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13.密会、そして実習の始まり

 馬車に揺らされることおよそ三時間。


 お世辞にも快適とは言えない旅路を耐え抜き、レイコルト達が辿り着いたのは野外実習の舞台となるネウレアの樹海(もり)だった。

 

 アルカネルの北西に位置するこの樹海の特徴は何といっても、高さ二十メートルにまで成長するネウレアの樹が幾千幾万に渡って群生しており、独自の自然環境や生態系を築き上げていることにある。


 なんでもアルカネルが建立される前から存在しているらしく、長年にわたって調査が続けられているが未だに謎が多い場所だとされている。 


 また、樹海の中には多種多様な魔物が生息しており、その危険性故に一般人はもちろんのこと、王国騎士団ですら滅多に立ち寄ることがないらしい。


 そんなネウレアの樹海の入り口にグループごとに整列したレイコルト達はミレアスから野外実習の説明を受けていた。


「ではこれから野外実習の説明を始めます。非常に危険な場所での実習となりますのでよく聞いておいてください」


 そう前置きを置くと、生徒一人ひとりの顔を見渡しながら話し始める。


「今回皆さんには、ここで三日間にわたってサバイバル生活をしていただきます。これは将来魔導士になったときのために、最低限必要な知識や技術を身につけてもらうためのものです」


 ここまではレイコルト同様、他の生徒も想像がついていたようで特に驚く様子は見られない。だが仮にも将来有望な魔導士を育成すると謳っている士官学校の野外実習だ。これだけで終わるはずがない。


「とはいえ、ただただ目標もなく漠然と過ごすだけでは意味がありません。そこで皆さんにはこちらが指定する魔物の一部を討伐した(のち)に持ってきてもらいたいと思います。期日は野外実習が終わるまでの三日間。仮に期限までに達成できなかった場合でもペナルティーはありませんが、達成できたグループには成績にプラス評価がつきますので頑張ってください」


 ミレアスがそう言い終えるとそれまで静かに説明を受けていた生徒たちの間に動揺が走る。


 それもそのはずで、いくら厳しい入学試験を潜り抜けてきた生徒達と言えども、魔物との交戦経験など皆無に等しいはずだ。そんな彼らがいきなり魔物と戦えと言われても困惑するのは当たり前である。


「質問いいですか?」


 そんな中、黒縁の眼鏡をかけた如何にも気真面目そうな男子生徒が手を挙げる。


「はい、どうぞ」


「魔物の討伐ということですが、具体的にどの魔物を倒せば良いですか? それとグループに回復魔法の使用者がおらず怪我を負った場合はどのように対処すればいいのでしょう?」


「まず魔物についてですが、今回はゴブリン、コボルト、ダイヤウルフなど比較的弱い部類の魔物を指定しています。ですので魔物と初めて戦う皆さんでもグループで協力しながらであれば十分に対応できるレベルと判断しました。次に負傷者が出た場合についてですが、理想は治癒魔法での対処になります。ですが、もしメンバーに使用者がいない場合に備えて一人一本ずつ治癒ポーションを支給します。それと──」


 そこで一度言葉を区切るとミレアスはパチンッと指を鳴らす。


 瞬間、目の前の空間がグニャリと歪んだかと思うと、目の前には突如としてグループの数と同数のリュックサックらしき物が現れ、ドサリと地面に落下する。


「それは『マジックバッグ』と呼ばれる魔道具の一種です。容量は無限ではありませんが、大小関係なく多くのものを収納できる優れ物で、中には人数分の治癒ポーションと携帯食料、水に簡易テントが入っています。各グループに一つずつ配布するので随時活用してください」


「ちなみに今のは私の固有能力(スキル)格納庫(ストレージ)》です」、と笑顔で付け加えるミレアス。


「最後にもう一つ。皆さんには事前にグループのリーダーを決めてもらったと思いますが、その人に通信用魔道具を渡します。この魔道具は起動すると特殊な魔力波を放ち、私に音声と位置情報が伝わるようになっていますので、何か非常事態が起きた際には迷わず使ってください」

 

 ミレアスは懐から水晶玉にしか見えない通信用魔道具を取り出すと、それを列の先頭に立っている生徒に渡していく。ちなみにレイコルトのグループは満場一致でエレナがリーダーを務めることになった。


「それではこれより順番に樹海に入っていただきます。出発は今から五分後ですので、各自最後の確認を怠らないように!!」


 ミレアスがそう締めくくると、生徒達は各々準備を始める。


 グループ唯一の男であるレイコルトはせめて荷物ぐらいは持とうとマジックバッグを背負い上げた途端、その予想以上の軽さに少しだけ驚愕に目を見開いた。


(これ、本当に中身入ってるのかな?)


「どうかなさいましたか、ご主人様?」


 するといつの間にかすぐ隣まで来ていたシラリアが小首を傾げながら尋ねてくる。


「あぁ、いや、このマジックバックがあまりにも軽くてさ‥‥‥」


「なるほど。わたしも詳しくは存じ上げませんが、もしかしたら物体の質量自体を変化させる魔法が施されているのかもしれませんね」


「はぇ~、すごいなぁ……」


「ふふっ。ですが、これはあくまで仮説の話なので確証はありませんよ?」


 口元に指を当てクスリと薄く微笑んで見せるシラリア。レイコルトはそんな彼女の仕草に少しだけドキリとしながらも気を取り直すとマジックバックの肩掛けに腕を通した。


「よし、行こうか」


「かしこまりました」

 

 そして数分後、レイコルトたちはネウレアの樹海へと足を踏み入れるのだった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「レイ!! そっちに二匹向かった!!気をつけて!!」


「了解! 」


 レイコルトは短く返事をすると、深く腰を落とし納刀された柄に手をかける。


 ネウレアの樹海に入ってからおよそ二時間。


 レイコルト達のグループは現在、ダイアウルフの群れと戦闘を繰り広げていた。ダイアウルフは全長一メートル程ある四足歩行の魔物であり、特徴的なのはその鋭利な爪と敵を翻弄するような素早い身のこなしだ。


 レイコルトは静かに呼吸を整えると、高速で向かってくる二匹のダイアウルフの動きを冷静に見極める。


(右、そして‥‥‥左か!!)


 縦横無尽に駆け回るダイアウルフは徐々に間合いを詰めてくると、レイコルトの読み通り左右から同時に飛び掛かってきた。


 二つの凶爪がレイコルトの首筋目掛けて振り下ろされた刹那──


「──シッ!!」


 細く鋭い呼気とともに一筋の銀閃が宙を走る。


 次の瞬間には、胴を綺麗に真っ二つに切り裂かれた二匹のダイアウルフが地に倒れ伏していた。


 魔物は本来、普通の武器の攻撃では傷一つ付けることは出来ない。それは、魔物の体が全て魔力で構成されているためであり干渉できるのは同じく魔力だけだからだ。そのため、魔物に対して有効なダメージを与えるには、魔法もしくは魔力を纏わせた武器でないと意味がない。実際、視界の端で戦っているエレナも普段から携えている刀に魔力を流し込むことで魔物の体を両断していた。


 しかし、レイコルトの持つ黒刀は人が斬れない代わりにあらゆる魔力を切断する特製を持っている。つまり、この刀でなら魔力を纏わせずとも普通に振るうだけで魔物を斬り裂くことができるのだ。


 レイコルトは軽く息を吐き、鞘に刀を収めると周囲を見渡す。


「よし、これで全部かな」


 レイコルトがそう口にすると、後ろで他の個体と戦っていたシラリアとリリアが駆け寄ってきた。


「お疲れさまです、ご主人様」


「さすがですねレイさん♪ まさか一瞬で二体も倒しちゃうなんて」

 

 二人は口々に労いの言葉を掛けてくれる。


「ありがとう。でも二人が一体ずつ相手してくれたおかげだよ」


「いえ、そんなことは‥‥‥」


「えへへ~♪ レイさんの役に立てて嬉しいです!」


 謙遜するシラリアとは対照的にリリアは嬉しそうに微笑む。


「ちょっとぉー、私も結構頑張ったんですけど?」


 するとそこにエレナが不満げに頬を膨らませながら近づいてきた。


「エレナもお疲れさま。大丈夫? ケガはない?」


「えぇ、平気よ。それよりほらこれ」


 どうやら今の不満げな様子は演技だったようでエレナはコロリと表情を変えると、湾曲したダイアウルフのかぎ爪を差し出してきた。


「確かダイアウルフの爪って採集リストに載っていたわよね? ならこれも一緒に持っていかないと」


「あっ、そうだった。忘れるところだったよ。ありがとね」


 レイコルトは感謝の言葉を口にすると、いそいそと他のダイアウルフからも爪を剥ぎ取り、それらを全てマジックバックに放り込む。


「もぉ、しっかりしなさいよね。ほら採取リスト貸して? もう一度みんなで確認しましょう」


 エレナは腰に手を当てながら呆れたようにそう言うと、レイコルトから採取リストを受け取る。


 ・ダイアウルフのかぎ爪×30

 ・ゴブリンの耳×40

 ・コボルトの歯×10

 

「改めて見てみるとコボルトの歯は数が少ないですよね~。やっぱり単体での活動が多いからですかね?」


「おそらくそうだと思います。逆にゴブリンやダイアウルフは集団行動を好む傾向にあるようなので採取数が多く定められていますね」


「他にも遭遇率や討伐のし易さも考慮されてるのかもしれないわね。ゴブリンなんかは比較的倒しやすいからか数も多いし‥‥‥」


「なるほど‥‥‥、確かに言われてみればそうかも」


 レイコルトは納得したように呟く。

 

 今はまだダイアウルフにしか遭遇していないが、進んでいくにつれてゴブリンなんかとの遭遇頻度が増えていくのかもしれない。


「それじゃあ打ち合わせ通り私が前衛でリリアとシラリアが中衛。レイは殿(しんがり)兼荷物持ち兼後衛って形で良いかしら?」


 エレナは手元の採取リストから視線を上げると、三人の顔を見回すようにそう尋ねてくる。


 やけにレイコルトだけ役割が多い気もするが、それはもうご愛敬(あいきょう)だ。甘んじて受け入れるしかないだろう。


「あはは、まぁ、うん。了解」


「 任せてください♪」


「かしこまりました、エレナ様」


「よろしい! さぁ、早く行きましょう」


 レイコルト達が首肯すると、エレナは満足気に微笑みながら再び先頭に立って歩き出す。


(僕だけ雑用係みたいだけど‥‥‥)


 レイコルトは少しだけ肩を落としながらも、エレナの後を追うと樹海の奥へと歩を進めるのだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ある時、ある場所。


 誰も知らない。だれもその場所の存在を認識していない。そんな深く暗い闇の中。


 一本のろうそくだけが唯一の光源となっている空間の中に二つの人影が怪しげに揺らめいていた。


 男と思われるその二人はそれぞれ漆黒のローブで身を包み、フードを目深に被っているため顔を伺い知ることはできない。


 静寂だけが支配している薄暗闇の中、小柄なローブの男がおもむろに口を開いた。


「──からの報告によると、今回君に襲撃してもらうのはこの十か所のどれかになるらしい」


 その声はどこまでもひどく穏やかで優しいものだった。年齢は分からないが、少し高めの声音から推測するに20に届かないほどだろうか。


 男はどこからともなく地図を取り出すと手に持った赤いペンで十か所にバツ印を刻んでいく。


「‥‥‥‥‥‥」


 その様子をもう一人の男は無言のまま眺めている。


 しばらくして全ての印を書き終えたのか、男は地図をテーブルの上に広げると、印を刻んだ箇所を指さす。


 印のついた場所に規則性はなく、海や山岳地帯、街に森など点でバラバラである。


「本当は全部の箇所を一気に襲撃できれば良かったんだけどね。生憎(あいにく)皆、他の任務で手一杯らしくてね、君に一任する形になってしまった。だからせめて君が好きな箇所を選んでいいよ」


 まるで世間話でもしているかのような口調で語りかける男はローブから覗く口元にニコリと笑みを浮かべた。


「‥‥‥」


 それでも尚、もう片方の男から言葉が発せられることは無い。それはまるで興味がないと言わんばかりの無言の主張だった。


 しかしそんなことには慣れているのか、男は特に気分を害した様子も無くそのまま話を続ける。


「うーん、分かった! じゃあ僕のオススメの場所を教えよう。このネウレアの樹海(もり)なんてどうかな? なにせここには、あの全属性持ち(ゼータ)であるエレナ・ソングレイブがいるらしくてね。他にも『氷姫』の二つ名で有名だった娘だっている。きっと気に入ってくれると思うな」


 男は楽しそうにそう語ると、地図のある地点をトントンと指で軽く叩いた。だが、やはりと言うべきか依然として男が反応を示すことは無い。


「うーんと‥‥‥、他に目ぼしい肥料は無いみたいだけど、一人奇妙なのが居るみたいだね。なんでも忌み子(フォールン)にもかかわらず入学してきた異端児らしくて、名前は‥‥‥レイコルトだってさ」


「‥‥‥‥‥‥ほぉ」


 その名前が発せられた途端、それまで全くと言っていいほど動きを見せなかった男がピクリと眉を動かしたかと思うと小さく感嘆の声を漏らした。


「おっ、やっと興味を持ってくれたね。 彼はなかなか面白い存在だよ。それにとても興味深い。もしかしたら僕たちの仲間になってくれるかもしれないね」


 男の嬉しそうな声音が静かな闇の中に響き渡る。


「‥‥‥そうか」


「──ってそれだけかい!? もう少し会話を広げてくれても良かっ──」


「俺は俺の目的を果たすだけだ。それ以外はどうでもいい」


「‥‥‥はぁ、君は本当につれないねぇ。まぁ、そこが君のいいところでもあるんだけれど」

 

 小柄な男はローブ姿のまま大きくため息をつくと、肩を落とすように項垂れる。


「とりあえず、今回の件は君に任せるから好きにしてくれて構わないよ。僕はしばらくここを離れるから」


「‥‥‥」


「あぁ、それと()()()()の実験台になってくれた子もそこにいるみたいでね。せいぜい利用してあげれば良いんじゃないかな?」


「‥‥‥」


「それじゃ、また何かあったら連絡を入れるよ。──頑張ってね、我が同胞」


 小柄な男はそう言い残すと、暗闇の中に溶けるように消えていった。


 それから数分後。

 

 再び静けさを取り戻した部屋の中には、一つの影だけが残っていた。


 相変わらずフードを被っているため、その素顔を見ることは叶わないが、僅かにのぞいた灰色の髪と弓なりに歪んだ口元から見える八重歯が獰猛な銀狼を彷彿とさせる。


 やがて、その男も静かに立ち上がると、暗闇の中へ溶けるように消えていくのだった。

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