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11.デート? そして特別メニュー

 ―――翌日。時刻は午前九時半。


 レイコルトは、昨晩の内に準備しておいた荷物を手に取ると、姿見で軽く身だしなみをチェックする。


(うん、問題ないかな)

 

 おかしなところが無いことを確認すると、軽快な足取りで家を飛び出した。


 数分後、目的地である士官学校の正門前に到着すると、そこにはすでに私服姿のエレナの姿があった。


「おはよう、エレナ」


「あっ、レイ。おはよう」


 エレナもこちらに気づくと片手を上げて挨拶を返してくる。


「ごめん、待たせちゃった?」


「ううん、私が早く来過ぎただけだから気にしないで」


「そう?  なら良かったよ」

 

 そう言うとレイコルトは、エレナの服装をまじまじと見つめた。


 上は白いブラウスの上に淡いピンクのカーディガンを羽織り、下はチェック柄のロングスカートに黒のパンプスを合わせている。

 

 春先ということもあってか、全体的に暖色系の色合いで纏められており、そこに彼女の持つ大人な雰囲気も加わった結果、服はエレナの魅力を、エレナは服の魅力を最大限引き出しているように見えた。


(そういえば昔働いていた酒場の店主が『女性と出かけるときは、まず最初に相手の服を褒めろ』って言ってたな)


 ふとそんなことを思い出したレイコルトは、早速先人の助言(アドバイス)に従うことにした。


「その服すごく似合ってるね」


「えっ?‥‥‥ふふっ、ありがと」


 エレナは少し照れくさそうに頬を染めながらも、嬉しそうにはにかんだ。どうやら成功のようだ。


「レイもその服すごく似合ってるわよ。いつもと違って新鮮ってかんじ」


「そうかな?」


 レイコルトは自分の姿を改めて見下ろしてみる。

 

 白のシャツに黒のジャケット、それにベージュのパンツを合わせただけのシンプルなコーディネートだ。


「で・も~、()()だけはいただけないわね」


 途端、エレナは赤い瞳をスッと細めると、レイコルトの腰元に視線を向けた。


「‥‥‥えっ?」


 何のこと? と言わんばかりにレイコルトが困惑の声を上げると、エレナはズイッと一歩距離を詰めてくる。


「曲がりなりにも女の子とお出掛けって時に、武器を携帯してくるのはどうかと思うわよ~」


 いつも通りと言えばそうなのだがエレナの言う通り、レイコルトの腰には黒刀が吊るされていた。


「あ、あー‥‥‥そう、だよね。うん、ごめん。確かにそうだね。でも、ほら!  街中とはいえ何があるか分からないからさ!!」


「‥‥‥まぁ、今回は大目に見てあげるけど、次からはちゃんと気を付けなさいよ?」


「うん、分かった。ありがとう」


 レイコルトがホッと胸を撫で下ろすと、エレナは小さく嘆息した。


「それじゃあ行きましょうか」


「そうだね」


 レイコルトはエレナの隣に並ぶと、二人並んで歩き出した。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 二人が向かったのはアルカネルの西側、つまり比較的富裕層向けの店や住宅が立ち並ぶ貴族街だった。


 レイコルトが住んでいる庶民街とは街並みからして大きく異なっており、道は丁寧に石畳で舗装され歩きやすく、街の至る所に高級感溢れる装飾が施された建物が聳え立っていた。

 

 目に付く店は、どれもこれもレイコルトが一生働いても稼げなさそうな金額が提示されており、道行く人々の装いもどこか上品な雰囲気を放っている。


「ねぇ、エレナ。僕たち今どこに向かっているの?」


 レイコルトは隣を歩くエレナを見やった。


 先ほどからエレナに先導されるがままに付いてきているが、目的地は一切知らされていないのだ。そろそろ教えてくれても良いのではないかと思い、先ほどから何度か同じ質問を投げかけているのだが、


「うーん‥‥‥まだ内緒よ」


「そっかぁ‥‥‥」


 エレナは悪戯っぽく笑うだけで、レイコルトの質問に一向に答えようとはしなかった。


 その後も軽い雑談を交えながら歩くことを数分。エレナはふいに足をとめた。


「──ここよ」

 

 そこは石造りやレンガの構造物が大半を占めるアルカネルでは非常に珍しい、木造建築の建物であった。


 一階建てのその店舗は、規模こそそれほど大きくはないが三角形の屋根や窓枠に嵌められた装飾ガラスが見る者にレトロチックな印象を与え、どこか老舗の名店のような様相を呈している。


 建物の周囲に植えられた植物たちも丁寧に手入れされているのが一目で分かり、華やかさの中に落ち着きのある雰囲気を醸し出していた。

 

 そして何より目を引くのは入り口の上に掲げられた木製の看板。そこには達筆な文字でこう書かれていた。

 

 ――カフェ《レザロ》――


「カフェ?」


 レイコルトが不思議そうに首をかしげるとエレナは明るい声で続ける。


「そう! 実はこのお店、期間限定の特別メニューを提供してるらしくて、それが食べたかったの!!」


「? でもそれならわざわざ僕を誘わなくても一人でくれば良かったんじゃ‥‥‥?」


「それが、ちょっと変わっててね。なんでも一人だけじゃそのメニューは注文すらできないらしいのよ。しかも、絶対に男女の組み合わせじゃないとダメなんですって」


「へぇ~、随分と変わったシステムだね」


「でしょ? でもそのメニューは噂によるとほっぺが落ちちゃうほど美味しいらしくて、だからレイにも一緒に来てもらったの」


 エレナはニコニコと微笑みながらレイコルトの顔を見上げてくる。


 その表情は心の底から嬉しそうであり、まるでプレゼントを開ける前の子供の様だった。


(‥‥‥そんなに食べてみたかったのかな?)


 レイコルトはエレナの笑顔を見て、ふっと頬を緩める。


「うん、それなら喜んで協力するよ」


「ありがとう、レイ!!」


 エレナはパァっと顔を綻ばせると、そのまま店の扉を開いた。


 木製の扉を押し開けると、カランカランと乾いた鈴の音が店内に響き渡り、それと同時に甘い香りがレイコルトの鼻腔をくすぐる。


 外観同様に店内は落ち着いた雰囲気の空間が広がっており、木材を基調とした内装と調度品の数々は、華美過ぎず、それでいてしっかりとした存在感を放っている。


 客層はレイコルトたちと同じ年頃の少年少女から年配の方までと幅広く、老若男女問わず多くの人たちが思い思いに過ごしていた。


「いらっしゃいませ」


 店の奥から一人の女性が姿を現した。


 年の頃は二十代前半といったところだろうか。艶のある長い髪をポニーテールにして纏めている。


 女性店員は、レイコルトの腰に吊り下げられた刀を見て一瞬目を見開いたもののすぐに営業スマイルを取り戻すと、 二人を席へと案内してくれた。


「ご注文が決まりましたらお呼びください」


「あっ、実はもう注文は決まってて、噂の期間限定メニューってまだありますか?」


「はい、ございますよ」


 女性店員はニコリとほほ笑む。


「よかったぁ~、じゃあそれを二つずつ」


「大変申し訳ございませんお客様。こちらの商品、お二人で一つの商品を分け合って召し上がって頂くことになりますので、二人組につき一点までとなっております」


「あら、そうだったのね。なら、それを一つと‥‥‥レイは何か食べる?」


「うーん‥‥‥僕はいいかな」


「そう?  なら期間限定メニューを一つだけお願いします」


「かしこまりました。少々お待ち下さい。フフッ」


「?」


 女性の店員はレイコルトへ意味深な視線を向けると小さく笑い厨房に戻っていった。


(なんだろう?)


 意味ありげな店員の振る舞いには疑問に思ったが考えても分からなかった為、レイコルトは改めてエレナに話しかける。

 

「そういえば、その限定メニューってどんなものなの?」


「えーっと確か、パンケーキと特製ドリンクのセットらしいわよ」


「へぇ、それは楽しみだね」


「でしょ!」


 レイコルトとしては二人で一つの商品を分け合うというのが少々特殊な形式に思えたが、エレナが嬉しそうな顔をしている以上、わざわざ水を差すような真似をする気にはなれなかった。


 それからしばらくは、学校がどうだ授業がどうだという当たり障りのない会話を交わしていたのだが、しばらくして件の限定メニューが運ばれてきた。


「お待たせしました。こちらが当店()()()()()()の特製パンケーキとドリンクになりまーす。」


「「‥‥‥‥‥‥」」










 ────なんて?



 一瞬二人の脳みそがショートする。


「あの、すみません。もう一度言ってもらってもいいですか?」


 レイコルトはなんとか再起すると、恐る恐る聞き返した。


「はい、こちら期間限定、()()()()()()の特製パンケーキとドリンク”になります」



 ‥‥‥どうやら聞き間違いではないようだ。


 女性店員はにっこりと微笑むと、レイコルトたちの前に商品を並べていく。


 そこでようやくレイコルトの中で合点がいった。


 男女二人組でなければ頼めないという一風変わったシステムも、二人で一つの商品を分け合うというのも全ては、この商品がそもそも『付き合っている男女』を客層としたものだったからだ。


 確かにこれは期間限定の商品としてはうってつけだろう。期間限定という触れ込みが普通の商品とは違うプレミア感を演出し、さらにその特別な商品を一緒に食べたという行為そのものが、男女二人の思い出となり仲をより深めることにも繋がる。


(店員さんのあの意味深な笑顔はそういうことかぁー)


 レイコルトは内心天を仰ぐ。今になってようやくあの笑顔の意味を理解したのだ。

 

『どうするエレナ?、今からでも別の商品に取り換えてもら‥‥‥うわぁ』


 小声でエレナに相談しようとしたレイコルトだったが、当の本人はりんごのように顔を真っ赤に染め上げながら口をパクパクとさせており、とてもではないが話ができる状態ではなさそうだった。


 その様子から察するに、彼女もこれがまさかカップル向けの商品だとは知らなかったのだろう。


「では、ごゆっくりどうぞ~」


「「‥‥‥」」


 女性店員の挨拶に二人は無言で応えると、レイコルトは目の前に置かれたパンケーキとドリンクに目を向ける。


 並べられた料理自体は思わず唾を飲み込むほど美味しそうな見た目をしていた。


 パンケーキはふんわりとハート型に焼き上げられた生地の上に生クリームが添えられており、その脇にスライスされたイチゴとブルーベリーの果実が乗っている。また、その上にはミントの葉も添えられており、そのアクセントが視覚的にもレイコルトの食欲をあおってくる。


 ドリンクは琥珀色の液体の中にカットされたオレンジの輪切りが沈んでおり、爽やかな香りと印象を与えている。極め付けはいかにも『二人で飲んでね♡』と言わんばかりにグラスに刺された一本のハート形のストローだった。

 

 レイコルトは正面に座るエレナの様子を窺ってみると、彼女は相変わらず顔を赤くしたまま俯いてしまっている。

 

 今にも頭から湯気が噴き出しそうなエレナに、レイコルトは困惑気味に声を掛けた。


「‥‥‥とりあえず食べようか?」


「そ、そうね‥‥‥」


 エレナは今に消え入りそうな小さな声を絞り出すと、ゆっくりとフォークを手に取り、パンケーキに突き立てる。

 

 レイコルトもそれに習うように、パンケーキを一口大にカットすると、そのまま口に運んだ。


 ふわっ、と柔らかな食感と共に優しい甘みとバターの風味が口内に広がり、とろけるような舌触りがレイコルトの味覚を刺激する。


 甘さは控えめだが決して物足りないわけではなく、むしろそれによって生クリームとシロップが十全に存在感を主張しており、そこにフルーツの酸味が加わることでより味わい仕上がりとなっていた。


「‥‥‥ねぇ、レイ」


 そうやってしばらくパンケーキを堪能していると、途端にエレナが声を掛けてきた。


「ん? なに?」


「あの、その、えーっと‥‥‥」


 エレナは直接顔を合わせるのが恥ずかしかったのか、近くにあったメニュー表で自身の顔を隠すと、小声で話しかけてくる。


「‥‥‥とに‥‥‥かったから」


「ん? ご、ごめんなんて?」


 レイコルトは上手く聞き取れず、思わず聞き返す。


「だから! 本当に知らなかったから! この商品がまさかカップル向けのメニューだったなんて!」


 エレナは先ほどより少し大きな声で早口で捲し立てた。


「あぁ」とレイコルトは苦笑いを浮かべながら、エレナの言葉に同意を示す。


「だから‥‥‥だからね‥‥‥」


 やがてエレナは意を決したかのように大きく息を吸い込むと、 メニュー表から紅眼だけを覗かせて、上目遣いでレイコルトを見つめると


「‥‥‥勘違いしちゃ、駄目よ‥‥‥?」


 恥ずかしそうに瞳を潤ませながらも、どこか懇願するような表情で訴えてきた。


「‥‥‥ッ!?」

 

 瞬間、レイコルトの脳みそはまるで鈍器でガツンと殴られたかのような衝撃を受ける。


 それはエレナが初めて見せた羞恥の感情が込められた表情であり、同時に今まで見たことのないほどの愛らしさがあった。


 そのあまりの破壊力にレイコルトの血液は急激に沸騰し、心臓は警鐘のようにバクバクと鼓動は加速する。やがてレイコルトの頭が真っ白になった。


 その後はようやく元の調子を取り戻したエレナと一緒にパンケーキとドリンクは無事完食したのだが、正直エレナが初めて見せたあの表情が脳内から離れず、味はほとんど覚えていなかった。

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