14.テント、そして二人の実力
ネウレアの樹海での初戦からさらに数時間後。レイコルト達は順調に魔物の素材を回収していた。
あれからゴブリンの群れと二回、ダイアウルフとコボルトの群れとはそれぞれ一回ずつ戦闘を重ねており、今は三度目となるゴブリンの群れと戦闘を繰り広げているところだった。
「──これで終わりです」
シラリアは淡々とした声音で呟くと、右手を薙ぐようにして振るう。
その瞬間、彼女の周りを浮遊していた水が螺旋状に渦を巻き始めると、一つの水槍となってゴブリンの胴を容易くブチ抜いた。
さらに、そんなシラリアへ向かって別のゴブリンが棍棒を振り下ろすが、突如として地面から巻き上がった水柱によって直前で阻まれる。圧倒的な力の奔流に巻き込まれたゴブリンは為す術も無く吹き飛ばされると、強く地面に叩きつけられ絶命した。
これはシラリアの固有能力──《水の統御》によるものであった。
その効果はいたってシンプルであり『周囲の水の操作』、ただそれだけである。だがそのシンプルさ故に目立った弱点が存在せず、非常に応用が効く能力である。
例えば水を圧縮して解き放てば鉄をも切り裂く刃となり、周囲に水流の柱を発生させれば攻撃を防ぐ盾にも変化する、まさに攻防一体の固有能力といえる。
一応シラリア自身も光属性の魔法適性を持っているらしいのだが、戦闘においては専らこの固有能力頼りとのことだ。
一方リリアも複数のゴブリンを相手に大立ち回りを披露していた。
「えいっ♪」
そんな可愛らしい掛け声と共に放たれたのは、土魔法【アース・ランス】だった。それ自体は土属性の中級魔法であり、決して強力なものではない。
だが一つだけリリアの放つ魔法が他の魔導士とは決定的に異なる点があり、それが量だった。
通常の【アース・ランス】であれば土槍が一本、熟練者であれば四から五本程度が限界なのだが、リリアのそれは一度に数十本もの土槍が生成されては、乱雨のようにゴブリン達へと降り注いでいた。
おそらく、あれはリリアの固有能力の効果だと思われるのだが、一度本人に聞いてみたところ「もぉ~レイさんったら、女の子にそんなこと聞いちゃダメですよ? 恥ずかしいじゃないですかぁ♪」と全く恥ずかしくなさそうにはぐらかされてしまい、効果はおろか名前すら教えてもらえなかった。
まあ本人が言いたくないなら無理に聞き出す必要もないだろうと、それ以降は特に追及することもなかったが。
というように二人の活躍のおかげもあってか殿兼後衛兼荷物持ちのレイコルトは戦闘にはほとんど参加することもなく三人の様子を見守っていたのだが──
「ハァッ!!」
レイコルトの遠い視線の先では、エレナがゴブリンの振り下ろした棍棒を最小限の動きでかわすと、すかさず逆袈裟に切り上げている様子が目に入ってきた。
たった一撃でゴブリンの片腕を切り落とすと、返す刀で横薙ぎに一閃。
間髪入れずに背後から飛びかかってきたもう一体を振り返りざまに蹴りつけると遥か後方に吹き飛ばす。
そしてその勢いのまま前方へ跳躍すると、すれ違いざまに剣を一閃させて首を跳ね飛ばした。
この間僅か数秒。
「‥‥‥‥‥‥」
その動き自体は、まるで舞踊のように華麗かつ洗練されたものだったのだが、レイコルトはこれまでの戦闘から彼女の立ち回りに違和感を感じていた。
例えば今であれば、蹴り飛ばしたゴブリンをわざわざ追わずとも魔法で遠距離から仕留めることもできたはずなのだ。だが、エレナはそうしなかった。
他にも似たような場面は多々見られ、それでもなおエレナは頑なに魔法を使おうとはしなかった。最初は魔力を温存するためだと思っていたが、それにしても不自然だ。
まるで魔法を使うことに忌避感を抱いているような。
「やっぱり、時計塔でのあの言葉は本当に‥‥‥」
「時計塔がどうかしたの?」
「うわっ!?」
突然かけられた声に驚いて視線を向けると、そこには麻袋を手に持ち、不思議そうな顔をしているエレナの姿があった。どうやらゴブリンとの戦闘が終わったらしく、レイコルトの元へやってきたようだ。
「ちょっと、そんなに驚かなくてもいいんじゃない? こっちまでビックリしちゃったわよ」
「あっ、ごめん、ちょっと考え事してて‥‥‥」
「ふーん、でも気を付けないとだめよ? いつどこから魔物に襲われるかも分からないんだから」
「うん、そうだね。ありがとう」
まるで小さい子供の悪戯を窘めるように優しく注意してくれるエレナにお礼を言うと、レイコルトはゴブリンの耳が入っているであろう麻袋を受け取り、マジックバックに放り込む。
時計塔での言葉の真意はレイコルトには計り知れないが、エレナが魔法を使おうとしない理由もおそらくそこにあるのだろう。
単純に嫌いというだけではない。もっと複雑な──それこそエレナのこれまでの道のりに深く根付くような何かが‥‥‥。
(いや、やめよう)
そこまで考えたところで、レイコルトは思考を中断する。これ以上は他人である自分が踏み込んでいい領域ではないだろう。
「そういえばレイ。そろそろ野営の支度をしたいんだけど、どうかしら? 時間帯的にはまだまだお昼だけど、樹海の中は木々に遮られて日が差し込まないから暗くなるのが早いって聞くし」
周囲を見回すエレナに倣ってレイコルトも顔を上げると、確かに辺り一帯は徐々に薄暗くなってきているように見える。
今はまだ太陽が高い位置にあるため問題はないのだが、あと二時間もすれば二十メートルの高さを誇るネウレアの樹に阻まれ陽光は届かなくなるだろう。
そうなれば辺りはすぐに暗闇に包まれるはずだ。その前に最低限テントが張れる場所ぐらいは確保しておくべきか。
「うん、良いんじゃないかな じゃあちょっと二人に伝えてくるよ」
「えぇ、お願い」
レイコルトはエレナに一言告げると、シラリアとリリアのところへ向かう。
走り去っていくその背中を、エレナはどこか含みのある表情で見つめているのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「えっ? テントが一つしかない?」
シラリアから伝えられたことに、レイコルトは腕に抱えた枝木や木の実が零れ落ちそうな所をギリギリで持ち堪えると、思わずといった様子で聞き返した。
あの後、野営が行えそうな場所として適度に拓けており、なおかつ周囲を見渡せる場所を探した結果、レイコルト達は偶々森の奥地に見つけた湖のほとりへとやって来ていた。
ここなら周囲の木々が防風林としての役割を担てくれるのに加え、水源の確保にも困らない。さらには周囲を軽く探索してみた結果、魔物の巣なども確認できず、まさに野営地としては理想的な環境だった。
それからレイコルトは三人にテントの設営を任せると、放浪時代に培った知識を総動員して焚き木に使えそうな枝や、食料になりうる木の実を集めに行き、今帰ってきたところなのだが──
「はい。手違いなのか意図的なのかまでは分かりませんが、マジックバッグの中にはあちらしか入っていませんでした‥‥‥」
シラリアは相変わらずの平坦な声音でそう答えると、絹糸のような白髪をサラリと揺らしながら丁寧な仕草で背後を振り返る。
レイコルトもそちらに視線を向けると、湖から少し離れた平地にテントが一つだけポツリと設置されているのが確認できた。
「‥‥‥小さいね。大体何人ぐらいなら入れそうだった?」
「おおよそ二人が限界かと。それ以上となるとかなり手狭になりそうでした‥‥‥」
「そっかぁ。‥‥‥ん、二人?」
そこでレイコルトはある重大なことに気づく。
「‥‥‥このグループって何人だっけ」
「四人です」
「‥‥‥男女の内訳ってどうなってたっけ」
「ご主人様以外全員女性です」
「そうだよね‥‥‥」
「‥‥‥はい」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
二人は互いに無言のまま数秒間見つめ合う。
「‥‥‥つまり三人の内誰かが、僕と一緒に寝なきゃいけないってこと‥‥‥?」
「・・・そうなりますね」
シラリアは恥ずかしそうに僅かに視線を逸らすと、コクリと小さく首肯する。その頬は少し赤みを帯びているように見えた。
レイコルトもその様子につられるように、自身の体温が上昇していくのを感じる。
(いやいやいや、流石にそれはまずいでしょ! 年頃の女の子と同じテントで一緒に寝るなんて!?)
実際にはテントに入らない二人が見張りとしてすぐ外にいるため、万が一にも間違いが起きる心配はないのだが、それでも異性と密室空間を共にするというのは、思春期のレイコルトにとって色々と問題が大きすぎる。
なにせエレナ、シラリア、リリアの三人は『超』がいくつあっても足りないほどの美少女であり、そんな彼女たちと一つのテントの中で一晩過ごすと考えるだけで、レイコルトの頭は沸騰寸前にまで達する。
「えっと‥‥‥僕だけ外で寝るっていうのは?」
「近くは湖ゆえに地面が常に冷たく湿っています。そんな場所でご主人様を寝かせるわけにはいきませんし、周囲に魔物の巣は確認できなかったとはいえ、完全に安全とは言い切れません。万が一にもご主人様の身になにかあってはいけませんので‥‥‥」
「そ、そっか‥‥‥」
シラリアの言葉に、レイコルトは頭を悩ませる。どうにかして別の寝床を確保できないものだろうか。
必死に脳をフル回転させるが、残念なことに何も思いつくことはない。レイコルト自身野営の経験は何十回とあるのだが、その時は事前に寝袋を用意していたりと入念に準備を行っていたため緊急の寝床を用意する手段などは生憎持ち合わせていない。
さてどうしたものかと考えていると──
「‥‥‥あの、‥‥‥ご主人様」
シラリアが控えめにくいくいと制服の袖をつまんできた。
「どうしたの?」
何かいい方法でも思いついたのだろうか。
期待を込めた瞳でレイコルトが訊ねると、シラリアはおずおずといった様子で口を開く。
「そ、その、もし‥‥‥もし、ご主人様さえよろしければ‥‥‥」
そこまで言うとシラリアは言葉を詰まらせる。
よく見てみると、宝石のように綺麗なバイオレット色の瞳はせわしなく左右に揺れ動き、その頬は熟れた果実のように真っ赤に染まっていた。
普段のシラリアからは想像もつかないほど蒸気した顔と妙に艶のある声がレイコルトの耳朶を打ち、心臓は早鐘のように鼓動する。
やがて彼女は意を決したかのように深く息を吸い込むと、上目遣いにこちらを見上げながら唇を震わせた瞬間──
「レイさーん!! シラリアさーん!! 見てくださいこんなにいっぱいお魚が取れましたよー!!♪」
どうやら湖で魚を捕っていたらしいリリアがこちらに元気よく駆け寄ってきた。
その両手には溢れそうなほど大量の魚で一杯になっておりリリアは満面の笑みを浮かべながら右手に持った魚を掲げて見せた。
そのあまりにもタイミングの悪い行動に、レイコルトとシラリアは一瞬だけ顔を見合わせると、揃って安堵のため息を漏らす。
「リリア、たくさん捕ってもらったところ悪いんだけど、その魚多分毒持ってるよ」
確かアロワナという魚であり、誤って食べてしまうと全身の痺れや腹痛を引き起こす危険があったはずだ。
「えっ? そうだったんですか?」
「うん。だからその魚は湖に戻した方がいいかも」
「はぁーい♪」
リリアは素直に返事をすると、持っていた魚を湖へと還していく。
その様子を見ながら、隣にいるシラリアにそぉ~っと視線を向けると、先ほどまでの妙に艶のある面立ちは影も形もなく霧散しており普段通り、薄氷のような表情を携えたシラリアがそこにはいた。
もしかしたらレイコルトの幻想だったのかもしれない。思わずそう考えてしまうほどに、今の彼女からは何も読み取ることはできない。
だが──
(‥‥‥なんだろうこのモヤッとした気持ちは)
レイコルトは胸中に燻る得体の知れない感情を持て余しつつも野営の準備に取り掛かかりに行く。
そんな自分の感情を整理するので精いっぱいだったからだろうか。その背中を、まるで熟れたリンゴのように耳まで真っ赤に染め上げた少女が見つめていたことに、レイコルトが気づくことはなかった。
ちなみにその後、どうしたらいいかエレナに相談したところ「一人ずつ寝て決められた時間ごとに交代すればいいんじゃない?」という至極真っ当な答えが返ってきたのだった。
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