陣を優先させ、レイコルトが寝床に入ったのはほぼ明朝に近い時間帯だった。
それでも自然とこの時間に目が覚めたのは、普段からトレーニングのために早起きを心掛けていた影響なのかもしれない。
(ふぁ‥‥‥まだちょっと頭がボーっとするけど、とりあえず起きるか‥‥‥)
寝起き特有の霞掛かった視界の中、レイコルトは軽く伸びをしてから立ち上がろうとテント越しの地面に手をつこうとした途端──
むにゅっ。
「やん♪」
「‥‥‥ん?」
何やら柔らかい感触が手のひらに伝わると同時に、可愛らしい声がテントの中に響き渡った。
固い地面とは似ても似つかわない弾力のあるそれはまるで高級なクッションのような、あるいは巨大なマシュマロのような、そんないつまでも触れていたくなる不思議な心地良さを持っていた。
「なんだろ、これ」
レイコルトは不思議そうに呟くと、何の気なしにそれを揉んでみる。
指の動きに合わせて形を変えるそれは、こねたてのパンのような弾力を持っており、むにゅっと沈み込んではレイコルトの指を押し返してくる。
「あん♪」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?」
再び聞こえた甘い吐息にレイコルトはビクッと肩を震わせると共に、寝ぼけていた思考が明瞭になり、加速する。
(もしかして、これって‥‥‥)
レイコルトの手のひらの下。よく見るとそこには、ちょうど人が一人分すっぽりと収まりそうな程に膨らみ上がったブランケットが敷かれており、バッ!!と勢いよくまくり上げると──
「おはようございます、レイさん♪」
「‥‥‥へ?」
そこにはなぜか士官学校の制服を脱ぎ捨て、下着一枚だけの姿になったリリアが小悪魔的な笑みをたたえながらこちらを見上げていた。
テント越しから淡く差し込む朝日を受けた乳白色の肌はキラキラときめ細やかに輝いており、その美しい肢体は思わず息を呑んでしまうほどに蠱惑的である。
また、キュッとしまったウエストから伸びる太腿は適度に引き締まっており、それでいてどこか柔らかそうな印象を与える一方で、やはりというべきか、先ほどからレイコルトが堪能していた柔らかみの正体は純白の下着に覆われているリリアの豊かな胸部であったようだ。普段から制服をはち切れんばかりに押し上げている双丘も、今は薄い布地一枚しか纏っておらず、その豊満さをより一層際立たせていた。
「もぉ~、レイさんったら朝から大胆なんですから♪」
「ちょっ‥‥‥!? 何でリリアがここに──!?」
レイコルトは慌てて彼女から手視線を外すと、自分の目を手で覆い隠す。
それでもスベスベとした柔らかな双丘の感触や、下着に覆われた蠱惑的な肢体が手のひらや瞼の裏にまでしっかり焼き付いており、レイコルトの理性を激しく揺さぶってくる。
「わたし、実は服を全部脱がないとよく眠れないタイプなんですよねぇ~」
「違うよっ!? 僕が聞きたいのはそこじゃなくて何でリリアがテントの中にいるのかってことだよ!?」
レイコルトは外にいるであろう二人に気づかれないように小声で突っ込む。
「そんなことは些細な問題ですよ♪」
「全然些細じゃないよね──ってうわぁっ!?」
「細かいことは気にしちゃダメです♪」
リリアは甘い声音で唇を震わせると、こちらにグイッと身を寄せてきた。
レイコルトは現在、両手で視界を封じているため彼女の姿は視認できないはずなのだが、何故かその様子が手に取るように思い浮かべられてしまう。これが俗にいう第六感というものなのだろうか?
徐々に近づいてくるリリアの顔。その口元は妖しく弧を描いており、こちらの反応を楽しんでいることが容易に想像できる。
レイコルトは必死に落ち着こうと深く息を吸うが、そのたびに鼻腔をくすぐる甘い匂いがドンドン思考能力を奪っていく。
やがて互いの息遣いが感じられるほどに接近してきたリリアは、艶やかな唇をそぉーっと近づけると──
「エレナさんの戦い方についてどう思いますか?」
──耳元で小さくそう囁いた。
「‥‥‥えっ?」
普段の明るく掴みどころのない態度とは打って変わってその声音は真剣そのものであり、レイコルトも思わず手のひらを外すと、彼女の深海を彷彿とさせる瞳を真っ直ぐに見据える。。
「‥‥‥どう、っていうのは?」
「何かおかしくないか? という意味です。昨日の戦闘を見ていて感じませんでした?」
「──!? ‥‥‥それは、エレナが頑なに魔法を使おうとはしないこと?」
パステルピンクの髪を揺らしながらコクリと首肯するリリア。
「確かにエレナさんの剣技は素人目のわたしから見ても凄まじいものがあります。ここいら一帯の魔物相手なら刀だけで十分かもしれません。でも、明らかに魔法を使った方がいい場面でも一切使う気配すら見せませんでした。それはあまりにも不自然です。まるで魔法を使うことを意図的に避けているような」
「‥‥‥‥‥‥」
(リリアも気づいてたのか)
レイコルトは心の中でそう独りごちると共に、戦闘中でもその様子を見逃さないリリアの視野の広さに舌を巻いていた。
「レイさんはどう思いますか?」
「もしかしてそれを聞くためにテントに潜り込んできたの?」
「えぇ、レイさんなら何か気づいたことがあるんじゃないかと思いまして」
「じゃあ、なんで制服を脱いだのさ」
「‥‥‥‥‥‥」
「ちょっと!? そこで黙らないでよ!?」
まさかとは思うが、レイコルトが寝ている隙に何か悪戯でもするつもりだったのだろうか。
「あははっ冗談ですよ♪ ‥‥‥半分くらいは」
「ちょっと待って!? やっぱり僕が寝てる間に何かしようとしてたんだね!?」
「まぁまぁ、今はいいじゃないですかぁ♪」
「全然良くないよ!?」
はぁ、はぁ、と朝から妙な疲労感に襲われるレイコルトだったが、「まぁいいや」と気を取り直すと、リリアに向き直る。
「それでエレナのことだけど、僕にもよく分からないとしか言えないかな。確かに不自然ではあるけど、きっとエレナなりに事情があるんじゃないかな?」
「そうですかぁ~。レイさんならもしかしたら!って思ったんですけど」
リリアは落胆の混ざった声音でそう言うと残念そうに眉尻を下げる。そこには先ほど垣間見えた真剣な雰囲気は一片も存在しておらず、いつもの天真爛漫な彼女が佇んでいた。
「ごめんね。大して力になれなくて」
「いえいえ、気にしなくて大丈夫ですよ♪ 私が勝手に気になっていただけなので。そ・れ・よ・り‥‥‥えいっ!」
突如、再び蠱惑的な笑みを浮かべたリリアは瞳を怪しく光らせると共にレイコルトに覆いかぶさるようにして押し倒してきた。
「うわっ!?」
突然の出来事ゆえにされるがままに地面に倒れ込むレイコルト。その黒い瞳には馬乗り状態のリリアの艶やかな肢体が映し出されており、レイコルトは慌てて視線を逸らす。
だが、リリアはそんなレイコルトの反応を楽しむかのように妖艶な微笑みを見せると、
「え、待っ──!? リリア!?」
「ほほう、これは中々に鍛え上げられていますねぇ~」
「ちょ、どこ触って‥‥‥──!?」
リリアは服がめくれ上がって露わになったレイコルトの腹筋を指先でなぞりながら興味深そうな声を上げる。
ツツーっと撫でられる度にゾクッとした感覚が背筋を駆け抜けていき、レイコルトはたまらず身悶える。
(というか、この状況はマズイっ!?)
男女二人が一つの密室空間を共有しているというだけでも大問題なのに、相手が下着姿の美少女とくれば、それはもはや事案どころの話ではない。
体勢的にはレイコルトの上にリリアが跨っている状況なため、多少の弁面の余地はあるかもしれないが、それでも社会的信用を失うことは免れないだろう。
(もし、こんな状況を二人に見られでもしたら‥‥‥!?)
レイコルトが最悪の未来を想像した瞬間──
「ご主人様、もうじき朝食のご用意ができますので、お呼びに参りまし‥‥‥た‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥あっ」
無慈悲にもシラリアによって入り口のジッパーが開かれ、三人の視線が交錯する。
レイコルトは目を見開きながら凍りついたように硬直しており、対するリリアは悪戯がバレてしまった子供のように「えへ♪バレちゃいましたか」と言いながらペロリと舌を出す。
一方のシラリアといえばいつも通りの薄氷のような表情なのだが目元にだけは影を差し、その瞳からは一切のハイライトが消え去っていた。
普段からレイコルトのことを主人と仰ぎ、献身的という言葉すら足りないほどに尽くしてくれている彼女からの冷たい視線は、想像以上に胸に突き刺さるものがある。
「あ、あの、シラリア!? これはその──」
「ご主人様?」
「は、はい!!」
絶対零度もかくやといった冷たく低い声にレイコルトは上に跨っていたリリアを跳ねのけると、すぐさま正座の姿勢を取る。
リリアが何か言いたげにこちらを見つめてきた気もするが、そんなことはどうでもいい。今のレイコルトに構っている余裕など微塵もなかった。
「‥‥‥お話‥‥‥よろしいですね?」
「‥‥‥‥‥‥はい」
レイコルトは死刑宣告を受けた囚人の如く項垂れると静かにシラリアの言葉を待つ。
「それとリリア様。大変申し訳ありませんが、少しの間席を外していただけますか?」
「はーいっ! 分かりましたっ!」
リリアは元気よく返事をすると、脱ぎ散らかされた自分の制服を拾い上げ、足早にテントから出て行った。
その後、三十分にも渡るお説教を喰らったレイコルトは、今後絶対シラリアを怒らせないようにしようと固く心に誓うのだった。
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